日曜日, 3月 7, 2021
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人はなぜ顔を描くのか? ポートレートをめぐって。

真珠の耳飾りの少女/ヨハネス・フェルメール
1665年/47x40cm/油彩、カンバス
ハーグ マウリッツハイス美術館蔵

肖像とは、特定の人間の外観を描写したものである。写真や彫刻など様々なアウトプットの仕方のうち絵画によるものを、特にポートレートと呼ぶ。

 近世においては王侯貴族の姿を描いた「肖像画」という絵画ジャンルもあったが、けれどもカメラの台頭によって写実絵画は衰退し、今では美術館で見るような存在になった。

 現代アートにも、例えばアンディー・ウォーホルによるマリリン・モンローの顔を描いた作品があるように、人(実際にいるいないは別として)の顔をモジュールにするケースは少なくない。モチーフとして、あるいはテーマとして、作家によって「顔」の使い方は様々だ。

坪山斉/Tsuboyama Hitoshi

 坪山の肖像画シリーズ《Combine Portrait》には、一瞥で異質感や不安感を掻き立てられる。

Combine Portrait003
53 x 46 cm

 1960〜70年代のミニマルアート等の後期モダニズムに強いインスピレーションを得ながらも、独自の空間概念を軸に色面による新たな表現を模索している坪山はその塗りの美しさに定評がある。

Combine Portrait011
53 x 46 cm

 人が何かを識別・認識するということへの疑いや問いかけをテーマにしており、だからこその Conbine(組み合わせる)なのかもしれない。顔面を等高線のように区切り、美しい色面で塗りあげる様は、肖像の容姿とアイデンティティについて我々に何かを投げかけるようだ。

作品の紹介はこちらから

チャニー・リー/Changhee Lee

 リーの描く肖像もまた既視感のない作品である。モチーフとしては若い女性を一貫して選び、中世とファンタジックな世界が混合されたような画面を描く。

PORTRAIT1
75 x 65 cm

 リーの作品はポートレートの名を冠しながらも、自身の内面的世界の表出を図った進歩的な作品であるといえるだろう。

PORTRAIT3
65 x 50 cm / 88,000円

作品の紹介はこちらから

アントニオ・サラス・カブレラ/Antonio Salas Cabrera

 既存のイメージを再構成する手法によって作品制作を行うアントニオ。既存のイメージをPCに取り込み、トリミングや色彩の変更などを経て出力されるイメージよく知る既存のモデルとはまた異なった表情を見せる。

DAVID BOWIE
26 x 32 cm / 26,400円

 アントニオの作品のモデルは、それもまた作品であり、その作品にはモデルとなった人物がいることから二重の透過を経た上で、我々は元の人物を見ているといえるだろう。しかし、二重の解釈は無意識下で中抜きされているのにもかかわらず、我々の意識は尚も直接的にモデルの姿を捉えていることを自覚する。シミュレーショニズムに通底する手法を以て、アントニオは認識について一つの解釈を与えているのだ。

JOHN KENNY’S PORTRAIT
28 x 34 cm

作品の紹介はこちらから

エージェントX/Agent X

 アメリカンコミックなど既存のイメージに依拠しつつも、マルチメディアなコラージュを施すことによって独特の存在感を放つエージェントX。彼の実験的な作品の多くは、人物の多くは人間であるものの、そのアウトプットの多彩さには驚くばかりだ。

Queen(Black)
76 x 101 cm

 未来派の美学と哲学、ダダ運動の社会的批評、ポップアートからスーパーフラットまでの現代芸術運動の間のユニークな交差の中で描かれる <<Queen>>シリーズは16世紀のアーティスト、アルチンボルドのコラージュ的な人物描写を思わせる。しかし、そこに現代的な発想とデジタル世代ならではの技法が掛け合わさることで作品として調和がとれつつも、我々は混沌とした倒錯感を感じるだろう。

April Kennedy
76 x 76 cm

作品の詳細はこちら

A.C.D.

Wildfire
92 x 61 cm

 直線を多用する画面からキュビズムを思わせるが、抽象の手法はA.C.D.独特であり、硬質的な印象を鑑賞者に与えつつも、彩度の高い彩りのある画面からは温かみが感じられる。

 特に《Le Grand Prince》は顔の造形が単純な線分により的確に表現され、近代の顔面表現が為されている。

Le Grand Prince
92 x 61 cm

作品の詳細はこちら

 画家とモデルの間のドラマが顕れやすいことなど他の分野とはまた異なった味があることから、肖像画はある種、玄人好みする分野である。しかし、誰しもが肖像を量産する時代に在って、あえて肖像画という手段で顔を描くのは人間の顔とアイデンティティは密接であると同時に、不安定な関係であるという証左であろう。

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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解は、どちらも進化する、と。この記事は、ペーパーアートのシリーズの最終章(現時点で)であり、まずパート1&2をおさらいしてから、その進化について見るとしよう。あるいは、リンク先に飛んでみると更に面白いであろう。 パート1 - 我々が子供の頃には知っていて遊んでいたはずの紙が持つ魅力も、「大人になる」過程で忘れ、つまらない物体と変わってしまう。しかし、「紙はアートを内包するメディアムであるだけでなく、創造性の魔法を唱える素材そのものとなりうる」ことを教えてくれる紙作家らによってその魅力を再発見できる。 パート2- 4000年以上に及ぶ人間と紙との関係への追憶は、ペーパーレス時代になっても一夜にして消えるものではない。厚さ1ミリにも満たない紙は、その発展とともに信じられないほどの芸術性を宿してきた。紙は植物に由来し、生物学的なエネルギーを持つ。この有機的エネルギーこそが「芸術家と芸術を、芸術と私たちを結ぶ触媒として繋いでいる 」のだ。 今回は、ペーパーアートのまた違った一面が見るとしよう。その進化は、想像力を超えて成長するポケモンのように、我々を驚かせるやもしれぬ。しかし、アートを愛する私たちとしては「目指せ〇〇マスター!」と、つい興奮に背を押される。 進化タイプ1「ニョロボン」原点を忘れない おたまじゃくしのようなポケモン、ニョロモを捕まえたときは、緑色のカエルのような姿に進化すると確信していたものだ。しかし、最終形態であるニョロボンは青くて渦巻きを腹につけたままで、要するにオタマジャクシのままだった。同様にペーパーアートの中にも、その起源に強く忠実で、紙の原始的な存在感を声高にするものがある。オランダのグラフィックデザイナーであり、庭の設計士でもあるStuidoMieは、「PaperWork」と呼ばれるシリーズを制作している。その名の通りに、実質的に紙片と紙のみで作られる単純さにも関わらず、その見事な芸術性の進化は見る者を打ちのめす力がある。 抽象とミニマリズムのDNAから進化したと見える彼女の作品は、変貌の小さいニョロモ–ニョロボンの系譜に感じた「要素を徹底的に削ぎ落とした中にこそインパクトがあるのではないか」という問いかけを鑑賞者に残す。彼女の作品はアートの既成概念的な構造や美学にジャブを入れるようである。ミニマリスティック・アートの巨匠フランク・ステラは「目に見たものを見たままに(理解せよ)」と言うが、私は彼女の作品を庭の設計士的、自然環境的な側面から解釈せずにはいられない。(そして彼女の作品を見ているとなぜか、アメリカの前衛作曲家ジョン・ケージの音楽が耳に聞こえてくる。) もし一度でも迷路庭園に足を踏み入れたことがあれば、パターンを認識しようとしている間に、形や影に目が錯乱される事に気付いたであろう。また、植物を育てていると、その成長や天候の変化をいくら分析しても、予測できない事態に遭遇する。StudioMieの作品では、構造的に配置された紙片が生み出す不確かな影と、人工的迷路から自然森の中に迷い込む様な予測困難さを体験できる。彼女は、コロナウイルスのロックダウン中に「パターンやシステムが予期せず不安定になるとどうなるのだろうか?システムは回復するのか、変身するのか、それとも衰退するのか?」と自問し、それをPW024 / faltering patternのシンプルながら力強い作品に昇華させることに成功している。 進化タイプ2 「ギャラドス」 バリバリの肉体改造 2種類目は、無力に跳ね回るコイキングから空飛ぶ水竜、ギャラドスへの劇的なジャンプをみる様に、大村洋二朗の作品も、同じDNA(この場合は紙)からどうやって進化したのか頭をひねらされる。生命力に溢れる彼の作品だが、信じられないことに、彼の彫刻の才無くしてはただの紙切れなのだ。サイケデリックな色のトカゲは今にも獲物を捕らえんばかりの勢いで、六枚羽根のトンボは星散りばむ銀河へと舞い立つ。数々の賞を受賞した彼の想像力と技術によって、それらは驚異のペーパーアート変種へと成長を遂げた。 もちろん、古典的なキャタピーからバタフリーのような進化タイプもあるが、この広大で多種多様なアート界であなたのお気に入りを見つけて集める楽しさを、あえて奪いたくはない。自分なりの図鑑完成、〇〇マスターを是非目指して頂きたい所だ。 更なる楽しい発見のためにも、ArtClipニュースレターの購読をお忘れなく!

魅惑のミャンマー・アート

「ミャンマー人アーティスト」と聞いて、思い浮かぶ画家がいるとするならば、あなたはよっぽどの美術オタクと言っていいだろう。  ミャンマーの現地新聞によると、国内のアーティストは正式に登録されているだけで10000人、非登録を含めても60000人しかいないという。さらに、現在ミャンマーには美術専門の大学はふたつしかない。加えて、国立博物館はあっても公立の美術館はまだ創設されていない。最新のアートに触れるには、民間なり個人運営の小規模アートギャラリーを歩いて回るしかない。アジアは世界各国に比べアートの構造化が遅れているとはいえ、日本からすれば考えられない状況である。 玉石混交なミャンマー人アーティストの中から本記事では、River Galleryの扱うアーティスト10名の作品を紹介しよう。 Aung Thiha 作家の詳細はこちらから Dawei Tu Tu 作家の詳細はこちらから Kyaw  Lin 作家の詳細はこちらから Kyee Myintt Saw 作家の詳細はこちらから Maung Aw 作家の詳細はこちらから Mor Mor 作家の詳細はこちらから Nann Nann 作家の詳細はこちらから Ni Po U 作家の詳細はこちらから Thar Gyi 作家の詳細はこちらから Zaw Win Pe 作家の詳細はこちらから  熱帯、多民族国家、日常生活への仏教の浸透、長きに渡る軍政などさまざまな歴史と顔をもつミャンマーには、とてもユニークな作品を創るアーティストが存在する。本記事を機に、注目していただきたい。

紡ぎ出すことで描く-テキスタイルを用いるアーティスト3選-

テキスタイルの有機的なテクスチャを取り入れることは、時として生活において繊維が担ってきた服飾の歴史的な文脈を作品にもたらすことがある。麻や木綿、ウールなど素材の種類は様々であり、例えば絹であれば、古くはシルクロードの始まりであり、近代では香港の紡績工場の主役は女性であったりと社会問題に紐づき、それぞれの素材にストーリーがある。 一方でその作品の物質的な魅力にフォーカスすれば、特にテクスチャーの点だろう。工業的な進歩により衣料品が大量生産され100年は優に経った現在、その反動からか刺繍や手織物の人気が高まり、アートでも注目が集まっている。この記事ではテキスタイルをアートの応用するアーティスト3名を紹介しよう。 宮坂省吾/Shogo Miyasaka 作家の詳細はこちらから 浅間明日美/Asumi Asama 作家の詳細はこちらから Liberty Worth 作家の詳細はこちらから