水曜日, 10月 20, 2021
Home Curator’s Eye 人はなぜ顔を描くのか? ポートレートをめぐって。

人はなぜ顔を描くのか? ポートレートをめぐって。

真珠の耳飾りの少女/ヨハネス・フェルメール
1665年/47x40cm/油彩、カンバス
ハーグ マウリッツハイス美術館蔵

肖像とは、特定の人間の外観を描写したものである。写真や彫刻など様々なアウトプットの仕方のうち絵画によるものを、特にポートレートと呼ぶ。

 近世においては王侯貴族の姿を描いた「肖像画」という絵画ジャンルもあったが、けれどもカメラの台頭によって写実絵画は衰退し、今では美術館で見るような存在になった。

 現代アートにも、例えばアンディー・ウォーホルによるマリリン・モンローの顔を描いた作品があるように、人(実際にいるいないは別として)の顔をモジュールにするケースは少なくない。モチーフとして、あるいはテーマとして、作家によって「顔」の使い方は様々だ。

坪山斉/Tsuboyama Hitoshi

 坪山の肖像画シリーズ《Combine Portrait》には、一瞥で異質感や不安感を掻き立てられる。

Combine Portrait003
53 x 46 cm

 1960〜70年代のミニマルアート等の後期モダニズムに強いインスピレーションを得ながらも、独自の空間概念を軸に色面による新たな表現を模索している坪山はその塗りの美しさに定評がある。

Combine Portrait011
53 x 46 cm

 人が何かを識別・認識するということへの疑いや問いかけをテーマにしており、だからこその Conbine(組み合わせる)なのかもしれない。顔面を等高線のように区切り、美しい色面で塗りあげる様は、肖像の容姿とアイデンティティについて我々に何かを投げかけるようだ。

作品の紹介はこちらから

チャニー・リー/Changhee Lee

 リーの描く肖像もまた既視感のない作品である。モチーフとしては若い女性を一貫して選び、中世とファンタジックな世界が混合されたような画面を描く。

PORTRAIT1
75 x 65 cm

 リーの作品はポートレートの名を冠しながらも、自身の内面的世界の表出を図った進歩的な作品であるといえるだろう。

PORTRAIT3
65 x 50 cm / 88,000円

作品の紹介はこちらから

アントニオ・サラス・カブレラ/Antonio Salas Cabrera

 既存のイメージを再構成する手法によって作品制作を行うアントニオ。既存のイメージをPCに取り込み、トリミングや色彩の変更などを経て出力されるイメージよく知る既存のモデルとはまた異なった表情を見せる。

DAVID BOWIE
26 x 32 cm / 26,400円

 アントニオの作品のモデルは、それもまた作品であり、その作品にはモデルとなった人物がいることから二重の透過を経た上で、我々は元の人物を見ているといえるだろう。しかし、二重の解釈は無意識下で中抜きされているのにもかかわらず、我々の意識は尚も直接的にモデルの姿を捉えていることを自覚する。シミュレーショニズムに通底する手法を以て、アントニオは認識について一つの解釈を与えているのだ。

JOHN KENNY’S PORTRAIT
28 x 34 cm

作品の紹介はこちらから

エージェントX/Agent X

 アメリカンコミックなど既存のイメージに依拠しつつも、マルチメディアなコラージュを施すことによって独特の存在感を放つエージェントX。彼の実験的な作品の多くは、人物の多くは人間であるものの、そのアウトプットの多彩さには驚くばかりだ。

Queen(Black)
76 x 101 cm

 未来派の美学と哲学、ダダ運動の社会的批評、ポップアートからスーパーフラットまでの現代芸術運動の間のユニークな交差の中で描かれる <<Queen>>シリーズは16世紀のアーティスト、アルチンボルドのコラージュ的な人物描写を思わせる。しかし、そこに現代的な発想とデジタル世代ならではの技法が掛け合わさることで作品として調和がとれつつも、我々は混沌とした倒錯感を感じるだろう。

April Kennedy
76 x 76 cm

作品の詳細はこちら

A.C.D.

Wildfire
92 x 61 cm

 直線を多用する画面からキュビズムを思わせるが、抽象の手法はA.C.D.独特であり、硬質的な印象を鑑賞者に与えつつも、彩度の高い彩りのある画面からは温かみが感じられる。

 特に《Le Grand Prince》は顔の造形が単純な線分により的確に表現され、近代の顔面表現が為されている。

Le Grand Prince
92 x 61 cm

作品の詳細はこちら

 画家とモデルの間のドラマが顕れやすいことなど他の分野とはまた異なった味があることから、肖像画はある種、玄人好みする分野である。しかし、誰しもが肖像を量産する時代に在って、あえて肖像画という手段で顔を描くのは人間の顔とアイデンティティは密接であると同時に、不安定な関係であるという証左であろう。

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

Most Popular

You Might Like

TBSで放送の「カバン持ちさせてください」に弊社登録作家が紹介されました。

TBSで放送の「カバン持ちさせてください」に弊社登録作家が紹介されました。この機会にぜひ作品をご覧ください。 今回紹介された作家 中島健太   1984年、東京都に生まれる。大学で油絵を学びながら、3年目にプロデビューを果たしました。以来、500点を超える作品はすべて完売。商業的に成功しただけでなく、日本で最も重要な美術展である日展で、その繊細な技術が評価され、2度の特別賞を受賞している。作品制作だけでなく、テレビメディアのコメンテーターとしても活躍するなど、その活動は多岐にわたっています。いかにアートに親しんでもらうか」をコンセプトに、アートと日常生活の解離を解消し、両者の調和を図ることを目指している。 中島健太の作品を見に行く mamoru 無気力で可愛い女の子を描いています。 mamoruの作品を見に行く   IKU→ 自分に会ってみたいと思っていた。でも、自分に会うことはできません。しかし、私の作品は私の分身です。顔は、私の中で唯一、直接見ることのできない部分です。自分の感情や他人の感情によって、顔の見え方が変わってくるのです。また、私は時間に興味があります。人の顔で過去、今現在を表現したいと思っています。 IKU→の作品を見に行く 今回掲載の作家作品はTRiCERAでお取り扱いしております。

「色彩と東欧のノスタルジー」START ARTIST vol.4 ~ Szabó Eszter

TRiCERA発のオークションイベント「START」第一弾の出展作家の"なぜSTARTに出展したか"を主軸にしたインタビュー、ならびに新作の紹介を行います。 オークションイベント「START」とは 2021年2月に行われた「START」。アートに携わる様々な人たちを「セレクター」としてゲストに招き、それぞれの視点からアーティストを選び、そしてその魅力を伝える言葉と共に、その作品をオークション形式で販売いたしました。「アートをこれから始める」という方にも分かりやすい設計を行い、またオークションがはじめての方、オンラインではじめてアートを買う方など、様々なひとたちの「スタート」になるような企画となっております。 作家紹介 エステル・サポー (Szabó Eszter) 1979年ハンガリー出身。ブダペストの美術学校にて装飾芸術を学び、1997年に卒業。動物園、寺院などで様々な仕事についた後、画家としてのキャリアをスタートさせる。これまでイタリアや母国などで展示を行ってきた。ハンガリーの風景や日常生活の光景を、独自の色彩感覚によって視覚言語として提示している。 作品一覧はこちら 「START」に参加したきっかけ 2021年の初めにTRiCERA ARTに参加させていただいたが、その直後にオークションイベントSTARTへの出展の連絡をいただきました。STARTにてまだアートについて学び始めた方や既にアートに知見のある方を含めて、自分の作品をより多くの人に知ってもらう絶好の機会だと思ったので参加させていただきました。 「START」に出典した作品について 作品名:Gymnastic サイズ:80 × 60cm 技法:キャンバスにアクリル絵具 彼女の作品は環境、その場の状況、存在している人や物、背景を混ぜ合わせたものを明るい色調で表現したものが特徴的である。STARTに出展した"Gymnastic"という作品はデンマークの玩具会社であるLEGO社のおもちゃがモチーフとなった作品である。LEGOブロックの女の子が扇型の敷物の上に置かれているが、ただ横になっているだけでなく足をストレッチしている。青色とピンクの物体が側面に配置されているが、それらにはLEGOで見られる凹凸が見られない。まるでおもちゃの女の子がLEGOの世界から抜け出して体操をしようとしているようにも感じられる。"Gymnastic"は、おもちゃの人形を、あえてアートという芸術作品として表現することで、無生物をいかに生き生きと表現できるかを示した作品である。 既存作品の紹介 作品名:Will you marry me? 作品サイズ:120 x 100 cm 技法:木製パネル / アクリル絵具   作品価格 53,000円 + 税 購入はこちらから "Will you marry me?"は前回人気のあった"Gymnastic"に続くLEGOブロックをモチーフとした作品である。男女のブロックが横に並んでおり、周りにはお花やプレゼントがあしらわれている。"Will you marry me?"というタイトルからも分かるとおり、プロポーズの瞬間のとてもロマンチックな瞬間が切り抜かれて表現されているが、おもちゃのモチーフをポップな色使いで表現することで、プロポーズのドキドキした瞬間を永遠に閉じ込めたような作品となっている。 作品名:Blue night 作品サイズ:100 ×...

現代アメリカのアートの流れを覗く-アメリカン・アーティスト特集-

アメリカのアートもしくはアーティストと言えば、何、また誰が思い浮かぶだろうか?8月はアメリカン・アーティスト鑑賞月だそうで、新しくアメリカ出身/拠点のアーティストを発見するのには持ってこいのタイミングだ。 第二次世界大戦後、それまで地球規模での影響力を誇ったヨーロッパの国々は力を保持できず、代わりにアメリカが台頭した。これは政治や金融だけでなく、芸術においても同様であり、アメリカ文化が以前にも増して宣伝され、輸出されるようになった。特に、ポップやミニマリズムなどの芸術運動は、現代美術の行方に多大な影響を与えた。 ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホル、ジャン・ミッシェル・バスキア、ドナルド・ジャッド、フランク・ステラ......と、その名前を連ねるのはいとも容易い。私たちが現在知る形のアートを楽しめるのも彼らのおかげである。アメリカの政治的なイメージは、アメリカ人でない私たちにとっては決して崇高なものではないかも知れないし、そして現大統領が懐かしむほどにグレートではないかも知れない。 しかし、幸いなことに、芸術の創造性を楽しむのに世情は関係ない。我々は、希望と夢の国から届けられる輝かしいアートと共に、幸せな現実逃避の航海へ漕ぎ出すとしよう。 Brian Schorn A.C.D. Seth King Lawrence Lee Edward Burden Cash - Cooper Sandra Mack-Valencia Carl Goss Clint Imboden

東京を拠点に活動する銅版画家, Jihye Kim

1993年 韓国生まれ 2018年 韓国ソウル・弘益大学校美術学部版画学科卒業(ダブル専攻) 2018年~ 東京藝術大学大学院修士課程在学中 1.一言で言うとどんな作家さんですか? - 銅版画家です。 2. 作品を作る時に一番大切にしていることは何ですか? - 作品を作る時に大切にしていることは何ですか?雰囲気のある題材で感情を伝えたいと思っています。 3.アートについて、ビジュアルとコンセプト、どちらが重要ですか? -ビジュアルアートで一番大事なのは視覚化だと思います。観客の共感を得られない作品は、ビジュアルアートとしての機能を果たせないと思います。アーティストの最終的な目標は、良いコンセプトを魅力的に表現して、視覚化することで観客を説得することだと思います。 4.アートとは何だと思いますか? -人間の本能である、何かを創造しようとすること。 5. どのようにしてアーティストになったのですか? -自分の作品は自分の人生の記録だと思っています。だから、日記を書くような感覚で作品を作っています。作品を作ることは、自分の存在意義を証明することと同じなので、それが芸術家になった理由だと思います。このような思いは、私の作品のメインテーマにもつながっています。生きることへの強烈な思いをモノにできるのが、アーティストの喜びだと思います。 Kim Jihye , Time to leave, mezzotint, 12x15cm, 2019 ©️Kim Jihye 6.尊敬するアーティストはいますか? -エドワード・ホッパー、ゲルハルト・リヒター、中林忠義、ドホ・ス。 7.あなたのキャリアの中で一番幸せなことと一番大変なことは何ですか? -自分の作品を愛してくれている人に認められた時はとても嬉しいです。逆に、アーティストではない友達とは違う道を歩んでいるような気がします。社会が求める標準化された時間とは違う時間を生きているような気がして、悲しくなることもあります。 8. どんな人に作品を見せたいですか? -昼より夜が好きな人、一人の時間が好きな人。なんとなく、こういう人には共感してもらえると思います。 9. 5年以内に実現したい夢や計画を1つ教えてください。 - 作品の方向性を考えて、変化を起こそうとしています。5年後の自分がどうなっているかはわかりませんが、満足できるように成長できればいいなと思っています。 10. 嫌いなコンセプトや避けたいコンセプトはありますか? -...

Quick Insight Vol5. 東洋絵画を現代的な美意識で再解釈。 韓国出身の注目作家 Jooha Sim

Quick Insight Vol5. 東洋絵画を現代的な美意識で再解釈。 韓国出身の注目作家 Jooha Sim ジュハ・シムは、"慰め "という花言葉を持つ「ポピー」という花を通して、 自分の内なる感情を現代人に伝えたいと考える作家です。 糊を混ぜた伝統的な東洋の粉絵具の偶発的な効果と鮮やかな色彩が、 背景の暗さよりも生き生きと咲くのが彼女の作品の特徴。 今回は、ジュハ・シムさんにお話を伺っていきます。 Q1.あなたの作品にとって重要なテーマはなんでしょう “A caress of florescence”(日訳:開花の抱擁)が私のデビュー当時から大事にしているテーマです。 (A caress of florescence,H 130.3cm x W 97cm x D 2cm,絵画, 2020) Q2.私たちのプラットフォームでもJoohaさんの熱狂的なファンの方をよく見かけます。 どんな方々がJoohaさんの作品を好む傾向にありますか? 日々インスタグラムで作品を投稿しているのですが、 ありがたい事にファンの方々が一人ずつ自然に増えていっています。 20代から40代の幅広い年齢層の方々に作品を見て頂いており、 子供連れのご家族の方々がとくに私の作品を好んでくれているように感じます。 (Still flowers bloom,H...

Don't Miss

コンセプチュアルアートの次の時代へ。

Kohei Kyomoriは、「モダンデコレーター」として主に平面作品を制作しているアーティストです。人間の視覚に訴えかけるような力強い作品を作り、次の世代に伝えていくことを目標としている。"私の目標は時代を超えること。歴史の中で人類が築いてきた装飾文化を絵画に解釈し、更新していくことで、誰もが感動するような作品を作りたいと思っています。" 「装飾文化をアートに応用する」というあなたのスタイルについて教えてください。装飾文化の歴史を解釈し、それを更新していきたいと思っています。私の作品は、国や地域を問わず、新しい装飾文化のスタイルを紹介する絵画かもしれません。みんなに「すごい!」と思ってもらえるような作品を作りたいと思っています。   グラフィックデザインやファッションにも携わっていますよね。その経験はあなたの仕事に何か影響を与えていますか?私のルーツはグラフィックデザインとファッションなので、特に構図を考えている時には、その技術が非常に役立っています。また、日本のグラフィックデザインのルーツは版画にあり、ジクレーなどの版画技法も使っているので、それも作品に影響を与えています。  どのように作品を作っているのですか?まずスケッチから始めて、デジタルでシミュレーションします。素材をつなぎ合わせるときなど、思いがけないところから生まれる要素が重要です。デジタルシミュレーションが終わったら、ジクレープリントで出力して、UV加工で仕上げています。私の作品は繊細で凝っているようには見えないかもしれませんが、実は繊細なんです。  作品にはいくつかのシリーズがありますが、今一番重要なシリーズはどれでしょうか?その中の一つに「あはれび」というシリーズがあります。このシリーズはオリンピックのために作り始めたのですが、文化や背景が違う人たちの差別や偏見を乗り越えたいというメッセージが込められています。 もう一つの重要なシリーズは「JAPAN BLUE」という藍染を使ったシリーズです。社会不適合者であっても、すべては個性だと思っています。多様性のある社会というのは、そもそも既成の枠に収まらないものだと思っています。だから、このシリーズのテーマは「不完全性の肯定」で、とても日本的だと思います。  メッセージ性の強い作品が多いですね。-そうですね 自分の作品を作る上で一番大切なのは、時代を超えていくこと。最近よく考えるのは、「目で見て感動する」というような普遍性ですね。飾り付けには技術と時間をかけていますが、一つ一つの作品が持っているエネルギーに、きっと誰もが感動してくれると思います。説明しなくても感動できるものが好きで、それが素晴らしいと思います。現代美術の世界でも、デュシャン以降のコンセプチュアルアートの世界でも、グラフィックデザインやファッションのバックグラウンドを活かして、自分に何ができるのかを探っていきたいと思っています。世界のどこにいても、職種や民族に関係なく、誰もが「すごい!」と言ってくれるような作品を作っていきたいですね。 

現代に残された「絵画を描く」こととは何か – 東麻奈美 インタビュー

美少女フィギュアや玩具をモチーフに、回転という動きを通し時間をキャンバスに閉じ込める東麻奈美。時間というシンプルで古典的な絵画テーマ、油彩画という絵画技法、そして現代の日本文化の一端を象徴する美少女フィギュアを組み合わせる東の作品は、絵画というメディアのレパートリーの広さ、そして現代において絵画を描くことの可能性をストレートに物語る。今回は制作の背景、これまでのキャリアについて話を聞いた。 東さんはこれまでに回転させた美少女フィギュアをモチーフにしながら時間や運動性を示唆するペインティングを制作してきましたが、テーマとしては未来派など西洋的な流れも感じさせます。まずは現在の作品について伺えますか?  もともと学生の頃から絵画に動きを閉じ込めることをしたくて、最初はブレとか揺れ、そういうものを納めようと取り組んでいました。当時はフィギュアではなくおもちゃだったり、本物のメリーゴーランドを長時間露光で撮影したものをベースに描いていました。  ただ当時描いていたのはどちらかと言うと抽象絵画。考えていたコンセプトでは自分の技量のなさもありどうしても表現しきれなくてかなり迷走していました。その中で、コマ撮りアニメのようにして回転を表現したりする実験をしていたんですが、実は私がアニメや漫画好きと言うこともあり、「フィギュアを回転させ、それをモチーフにしたらどうか」と。そしたらこれがハマったんですね。目に見える物理的な回転だけじゃなく、キュビスムや未来派の人たちがやっていたことを現代のモチーフに変えてやることで過去から未来にかけての時間の流れとしての回転が表現できる、と思いました。 抽象絵画を描いていたというのは少し意外でした。 今の作風からは意外に思われるかもしれません(笑)。これは私自身の問題というか、どちらかと言えば自分のコンプレックスに根差していて。というのも、私は絵がものすごく下手(苦笑)。とにかく「描く」ということが苦手なんです。高校の予備校から大学の初期の頃は真面目に絵画をやってみようとしてたんですけど、やっぱり描けない。油絵の描き方がさっぱりわからないんです。周りは楽しんで描いているし、まっさらなキャンバスに楽しそうに向き合っている。でも私にはそれが出来なくて、ただ色を扱うのは好きだったのである意味では逃避する先として抽象を選んでいた風ふしもあるんですよね。結局それも難しかったんですけど(笑)。 MERRY GO ROUND (ツインテール) 29.7 × 42cm, Giclee Printing on paper, edition:50 作品はこちらから 今はフィギュラティブな絵画を制作されています。真反対の方向ですよね。  今の制作方法にたどり着いたことですね、転機としては。ある種の解放に近い感覚です。今はモチーフになるフィギュアをターンテーブルに乗せて回転させ、写真を撮り、パソコン上で合成しながら絵画に落とし込んでいくんですが、つまり最初に描くものを定めることで、そもそも「何を描いたらいいか?」のような疑問を生まないようにした。設計図を用意してから描けばいいんだ、と。その点に気づけたことは私のような人間が絵画をやっていくためには大きい発見でした。 コンセプトやモチーフをしっかり定めてから描くことは自分の趣味性や感情を隔てる意味もありますか? あるかもしれない…というより、ありますますね。そもそも自己表現がすごく苦手な人間なんですよ。無軌道に作品を描けるタイプではない。きっちりしていて、真面目すぎるくらいに真面目というか。自由奔放に出来ないからこそしっかり設計して描くんですね。最近はそれもいいなと思っていて。感情や内発的で物語的な作品の良さもありますけど、私の場合は極限まで自己性を無くして、極限まで純粋に造形性を追求していくことかな、と。使用するフィギュアも自分の趣味とは極力離れたものを使う。自分の趣味とか感情が混入することを防ぎたいからで、本当に、純粋な意味でフィギュアの造形性をテーマにしたい。作品も究極的には目で見て、面白いと思ってくれたらそれでいいと思っていて。 嫌な言い方になるかも分かりませんが、端正な造形性を持った東さんの作品の場合、デジタルとアクチュアルな絵画の境が難しくなりませんか?あくまでも油彩を使用した絵画であることが東さんの作品にとっての一つの生命線な気もしていますが。  確かに「CGでいいじゃん」と思われてしまうかもですが、でも実物を見たときの筆跡や手で描いていることの痕跡も面白さの要素だとは思うんですね。その点こそ私がわざわざ油絵を続けていることの意地というか。やっぱり絵画の物質感は好きだし、その物質に対するこだわりのあるなしがイラストレーションと絵画を区分するとは考えています。 Installation view from MASATAKA contemporary こだわりの点で言えば、もう一つはコンセプトですね。東さんは時間や動きを平面に落とし込もうとしている。その考えはいつ頃から?  もしかしたら個人的な性質に根差しているかもしれなくて、私はものが劣化していく様が耐えられないんですね。ものが古くなったり、汚くなったりすることが耐えられない。ひとによっては古いものに愛着が湧いたり、革製品なんかは使い込むことで愛着を感じることもあると思うんですが、私は袋から出した新品の状態がピークだし、そのままを保ちたい。傷ついたり汚れたりなんて辛すぎるというか。だからモチーフに使うフィギュアも必ず新品を使うんですけど、最近は絵画にすることで閉じ込めているふしがある。 絵に関するバックグラウンドを聞かせてください。絵画を見始めた、あとは描き始めたのは小さい頃から? 本格的にというか、美術の歴史を意識しながら見始めたのは大学に入ってからですが、描き始めたのはもっと前ですね。実は母が漫画家をしていて、と言っても高校生の頃から私を産むまでのごく短い時期ですが。そのせいか「いずれは私も漫画家にならなきゃいけない」とずっと思っていて。強要されたわけでもないし、他に理由があったわけでもないんですけど、漠然とそう思っていたんですね。で、小さい頃からはずっとを漫画を描き続けていて、でも投稿するとか、雑誌で発表するとかいうレベルでは全然なく、趣味の域を出ないものでしたね。でも途中で自然と「自分は漫画を描きたいわけじゃないな」と気づき、むしろやりたいのは一枚の絵だろうと。 フィギュアを絵画に引用する点では、そのままの形でないにせよ、サブカルチャーの背景を感じる点ではあります。当時の絵画シーンは意識していましたか? 確かに漫画とか、あとはアニメですよね、その辺りのカルチャーを引用した絵画の流れも認識はしていましたが、でも私の場合はもっと個人的なものだったように思います。まっさらのキャンバスに描けない、だから何か設計図を用意する、だったら自分にとって身近なフィギュアをモチーフにしよう、という流れ。だから現代アートの文脈云々を意識してここに至ったというよりは、自分の中にある絵画との自然なやりとりの延長線上にあると思います。 活動を重ねてきて感じること、自身の作品について考える部分はありますか? 作品に対してもそうですが、最近はよく活動そのものについて考えますね。特に活動を続けるということについて。というのも、大学を卒業してみんな描くことをやめてしまうから。続けていてもやめていく。それは個々人の事情から止むを得ないことだと思うんですけど、でも学生時代はみんな同じアトリエで描いて、一緒に切磋琢磨していたと思うんですよ。でも今は一人で描いているし、同級生の作家も少なくなってきた。さっきもお話ししましたけど、私は自分自身が作家に向いているとは思えないんですよね。真面目で、設計図を用意しないと絵を描けないし、普通の家庭に育って特に変わったバックグラウンドがあるわけでもない。周りにはもっと絵を楽しんで描いている、もっと作家というあり方に向いている人がたくさんいる中、でも彼女たちはいろいろな事情から作家をやめて、なぜか自分だけが残っている。すごく不思議な状況だと思うんですよ。だからこそ意地になっているのかもしれない。意地の一言ですね(笑)。「とにかく続けよう」と。ずっと絵が下手だったけど大学院まで行って続けているわけで、その先に何があるかわからないけど、描き続ける先に何かがあるかもしれない。描くこともそうですけど、描き続けることは、多分もっと孤独な戦いなんでしょうね。 プロフィール1988年神奈川県横浜市生まれ。2013年女子美術大学大学院美術研究領域美術専攻修士課程修了。美少女フィギュアや玩具をモチーフに、回転という動きを通し時間をキャンバスに閉じ込める制作を行う。2013年福沢一郎賞受賞。主な展示に「メークリヒカイト4」レントゲンヴェルケ(2013)、「未来展」日動画廊(2016)、「ICON」MASATAKA CONTEMPORARY(2019)など。その他、NYや香港など多数のアートフェアに出品。

森に舞う儚げな芸術

 花火、ガラス、桜、、、世の中は儚いコトやモノに溢れている。それに美を見出すのは根源的な人間の性なのだろう。  そんな儚げな存在のうち、蝶はその筆頭ではなかろうか。  今にもどこかにいってしまいそうな不規則な羽ばたき、触れれば壊れてしまいそうな華奢なフォルム。そしてなんといっても数々の人間を幻惑させたその羽の模様など、蝶はまさに儚げな芸術のよう。  その美しさゆえに、日本でいえば花札の図柄に「牡丹に蝶」があったりと、画題や意匠としてもチョウは使用選ばれてきたわけだが、さて現代のアーティストはいかに蝶を描きだすのか。本記事では、キャンバスに舞う蝶を紹介したい。 Aira 作家の詳細はこちらから 山田久美子/Kumiko Yamada 作家の詳細はこちらから Anna Koshal 作家の詳細はこちらから

ペーパーアートに魅了されて – パート2

作品の詳細はこちらから アート素材としての紙のユニークさを説明したペーパーアートのシリーズ part 1を未読の方は、ぜひこちらからご一読あれ。 https://blog.tricera.net/post-tetsujiyamashita-lacybarry/ 紙と人類の蜜月関係 今回は少々の雑学から始めるとしよう。 考古学の研究によると、紙は紀元前100年頃の中国で発明され、以後は文明の片棒を担いながら発展してきた。「紙」という言葉の語源は、エジプト文明で使われた厚紙状の筆記媒体「パピルス」にあり、起源はなんと紀元前2560年~2550年までさかのぼる。 2020年現在、デジタル技術の隆盛により私たちの紙に対する愛着は薄れている。とは言え、それでも一夜にして紙文化が消滅することはありえない。例えば、メールやLINEにZoomで全てが済む時代でも、年賀状や結婚式、誕生日などの機会には未だに手紙を出すし、軽くて薄いタブレットひとつに何百冊もの本が入れども未だに、重くてかさばる紙の本を買う人も多い。時代遅れにも思えるこの素材と私たちを結びつけるのは、人類として記憶に刷り込まれたアナログさ、つまり紙への郷愁なのだ。 いくら世情が変わろうとも、4,000年以上にわたる人と紙との蜜月関係は、今もなお世界中で続く。筆者が滞在しているフランス、全国で年に数回開催される骨董市は大変な人気なのだが、特に人の興味をそそっている品は数十年前に書かれた手紙であったりもする。美しく手書きされたはがきや手紙は黄ばんでいるが、そこに記された心情は今も生々しい。インクのにじみや筆跡に、書き手の迷いや興奮が色あせる事なく見られる。 作品の詳細はこちらから 薄くても丈夫な和紙は、筆と墨に適合し発展してきた。その美しい風合いから、和明かりや障子など、家具にも使われるのはご存知の通り。古くには、神道のお供え物の包装材として使われた事に始まり、儀礼折として、折り方や折り目の知識が高位の武家教育の一環となっていく。江戸時代になり、今日私たちの知る「折り紙」遊びとして一般に広まった。若輩の私も日本で育った身、書道を嗜み、折り紙を作り、紙飛行機を飛ばし友人と遊ぶ中で、常に日本の上質な紙に慣れ親しんできた。 作品の詳細はこちらから さて、アートにおいて、「アナログ」媒体である「紙」はいかに重要なのだろうか?インドを拠点に活動するビジュアル・アーティスト、Janaki Leleは、ハンドカットによる切り絵を通して物語を紡ぐ。「Telepathy」と言う作品には詩が添えられ、彼女は「エネルギー網は目に見えない線を通り...、二つの心をつなぐ...、私のこと想ってくれていたの?実は私もあなたの事を考えていた所なの。」とささやく。なるほど、私たちの脳をつなぐのは、目に見える電力ケーブルという現代的なエネルギーだけでないのだと、改めて他人とのつながり方を考え直させられる。私たちが思考を表現する営みは、凧や鳥を空の流れに解き放つ様。この流れが、私たちの頭の中にある風車や水車のタービンを回し、相互作用のなかでエネルギーを生み出す。どうやら、テレパシーのような繫がりは、このアナログなメカニズムで同調している時に起こるであろう。 作品の詳細はこちらから もう一つの作品「Star Catchers」には優しくも朧げな夢物語が描かれる。友人の子と、窓を通りすぎる夕日をつまんで遊んだ時間から着想を得たと言う。これらの物語は全て、シルエットとわずかな奥行きを利用し、たった一枚あるいは数枚の紙の上で繰り広げられる。わずか数マイクロミリメートルの厚さの紙に、すべてのドラマを受け止め伝達するキャパシティと可能性が秘められているとは驚嘆だ。なぜそんな事が可能なのか。それは、紙が有機的な存在であることに秘密があろう。思考とコミュニケーションが有機的に形成される様を見たように、生物学的エネルギーが人間と紙のアートの間で相互作用しているのだ。紙が触媒として芸術家と芸術を、また芸術と私たちを結びつける。 作品の詳細はこちらから 日本を拠点に活躍する百鬼丸は、これまでに1万点以上の作品を手がける多作の切り絵作家として、侍たちを21世紀の世界に紙で躍動させてきた。彼の描く線にはまるで日本刀のような切れ味の良さが際立つ。日本の歴史小説の表紙デザインを多く手がける彼のモチーフは、武士や忍者が活躍していた時代のものが多く、その大胆な構図は、浮世絵の躍動感とマンガのキャッチーさを併せ持つ。これらの要素と、生き生きとした人物描写が相まった彼の作品には生命力が溢れている。有機的な紙にその生命を宿す包容力があることは言わずもがなである。 作品の詳細はこちらから 彼の作家活動は、作品と同様にパワフルだ。平面・立体の切り絵アートを制作するだけでなく、テレビ出演、日米仏での展示会、そして興味深いことにライブで切り絵パフォーマンスも行うと言う。彼の武者デザインが施されたマスクも販売されているそうで、ウィズコロナ時代には頼もしい限りだ。百鬼丸は大学で建築を学び、その後陶芸の修行をしたりと、まるで浪人侍のようなキャリアを歩んできたやも知れぬ。しかし今、日本切り絵界の先鋒として自らのキャリアを切り拓き、後進に道を描き示す。  https://www.youtube.com/watch?v=yDVpG4p948E&feature=youtu.be TRiCERAでは今後もアーティストの情報をお届けしていきます。切れ味鋭い知見や味わい深いコラムをもっと読みたい方々については、ArtClipニュースレターの登録をお忘れなく。

Feature Post

肖像画に写る社会の歪み

個人的かつ感情的に捉えるすゝめ 美術館でコレクションを散策しているとしよう。あなたは良くある肖像画コーナーをじっくり見るタイプ、それとも筆者のように早足に通過するタイプだろうか。このエリアは、私にはどうも居心地が悪くて仕方ない。なぜなら壁一面のポートレートは、無邪気な悪さの故に何時間も叱られていた校長室の壁を思い出させるのだ。それでも中には、苦い思い出に負けずに私を魅了してやまない作品らも決まってあり、それらのモデルや作家の時代を超えた語り口、無視できぬ存在感についつい足を止めてしまう。 庶民の肖像にことさら興味深いドラマを感じるのは私だけでは無いようだ。例えば、オランダ黄金時代の画家ヨハネス・フェルメールの傑作「真珠の耳飾りの少女」は、トレイシー・シュヴァリエに500万部以上売り上げ、映画化までされた同名小説を書かせるきっかけとなった。マウント・ラシュモアに彫られたアメリカ大統領の顔は精悍だが近付き難いように、どんなに美しく描かれていても、典型的な特権階級の面々に魅了されることはやや稀でなかろうか。 良いポートレートはそのモデルと画家そして鑑賞者との不思議な三角関係に誘い込む力があって然るべき。我々もそこに愛着を感じることを恐れる必要はない。シュヴァリエの執筆も長年越しの関係があってこそだ。TRiCERAに掲載されている今日の肖像画の中には、庶民、特に歪んだ社会的次元の住民が描かれているものがある。その歪んだ次元に飛び込む準備は良いだろうか。 「シートベルトをお締めください。大変プライベートで感情的なフライトとなるでしょう。」 「作品が叫び声となる事を願う」- James Earley イギリス出身のジェームズ・アーリーは、今最も期待されているハイパーリアリズムの画家であり、ロンドン・ビエンナーレ2019では一等賞を受賞している。 彼は 「ホームレスやメンタルヘルス、戦争などの問題への意識を高めるため」に、問題を抱えた人物を表現することが多いと言う。意外にも、彼の型破りなモデル達は悲哀や疲弊というネガティブさよりも遥かに、人情味や平穏と言ったポジティブな印象を湛える。 いわゆる 「一般人 」に届く叫びは、この 「不幸な彼ら」と我々の間に何ら違いがないということだ。隠したい人生の悩みは誰にでもある。 だが、彼らの場合はそれを覆う社会的な衣装を持たないせいで露呈しているだけだ。 視線を集めるこの男性の足裏は、まさに我々が必死に覆い隠している人生の苦労や汚れを象徴する様で、それを露わにされた気まずさを鑑賞者に呼び起こす。 アーリーの絵に感じるこの気まずい感覚は私も身に覚えがあり、それが強い愛着を抱く理由でもある。2015年に、世界で最も住みよい街として知られるカナダのバンクーバーに越して来た時、通りに飽和状態のホームレスの姿は私には衝撃的だった。なんせ、観光客で日夜賑わう通りのわずか1ブロック先は最大のホームレス街なのだから。彼らに囲まれて暮らし、直接的な害を被ることはなかったが、間接的ダメージは大きかった。彼らの中には同年代の若い男女も多く、その横を通り過ぎる度に胸が痛んで止まないのである。 ささやかな貯金とアルバイトの給料から家賃、食費、高額な授業料を支払い、私のダウンタウンでの生活は日に日に苦しくなっていく。かろうじて家計をやりくりしていたそんな時、同い年のカナディアンの友人が秘密の過去を教えてくれた。彼女は、私と同じ境遇にいたのだが転落し、数ヶ月間ホームレスとなりその後シェルターに滞在した経験があると言うのだ。傍目にはキレイで陽気な彼女も、それを偽装の下に見事に隠していたのである。その日を境にホームレスは他人の問題ではなくなった。下手すれば自分も…この悟りと恐怖は原動力ともなったが、最終的にはダウンタウンを出るきっかけとなった。 悲惨な現実から逃避して何年か経ったある日、モントリオールから来たジャン・マークというホームレスの男性から、あの店でこれを買ってきてくれと頼まれた。いつもは小銭をせびられるだけなのだが、彼は人当たりがよく年齢も同じくらいだったので、つい彼の頼みを引き受けた。その後一緒に数ブロック歩く間、彼は自分の身の上話を嬉しそうに教えてくれた。数日後の夜、通りで彼に再会し少しおしゃべりしたりもした。彼のために大した援助はできなかったが、今でもたまに元気にしているか気にかける日がある。 そんな私は、アーリーの親密なポートレートの中に、ジャン・マークの照れ笑いを見かけた気がして涙を流してしまったのだ。この作家には、共感と思いやりに満ちた心だけでなく、彼らの悲しみを共有し、それを耐えうる強さがあるに違いないと察する。この絵に見られるような本物の笑顔を引き出せるのは慈善事業ではなく、彼の偽りのない人となりなのだ。アーリーは、現実には瞬間的な喜びを芸術として永久化し、見過ごされている人生に光を灯す。 社会の歪みを反映したポートレートはこれだけでない。 若い世代では、「(他人と同じく)ユニークであれ」というプレッシャーがますます高まる。生来内在する個性の尊さと、社会的に支持された人気ある個性との狭間で、彼らは自己を見つけるのに格闘しているのだ。ラファ・マタは、この矛盾を芸術と言葉で的確に指摘している。 曾超は、現代中国社会におけるイデオロギーの対立を人物肖像として描く。一方のグループは中国社会主義の影響を受け、もう一方は中国の古代哲学である道教の影響があると言う。彼はこの人物に社会主義の象徴的な服装を纏わせ、頭を彼の道教由来のモチーフ「仮山石」で置き換える。油絵の具を使ったダイナミックな筆致のコントラストには驚嘆だ。 鏡に映る像は自分自身なのか、それとも他人から見た像なのか。見えるものの不確かさを問うことが、清水伶のテーマである。彼は、「私たちは他者が示すイメージによって自分自身を理解し、定義している。よって他者は私たちの鏡である」と言う。この自画像は、多様な社会の鏡に見られる様々な自分の姿をモザイクとして人物化したものなのだ。 肖像画が表現する所は、例えば風景画のように理解し易いものとは違うかも知れない。しかし、その曖昧さの故に、行間を読む自由な鑑賞方法もある。鑑賞者として何を感じるのか。画家はモデルをどのように解釈したのか。そして、モデルの目には何が映っているのか。個人的、感情的な見解からポートレートを楽しむのも良い。  私の同僚は、肖像画についての別の記事を書いている。「人はなぜ顔を描くのか?」 彼は他にも多くの作品を技術的な視点より分析する。ご興味のある方々については是非ArtClipのニュースレターの購読をお忘れなく。

soryo solo exhibition

個展開催記念 期間限定販売ページ このサイトはsoryoの期間限定オンライン販売サイトです。 下記の作品からお好きなものを選んでいただき、ご購入ください。 こちらのサイトではクレジット決済のみとなります。 *決済画面で作品番号を必ずご記入ください。 soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額なし : 10,000円(税抜き) 送料込み soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額付き:20,000円(税抜き)送料込み 額の色:ホワイト、ブラック、シルバー、ゴールドからお選びいただけます。決済ページで色の指定をお願い致します。 展示作品 soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額なし : 10,000円(税抜き) 送料込み soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額付き:20,000円(税抜き)送料込み 額の色:ホワイト、ブラック、シルバー、ゴールドからお選びいただけます。決済ページで色の指定をお願い致します。 About soryo -ソウリョ- 東京都八丈島出身。神主の資格を得るため上京し、その際、裏原宿の文化に触れる。 横尾忠則現代美術館の作品群や、高校時代の恩師から譲り受けた靉光の作品集、小学校高学年の時期にやり込んだ RPG テレビゲームの世界観に影響を受ける。日々のストレスから精神衛生を保つため、iPhone でのグラフィック作りを続けながら、今に至る。 2017 年 7 月 アイドルの顔から「輪郭」「目元」「鼻」「口元」の 4 パーツを切り取り 福笑いの技法で架空のアイドル少女を作り出す個展【GIRLS】 2018 年 8 月...

星空を旅する時代のアートとは?

 星座の歴史は約5,000年前にさかのぼります。 メソポタミアの羊飼いたちが星空を見上げて星を繋いでいたという事実は、私たち人間が古代から漠然と宇宙に惹かれていたことの証拠です。 アポロ11号が月面着陸してから50年以上が経過した今、星空や星座を題材にした作品が数多く生まれています。科学の力で宇宙の秘密が少しずつ明らかになっていく中で、宇宙を題材にした作品も変わってきたのでしょうか。 内藤 博信   日本人は昔から月に魅了されてきました。それは、現代まで続く月見の行事や、和歌に月が詠まれていることからも明らかです。内藤は、鉱物顔料を用いて月を叙情的に描いています。 見上げて空に輝く月を見ると、自分の人生を振り返り、心の中に「静寂」を感じるという。目の粗い絵の具で描かれた青い月は、見る人の心に静けさを残してくれることでしょう。 アーティストの詳細はこちら 椛田ちひろ  インクジェット紙に黒のボールペンで不規則な形を描くことで知られる椛田。繊細で力強いボールペンの動きで、様々なものを描いています。 宇宙に散らばる惑星は、観測されたものから人間の想像力を加工して生み出されてきた。しかし、蒲田の「惑星」は、その存在があり得ないと思われる抽象的な形をしている。しかし、概念的な表現の中に「未知」の魔法がある。 アーティストの詳細はこちら 前川奈緒美 前川は、星の性質を自らの創造物と同一視する精神的な観念で描いています。 星が終焉を迎えた時、自分の中心へと向かい、物質を破壊し、爆発し、元素を撒き散らし、存在から消えていくと言われています。私は自分を知るために、自分の中心、自分の心を描いてきました。すべてはつながっている。前川の作品はエネルギーに満ち溢れているように見える。 オイルバー(油絵具や蜜蝋で固めたもの)を使い、時には筆の代わりに自分の指でキャンバスと体を一体化させている。 アーティストの詳細はこちら 言うまでもなく、宇宙は広大で、常に拡大し続けています。したがって、仮に人類の化学が究極の進化を遂げたとしても、その全てを知ることはできない。しかし、だからこそ、これからも人類の最大の廃棄物であり続けるであろう宇宙について考えずにはいられない。

花の言葉、花の絵画-ものの意味を描く絵画について-

 植物に象徴的な意味を担わせる伝統は世界の多くの文化が持っている。  なにかめでたいことがあれば花束を渡して祝福をし、人が亡くなれば花を供えて見送る。そうやって人は花をただの植物以上のものとして共に歩んできた。  人が花に意味を見出した例として、花言葉は恰好の例であろう。その起源については不明な点が多いが、現在行われているような花言葉の慣行は、19世紀の西欧社会で盛んになったという。こうした流行を背景に、1819年頃には最初期の花言葉辞典、シャルロット・ド・ラトゥール著《花言葉》が出版。  ラトゥールは《花言葉》の中で、色の違いのほか本数ごとに花言葉を考案・紹介するなど、とりわけバラは特別に扱われた。それは「花の中の花」と称されるほど西欧文化において重視されてきた花の一つで、伝承や神話に由来する意味づけが既になされていたことがある。  本記事では、古今東西で多くの人々の心を惹きつける「花の中の花」、薔薇のペインティング作品を花言葉と合わせて紹介したい。 浜浦敦子/Atsuko Hamaura 黄色い薔薇の花言葉:「友情」「平和」「愛の告白」 作家の詳細はこちら 山田久美子/Kumiko Yamada 3本の薔薇の花言葉: 「愛しています」「告白」 作家の詳細はこちらから Jessica Veilleux ピンク色の薔薇の花言葉:「しとやか」「上品」「可愛い人」「美しい少女」「愛の誓い」 作家の詳細はこちらから 中村公紀/Koki Nakamura 白色の薔薇の花言葉:「純潔」「清純」「私はあなたにふさわしい」「深い尊敬」 作家の詳細はこちらから Tatiana Alive 1本の薔薇の花言葉: 「一目ぼれ」「あなたしかいない」 作家の詳細はこちらから 広田稔/Minoru Hirota 青い薔薇の花言葉:「夢かなう」「奇跡」「神の祝福」 作家の詳細はこちらから

Editor's Choice