日曜日, 2月 28, 2021
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現代アメリカのアートの流れを覗く-アメリカン・アーティスト特集-

アメリカのアートもしくはアーティストと言えば、何、また誰が思い浮かぶだろうか?8月はアメリカン・アーティスト鑑賞月だそうで、新しくアメリカ出身/拠点のアーティストを発見するのには持ってこいのタイミングだ。

第二次世界大戦後、それまで地球規模での影響力を誇ったヨーロッパの国々は力を保持できず、代わりにアメリカが台頭した。これは政治や金融だけでなく、芸術においても同様であり、アメリカ文化が以前にも増して宣伝され、輸出されるようになった。特に、ポップやミニマリズムなどの芸術運動は、現代美術の行方に多大な影響を与えた。

ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホル、ジャン・ミッシェル・バスキア、ドナルド・ジャッド、フランク・ステラ……と、その名前を連ねるのはいとも容易い。私たちが現在知る形のアートを楽しめるのも彼らのおかげである。アメリカの政治的なイメージは、アメリカ人でない私たちにとっては決して崇高なものではないかも知れないし、そして現大統領が懐かしむほどにグレートではないかも知れない。

しかし、幸いなことに、芸術の創造性を楽しむのに世情は関係ない。我々は、希望と夢の国から届けられる輝かしいアートと共に、幸せな現実逃避の航海へ漕ぎ出すとしよう。

Brian Schorn

A.C.D.

Young Serena 92 x 61 cm 

Seth King

Lawrence Lee

Double Thunder 30.48 x 30.48 cm

Edward Burden

Her Makeup Was Perfect 30.4 x 30.4 cm

Cash – Cooper

Sandra Mack-Valencia

Carl Goss

Clint Imboden

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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Joi Murugavell – 喜びの迷路

オーストラリア出身のアーティスト、Joi Murugavellは、大胆で楽しく、ユニークなキャラクターがいっぱいのカラフルな作品を制作しています。オークランド工科大学でアートとデザインの修士号を取得し、アーティストとしての道を歩み始めました。 2009年に初個展を開催した後、世界各地の展覧会に積極的に参加しています。最近では、国際的に有名な現代アートフェア「アフォーダブル・アートフェア」や、日本最大級のオークションハウスである「シンワ・オークション」にも参加しています。オセアニア地域のみならず、ヨーロッパ、アジア、アメリカでも作品を発表しています。 彼女のアートは抽象的で、明るく、噛みつき、ユーモラスなものが多く、個性的なキャラクターがキャンバスの上で踊っています。彼女のキャラクターは、ただ楽しくて楽しい気分にさせてくれるだけではありません。それぞれのキャラクターは、人間の経験と流動する魂の美しさと痛みを捉えています。 See More Of Joi Murugavell's Artwork

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Quick Insight vol.3 – 鈴木潤 | Jun Suzuki –

20代に上京し独学でアーティストとなった鈴木潤は、自分の中にあるあオリジナルなキャラクターをストレートに描き出し、「描き手と見る人」の間で鑑賞を通して生まれるコミュニケーションを重視する。「自分の頭の中を覗いて欲しい」という鈴木の独特な世界観やアーティストになった経緯について話を聞いた。 鈴木さんはボールペンをメインに、すごく細かく描き込んだスタイルでやられてますよね。まずは作品について簡単に伺えますか?作品は自分のなかにいるキャラクターを外に出してあげるような気持ちで描いています。描いても描いても湧いてくるんですよ、たくさんのキャラクターたちが。 ともだち紙・ボールペン, 51.5 × 36.4cm Buy Now アーティストとしてキャリアを始めたのは20代の前半でしたね。どういったきっかけが?  実は2014年に仙台から東京へ来たんですけど、別に何かあてがあるわけでもなく。それまでずっと飲食店で働いていて、ただ漠然と日々を過ごしてる感じだったんですけど、だんだんと好きなことを仕事にしたいっていう気持ちははっきりしてきて。「じゃあ好きなことってなんだ?」と考えたら描くことで、「じゃあ描くことを本気で頑張ってみよう」と。 東京に来てすぐに活動をスタートさせたんですか?  いえ、最初はデザインの研究所に入ったんです。夜間で、週に3回ほどのコースに通ってました。でも「なぜそこにしたか」みたいな突き詰めたものはなかった。漠然とした気持ちだったんですよね。  結局、つまらなくて半年でやめてしまった。その時に幻冬舎さんの雑誌でアートコンペがあって応募しました。ボールペンの作品だったんですけど、それが入賞して、僕としては「ああ、これでもいいんだ」って。ボールペンで描いたやつでも認めてもらえるんだって自信になりました。活動はそこからですね。 Jungle紙・ボールペン, 29.7 × 21cm Buy Now   ボールペンを使用した理由はなんだったんでしょう?好きな文房具なんです、単純に。ペンと紙だけあればどこでも描ける気軽さも、細かく描き込めるところも好きですね。 キャラクターは小さい頃から描いていましたか?そうですね、小学生くらいからオリジナルのキャラクターを描いていました。自分の妄想世界というか、そういうところにいるキャラクターたちを。大友克洋さんとか好きな漫画、あとはテレビとか雑誌に出てくるひととかモノとか、モデルはあるんですけど、多分そういうものを妄想に還元していると思います。 大友さんが好きなんですね。他にも影響を受けたカルチャーはありますか?フランスのメビウスさんとか、ペンだけですごいカッコいいものを描いていて尊敬しますね。他にもバンド・デシネの作家さんたちは好きです。 Memories紙・ボールペン, 42 × 29.7cm Buy Now 画家だとどうでしょう?一番は佐藤允さん、あとは藤田嗣治。あの人の伝記を読んで衝撃を受けて。生き方とか、考え方とか、その全部がすごいなと思ってます。 話が少し戻りますが、やってみたいことが「描くこと」だったと。どうして「描く」だったんでしょう?明確な理由はないと思います、もうずっと描いていたので。小さい頃から描くことが当たり前で、普通で、日常って感じでした。カレンダーの裏とか、テスト用紙の裏とか、とにかくずっと描いてたんです。今もそれが続いているような心地です ドクロくんの顔アクリル・キャンバス, 53 × 45.5cm Buy Now アーティストとして活動を続ける原動力も同じですか?変わりはないと思います。好きなものを描いて、描いたものを友達に見せると喜んでもらえたりしたのが嬉しくてっていうのを続けている感じです。 たぶん、自分が好きなものをみんなに見てほしいんだと思います。僕が僕の好きなものを描いて、それを周りに見てもらう。自分の頭の中を覗いてほしい 褒めてもらいたいとか、見てる人が自分と同じように楽しんでほしいとか、そういう本当にシンプルな気持ちでやってます。 活動続けてきて変わったところはありますか?作品だと、最近は色を使ってます。ずっとモノトーンだったんですけど、周りから色を使ってみたらとは言われていて。最近になってアクリルを使い始めました。 GOEMONアクリル・キャンバス, 41 × 38cm Buy Now  最後の質問ですが、これから変わっていくかもしれないところ、あるいは変わりたくないところはありますか?描くことが楽しいことは変わらないでほしいですね。逆に、それくらいかな。僕、自分の絵についての考えなんて本当に中学生レベルなことしか言えなくて申し訳ないですけど(笑)。でもずっと描いてきて、今も描くことを続けていて、その根っこにあるものは変わりないと思ってます。好きなものを描いて、みんなに見てもらってって。楽しいし、楽しんでもらえるならそれでいいと思ってるんです。美しく、楽しくありたい。それだけですね。 鈴木潤 | Jun Suzuki1991年宮城県出身。23歳の時に上京し、桑沢デザイン研究所に入学。学校を中途退学した後、「PONTOON“装画”コンペティション...

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ミレニアル世代の私たちがモダンアートを買うべき理由

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日本のテレビ番組「プレブレイクスルー」にTRiCERAのアーティストが出演

TRiCERAのサービスには100名以上のアーティストが参加しており、ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜という日本のテレビ番組「ブレイク銭屋」でも紹介されたアーティストもいます。以下にアーティストのクリップの一部をご紹介します。 Keisuke Tsuchida https://youtu.be/dxff44DdumU <a href="https://www.tricera.net/en/id81000490018.html" Keisuke Tsuchidaの作品をもっと見る HERE より Go Ogawa https://youtu.be/NzIFKYC_qsw <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200017.html" Go Ogawaの作品をもっと見るHEREより Yu Uchida https://youtu.be/SKzYm92XoBY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200012.html" Yu Uchidaの作品をもっと見る HERE より Aran Yasuoka https://youtu.be/E2N7nuM_-WY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200054.html" Aran Yasuokaの作品をもっと見る HERE より Yuna Okanishi https://youtu.be/hXQ2TwrjfYE <a href="https://www.tricera.net/en/id81000420006.html" Yuna Okanishiの作品をもっと見るには、HEREから。 Osamu Watanabe https://youtu.be/dRcfSvzVYZ0 <a...

Feature Post

目にも眩しい新進気鋭のデジタルペインター

デジタルペインティングは現代アートの一部として考えるべきなのか?もちろん、疑いの余地もない。確かにキャンバスと油絵具やアクリル絵具のようなリアルな材による従来の芸術とは異なるが、それでもやはり、描画や構図などの芸術的なスキル、そして何よりも創造性を必要とします。  また、デジタル絵画は、従来よりも更にタイムリーに現在の世情を反映することができる。当時の王侯のリアルな肖像画や戦争のキュビズム解釈など幅はあれど、常に歴史の鏡や視覚的な記録との役割を担う事実も、芸術の一つの重要な要素である。2020年は多くの無視できぬ出来事が続いており、より一層デジタルアーティストがこの前例のない年を描き出している。 デジタルの作品は、ほとんどがプリントで手元に届き、自明の理として立体的な質感や、 "オリジナル "の実感には欠ける。しかし、その一方で、特徴的なクリーンな線や想像を絶するような色使いを実現することができる。文頭の問いの答えは、良し悪しでの問題ではなく、新たなスタイルとして認められるべき、と。あなたも、この有無を言わせぬ独創的な芸術の力に納得するはずだ。 Le Thai Huyen Chauo  新興のサイケデリック・カラーの魔術師。彼女はロックダウン下の日常風景を、シニカルに、終末的なディスコへと変える。 fkXrnbw 芸術のタバスコ。辛辣なユーモアとシュールレアリスムの出会い。歪んだ創造性は、あなたを「夢の中の夢」の中で目覚めさせてくれる。 SAD MARIA 心の健康への意識を促す優しいビンタ。ミニマリスティックな構成がメッセージを強調している。 이창희 とろけるようなファンタジアへの招待状 - 入り組んだディテールとパターンの混ざり合いが魅力的。

国立新美術館での展覧会「イメージ・ナラティブ」国立新美術館で開催される「日本の現代美術における文学」展について

Keizo Kitajima, TSILCARL VILLAGE ARMENIA (From the series USSR 1991), 1991/2019, Pigment print 66.0×93.0cm Collection of the artist ©KITAJIMA KEIZO 2019年8月28日から11月11日まで、国立新美術館東京では、日本の現代美術作家6名によるグループ展を開催します。展覧会のタイトルは「イメージの物語」。日本の現代美術における文学」。タイトルの通り、日本の現代アートシーンにおける文学的表現に焦点を当てた展覧会です。出展作品には文学的な要素が共通しており、詩のような比喩的な表現がなされています。直接的なメッセージを表現するのではなく、作品の中の時代や場所、人物を想像することを示唆している。 国立新美術館の展覧会公式発表によると、古代ローマの詩人ホラーチェの『アルス・ポエティカ』に由来する、「絵画も詩であるように、詩も詩である」という意味の「Ut pictura poesis」という言葉があります。この言葉は、絵画(視覚芸術)と詩がいかに密接に結びついているかを説明する際によく引用されます。 今回紹介する6人の日本人現代美術家は、1950年代生まれの北島敬三から1980年代生まれのミヤギフトシまで、年齢も様々だ。美術館に入ると、まず第1室を占めるのは、国内外で活躍する田村友一郎氏。部屋全体が「幻覚」をコンセプトにした彼の新作「スカイアイズ」となる。作家は、日本でいう "幻覚...