月曜日, 3月 1, 2021
Home News アートで恐怖の館?ハロウィン編

アートで恐怖の館?ハロウィン編

もしもハロウィンのお祭り騒ぎが大好きならば、今年はコロナウイルスのおかげで、例年のようなパーティーが出来なくてガッカリしていることであろう。仮装を披露する相手も少ないし、「マスク」を着けるのはもう日常の風景となってしまった。そこでTRiCERAが提案するのは、あなたの予算とパーティー精神を自宅の装飾に当ててみてはいかが?

いつものハロウィンの家の装飾に加えて、あなたはアートを一つ二つ追加して気分を盛り上げてみる。季節の移ろいと共にインテリアを衣替えするのは素晴らしい日本らしい美意識。そこにハロウィンも加えて、来る年々のために特別な装飾を。あなたと家を訪ねたゲストに背筋に寒気の走るような、怖〜いお気に入りアート作品を探してみよう。

Jure Kralj

MIchele Pau

Il martirio by MIchele Pau
23 x 21 cm

Yumimi

Little Cho

Kate Glasheen

Sam Bulaga

 

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

Most Popular

You Might Like

崩れていく造形の先にある美しさを描く – さめほしインタビュー –

さめほしは1997年東京都出身、2020年に武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻卒のペインター。2016年頃からアクリルとペンを使い、デフォルメされた少女の顔や体を破裂・溶解させ、その崩壊と形成を繰り返す姿を描いてきた。「可愛いものは崩されても可愛さを保ち続ける」というさめほしに、今回は作品の背景やこれまでの歩みについて話を聞いた。 さめほしさんは生成と崩壊をテーマにした女の子の顔をメインに描かれていますね。顔や目の大きさをデフォルメした顔もそうですが、加えてそれを意図的に崩している。その点にからお話を伺えますか?  感覚的な話になってしまい恐縮なのですが、モチーフについて言えば、一番の理由としては可愛さ。小さい頃からプリンセスのような女の子を描いていることが好きだったんですけれど、両親の影響から90年代頃のアニメを見たりゲームをすることが多くて、その中でデフォルメされたキャラクターを好きになっていったんです。 作品の傾向のせいか、よく「アニメが好きなの?」と言われるのですけれど、実際にはそこまでアニメや漫画というジャンル自体に強い思い入れはなくて、むしろ頭身の低い、デフォルメされた女の子の可愛らしさ自体が好きなんです。 一方では可愛いさだけじゃなく、その可愛らしさが崩れている状態にも関心が強くて。可愛いのに、その可愛らしさが溶けるように崩れていっている状態。その「もう元には戻らない」ということが余計にその美徳を強めるというか、これは感覚的なことなのですけれど、その様子にすごく惹かれるんです。 加虐的な趣味というわけではなく、バラバラになったり破裂していたり、崩壊した可愛らしさにも別の可愛らしさがあると思っていて、むしろ「可愛い」というものを単純化されないカタチで表現できるのではないかな、とは考えています。 クリスマスケーキ 2020年 29.7 × 42cm Giclee Printing on paper edition:50 さめほしによる限定エディションプリントはこちら 顔だけでなく、身体そのものの形状も崩れている絵画もありますね。「可愛いらしさの崩壊」以外にも変形する身体にも関心がありますか?  おっしゃる通り、キャラクター化された女の子以外やその崩壊以外に、そもそも顔がぐちゃぐちゃしていたり体がバラバラになっていたり、あとは硬いものが柔らかいものに衝突して弾け飛んでいる様子とか、グロテスクなものが好きというわけではないのですけれど、そういう様相が綺麗だなとは思っていて。 AKIRAという作品に登場人物の1人の体が変形していくシーンがあるのですけれど、特にそこが好きで。むしろそこしか見てないくらい(笑)。きっと途中経過というか、例えば魔法少女の変身シーンのように動いている状態が好きなのかもしれません。 そういうわけで形が変わっていく身体については昔から「いつか描いてみたい」程度には思っていたんですが、実際のきっかけとしては愛☆まどんなさんの作品に出会ってからですね。  愛☆まどんなも融解的な色使いをされますけど、崩壊性はそこから。 ええ、そうですね。「ああ、これだ」と氷塊することが多くて、これも発見というか、何かが揃った感覚が自分の中にあったのですけれど、そこからは女の子の顔とか体を崩壊させた絵に取り組むようになりました。 United 2015年 116.7×91cm キャンバスにトレーシングペーパー・油絵具・ペン 現在の絵画を形成するうえで参照した作家さんは他にもいますか? あとは大槻香奈さんですね。最近の作家さんから影響を受けることが多いのですが、大槻さんはデフォルメされた女の子の顔のパーツの配置がすごく卓越していると思うし、縦長の目の描き方はとても参考になります。 どちらも影響力が強い作家さんですけど、その影響下から自由であることは大変ではなかったですか? いや、それが本当にそうで。ただでさえ影響されやすいというか、流されやすいというか、自分自身の性格的にも模倣に走って行きがちなところがあるので悩みました。 でもお二人とも特徴的ではあるので、例えば愛☆まどんなさんの異色肌の女の子、影の色に蛍光色を使うこと、あとは目の中に文字を入れるなど視覚的に独特な部分について自分の中で使用を禁じたり、「これはしない」などルールを設けることで追従をしないように心がけましたね。 デフォルメされた女の子、身体や顔の崩壊性以外にも、さめほしさんの作品は線描や絵具の質感も特徴の一つだと思うんですが、こちらも他にルーツがありますか?  その二点については自分の好みかもしれません。もともと線をひくという行為自体がすごく好きで、細い線を描いていたくて今の絵を描き始めたようなものかもしれないです。何も考えずとも引いていると自然と作品が出来上がってくる線の不思議さも好きだし、無意識で線を引いている時間なんかすごく好き。 絵具についても、やはり物質としての安心感は好みです。昔は絵具をもりもりにして画面をボコボコさせていたんですけど、でも私の作品は近くで見ると荒っぽさが目立っていて、そこは少し気にしていて。よく「デジタルの方がいいよ」とか「写真の方がいい」とは言われるし、今は表面の仕上げにやすりを使ったりしています。 でも物質感は大事? ...

花の言葉、花の絵画-ものの意味を描く絵画について-

 植物に象徴的な意味を担わせる伝統は世界の多くの文化が持っている。  なにかめでたいことがあれば花束を渡して祝福をし、人が亡くなれば花を供えて見送る。そうやって人は花をただの植物以上のものとして共に歩んできた。  人が花に意味を見出した例として、花言葉は恰好の例であろう。その起源については不明な点が多いが、現在行われているような花言葉の慣行は、19世紀の西欧社会で盛んになったという。こうした流行を背景に、1819年頃には最初期の花言葉辞典、シャルロット・ド・ラトゥール著《花言葉》が出版。  ラトゥールは《花言葉》の中で、色の違いのほか本数ごとに花言葉を考案・紹介するなど、とりわけバラは特別に扱われた。それは「花の中の花」と称されるほど西欧文化において重視されてきた花の一つで、伝承や神話に由来する意味づけが既になされていたことがある。  本記事では、古今東西で多くの人々の心を惹きつける「花の中の花」、薔薇のペインティング作品を花言葉と合わせて紹介したい。 浜浦敦子/Atsuko Hamaura 黄色い薔薇の花言葉:「友情」「平和」「愛の告白」 作家の詳細はこちら 山田久美子/Kumiko Yamada 3本の薔薇の花言葉: 「愛しています」「告白」 作家の詳細はこちらから Jessica Veilleux ピンク色の薔薇の花言葉:「しとやか」「上品」「可愛い人」「美しい少女」「愛の誓い」 作家の詳細はこちらから 中村公紀/Koki Nakamura 白色の薔薇の花言葉:「純潔」「清純」「私はあなたにふさわしい」「深い尊敬」 作家の詳細はこちらから Tatiana Alive 1本の薔薇の花言葉: 「一目ぼれ」「あなたしかいない」 作家の詳細はこちらから 広田稔/Minoru Hirota 青い薔薇の花言葉:「夢かなう」「奇跡」「神の祝福」 作家の詳細はこちらから

光をカタチに落とし込む-藤野真司 インタビュー-

 国内での数々の展覧会を行い、2019年にはスロベニアにて行われたアーティスト・イン・レジデンスに参加。ヨーロッパ圏のアーティストと共に制作と展示を行うなど、精力的な活動を行う藤野真司。アーティストになるに至った経緯、光を扱う作品をめぐる思索までインタビューを行った。  ガラスやアクリルに透明な筆跡を施し、作品が置かれた場所の光によって視覚化される《光の標本》シリーズ。藤野の代表的シリーズである当シリーズは「光が我々に何を見せてくれるか」をテーマに制作が行われている。光に対し特別の関心を抱く藤野であるが、はたして彼にとって光とはどのような存在なのだろうか。次のように語った。 「光は場所に関係なくどこにも存在し、鑑賞者の内面的な在り様によって様々なとらえ方ができます。」  人間にとって、切っても切り離せない普遍的な存在でありながら、捉えどころない光。藤野はジェームス・タレルのように光をマテリアルの一つとして取り扱うアーティストに影響を受けたという。そもそも藤野がプロとして創作の世界に足を踏み出したキッカケも光に関連するものだった。  「美術系高校と美大でアートを学び、卒業後はキュレーターとして活動していましたが自分自身が『理屈で考えること』に囚われてしまい、とても窮屈な状態を過ごしていました。そんな中、旅行をした先で室内に射し込む美しい自然光を見てぼんやりと眺めているうちに『理屈で考えること』から離れ開放的な気持ちになることができました。」  藤野によってターニングポイントとなったこの原体験。ある種の天啓を受け取った存在が光であったのだ。また作品性に反映されている藤野のバックグラウンドとして、もう一つ興味深いエピソードを語った。  「私の実家は小さな宿屋を営んでいました。幼少期から絶えず外から人が訪れ、また送り出すという循環の中に身を置いたことで『人は多様だ』という事を感じ取りました。」  作品単体だけでなく、設置された環境と鑑賞者の目線によって作品体験が成立する《光の標本》シリーズ。藤野が掲げるテーマにも通底する。 「心を忙しくしている方に、作品を手に取って頂きたいです。自分が身を置く場所の光が、充分に美しいと感じて頂くきっかけになれば、とても嬉しいです。」  人の多様性を前提とした《光の標本》シリーズ。その包み込むような優しさはまさしく陽光のようである。 アーティストの詳細はこちらから 作品の詳細はこちらから 作品の詳細はこちらから 藤野真司の作品はこちらから

“window”Shimizu Jio(MISA SHIN GALLERYにて)

目に見えないものを感じさせる現象をもたらす作品 東京のミサシンギャラリーにて、日本のアーティストShimizu Jioの個展「window」が開催されています。本展は、1966年生まれ、広島・埼玉を拠点に活動している清水慈夫の3度目の個展となります。 Shimizuは、アートと自然科学の関係性を探る実験的な作品を制作しています。彼の作品は、音、動き、光、振動などの要素で構成された現象を生み出しています。 本展では、数点の作品の中からShimizuの作品"window"に焦点を当てて展示します。"window"は、ビッグデータの原理を利用した作品です。2台のモニターが更新され、リアルタイムでTwitterのフィードを表示しています。7ヶ国語で書かれた「光」と「闇」という言葉を含むツイートが出てくると、2つの発光パネルが点滅します。あなたはどちらのパネルがより多くの光のちらつきを期待しますか?どちらの言語の方がモニターによく映ると思いますか?そう思う理由は何でしょうか?作品を見る前に、自分に問いかけ、自分なりの仮説を立ててみると、展示をより気持ちよく感じることができるでしょう。 実用的な部分では、ビッグデータとTweeterをベースにしながらも、人間界の間にある天国と地獄を描いたヒエロニムス・ボスの「地上の喜びの庭」の影響も受けています。歓喜の庭』のように、"window"の左側が "光 "に、右側が地獄としての "闇 "を意味し、中央が監視された愚かな人間世界に対応する空虚さを暗示していることに気づくかもしれません。 また、"window"とともに、Iida Hiroyukiとのコラボレーション作品"decay music"も発表します。"decay music"は、室内に設置されたシンチレーターを用いてガンマ線の放射線を検知し、それに応じて放射線の音を再生するミクストメディア・インスタレーション作品です。「decay music」は、室内に設置されたシンチレーターでガンマ線を検出し、展覧会期間中に美佐新ギャラリー内で放出される放射線の音色を再生する。作家はまだ福島やチェルノブイリなどの放射能の高い場所で「崩壊音楽」を演奏したことはありませんが、もちろんそのような都市ではエネルギーの高さから高い音を奏でるでしょう。その点、本作品は放射線量に応じて様々な音を生み出す可能性を持っており、近々どこかで次の場所で"decay music"が見られることが期待されています。 それらの時間軸の作品では、現象が起こる。目に見えないものを目に見えるものに変換するのではない。作品がもたらす現象から、私たちは目に見えないものを感じることができるのです。清水慈夫の "windows "展は6月28日よりスタートし、2019年8月10日までミサシンギャラリーにて開催されています。 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

風景の分解と再統合-加藤公佑インタビュー-

アーティストの詳細はこちらから 「風景の視覚情報を一度分解し、幾何学的な図形に変換する」という加藤公佑。「絵画が生成されるストーリーに興味がある」と語る本人の制作と作品について話を聞いた。 まずは、作品についてお伺いできますか? -基本的に風景をモチーフにしています。ただ風景画を描くのではなくて、そこから視覚情報を分解して、一度幾何学的な模様に置き換えるというプロセスを踏んだ作品を制作しています。参考にしているのは、ローラ・オーウェンスなどですね。風景を描き始めたきっかけは、些細と言うか、まず「大きい作品をつくりたい」と思ったから。そうなれば対象は大きい方が良いし、大きい対象といえば、この世界全体というか、風景かなと。加えて、風景は情報量が多いし、再統合にあたっての解体のしやすさがある。 snowscape, 194×162cm 作品の詳細はこちらから 制作を始めた頃から、風景画を描いていた? -いえ、最初は写実絵画とミニマリズムを組み合わせた作風でした。アイディアとしては、実は安直で(笑)。写実絵画は売れているし、そこに日本的な「詫び・寂び」を構成的に入れた作品であれば売れるだろうと。でも色々と模索する中で「どうせやるんなら、自分の好きな方向を突き詰めよう」と真剣に現代アートの歴史やシーンを学び始めました。都内の美術館を巡ることはもちろん、美術書を読み、知識を含めていった感じでした。ベタな話ですが、西欧のアートシーンの文脈からは影響を受けたと思いますね。今の風景画を描き始めたのは、ちょうど2019年辺りからです。 制作にあたって、重要なのはアイディアや自分の感性ですか? それとも、アートの文脈? -どちらかと言うと伝統を意識しますね。温故知新と言うか、やはり歴史を知らないと新しいものは生み出せないと思うので。古いものを知ってこそ、新しい絵画が描けると思う。自分は画家でありたいし、そうである以上、新しい絵画を創造すると言う、そのコンテキストには乗っていきたいですね。 Awkward Tree, 91×117cm 作品の詳細はこちらから 新しさについて、加藤さんの見解は何でしょう? -「新しさ」とは別の論点かもしれませんが、個人的に、今はキュビスムが面白いと思っていて。あの運動は抽象性が高いですが、私が思うに、キュビスムの本質的な狙いはイメージの再統合にあると思う。その意味では、私がやっている「視覚情報の解体と再統合」と言う絵画の方法論と似ているところがあるのかなと。一回、イメージを崩壊させる。その手法を、また別のイメージで行っているのが自分の絵画かもしれない。 話は変わりますが、そもそもアーティストを志した理由はなんですか? -絵を描くのは好きでしたね。でも得意意識はなかった。特にものすごく褒められた経験もないし。きっかけとしては、多分、高校の美術教師の影響が大きいかもしれないですね。その人はいろいろな美術の本を見せてくれて、その中にジャクソン・ポロックなどもあったのですけど、それに感動した。「絵画ってそもそも何か?」と言う、疑問とか、好奇心に近い感情が原点にあると思う。 Nojima, 91×91cm 作品の詳細はこちらから 今後の活動は、どうされていく考えでしょうか? -2019年から風景画のシリーズを始めて、最近になって改めて考えるのは、自分の関心は絵画が生成されるプロセスに集中しているなということ。反面、ストーリーを見せるメディアとしての絵画についてはどうなのかなと。絵画とは何か、その歴史まで遡って、絵画という存在が生まれるプロセスというストーリーを見せることができる作品を描いていきたいし、そちらの方に興味がありますね。あとは、最も大事だと思うのは、同時代性。現代は検索の時代。S N Sなどプライベートの共有が当たり前のこの時代に、そこからイメージを引っ張って来て自分の絵画に落とし込めたら面白いかな、と。今、この時代だからこそ描ける新し絵画を突き詰めていきたいです。 アーティストの詳細はこちらから

Don't Miss

アーティスト紹介[親戚の仕事別]

身内と似たような職業に就いている人は珍しくありません。特にミュージシャンやスポーツ選手は統計的な相関関係があるほど顕著です。さすがに、芸術家を親に持つ人は非常に多く、親の仕事の影響力が 見られるケースも少なくありません。 しかし、親族が芸術家でなくても、間接的に創作に影響を与えることがあります。時にはモチーフやインスピレーションの源になることもあります。多くの場合、彼らは芸術家を志す人のための触媒になることができます。それほどまでに、近親者の職業は、アーティストの創造的なプロセスの重要な部分なのです。 今回は、これらの親族の職業と作品を並べて、その関係を探ってみたいと思います。 父:商社マン 神田さおり 神田が幼少の頃、父親の商社マンとしての仕事の関係で、バグダッド(イラク)やドバイ(UAE)で過ごす。異国の地で生活する中で、世界の美しさと日本の魅力に触れる。  彼女は自らを「ダンシング・ペインター」と称し、音楽の波を全身で感じて描くという考えのもとにアートパフォーマンスを行っている。身体そのものが絵画の一部となり、大きなスクリーンを横切って踊ります。作家がダイナミックに生み出す筆致は、生命体のような生命力を持っており、生まれては消えていく。そのサイクルは生態系のようなものです。  身体表現のある作品は、白髪一雄やジャクソン・ポロックのアクションペインティングの 系に繋がっていますが、照明、音楽、ダンス、お香、衣装、ヘアメイク、舞台美術などなど 空間を埋め尽くすパフォーマンスは独自のパフォーミングアートとして高く評価されており、世界遺産/沖縄中城跡にも登録されている。また、奈良の天河大弁財天社、岡山の吉備津彦神社をはじめ、台湾、上海、香港などで奉納舞踊公演を行っている。アメリカ、スイス、フランス、カザフスタン、インド、ミャンマー、フィリピンなど。日本にも招かれている。  世界中を旅し、そこに住む人々との出会いを吸収し、ダンサー、画家としての作品を精力的に発表していく彼女の姿は、国や人種の垣根を越えているが、その育ちは彼女の原体験と密接に関係していると推測できる。 神田が描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100114 父: 鍛冶屋 Hiroko Tokunaga  幼少期に「ものづくり」の一つである鍛冶屋が存在していたことが、Tokunagaの創作に対する独特の姿勢を 形にしていたようです。大学時代は油絵を専攻していましたが、「絵を描く」ことよりも「ものを作る」ことの方が 自分の表現の可能性を探った結果、アクリル板を削り出す方法を見つけたそうです。彼女が辿り着いたのはここまで。彼女の現在の作品は、現代的な「ハイ」な雰囲気を持っていますが、同時にそれはアート以上のものです。加えて、より根源的な行為である「ものづくり」を感じさせてくれます。  両親が鍛冶屋であることを知っているからかもしれないが、鍛冶屋とTokunagaの作品や創作物には共通点を感じずにはいられない。遠くから見た彼女の作品は、非常に現代的で端正でありながら、それと同じように非人情で冷たささえ感じる。それはまるで鍛冶屋が鍛えて完成させたばかりの鉄製品のようである。  しかし、切り取られた点や線は、近くで見るとまた違った表情を見せてくれます。驚くほどの繊細さを持ちながらも、人の技の痕跡を確信を持って見抜くことができる。これらの作品の温かさは、代々受け継がれてきた家業である鍛冶屋に内在する「ものづくり」の精神を反映しているように思えます。あります。点と線の「積み上げ」を見ることで、大学時代に経験した筆の「積み上げ」が、彼女の 芸術から「ものを作る」ことへの移行の感覚と、その移行によって獲得した点と線の「つながり」を 見る者はあらゆる感覚を「知覚」する。 Hiroko Tokunagaが描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100373 姉妹: アパレルビジネスマン Shimpei Ishikawa  Ishikawaの姉がファッション学生だったこともあり、思春期の頃はファッション雑誌が身近にあったという。雑誌のランウェイで見たモデルは、左右対称だったそうです。アーティスティックなモデルは、アーティストとしてのIshikawaの琴線に触れたのでしょう。その後、モデルのような姿がモチーフに登場するようになり、今でもIshikawaのモデルへの関心は高い。それは「感じて想像する」という彼の作品の基本につながっている。  モデルの顔や体を服で覆って、本来の人間の体とは違う形に変身させることが多い。されている。服を着るという人為的な行為によって、人形のように「作られた」パーツに変身する。しかし、ランウェイを歩くための足は、いわば「作られているか、作られていないか」の人間本来の姿の一部である。この二つの要素が共存することで、見る者の漠然としていながらも鮮明な「感じたり想像したりする」感覚が揺さぶられる。この二つの部分が共存することで、見る人の漠然としているが鮮明な「感じ方や想像力」の感覚を揺さぶる。作られた」部分があるからこそ、「作られた、あるいは知られていない」部分には、ある種の空白がある。 このようにして、模型を見る私たちは、想像力を働かせるように促される。  Ishikawaは全く同じことを作品の中で再現している。人為的に操作された作品の形態と、見る者の無意識のイメージが共存し、相互に作用している。行うことによって完成される彼の作品は、その性質上、創造のプロセスのようなものである。中に人がいることを前提に作品を制作し、鑑賞者の想像の余地を意図的に残している。手を握っている。鑑賞者は、手のある作品の「作られた」部分と、手のない作品の「作られた、あるいは知られていない」部分を意識的に意識している。作品との相互作用関係は、前後に縛られている。 それだけでなく、意識とは何かを再考させてくれるだろう。 Ishikawaにとって、積み木から人を彫るという行為と、服を着た人の構造は、作品の中では自然な要素である。それは結び目であり、私たちにとっては一見奇妙な行為である。しかし、「感じて創る」という精神的な機能は、私たちの日常生活の中に、ファッションモデルや 意外と潜んでいるのかもしれません。 Shimpei Ishikawaの他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100381

未定義の真実を求めて; 家で愉しむ抽象画 – 前編

空想する存在として 望遠鏡で、宇宙の神秘を発見すべく空を見上げたことはあるだろうか。子供たちが、何でもかんでも「なぜ」と聞いて止まないように、我々人間は好奇心がやたら強く、想像力が異常に豊かである。ほとんどの文明では、神々もしくは、その不在を追い求め、又、空一杯の星空に描かれた絵を見上げ、宇宙人がいるか否かを議論する。かつて、地球は平らで、海水はあの世に流れ下ると信じていた我々を駆り立てるものとは。それは、「未知」の「説明がつかない」何かへのファンタジーである。 家庭での不思議探究 今やアートは、宇宙人の存在のように、私たちが必ずしも理解し得ない稀有なものに成長した。それこそが、多くの人にとって現代アートを価値あるもの、興味をそそられるものたらしめる理由の一つでもある。日々の生活に刺激を与えながらも、家族や来客者にもリラックスしてもらえる中立的な雰囲気を演出したいのなら、種々の芸術手法の中でも、抽象画の購入がお勧めである。抽象さに不確かな真実を探求するのに飽きは来ず、他者もその美しさに安らぐことができる(いや、一緒に探究参加なら尚嬉しい)。 今回は、Anja Stemmerの抽象アート作品を例に挙げ、抽象絵画と家との相性がいかに優れているかを紹介しよう。次回はもっと多くのアーティストを取り上げる予定だが、その間、「アートを自宅にコーディネートするコツ」を予習復習したい読者の方々はこちらをご一読あれ。自宅にアート 〜お洒落な飾り方 簡単ガイド〜 いかに上手く馴染んでいるか見て取れることだろう 最も簡単なテクニックは、ひとつの色をあなたの 部屋もしくは家具から選び、アートとマッチすること すると、あれま素敵! 作品詳細は画像をクリック! ため息の出るディテールも自宅で愉しみ放題 和室に抽象画は合わないなんて誰が言った? ペアだとより一層奥ゆかしい! もっと楽しい発見が欲しい貴方、是非ニュースレターのご購読をお忘れなく。

仲介者としてのアーティスト

 刺繍の手法で制作するAsami Asamaは、自分のことを「器」と表現しています。Asami Asamaによると、インスピレーションに忠実に作品を制作することが大切だという。自身をシャーマニズム的なスタイルと称しているからこそ、作品は純粋さを保っているのだそうです。 Asami Asamaの作品は刺繍を中心に制作されていますが、これは最初から習っていたものなのですか? -いえ、最初は一人で絵を描くところから始めました。元々はイラストレーターの仕事をしていたのですが、自分のオリジナルの表現で作品を作りたいと思ったのが、クライアントの仕事をしていたのではなく、アートの仕事にシフトした理由です。 子供の病気がきっかけで刺繍に転向しました。その間、作りたいと思っていても何も作っていませんでした。しかし、絵を描く時間と場所がなかなか取れない。アーティストとしての生活とプライベートを両立できるのは、刺繍だけだと思いました。 Honkadori Bacchus, 33×33cm 刺繍は生活の中で気軽に取り入れられる芸術表現だったんですね。刺繍も独学ですか? -そうですね、独学なので、ワークショップを頼まれても人には教えられないんですよ。自分なりのルールや方法はありますが、特に決まっているわけではありません。作品の作り方は自分の生活の中で出会ってきたものなので、ちゃんと刺繍を習っている人とは違うかもしれません。それに、私は表現を大切にしているので、クラフトやハンドクラフトにはなりたくないんです。 刺繍という手法を使った作品」である以上、アーティストとしての視点は必須です。それについてはどう思いますか? -私の作品はどちらかというとひらめき系です。シャーマニックというと変かもしれませんが、自分の中でアイデアが「降りてくる」という感じです。頭の中にモチーフが降りてきて、それをどうやって作品としてアウトプットしていくか。それが僕の創作スタイルです。 Enlightenment, 33×33cm つまり、アーティストがインスピレーションと作品の間に立っているような気がするんですよね。 ーーそれはあくまでも僕の場合ですが、だからこそ精神状態が大事なんですよね。作家の精神状態とか、目に見えないものが作品に繋がっていると思うんです。だから、自分の状態が不安定な時は、必ず作品に反映される気がするので、絶対に作品を作らないようにしています。朝は「お清めの儀式」をすることが多いのですが、純粋なインスピレーションを得ること、どれだけ純粋な作品になるかが大事だと思っています。 昔は「アーティストというよりシャーマンみたい」と言われることにコンプレックスを持っていましたが、今はそんなことは気にならなくなり、頭で考えている時よりもずっと良い作品が作れるようになり、アイデンティティのようなものすら感じています。 私の作品の流れは、「考える」→「スケッチする」→「キャンバスに刺繍する」です。いつも夜中や明け方に新しいインスピレーションやアイデアを得て、それを忘れないようにすぐにスケッチしています。 Honkadori Giuliano, 33×33cm 最後になりましたが、「The」の中で何か変えたいことはありますか? -いや、特にないですね、自分の作品には原型があって、それをどうやってキャッチして仕事に移せるかが問題なので。だからこそ、心と体には常に気をつけています。肉体的にも精神的にも体調を崩していたら、良い作品は作れないと思うんです。良い「器」になることがとても大切なんです。

【7月の展覧会】MoMo、バンビナート、真核生物

新型コロナウイルスの影響で休館していた美術館や博物館が再開し始めています。7月に見ておきたい展覧会を3つご紹介します。 東京・両国のギャラリーMoMoでは、6月6日(土)から8月8日(土)まで、同ギャラリーを中心に25名の作家によるグループ展を開催します。 コロナで閉館していた頃を振り返り、ギャラリーのあり方を再考した結果、「再考」と題して、坂本真澄や坂本徳郎などのギャラリー作家の新作を紹介する展覧会を開催することになりました。新常態の世界での生活が、今後もアーティストに大きな影響を与え続けることは想像に難くありません。しかし、本展では、新コロナ以前に制作された作品も含め、各作家の熱い作品を順次展示。展示される予定です。期間中、6/6~6/27、6/30~7/18、7/21~8/8と展示替えがあります。 参加作家が異なりますのでご注意ください。 展覧会概要 展覧会タイトル。"再考|リフレクション" 会期.2020年6月6日(土)~8月8日(土)参加作家6月6日(土)~6月27日(土)まで。小橋陽介、早川克己、川島ことり、石破美和、藤森翔子、大久保亮也、佐藤英介6月30日(火)~7月18日(土)池田瑞穂、古畑智樹、吉田和香、吉田慎之介、福島佳子、J-Moon、坂本真澄、増田昌宏、平俊介 ※出品作家は変更になる場合があります。 7月21日(火)~8月8日(土) 坂本徳郎、室井公子、重田光輝、高橋涼子、大竹竜太、市野優、人見元樹、中井明人、貝場綾乃 ※出品作家は変更になる場合があります。住所は以下の通りです。ギャラリーMoMo(住所)東京都墨田区亀沢1-7-15営業時間。12:00~19:00 定休日。定休日:火曜日 ContactWeb :https://twitter.com/GalleryMoMo Email :info@gallery-momo.com SNS: www.gallery-momo.com 2020年7月11日(土)から7月26日(日)まで神田のバンビナートギャラリーで開催されるで堀聡の個展「視線の仮面」が開催されます。現在、東京藝術大学油画科に在籍している堀の2度目の個展となります。 本展では、「世界が見つめ合い、近づき、ぶつかり合う」というプロセスを経た堀の作品を、その衝突の衝撃を形にして発表します。生まれた「私と世界の仮面」の絵画を発表します。若手作家の新作10点を発表します。 展覧会概要 展覧会名。"まなざしの仮面」展 開催日のご案内です。2020年7月11日(土)~7月26日(日)まで 参加アーティスト。堀 聡 会場の様子。バンビナートギャラリー 住所)東京都千代田区外神田6-11-14アーツ千代田3331 B107 営業時間12:00-19:00 定休日です。月曜日、火曜日 連絡先Web:http://bambinart.jp/ Email:info@gallery-momo.com...

Feature Post

ベッドサイドにもアートを-注目したい立体作品たち-

家のどこにアートを置くか、それはもちろんひとの自由だが、例えばベッドサイドに置いてみるのはどうだろうか。サイドボードの住人といえば時計やライト、メガネや水、もしくは読みかけの本が多いかもしれないが、その寝る時そして起きる時に目に付く場所に作品を置いてみるのも生活の刺激になりはしないだろうか。おはようからおやすみまで、1日をアートではじめ、アートで閉めてみる生活ははいかがだろう? Atsushi Kaneoya 作家の詳細はこちらから 日暮勇一 / Yuichi Higure 作家の詳細はこちらから 南村遊/Yu Namura 作家の詳細はこちらから セリア・デブラ / Celia Debras 作家の詳細はこちらから 小倉真 / Shin Ogura 作家の詳細はこちらから 山本恵海 / Megumi Yamamoto 作家の詳細はこちらから Saeka Komatsu 作家の詳細はこちらから

“window”Shimizu Jio(MISA SHIN GALLERYにて)

目に見えないものを感じさせる現象をもたらす作品 東京のミサシンギャラリーにて、日本のアーティストShimizu Jioの個展「window」が開催されています。本展は、1966年生まれ、広島・埼玉を拠点に活動している清水慈夫の3度目の個展となります。 Shimizuは、アートと自然科学の関係性を探る実験的な作品を制作しています。彼の作品は、音、動き、光、振動などの要素で構成された現象を生み出しています。 本展では、数点の作品の中からShimizuの作品"window"に焦点を当てて展示します。"window"は、ビッグデータの原理を利用した作品です。2台のモニターが更新され、リアルタイムでTwitterのフィードを表示しています。7ヶ国語で書かれた「光」と「闇」という言葉を含むツイートが出てくると、2つの発光パネルが点滅します。あなたはどちらのパネルがより多くの光のちらつきを期待しますか?どちらの言語の方がモニターによく映ると思いますか?そう思う理由は何でしょうか?作品を見る前に、自分に問いかけ、自分なりの仮説を立ててみると、展示をより気持ちよく感じることができるでしょう。 実用的な部分では、ビッグデータとTweeterをベースにしながらも、人間界の間にある天国と地獄を描いたヒエロニムス・ボスの「地上の喜びの庭」の影響も受けています。歓喜の庭』のように、"window"の左側が "光 "に、右側が地獄としての "闇 "を意味し、中央が監視された愚かな人間世界に対応する空虚さを暗示していることに気づくかもしれません。 また、"window"とともに、Iida Hiroyukiとのコラボレーション作品"decay music"も発表します。"decay music"は、室内に設置されたシンチレーターを用いてガンマ線の放射線を検知し、それに応じて放射線の音を再生するミクストメディア・インスタレーション作品です。「decay music」は、室内に設置されたシンチレーターでガンマ線を検出し、展覧会期間中に美佐新ギャラリー内で放出される放射線の音色を再生する。作家はまだ福島やチェルノブイリなどの放射能の高い場所で「崩壊音楽」を演奏したことはありませんが、もちろんそのような都市ではエネルギーの高さから高い音を奏でるでしょう。その点、本作品は放射線量に応じて様々な音を生み出す可能性を持っており、近々どこかで次の場所で"decay music"が見られることが期待されています。 それらの時間軸の作品では、現象が起こる。目に見えないものを目に見えるものに変換するのではない。作品がもたらす現象から、私たちは目に見えないものを感じることができるのです。清水慈夫の "windows "展は6月28日よりスタートし、2019年8月10日までミサシンギャラリーにて開催されています。 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

日本の秋は芸術とともに

 8月を過ぎればいよいよ我々を苛んできた暑さも和らぎ、いよいよ秋めいた季節になってくる。  そんな秋はスポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、、、といった具合に色々と捗る季節というのが昔からの認識らしい。ただアートファンにとっては、秋といえばやはり芸術ではなかろうか。ちなみに芸術の秋という言葉自体は他国には存在せず、日本固有のものだという。  背景として、まず一つに、二科展や日展、院展など日本を代表する展覧会が開催されること。また過ごしやすい秋の陽気は心に芸術を楽しむ余裕を生むことなどがあるとされる。  秋は月や紅葉が綺麗な季節だ。そんな季節にわざわざ絵で鑑賞することのなんと雅やかなことだろうか。さて本記事では、秋の月と紅葉を題材に描かれた日本人の原風景的作品を数点紹介しよう。 大地義彦/Yoshihiko Daichi 作家の詳細はこちらから Keiko Kobayashi 作家の詳細はこちらから Sai Seinan 作家の詳細はこちらから Edi Matsumoto 作家の詳細はこちらから 大泉沙知/Sachi Oizumi 作家の詳細はこちらから 藤川妃都美/Hitomi Fujikawa 作家の詳細はこちらから 刀根千賀子/Chikako Tone 作品の詳細はこちらから aki 作品の詳細はこちらから

著名な公募による展示会「TOKAS-Emerging 2019」

TOKAS-Emerging 2019 part 2 at TOKAS Hongo 東京芸術劇場 東京の現代アートの創造と振興を目的としたアートセンターです。トーカスは2001年にトーキョーワンダーサイトという名称で設立されました。トーキョーワンダーサイトは2017年にトーキョーアーツアンドスペースに改称しました。2001年より、新進気鋭のアーティストや実験的なアートプロジェクトを支援するための様々なプログラムを実施してきました。 TOKAS-Emergingでは、35歳以下の日本人アーティストを対象に公募を行っており、今回は6名のアーティストが選出されました。今回は6名のアーティストが選ばれました。TOKAS-Emergingの第1部は7月20日から8月18日まで、第2部は8月31日から9月29日まで開催されています。 パート2をくわしく見る – Ashikawa Mizuki, Miyasaka Naoki, Hojo Tomoko TOKASには、アートプロジェクトや展覧会を中心としたTOKAS本郷と、アーティストのためのレジデンス「TOKAS Residency」の2つの会場があります。 TOKAS本郷の建物は3階建てで、3人のアーティストがそれぞれ独立したスペースを確保していました。作家は個展として作品を発表することができます。 1階は芦川瑞季の作品で、リトグラフを中心とした版画を中心とした作品を展示しています。今回の展示の特徴は、構成の整った展示でした。大きなサイズの作品から80x50mmなどの小さな作品まで、リズミカルな流れの中に設置されている。 近所を歩いていて出会った風景をモチーフにしています。特に今回は、TOKAS本郷を訪れたことからインスピレーションを得て制作した作品を展示しています。 彼女の作品が展示された理由は、空間を理解した上で空間のリズムに合わせて展示されていたからです。 2階では、Miyasaka Naokiによる「三つの空間」の展示が行われています。人間の知覚によって変化しうる空間の概念を研究している作家であるMiyasakaは、展示空間全体を作品にしています。本展では、人間の知覚の変化によって生じる様々な空間の概念を捉えるための3つの空間を展示します。 サウンドアーティストのHojo Tomokoは3階を拠点に活動しています。主にインスタレーションや音の作品を制作しています。今回の個展「Sotto Voce」では、歴史やマスメディアに取り上げられてきたオノ・ヨーコに対する様々な認識に焦点を当てています。アーティスト、ジョン・レノンの妻、スキャンダラスな女など、オノ・ヨーコに関する記述が多い中、北條はこれらの記録された認識を可視化し、個人がどのように主観化されるかを提示します。 宇宙と番組について-TOKAS-Emerging 3階建ての面白い建物の中で、作家が個展をしているような展示をしているのが印象的だった。グループ展をサポートするアーティストの公募が多い中、TOKAS-Emergingは個展の機会を与えているという形が面白かった。若いアーティストにはなかなか個展の機会がないので、TOKASの支援の仕方は彼らの助けになっていると思います。アワード自体の評価だけでなく、現実的な面でもアーティストを大きくサポートしているように感じました。 TOKAS-Emerging 2019 part...