土曜日, 9月 18, 2021
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”自然と生きる”という生き方を演出してくれる作品

現在、アートとエコロジーの関係性が注目されている。
世界的なパンデミックや環境問題への意識の高まりなどが背景にあり、
私たちの生活を取り巻く自然環境や私たち自身の生き方を植物や環境という観点から、
見直そうという動きが生まれているようだ。

今回はTRiCERAに掲載されている作品の中から、
動植物と自然をテーマにした作品を描く今注目の作家をPICKUPしていきます。

タケダヒロキ

花を育てる事が好きだった母の姿を見ながら育ち、
それが自身の作品制作のモチーフになっていたと語るタケダヒロキさん。
作品には必ず植物が描かれ、世界中のメディアが注目する存在になってきている。

(Cat Stretching (print ver.),Art Prints/Multiples, Takeda Hiroki, 2021)

作品詳細はこちら

 

Jooha Sim

作家Jooha Simはポピー(ケシの花)をモチーフに伝統的な絵画手法で花を描く作家です。
黒背景は彼女の母国韓国の夜景を象徴していると語っており、
夜景の中で輝く花々が都会的な暮らしとある種官能的に描かれたカラフルな花々が融和しているようにも伺える。

(A caress of florescence, H 80cm x W 80cm x D 2cm, Acrylic Painting, 2020)

作品詳細はこちら

大明◎(Hiroaki EN)

世界中を旅する中で撮影した自然の写真を元に絵画を制作しているという彼の作品は、
自然と、その中にある神秘性を写実的な絵画技法と球体のモチーフを通じて表現している。

(Fire swim,H 26.8cm x W 21.6cm x D 2.5cm,Oil Painting, Hiroaki EN, 2019)

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今回紹介の作品は全てTRiCERAで取り扱っています。

Soichiro Masudahttps://www.tricera.net/
CMO / ArtCLip Editor-in-Chief

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ローカルでありグローバルであること-ミャンマー現代アートシーン-

ミャンマーにおける現代アートの流れ 近年ではArt Basel Hong Kongが「インサイト部門」を設け、アジアやアジア太平洋地域のアートシーンの紹介に努めているように、西欧のそれとは異なったアジア独特の土着的とも言うべきシーンの解明とプレゼンスに注目が集まっています。 ミャンマーのアート、特にローカルな民族絵画や民芸のそれとは一線を画したコンテンポラリーのアートシーンを見るためには、逆説的もしくは皮肉的にも、ミャンマーの土着的な文化とその社会的なヒストリーを無視することは出来ません。 1948年にイギリスの植民地支配から独立したミャンマーでは不安定ながらも民主主義と文化教育のスキームが構築されましたが、一方では少数民族問題や政治的な内部対立による政治基盤の不安定性から1962年にクーデターが勃発し、それに伴う軍政は1988年の民主化運動まで長期に渡って継続しました。 軍政下における美術活動の制約はアートの国内における認知と市民権の獲得に逆風として影響をもたらしましたが、民主化運動に伴い、1979年に現代アートの運動が誕生することになります。 現在のヤンゴン大学にて自主的な美術研究に勤しんでいた約20名の学生らによって結成された「ガンゴー・ヴィレッジ」は、ミャンマーにおいて展開された最初の現代美術運動であり、当時は西欧の抽象表現主義を独自解釈した作品をメインに生育された、つまり西欧のアートシーンとの接続を最初に築いた運動でもあります。 とはいえ軍政の影響が消え去らないミャンマーにおいてアートコミュニティは厚遇されることはなく、その後もままならない成長をしながらも、90年代に入ると学生らを中心とした流れは大学の外部に発表と活動を求め、90年には「モダン・アート90」に、2000年に「ニュー・ゼロ・アートグループ」の結成に結びつき、グローバルをその舞台とするアーティストの輩出を支えました。 ミャンマーのアートシーンをグローバルに-River galleryの試み- ギャラリーの詳細はこちらから River Galleryは今年で14年目を迎える、これまで国際舞台をメインのフィールドとして活動を広げてきた現代アートのギャラリー。 40名以上のアーティストが参加するRiverは、検閲体制の残る時代から、如何にしてアーティストを国外のコレクターをはじめグローバルなシーンへ受容させるかを試行錯誤してきました。 アーティストは西欧のコンテキストに耐え得る要素を保持しつつ、一方ではミャンマーのアートであることを証明する土着性や時代性、そしてミャンマーという国の歴史性を背景にした作品をプレゼンスすることが出来、その意味ではブラックボックスと化しているアジアのアートシーンとヒストリーの多くを明らかにする力を持っていると言えるでしょう。 TRiCERAでは今回、River Galleryに所属するアーティストから10名を紹介しますが、例えば〈僧侶の記憶シリーズ〉を手がけるペインターであるダウェイ・トゥートゥー(Dawei Tu Tu, 1972〜)は、「ミャンマーの生活背景としての仏教、そして僧侶の存在をほのめかしたかった」と語るようにミャンマーにおいて広く支持を集める仏教的な物事の捉え方や存在のあり方を俯瞰し、色彩的な重層化のテクニックによって絵画化し、ミャンマーの文化のいったんを展望させます。 作品の詳細はこちらから 一方でミャンマーの絵画史に流れる抽象性を汲み取り、新しいアングルをもたらすター・ジー(Thar Gyi, 1966〜)は、自らの作品を「非絵画」と形容します。ミャンマーの寺院街を訪れた時に見た田園風景に着想を得た彼は、国内の絵画において徴用されてきた内的なリズムの表現に「畝」のような造形性を加えることによって直接性を持たない、しかしミャンマーの美術そして抽象絵画の歴史における特殊なポジショニングを獲得しています。 作品の詳細はこちらから 今回TRiCERAでは、このようなミャンマー国内のアートの流れと西欧のアートシーンとの特異点であるかのような作品をもたらすアーティストを支えるRiver Galleryから絵画を中心に49点を紹介します。エスニックでありながら普遍性を備えるミャンマーアートの試みと歴史の歩みを、是非ともお楽しみ下さい。 ダウェイ・トゥートゥー(Dawei Tu Tu, 1972〜)ミャンマー出身のトゥートゥーは、これまで97年からミャンマー国内の展示に参加し、イギリスやシンガポールなど国外を舞台に活動してきました。ミャンマー・アジアン・アート・アワードでは2007年から3年間連続でベスト・ペインティング・オブ・ザ・イヤーを受賞した彼の作品は、近年では〈僧侶の記憶〉と題したごく限定された色彩を使用した明暗のコントラストをはっきりさせた絵画によって「ミャンマーにおける精神生活のバックグラウンド」を示唆しています。 作品の詳細はこちらから キョウ・リン(Kyaw Lin, 1975〜)オーストラリアやパリ、香港など幅広い地域で活動するリンは、フラットで抑揚のきいた色彩によるブロックを、ミャンマーの風景をベースに構造化する作品で知られています。とはいえそれは風景画のように物質的な対象への明示をさけ、あくまでも日常的な生活における感情や自然の機微を表現し、鑑賞する人へその発見を促します。 作品の詳細はこちらから ター・ジー(Thar Gyi, 1966〜)「非絵画」をキーワードにするジーは、ミャンマーの田園風景に見出される畝の造形性を絵画に盛り込み、ドメスティックな抽象絵画の歴史に新しいアングルをもたらします。ミャンマーにおいて絵画はいかなる展開をしていたかについて、彼はジェスチャーのようにそれとなく言及し、ビジュアルアーツの精髄と絵画的なアカデミズムを一度に実現します。 作品の詳細はこちらから

仲介者としてのアーティスト

刺繍の手法で制作するAsami Asamaは、自分のことを「器」と表現しています。Asami Asamaによると、インスピレーションに忠実に作品を制作することが大切だという。自身をシャーマニズム的なスタイルと称しているからこそ、作品は純粋さを保っているのだそうです。 Asami Asamaの作品は刺繍を中心に制作されていますが、これは最初から習っていたものなのですか? -いえ、最初は一人で絵を描くところから始めました。元々はイラストレーターの仕事をしていたのですが、自分のオリジナルの表現で作品を作りたいと思ったのが、クライアントの仕事をしていたのではなく、アートの仕事にシフトした理由です。 子供の病気がきっかけで刺繍に転向しました。その間、作りたいと思っていても何も作っていませんでした。しかし、絵を描く時間と場所がなかなか取れない。アーティストとしての生活とプライベートを両立できるのは、刺繍だけだと思いました。 Honkadori Bacchus, 33×33cm 刺繍は生活の中で気軽に取り入れられる芸術表現だったんですね。刺繍も独学ですか? -そうですね、独学なので、ワークショップを頼まれても人には教えられないんですよ。自分なりのルールや方法はありますが、特に決まっているわけではありません。作品の作り方は自分の生活の中で出会ってきたものなので、ちゃんと刺繍を習っている人とは違うかもしれません。それに、私は表現を大切にしているので、クラフトやハンドクラフトにはなりたくないんです。 刺繍という手法を使った作品」である以上、アーティストとしての視点は必須です。それについてはどう思いますか? -私の作品はどちらかというとひらめき系です。シャーマニックというと変かもしれませんが、自分の中でアイデアが「降りてくる」という感じです。頭の中にモチーフが降りてきて、それをどうやって作品としてアウトプットしていくか。それが僕の創作スタイルです。 Enlightenment, 33×33cm つまり、アーティストがインスピレーションと作品の間に立っているような気がするんですよね。 ーーそれはあくまでも僕の場合ですが、だからこそ精神状態が大事なんですよね。作家の精神状態とか、目に見えないものが作品に繋がっていると思うんです。だから、自分の状態が不安定な時は、必ず作品に反映される気がするので、絶対に作品を作らないようにしています。朝は「お清めの儀式」をすることが多いのですが、純粋なインスピレーションを得ること、どれだけ純粋な作品になるかが大事だと思っています。 昔は「アーティストというよりシャーマンみたい」と言われることにコンプレックスを持っていましたが、今はそんなことは気にならなくなり、頭で考えている時よりもずっと良い作品が作れるようになり、アイデンティティのようなものすら感じています。 私の作品の流れは、「考える」→「スケッチする」→「キャンバスに刺繍する」です。いつも夜中や明け方に新しいインスピレーションやアイデアを得て、それを忘れないようにすぐにスケッチしています。 Honkadori Giuliano, 33×33cm 最後になりましたが、「The」の中で何か変えたいことはありますか? -いや、特にないですね、自分の作品には原型があって、それをどうやってキャッチして仕事に移せるかが問題なので。だからこそ、心と体には常に気をつけています。肉体的にも精神的にも体調を崩していたら、良い作品は作れないと思うんです。良い「器」になることがとても大切なんです。

日本のテレビ番組「プレブレイクスルー」にTRiCERAのアーティストが出演

TRiCERAのサービスには100名以上のアーティストが参加しており、ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜という日本のテレビ番組「ブレイク銭屋」でも紹介されたアーティストもいます。以下にアーティストのクリップの一部をご紹介します。 Keisuke Tsuchida https://youtu.be/dxff44DdumU <a href="https://www.tricera.net/en/id81000490018.html" Keisuke Tsuchidaの作品をもっと見る HERE より Go Ogawa https://youtu.be/NzIFKYC_qsw <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200017.html" Go Ogawaの作品をもっと見るHEREより Yu Uchida https://youtu.be/SKzYm92XoBY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200012.html" Yu Uchidaの作品をもっと見る HERE より Aran Yasuoka https://youtu.be/E2N7nuM_-WY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200054.html" Aran Yasuokaの作品をもっと見る HERE より Yuna Okanishi https://youtu.be/hXQ2TwrjfYE <a href="https://www.tricera.net/en/id81000420006.html" Yuna Okanishiの作品をもっと見るには、HEREから。 Osamu Watanabe https://youtu.be/dRcfSvzVYZ0 <a...

中国でアートのチャリティーオークションが開催。コロナ禍でアートは何ができるか?

 アートは人間の役に立つか?  あらゆる考え方ができるだろうが、実際的な機能を考えれば役に立たないと考えることもできる。この頃のニュースで忙しなく流れていたように表現するならば「不要不急」といったところであろう。  コロナ禍において、日本では文化・芸術に携わる職業者に対し国が補助金を与えることについて批判する声が小さくない。「文化芸術不要不急説」が横行しているのだ。ドイツを筆頭に世界各国が文化・芸術に手厚い支援を行う昨今、日本は逆行する情勢にあるのだ。ただ我々日本人が知らなければならないのは、現在のような有事の際に、アートは思わぬ形で社会に役立つ、ということである。  アメリカのアートマガジン”ArtReview”によれば、中国の美術館や文化団体から成るグループが、コロナウイルスのパンデミックの影響を受けた100以上の学校に予防衛生用品を提供することを決定したという。資金源は「Standing Together Through Thick and Thin」と題した一連のチャリティーオークションはHOW美術館、Yitiao、Modern Media Group(ArtReviewとArtReview Asiaが加盟している)、ART021、そして中国国内外の80以上の主要なアート機関やギャラリー(Hauser & Wirth、Edouard Malingue、BANK、Perrotin、Lissonを含む)によって開始された。寄贈された美術品、版画、希少な収集品の売却益は慈善団体である「上海宋慶齢基金会」が子供用マスク、デジタル体温計、消毒剤、その他の保護物質を購入するために使用される。   Yitiaoオンラインプラットフォームを介して行われるオークションは、3月2日(エディション、版画、収集品)、3月3日(現代美術I)と3月4日(現代美術II)に開始され、それぞれ2日間続く。He Xun、aaajiao、Yin Xiuzhen、Lorna Simpson、Gregor Hildebrandt、Esther Mahlanguなど錚々たるメンバーの作品がすでに寄贈されているが、オークションはさらに個人のアーティストやパトロン、企業からの寄贈も募っている。   募金活動の声明の中で、主催者は「伝染病で確認された患者の数が増加している背景には、非感染者の貧しい生活があります。この流行に直面して、私たちは最前線で繰り広げられる医療の戦いを行っている人々に敬意を表します。ウイルスと闘うための勇気ある努力は、私たちをより安全な位置に置くためのものです。私たちは芸術を通じて、困難な現在に芸術が勇気を奮い立たせる力を持っていることを示し、この大きな不安の時代を経て、より良い生活への憧れを抱くことができるように、私たちのやらなければならないことを遂行したいと考えています」と述べた。    先日、緊急事態宣言が解除されたものの「with コロナ」の生活は今後も続き、引きこもりがちな生活はしばらく続きそうだ。その際、我々を楽しませてくれるゲームや漫画、テレビといったエンタメも、自分の作品に人生を費やしたアーティストやそれを支援する者によって培われた文化・芸術という強固な地盤があったからこそ生まれたのだ。  アートのように「不要不急」なものにこそ、人生の豊かさが潜んでいるのではないだろうか。 参照元: https://artreview.com/news-27-february-2020-auctions-coronavirus-pandemic/ Copyright the ArtReview 

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東京で情熱的な若手アーティストを応援する展覧会

The 21st “1_WALL” Graphics Exhibition Installation View, “The 21st “1_WALL” Graphics Exhibition”, 2019 ©️Guardian Garden Courtesy of Guardian Garden. 若いアーティストは、自分の作品を作るだけでなく、世界に向けて作品を発表する機会を持ちたいと常に切望しています。グループ展、個展、助成金などの機会を提供するアートコンペは、若いアーティストの作品を発表する方法の一つです。東京では、数あるアートコンペの中でも、35歳以下の才能あるアーティストを発掘する「1_WALL」グラフィック展という面白いコンペが毎年開催されています。 第21回「1_WALL」グラフィック展は、東京のガーディアンガーデンで開催されます。同ギャラリーは、総合人材サービスを提供する株式会社リクルートホールディングスが運営している。本展では、2次審査を通過したファイナリストの作品6点を展示。一次審査では参加者全員のポートフォリオを中心に、二次審査では一次審査を通過したグラフィックデザイナーと審査員との1対1のディスカッションが行われました。第21回目となる今回のグループ展では、ファイナリスト6名にそれぞれ壁の片面を割り当てた「1_WALL」を開催しました。 Installation View, “The 21st “1_WALL”...

毒と浄化の物語 – 城蛍インタビュー –

城蛍は1996年愛知県出身。2019年に上京して作家活動を開始。今年3月には山下舞子キュレーションによって銀座のGallery Camelliaで初個展を開催した。曰く「瞬間的な物語を切り取る」というスタンスにおいてペインティングされたキャンバス、それから本人曰く「彫刻」と呼称する自作した額縁によって構成される作品を制作する彼女に、今回は作品と制作を中心に、その活動について話を聞いた。 作品の外形的なところから伺いたいのですが、城さんの作品は絵画と額縁に分かれているものとそうでないものがあります。ご自身では額縁の部分を「彫刻」と呼び、装飾物としての額縁と分けておられます。尋ねたいのは、城さんの作品において、この木枠の部分がどういうポジションにあるのかという点です。 一般的に額縁は装飾物の意味合いが強い。絵の飾りという立ち位置。私としては絵画と枠と、別個の存在をつくっている意識はないんですよね。絵を描いて、お手製の額をつけているわけではない。額縁として設定してしまうと、どうしても絵の飾りという聞こえ方になってしまうけれど、でも絵のためにあるわけではない。どちらかが主役で、どちらかが脇役ということはない。 いわゆる平面と立体という区分がし難い作品だと思いますが、その自覚はありますか? 平面かどうかについて言えば、限定してはいないと思う。このかたちの最初期の作品に〈老人と海Ⅲ〉というのがあるのですけど、それはストーリーの瞬間を切り取るというつくり方をして、その瞬間の保存という意味を込めて枠を使いました。そもそも、額縁は大切な写真とか記憶の保存に使うものだから。でも木枠の部分は絵の飾りではないから、平面というか、絵の部分がメインという考え方はしていない。かと言って立体でもないですけれど。だからどっちでもないし、分けるのは難しい。その必要もないと思う。 例えばリチャード・タトルや、あるいは最近の日本では安井鷹之助さんなど、平面と立体のボーダーラインに立とうとする作家さんがいます。城さんにもその意識はありますか? いえ、特に意識はしていなかったです。最初の最初で言えば、キャンバスの四角さが嫌だった。決まった形であることに嫌気が差したんですよ。そもそも絵だけだと角があったり、横があったり、紙だったら紙の厚みがあったりするけど、そういうのが気になるんです。すごく気になる。キャンバスの横に釘を打つなら、絶対にそれは隠したい。邪魔に見えて仕様が無い。そういう考えの人なんですけど、まだ東京に来ていない時、制作をしていてキャンバスの形がすごく気になった。居心地が悪かったんだと思います。それで外側にはみ出そうと思って、キャンバスの四角形から。最初は勢いというか、何か「やっちゃえ」みたいな。 「はみ出す」ための手段として額にたどり着いた。偶発的なことでしたか? いや、論理はあった。だから...偶然とは少し違うと思います。そうすればもっと広がりがあると思っていたから。 キャンバスを形態に手を加える表現方法としてはキャンバスを破いたり切ったり、燃やしたりと色々な先行例があります。中でも絵の外周に進んだ点が興味深いです。 絵の表面に暴力的なことはしたくなかったんですよ。傷をつけるのは嫌だった。 「キャンバスの外」を意識して制作された最初の作品は何でしょうか。 意識の話で言えば〈老人と海Ⅲ〉かな。あれは色々なことがはっきりした作品。でもそこで方向性が生まれたわけではなくて、それ以前にも(木枠を使う作品は)あるにはあったんです。だから...発見に近いのかな。それまでは自分でも気付いていなかった、無意識に続けていたことが自分の中で「そういうことだったのか」と思えた。今はそのやり方を整えている感じです。 例えば〈鯨と波〉は額縁がない円形の作品です。先ほど「ストーリーを切り取るつくり方」と仰っていましたが、つまり最初に作品化したいストーリーの瞬間やモチーフがあって、その実践プロセスで絵画と額縁への分化が必要な場合、そうでない場合があるということですか? そうです、その通りです。だから(額縁を使うかどうかは)場合によりけり。使っている場合にはやはり必然だと思う。だけど、そうじゃない作品もある。無いと成立しないという話ではなくて、必要な場合に採用するやり方。〈鯨と波〉では登場する必然がなかったし、逆にというか、支持体が丸くなる方に進んだ。それが作品にとっては一番自然だったから。無くても完結はするんですよ。枠があるのは、それが作品にとって自然な形だからに過ぎない。 つまり額縁は、あくまで表現の延長線上にあるんですね。ストーリーがあって、絵があって、場合によっては額縁があり変形な支持体がある。 そう、だからとにかく、私としては別々に捉える理由がない。どちらも一つの表現でつながっているから。それに枠があっても無くてもやっていることは同じ。〈鯨と波〉もそうですけど、例えば人の手によって違う姿になった生き物とか、それが生きていた風景とか場所とかを描いている作品もある。そういう作品には枠という形であるべきなのかなって。だから、それぞれですね。 形態から中身に話を移しますが、先ほどのストーリーというのは、映画や小説のように時間軸があるのですか。時間の流れが先か、映像が先かの話ですが。 モチーフが先ですね。描きたい対象があって、その周りにはどういう人がいるのか、それに関わる人物や場所が出てくる。その対象を軸に、それを見た人が目にした景色とか思い出している光景とか、その人たちの脳みその中を考える。結果的にはストーリーとか時間を切り取ってることになりますけど、でもモチーフが先。瞬間的な物語性というか。出てくる人たちの10秒とか10分とか、そういう瞬間的なストーリーです。一生分は考えていない。 登場人物の記憶にフォーカスしているように聞こえますね。 人には限りませんけど、記憶というのはそうかもしれない。だから登場する生き物の見た景色とか出会った人、昔した会話の内容、過去に存在していた場所について考えるのかもしれない。そもそもの最初に額縁を使った時も思い出や記憶に纏わっている。 記憶に焦点を置いているとして、モチーフの出所はどうですか。全くの空想か、それとも身の回りから取材しますか? モチーフが向こうから出て来る感覚に近いのですけど、どうだろう、でもメモはしています。生活する中で目に入ったもの、気になったものを書き留めておく。「あ、これ描きたいな」と思ったものをメモする。断片を集めたりしていて、その中で特に癖のある事柄があるんですけれど、例えば車のヘッドライトとか土偶とか、基本的にそれが作品のメインのモチーフとして出てきたりします。 物語の形式でも、例えば小説には一人称・二人称・三人称とありますが、城さんが制作する際の視点はどうでしょうか。 モチーフの視点かもしれない。だから三人称が近いと思います。自分の思ったことも入るけれど、でも一番近いのはモチーフ。モチーフや第三者が思ったこと、天候とか湿度も割と考えたりします。モチーフとなる存在がどういう場所にいるのか、いたのか、その周りの環境はどうなのかって。例えば土偶をモチーフにした作品なら、そもそも土偶を作った昔の人とか、長い時間をそれと一緒に過ごした持ち主のこととか。その場にいる存在の全てを考える。 メモの話で「描きたいと思うもの」を書き留めると話していましたが、そこに共通点はありますか。というのは、作品には暗色の画材が登場しません。選ばれるモチーフや画材は、目指している世界観と関わりがありますか。 基本的には描きたいものを描いていますけど、確かに共通点はある。暗いとか少し怖いとか、謎っぽいとか、毒があるとか気持ちが悪いとか。明るい部分もありますけど。でも作品にすることでそれを浄化している感覚が近いかもしれない。今は黒を使わないんですけど、それは多分バランスが悪いから。使うと、暗く描かれてしまう。それは少し違うと思うんですよ。暗さが根っこにあっても明るさはあっていい。きれいにしたい気持ちが強いのかもしれない。 負の浄化。 そうですね、それは近い。根本的には自分のだし、表層的には他人にとっての。作品を制作することそのものというか、その瞬間を残しておくことが浄化なのかな。自分であれ他人であれ、作品として、自分のフィルター越しに投影することで浄化になるのかなと。だから白い色を使うんですよ。その方が落ち着けるじゃないですか。 少しバッググラウンドに話を伸ばしたいのですが、例えば城さんが記憶に留めている作家もそういった世界観が多いですか。 どうだろう。シーレ、ボナール、デュマス、ペイトン、ワイエス、あとは村瀬恭子さんとクリス・ヒュン・シンカン、ハマスホイとか無限にいますけど、近さはどうだろう。好きだけど、でも違うと思う。私が描くべき作品でないことが多いと思います。でもハマスホイは、そうですね、違和感があるから......。予備校の先生が「ハマスホイの魅力は違和感」と仰っていて、制作でも、何か足りないと思った時にはその言葉を思い出しています。 コンテンポラリーのペインターが多いですが、元から現代アートに関心が高かった? というわけでも無くて、高校の時に油絵を専攻していたんですけど、そこで学んでいたのはいわゆる伝統的な油彩画だった。いかに描くか的な、技術的な話が多い学校だった。むしろ浪人している時ですね。今の作品がどういう風に成立しているか勉強していたら好きになりました。 少し話がそれますが、城さんは愛知から東京に出てこられて活動をスタートさせましたね。今年で2年目だと思いますが、そもそも上京したきっかけは? 単純にモチベーションの話ですね。私は美大に通っていないのですけど、2年浪人をして、でも細々と制作は続けようと。予備校を辞めてアルバイトしながら暮らしてたんですけど、その間、正直絵はほとんど描いていなかった。......年に2、3枚くらいだったかな。働いて、帰って、疲れたって、本当にその繰り返しだったんですよ。そういう時期にたまたま画家のやましたあつこさんから声をかけて頂いたんです。「続けるなら東京の方がいい。東京においで」って。それは正解だったと思う。環境が全然違うし、入ってくる情報がまるで違うから。 ある部分において、現代アートは戦略的な世界です。城さんは東京に出て来られて、その2年目に最初の個展を開催された。そしてキュレーションは山内舞子さん。非常に好調なスタートですが、自分のポジショニングは考えますか。 ポジションとかは、どうだろう、あまり考えてないです。まだはっきりとはしてないだけかもしれないですけど。でも私の好きな作品があって、それは見る場合もそうですけど、作家が心の底から楽しんでいる作品が良いと思う。そういう作品をつくっていきたい。あとは作品のことだけですね、考えるのは。でも制作は気持ちの面が大きく影響するから、この先どうなるかは分からないですよね。 作品はより変化をしていきますか。例えば、全く額縁を使わなくなるとか。あるかもしれないし、ないかもしれない。そもそも私自身ペインターという自覚もないんですよ。だから作品を絵画に限定するつもりもない。でも、だからと言って彫刻家でもない。今後は(キャンバスと額縁を分けずに)同じ支持体とか、キャンバスの厚みを増していくとか、制作の方向も色々と考えていますけれど、でも絵を描いている部分があることとか、絵を描くこと自体を止めるつもりはないです。......絵は描いていると思う。でもどういうやり方でやっているのか、それは自分でも分からないです。今のところは。 TRiCERAのページはこちらから

日本と西洋の間の絵画を描いている。

 オーストラリア在住の大泉沙知は、最初は油絵を学び、その後日本画を学び始めました。彼女の作品の特徴は、洋画の油絵と日本画の伝統的な画風を併せ持つことです。日本以外の国に長く住んでいたこともあり、「日本人と外国人のハーフ」と表現しています。異文化への感性を持っているからこそ、多様な作品を生み出すことができるのです。 日本画を始めたきっかけは? -オーストラリアに移住してから日本画を始めました。メルボルンのアンティークショップで日本画を見つけて、美しいと思ったのがきっかけです。私自身が日本人であるにも関わらず、日本にいない時に日本を客観的に見ていることに気付きました。だから、海外に住んでみて日本画の特徴に気がつきました。 日本画は絵画の表現だけではなく、生物でもあると思うんです。有機的な素材を使っているからかもしれませんが、有機的な世界が日本画の魅力の一つだと思います。 Samantha Summer Solstice, 116×116cm 油絵と日本画では画材や手法が違います。どうやって慣れたんですか? -ーーそうですね。作り方が大きく変わりましたね。油絵はインスピレーションが大事で、それに頼っていました。でも、日本画は根気が必要なんですよ。準備が全てで、一つ一つの工程がはっきりしている。先を考えて描くチェスのようなものですね。過程だけでなく、作品に対する姿勢も変わってきたかもしれません。 アプローチの仕方や制作の仕方を変えるのは大変そうですね。どうやって適応したんですか? -そうですね、大変だったかもしれません。でも、オーストラリアに引っ越してきた時に、全く絵が描けなかった時期がありました。たぶん7~8年くらいは全然描けなかったんですよ。 オーストラリアは自然が豊かだったので、絵が描けない時は昆虫採集をしたりしていました。それが影響してか、日本画の有機的な部分に興味を持つようになりました。有機的なものや自然環境などの大きな枠組みを見ていると、それまでやっていたインスピレーションに満ちた創作は、とてもナルシストで小さく感じられました。 An Asian plum, 14×18cm それで仕事を見直されたんですか? -そうですね、もっと広い世界が見えた気がしました。そこから「本物の絵とは何か」ということを自問自答するようになりました。 その時に思ったのは、20代と60代の頃に作った作品と、20代の頃に作った作品の方が良いという比較をしていたんです。それをきっかけに、もっと真剣に自分の絵と向き合わなければいけないと思いました。 モチーフやテーマは何ですか? -リザードがよく家に来るので、それをスケッチしてモチーフにしています。私の絵の世界はどちらかというと抽象的な世界だと思います。手前に有機物を使うことが多いので、背景に世界が見えるようにしています。金色は説得力があるのでよく使います。 Jungle garden, 72×100cm 今後の活動について教えてください。 -日本画の経験がまだ少ないので、もっと勉強したいです。日本画は技術がとても重要なので、もっと技術を磨いていきたいです。また、私自身は日本人ですが、海外での生活が長くなってきたので、「フル」というよりは「ハーフ」になってきています。円山応挙のような古い伝統的な絵画が好きなので、日本の文化を海外に広めていきたいです。

渡辺おさむ: 日本の菓子作家インタビュー

“...誰にでもお菓子の思い出はありますよね。” 日本のカワイイ文化の中で、現代菓子アートの先駆者ともいえるアーティストがいる。2003年に東京造形大学を卒業後、独自のレジンホイップクリームやキャンディアートを追求している。渡辺氏は、自身が育った文化に触れながら、西洋の巨匠たちの作品を再構築しながら、繊細な手とパイピングバッグだけで、世界に一つだけの作品を丁寧に制作しています。その気まぐれな彫刻作品は、中国、香港、インドネシア、トルコなどで国際展を開催し、国内外で高い評価を得ています。 今回のインタビューでは、渡辺さんに、作品の原点、渡辺さんにとっての作品とは何か、そして今後の展望についてお話を伺いました。このインタビューは長さとわかりやすさのために軽く編集されています。 目次 幼少期にインスパイアされたアート 日本の現代アートシーンに居場所を見つける 未来への展望 渡辺おさむアートを購入する場所 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150003" 幼少期にインスパイアされたアート レジン菓子アートのスタイルはいつ頃から生まれたのですか? 18年前、美大に通っていた頃、自分だけのスタイルを模索していました。そんな時にお菓子の可能性を知りました。子供の頃から、お菓子の形や色が記憶に残っているのは、母が製菓学校で教えていたからです。 なぜパティシエではなく、このスタイルを目指そうと思ったのですか? 母の職業柄、お菓子はいつもたくさんありました。だから、自分で作ったり、お菓子作りを職業にしようという気にはなりませんでした。 日本の現代アートシーンに居場所を見つける “...誰も私の作品を美術品とは思っていませんでした。” <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150013" 自分の作品が美術品として認められないことを恐れたことはありますか? 自分の作品が受け入れられないことを恐れたことはありません。それよりも、人工的なお菓子を使った型にはまらない表現をしたことで、アート界がどう反応してくれるのかということに興味がありました。作品を作るという行為が好きなので、自分に自信が持てない時は、手を動かして作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけてきました。 従来のアーティストと比較して、このメディアを選択したことは、あなたのキャリアにどのような影響を与えたと思いますか? 私がこのスタイルで作品を作り始めた頃は、誰も私の作品をファインアートとは認めてくれませんでした。しかし、それにもかかわらず、私は作品を作り続け、発表し続けました。文化勲章を受章した美術評論家の高階秀爾さんの著書に私の作品が取り上げられたのをきっかけに、自分の創作を続けることの大切さを実感しました。 視聴者からの反応が一番充実しているのは? 最初の作品が売れた時はとても嬉しかったです。それと同時に、作家としての責任も感じました。自分の作品を買ってくれるコレクターがいるということは、アーティストとしての価値を保証しなければならないということでした。その時に、自分の作品に全力で取り組もうと決意しました。 最初に売った作品は何ですか? 樹脂製のホイップクリームで「枯山水」を表現した作品でした。東京都が主催するコンペに応募したのですが、当時の東京都知事に買ってもらったものです。 “...自分に自信が持てない時代に、自分の手で作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけました。” 作品を作る上で一番大変なことは何ですか? 最も難しいのは、樹脂製のホイップクリームでデコレーションすることです。思い通りの仕上がりにするために、2種類のパイピングバッグのチップを使い分け、グリップを調整してテクニックをコントロールしています。 有名な美術品を人工菓子で飾ることにはどんな意味があるのでしょうか? 知名度の高い作品を飾り、自分なりに表現することで、新たな物語が生まれます。 どの作品が一番好きですか? これまでに作った作品の中で一番好きなのは、日本古来の神話をモチーフにしたクニウミです。 伝統的に、お菓子は主に食べることで体験するものです。この体験だけをビジュアルアートに変えることは、あなたにとってどのような意味があるのでしょうか? 誰もが甘いものに好意的な記憶を持っていると思いますが、私は作品を通して、その好意的な連想を喚起することを目指しています。人は、お菓子の味や色、形などを大げさに想像したり、思い出したりしがちです。だからこそ、記憶の色を再構築することで、あの幸せな気持ちを呼び覚ますことができるのです。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150005" 未来への展望 “最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、ということに興味を持つようになりました。...” アートやビジョン、方向性は、始めた頃と比べてどのように変わりましたか? 当初は「楽しいから」という理由で美術を追求していました。最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、作品を作る意味は何なのか、ということに興味を持つようになりました。 個性的なアートを制作しているアーティストに、あなたは何を伝えますか? あなたのオリジナリティはあなただけのものですから、あきらめずにアート制作に取り組み続けることをお勧めします。作品作りは一生続けられるものです。だから、アーティストを目指す人たちには、無理をせず、これから先もずっと作り続けてほしいと思います。私もこの戒めを守るようにしています。 今後の抱負を教えてください。 今後も世界に向けて作品を発表し、私のお菓子アートの世界を発信していきたいと思っています。現在はインドネシアとフランスでの展示会を予定しています。また、今後も作品を作り続け、コレクターの方に作品の価値を高めていきたいと思っています。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150016" 渡辺おさむアートを購入する場所 TRiCERAでは、渡辺おさむの一点ものの作品を多数ご紹介しています。他の日本の若手アーティストについてもっと知りたい方は、現代美術のページをご覧ください。

Feature Post

クリップしておくべき展覧会:Rina Mizuno.

Photography by MIYAJIMA Kei About Mizuma Art Gallery 1994年にSueo Mizumaによって東京に設立され、流行にとらわれない独自の視点で、日本とその周辺地域のアーティストをグローバルな舞台で紹介してきました。 よりグローバルな視点でアーティストを紹介するため、2012年にシンガポールにスペースを開設し、インドネシアやニューヨークにもスペースを持ち、アートバーゼルや国際見本市への出展も意欲的に行っている。 MIZUNO Rina, A Tile Flower, 2019, Oil on canvas, 53 × 53...

コレクションをすることの楽しさとは?

獣医のNengさんは、つい最近、新しいお気に入りアーティストの作品を購入した。アーティストとの出会いや買い物の体験談を語ってくれた彼はまた、インタビューを通して、思いもよらない嬉しい発見もあった。さて、その発見とは。 アートを購入されたのは初めてですか? – 美術品を買うのは2、3回目ですが、TRiCERAでは初めてです。 作家のHiroki Takedaさんや作品を選んだ理由は何ですか? – 彼の作品と、彼が描く動物たちがとても好きなんです。彼の作品はとてもカラフルで美しい。また、ウミガメの背中に花をつけていたりと、その創造性に惹かれましたね。 TRiCERAのことは、ソーシャルメディアや広告などでどこで知りましたか? – SNSはインスタグラムしか使わないのですが、ある日、ブラウジングしていた時に、たまたま彼の作品の投稿が目に飛び込んできたんです。それがきっかけで、TakedaさんとTRiCERAを知りました。 なぜ弊社で購入しようと思われたのですか?やはりその作品が目に留まったから、もしくは何か他にも理由があったのでしょうか? – そうですね、実は最初、その投稿も単にネット上だけの投稿・写真だと思っていて、販売中のアート作品だとは知らなかったんです。だから、実際に買えると知ってすぐにウェブサイトに飛びました。彼のアートが大好きだったので、すごく嬉しかったですね。 お気に入りアーティスト発見の一助となれて光栄です。弊社サイトでのお買物体験はいかがでしたか? – 簡単でしたし、特に問題はありませんでした。あと、購入時にスタッフの方がアドバイスをしてくれたので、それも助かりました。 はい、私共はお客様のお手伝いやご案内にも力を入れているんです。 – そうだったんですか。実はですね、また彼の作品を買いたいと思っているんです。私は獅子座なので、ライオンの作品も良いな、と。本当は、背中に花を咲かせたウミガメの物が本命なのですが、サイズが合わないんですよね。ちょっと希望より小さすぎて。 例えば希望の作品サイズについても、作家さんと交渉して、コミッションワークをしてもらえるか話をしている最中です。 – そんなことが出来るんですか? それなら、私が購入した作品と同じような大きさで是非お願いしたいですね。 まだ可能かどうかわかりませんけど、もしも決まったらご案内させて下さい。 – はい、ぜひともお願いします!それは最高に嬉しいです。 先日の作品はご自宅用、それともどなたかへのプレゼント用に購入されたのですか? – 自宅に置いています。家にアートがあると、見ていて落ち着くし、幸せな気持ちになれるので好きです。自分にプラスの影響を与えてくれると言うか。 ご自宅での保管ですが、彼の作品は水彩画なので、直射日光が当たらない場所に飾る様ご注意くださいね。 – 気をつけます、大事なポイントですね。 はい、ご購入だけでなく、保管方法やその他アドバイスも含めてのお手伝いを心掛けておりますので。インタビューありがとうございました。ご依頼の作品につきましては、詳細が分かり次第ご連絡差し上げます。 – よろしくお願いします!まさかこんなお願いができるとは思いもしませんでした。ありがとうございました。 グローバルマーケットプレイスのTRiCERAでアートを楽しみませんか?  TRuCERAアートでは世界80カ国以上のアーティストによる16,000点以上の作品を楽しむ事が出来る アジア最大級のグローバルアートマーケットプレイスです。 あなたの運命の作品を探すきっかけの場所としてTRiCERAは日々進化しています。 画像をクリックしてあなただけの作品を見つけに行きましょう。

さめほし新作限定エディションプリントの一般販売を開始いたします

 この度、TRiCERAではさめほし個展entropy開催を記念して、 さめほしによる限定エディションプリントの販売をいたします。   ■ 販売作品 <プリモアート(高精彩出力技術による高品質プリント)> 原画を限りなくオリジナルに近い色再現にて複製する技術によって、 再現される版画作品。飾りやすいサイズでのプリント作品に仕上がります。 「流星群」 (画像は作品イメージとなります) 限定15部販売 額装付 残りわずか 作品サイズ:545 × 727 mm イメージサイズ:445 × 630 mm 作品価格 80,000円 購入はこちらから 「ほしの体温」  (画像は作品イメージとなります) 限定15部販売 額装付 残りわずか 作品サイズ:545× 727 mm イメージサイズ:445 × 547 mm 作品価格 80,000円 購入はこちらから 「肉」 (画像は作品イメージとなります) 限定30部販売 額装付 作品サイズ:545 × 424 mm イメージサイズ:410× 318 mm 作品価格 40,000円 購入はこちらから   <Entropy会場販売作品> 「クリスマスケーキ」 (画像は作品イメージとなります) 限定50部 額装付 残りわずか H 297mm x W 420...

デジタルネイチャー時代のアーティスト:ナカミツキ

アーティストのナカミツキは、iPadなどのデジタルツールを用いて絵画を制作します。 データという複製可能な技術を用いつつも、作品の唯一性にこだわり続ける作家のもつデジタルネイチャー*時代の美学に迫ります。 制作を始めたきっかけはなんでしょうか。 小学生の時にてんかんという病気になり入院していました。てんかんは後天性の脳の病気で、その影響で半身麻痺になったんです。当時は状況が飲み込めず、自分は死ぬのではとも考えていました。だから、自分が生きた記録として、何かを残したいと思っていました。その時は筆を持てなかったので、タブレットを使って、絵日記を描き始めました。それが最初のきっかけです。 それ以降は、音楽をテーマに書いていて、イヤフォンを右耳につけて、JAZZなどの即興的な音楽を聴きながら片手でタブレットで絵を書いていました。紙に描くのは両手が必要ですが、半身麻痺でしたから、片手で持てるタブレットが便利でした。 大学時代から動けるようになり、軽音部やジャズ研に所属して、ギターをしていました。 展覧会に作品を出し始めたのが大学2年生の終わりくらいだったのですが、学内展に出して、そのあとに三菱商事アートゲートプログラムに受かりました。以降は、展覧会にバンバン出していこうと思い、アートの登竜門的な公募展をまとめているサイトがあるのですが、そのサイトの上から下までみて、応募したりしましたね。 現在の制作のテーマについて教えてください。 現在はkEYNOTEという造語をテーマに活動しています。 現在、新しいシリーズとして「Key note」というテーマで制作に取り組んでいます。「Key note」とは、”Key”(鍵)と”Note”(音符)を組み合わせた造語で、視覚的なところに頼らず、「鍵になる音」を捉え、聴覚を中心に形成していくことで、より音楽の深層に迫り、音楽の感じ方について今一度捉え直す作品作りに力を注いでいきたいと考えています。 新型コロナウイルスの感染拡大以前は、音楽のセッション会場に行き、その場で描くという事をやっていたのですが、STAYHOMEになってそれが難しくなってしまいました。 これは、そもそも音楽の中にあるライブ感だったり、その中にある瞬間的なタイムラインを描ければいいなと思って行っていたことです。タブレットというのは場所も時間も選びませんから、瞬間的なアイデアを逃さない方法としても合ってると感じています。 今は自宅で音楽を聴きながら、制作をしています。 ですが、やっぱり環境的な問題は感じます。ライブ会場では、光と音が生でくるものですが、家の中ではそうではありませんから、そういった状況下で絵を描くには想像力が必要です。 結果として、最近は作風が少し変わってきたように思います。 これまでは演奏者の手元にフォーカスしていたり、その瞬間に集中して描いていました。しかし、現在はそれらをこれまで得た知識などから改めて自身の中にイメージする必要があります。その結果として、全体の空気感、音楽に対する世界が自身の中に生まれてくるような感じがしています。 (Color, W 97 x H 130.3 x D 2 cm, Multiple Prints, NAKAMITSUKI, 2021)  作品詳細はこちらから 影響を受けたもの、自身にとってターニングポイントになっていると思うものはなんでしょうか。 ターニングポイントは病院での生活だったと思います。当時はSNSが流行り出した時で、動画サイトや、サブスクのサービスが少しづつ知名度を得てきていました。さまざまな情報もテレビがつかないので、MixiやTwitterをみて入手していました。 自身の作品や、作家活動については、それらを通した端末文化や、サブカルチャーに大きく影響を受けていると思います。 また、作家としては、アンディー・ウォーホルやアンリ=マティスの作品に影響を受けています。彼らの作品は、自分の見ている世界線と似ているような感覚がありました。  ニューヨークに行って、実際に作品をみたり、スカラーシップに行ったりもしました。 色のセンスが自分とリンクする部分があって尊敬しています。彼らになくて自分にあるものをずっと探しています。 あとは私自身がいわゆるオタクなので、イラストレーターの人たちにも影響を受けましたね。 デジタルとアナログの関係について、絵画制作において、それぞれの利点や弱点をどのように捉えていますか。 アナログで絵を描くということには何千年という文化と美術史がありますが、デジタルはまだ10年くらいの歴史しかない。歴史が浅いから、浸透していないし、メジャーでもないからやはりデジタルでアート作品を描いて発表するというのはやりにくい部分はあります。 漫画やイラストの世界の中では、メジャーなのに現代アートの中ではメジャーではない。今から歴史を作って行かないといけない。 学内展で作品を展示していた時も、なかなかみんな立ち止まってくれないんですよ。その時は、あんまりデジタルがメジャーじゃない事に気づいてなかったんです。 最初は見向きもされませんでしたが、今はコミュニティが発生してきている印象があります。色彩能力を引き出すにはデジタルしかないよねという意見を言ってもらえたりもしました。 しゃべったらなんとかなる事が多いですね。なぜデジタルをアナログにしたいのかで、ひっかかる人は多いみたいですが、私にとっては、アナログもデジタル一緒だったから、特に差がわからなかった。そういう意味ではボーダレスな感じです。だかたデジタルなものを、展示会場というリアルな、アナログな場所に持ってくるならそれはアナログになるよねっていう感覚です。 (Night Shadow, W 97 x H 130.3 x D...

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