水曜日, 1月 27, 2021
Home Curator’s Eye 現象と想像力の冒険。

現象と想像力の冒険。

絵画とは異なり、実物や物を題材にした写真の表現は、被写体によって多少制限されます。被写体の選び方、照明の当て方、場所の設定、作家と被写体との距離感、あるいは全く手を加えない自然な撮り方。アーティストが想像力の魔法で現実を捉えていく様は、とても興味深い体験です。

福嶋幸平

KEISUKE UCHDA

Dososhin-jinjaShrine
H 90cm x W 60cm
Naeba Waterfall
90 x 60 cm

KEISUKE UCHDA

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Playfulness
29.7 x 21 cm
Full focus
29.7 x 21 cm

梅川 良満

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Incarnations #002(Goblin)
H 30cm x W 30cm
Incarnations #001 (Necromicon)
H 30cm x W 30cm

Yasuaki Matsumoto

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fish wish
H 40.6cm x W 50.8cm
river of milk
H 40.6cm x W 50.8cm

Yumiko Kamoto

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Crawl up
H 26.6cm x W 40cm
Shake
H 26.6cm x W 40cm

Shinya Rachi

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White exchange
H 103cm x W 72.8cm
After meal
H 59.4cm x W 42cm

JG. Heckelmann

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Entry
H 84cm x W 100cm
The Way – Another Place
H 87cm x W 90cm 
Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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Quick Insight vol.1 – yuta okuda-

日本や台湾などアジアのアートシーンを舞台に活動しているyuta okudaは、生き物や花を通し、自然の摂理にある美しさの描き出し、その姿を肯定しようと試みる。『TAKEO KIKUCHI』のファッションデザイナーからアーティストへ転身した彼の活動とその背景について話を聞いた。 まずは作品について簡単にご説明願えますか?作品は無意識の自己投影と自己解釈がベースになっています。無意識のレベルで生き物たちを思い浮かべ、それを意識レベルで般若やマリリンや狛犬などにしていきます。 無意識で描きたい題材は、常に花や生きもので、そこから美と醜、愛と嫉妬、生と死など相反する二つのテーマを1枚の中に表現しています。モチーフは常に生き物なんですが、食物連鎖をコンセプトに、自然の摂理の美しさを描いています。 wisdom 743×607, 2019, pigment ink /Kent Paper 作品はこちらから もともとはファッションデザイナーだったそうですが、アーティストになったきっかけは?きっとアーティストになりたい気持ちが強かったからだと思います。デザイナーとアーティストとでは、全く性質が違いますから。商業デザイナーに個性は求められない。決まったデザインを、決まった通りに、決まったスケジュールでこなしていくことが必要なんです。でも、それがストレスだった。だからスタートは「ただ自分の描きたい絵を描きたい」という、本当にそれだけだったと思います。 そうして、すぐに絵を描き始めたのですか?いいえ、最初は自宅でひたすら描いているだけでした。今見返すと、その頃の絵は、すごく密度が高く見える。負の感情を吐き出している感じでしたね。人に見せることなんか考えても見ませんでしたね。全く、これっぽちも。言わば毒素ですから、自分の(笑)。 Purple Rose (Pink x Purple) 33.3×24.2cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら プロとしてスタートしたきっかけは何でしたか?認めてくれた人たちがいたんです、私の絵を。自分のネガティブが丸出しになった絵を「いいね」と言ってくれる人たちがいた。驚きだったし、有り体に言えば、気持ちが良かった。商業デザイナーではそんなこと絶対に有り得ない。ファッションでは取り繕いをしていたけど、絵画は裸です。その部分を見せて、評価してもらえたことが嬉しかった。そんな時期に友人のアーティストを見たりして、その姿に嫉妬し、「自分も」と考えました。でもやるならプロとして、趣味ではなく、生半可な気持ちは捨てようと思っていました。やるなら、徹底的にやろうと。 作品は自己投影的と仰っていましたね。当初から同じスタンスですか?最初の頃は「ひたすら描く」に尽きますね。平均したら1日15時間くらいかな。3日間描いて半日寝るとか、とにかく吐き出そうと思って。溜まっていたもの、湧いてくるものを全部吐き出したら、ようやくコンセプトが見えてきた。それが「自己投影」。 ファッションとは正反対です。そっちではコンセプトメークが先にあって、そこから組み立てていましたけど、私がアートでやっているのは自分自身を発見していくこと、つまり一番正直な自分を出すこと。どれだけ裸になれるか、どうやってその部分を引き出すかが重要になってくる。自分の経験がどういった形でアウトプットされるか、それを見てみたいんです。 Abstract Bouquet (Navy x Purple) 33.3×24.2cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら ご自身の経験をベースにしているとインプットが大変じゃありませんか?最初の3年で尽きましたね(笑)。30年の人生が、3年で底を突いた。でも、それは上澄の30年だと思っています。もっと掘り下げられると思うんです。自分の本質が何か、自分のベースが何か、この3年で自分の30年を振り返ることが出来た。3年かけて、ようやく自分が分かってきた気がするんです。だから、これから色んなものを取り入れ、新しくつくっていく。 最近では墨を使用した作品も増えました。その変化は意図的なものですか?私の作品は、やはり、私自身と連動しているから変わりはするんです。物質的にも精神的にも、昔と全く同じような絵を描けと言われても、それはすごく難しい。変わりはするけど、でも言えることは、今自分がやっていることに嘘がないということ。本当に疑問が湧かないんですね。さっきも話に出ましたけど、私の絵はいかに裸になれるか、自分に正直になれるかが重要。だから、それを基準に考えるのであれば、今やっていることに間違いがないことは断言できると思います。一方で素材については常にアップデートを心がけていますね。水彩も試したし、銅版も油彩も、日本画も、あとは粘土など色々と試した。その結果、自分の性質に合うのが墨だなと。 Abstract Single Flower (Sax x...

A.C.D – 色のメタモルフォーゼ

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アートの外、そして中。アウトサイダー・アートの作家たち

アウトサイダー・アートとは1972年に美術評論家のロジャー・カーディナルによって提唱されたこの概念。言い換えるならば、正規の美術教育を受けていないアーティストによって制作されたアートを指すテクニカルタームと言える。  型破りで自由なスタイルのアウトサイダー・アートについて、本記事ではACMギャラリーが取り扱う作家を紹介していく。 藤橋貴之/Takayuki Fujihashi 1963年生まれ。20歳になって、新明塾の仲間と出会い絵を描く楽しさを知りながら、自分の世界を広げる。 20代、30代は染色、クリーニング屋さんなどで実社会経験も積み、真面目で着実な仕事ぶりは評価される。その後、一時期工房ソラに入所、さおり織や陶芸の絵付けなどでその造形感覚を発揮する。現在は自立を目指して一人暮らしをしている。 作家の詳細はこちら 神楽谷/Kaguratani 1971年生まれ 岡山県津山市在住。常に自分の興味のあるものにアンテナを張っており、興味あることを形にしたいという思いは強く、油絵、水彩画、デザイン、オブジェなど、興味の赴くままに作品を作っていく。いくつもの作品が同時進行で制作されており、アトリエには制作途中の作品が多くある。 作家の詳細はこちらから XL 1967年生まれ。2006年より「NPO法人スウィング」に所属。中学卒業後、左官屋に就職するも激しい「いじめ」にあい速攻で退職、推定15年に及ぶ引きこもり生活を経験する。芸術創作活動「オレたちひょうげん族」、京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」等、多方面に渡ってスウィングの「仕事」を中心的に牽引中。 作家の詳細はこちらから 寺井良介/Terai Ryosuke 1985年生まれ。野球への情熱は、動物や身の回りにあるものを次々と野球の世界に引き込んでいく。一見すると無関係に思えるものも、元をたどると実は野球を発端に飛躍している。 作家の詳細はこちらから 松本寛庸/Hironobu Matsumoto 1991年生まれ。2〜3歳の頃から絵を描き始め、3歳で高機能自閉症と診断された。彼の作品は、その時の興味や関心を反映したものが多く、自分の考えるイメージに変えて描く。色鉛筆も300本、水性ペンも100本ほどの中から迷うことなく色を選ぶ。定規や消しゴムや修正液などは一切使わず、緻密で繊細で色彩豊かな作品が多い。 作家の詳細はこちらから 世界で評価の兆しが見える日本初アウトサイダー・アート。奇妙にも思える作品は、しかしその内面性故にボーダレスなパワーを持つのだろう。

渡辺おさむ: 日本の菓子作家インタビュー

“...誰にでもお菓子の思い出はありますよね。” 日本のカワイイ文化の中で、現代菓子アートの先駆者ともいえるアーティストがいる。2003年に東京造形大学を卒業後、独自のレジンホイップクリームやキャンディアートを追求している。渡辺氏は、自身が育った文化に触れながら、西洋の巨匠たちの作品を再構築しながら、繊細な手とパイピングバッグだけで、世界に一つだけの作品を丁寧に制作しています。その気まぐれな彫刻作品は、中国、香港、インドネシア、トルコなどで国際展を開催し、国内外で高い評価を得ています。 今回のインタビューでは、渡辺さんに、作品の原点、渡辺さんにとっての作品とは何か、そして今後の展望についてお話を伺いました。このインタビューは長さとわかりやすさのために軽く編集されています。 目次 幼少期にインスパイアされたアート 日本の現代アートシーンに居場所を見つける 未来への展望 渡辺おさむアートを購入する場所 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150003" 幼少期にインスパイアされたアート レジン菓子アートのスタイルはいつ頃から生まれたのですか? 18年前、美大に通っていた頃、自分だけのスタイルを模索していました。そんな時にお菓子の可能性を知りました。子供の頃から、お菓子の形や色が記憶に残っているのは、母が製菓学校で教えていたからです。 なぜパティシエではなく、このスタイルを目指そうと思ったのですか? 母の職業柄、お菓子はいつもたくさんありました。だから、自分で作ったり、お菓子作りを職業にしようという気にはなりませんでした。 日本の現代アートシーンに居場所を見つける “...誰も私の作品を美術品とは思っていませんでした。” <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150013" 自分の作品が美術品として認められないことを恐れたことはありますか? 自分の作品が受け入れられないことを恐れたことはありません。それよりも、人工的なお菓子を使った型にはまらない表現をしたことで、アート界がどう反応してくれるのかということに興味がありました。作品を作るという行為が好きなので、自分に自信が持てない時は、手を動かして作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけてきました。 従来のアーティストと比較して、このメディアを選択したことは、あなたのキャリアにどのような影響を与えたと思いますか? 私がこのスタイルで作品を作り始めた頃は、誰も私の作品をファインアートとは認めてくれませんでした。しかし、それにもかかわらず、私は作品を作り続け、発表し続けました。文化勲章を受章した美術評論家の高階秀爾さんの著書に私の作品が取り上げられたのをきっかけに、自分の創作を続けることの大切さを実感しました。 視聴者からの反応が一番充実しているのは? 最初の作品が売れた時はとても嬉しかったです。それと同時に、作家としての責任も感じました。自分の作品を買ってくれるコレクターがいるということは、アーティストとしての価値を保証しなければならないということでした。その時に、自分の作品に全力で取り組もうと決意しました。 最初に売った作品は何ですか? 樹脂製のホイップクリームで「枯山水」を表現した作品でした。東京都が主催するコンペに応募したのですが、当時の東京都知事に買ってもらったものです。 “...自分に自信が持てない時代に、自分の手で作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけました。” 作品を作る上で一番大変なことは何ですか? 最も難しいのは、樹脂製のホイップクリームでデコレーションすることです。思い通りの仕上がりにするために、2種類のパイピングバッグのチップを使い分け、グリップを調整してテクニックをコントロールしています。 有名な美術品を人工菓子で飾ることにはどんな意味があるのでしょうか? 知名度の高い作品を飾り、自分なりに表現することで、新たな物語が生まれます。 どの作品が一番好きですか? これまでに作った作品の中で一番好きなのは、日本古来の神話をモチーフにしたクニウミです。 伝統的に、お菓子は主に食べることで体験するものです。この体験だけをビジュアルアートに変えることは、あなたにとってどのような意味があるのでしょうか? 誰もが甘いものに好意的な記憶を持っていると思いますが、私は作品を通して、その好意的な連想を喚起することを目指しています。人は、お菓子の味や色、形などを大げさに想像したり、思い出したりしがちです。だからこそ、記憶の色を再構築することで、あの幸せな気持ちを呼び覚ますことができるのです。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150005" 未来への展望 “最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、ということに興味を持つようになりました。...” アートやビジョン、方向性は、始めた頃と比べてどのように変わりましたか? 当初は「楽しいから」という理由で美術を追求していました。最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、作品を作る意味は何なのか、ということに興味を持つようになりました。 個性的なアートを制作しているアーティストに、あなたは何を伝えますか? あなたのオリジナリティはあなただけのものですから、あきらめずにアート制作に取り組み続けることをお勧めします。作品作りは一生続けられるものです。だから、アーティストを目指す人たちには、無理をせず、これから先もずっと作り続けてほしいと思います。私もこの戒めを守るようにしています。 今後の抱負を教えてください。 今後も世界に向けて作品を発表し、私のお菓子アートの世界を発信していきたいと思っています。現在はインドネシアとフランスでの展示会を予定しています。また、今後も作品を作り続け、コレクターの方に作品の価値を高めていきたいと思っています。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150016" 渡辺おさむアートを購入する場所 TRiCERAでは、渡辺おさむの一点ものの作品を多数ご紹介しています。他の日本の若手アーティストについてもっと知りたい方は、現代美術のページをご覧ください。

ART & TIPS – 作品の額装から保管まで –

アートを買いたいけど額装が分からない。アートを買ったけど保管の方法が分からない。などなど、この記事では「アートを買う上・持つ上で分からないこと」を解説します。 アートとの暮らし方 - 額装から修復まで - 100万円の絵を買うために - 分割払いってアリ?ナシ? - アートと末長く、いつまでも - 買った作品は売ってもいいの? ダメなの? - アートとの暮らし方 - 額装から修復まで - 実はワタクシ、作品を購入しまして。しかもはじめて! お、いいですね。どんな作品を買ったの? ドローイングなんですけど、ギャラリーの人に「額はついてないんですけど、額装しますか?」って聞かれて一瞬困ったんですよね。「え...額装ってなにさ!?」って。 はじめてだとそうだよね。 そうなんですよ。でも、そもそも絵画には額装されているもの、そうでないものがありますよね。何が違うんですか? 一番は作品の違いだね。絵画にはキャンバスや木製パネルに描かれたもの、紙に描かれたものがあって、キャンバスならそのまま壁に掛けることが出来るけど、でも紙の作品は壁に掛けにくいですよね。だから額縁に入れて飾りやすくするんですよ。 あ、じゃあ写真とかプリントも紙だから額装はしますか? そのケースが多いね。額縁にも種類があって、いわゆる枠がついた額縁もあるし、アクリルやガラスに挟んだだけのものもあるよ。作品を買ったところに「この作品を額装したいんですけど、おすすめはありますか?」と聞けば案内してくれると思うよ。 私の買ったドローイングは紙に描かれているから額装した方がいいんですね。「壁に掛ける」って具体的にどうするんですか? お母さんが「紙なら壁にはっつけちゃえば?」って言ってたんですけど、でもちょっと抵抗あって...。 壁に金具を取り付けたり、ピクチャーレールと呼ばれる器具を取り付けたり、方法は色々あるね。直接くっつけるのは、作品を傷つけることもあるからオススメはしないかな。 え...金具や器具を取り付けるって...壁に穴を開けるんですか...? うちは賃貸だからちょっと気になりますね...。大家さんに原復しろ!って言われたら怖い...。 特殊な練りゴムをつけて壁を傷つけない方法もあって、ひっつき虫とか呼んだりするんだけど、画材屋さんやホームセンターに行って聞くと詳しく教えてくれるよ。 なるほどー。でも飾らない時ってどうしたらいいんですか? 押入れで保管していいものですか? 作品によっては湿気が苦手だったりするから、注意は必要だね。特に紙は湿気に弱いし耐久性も低いから。「湿気・温度・日差し・虫食い」は、紙に限らず、作品を保管する上で要注意のエネミーだね。一般的にはすのこを下に敷いて、出来る限り陽の当たらない場所に置いた方がいいかな。紙の場合は箱に入れてあげてね。 ふーん。倉庫とかで預かってくれないんですか? 倉庫ももちろんアリだよ。だけどアートを専門にしているか?は要確認だね。湿温対策や防虫対策をしているかはチェックした方がいいかな。あとはお財布とご相談。 それでも傷んじゃうことってありますよね。子供がぶつかってしまったり、地震が来たりして...。私って家でパーティしたりするので、結構ひとが来るんですよね。 修復士という、作品の修繕を専門にしている人もいるよ。でも、まずは作品を買ったギャラリーや作家さんに聞いてみるといいかもしれないね。作品を一番分かっているのは作家さんとギャラリーだから。 100万円の絵を買うために -...

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Delta N.A – 芸術の自由の中の二つの魂

1つのキャンバスに2つの異なる魂をマージ - また、Delta N.Aとして知られているデュオアーティストネバエポックとアレッサンドロ-ヴィニョーラは、同じキャンバスに一緒に彼らの感情的な融合を表現する能力を開発しました。 心理学者としてのキャリアをスタートさせた時に、アートは自分たちに喜びを与えてくれるものだと気付いたという。それ以来、肖像画や具象作品を制作し、2008年には初の個展を開催し、世界に向けて作品を発表する勇気を与えてくれました。国際的な現代アートシーンに自分たちの作品を持ち込み、ヨーロッパ、アメリカ、アジアのギャラリーや美術館でグループ展や個展を多数開催。以来、彼らの作品は多くのプライベート・パブリック・コレクションに収蔵されています。 Delta N.Aの表現は、人間や自然の象徴的な構造物に幾何学的なサインが重なったユニークなものです。彼らのアーティスティックなインスピレーションは、現代人の内なる二項対立から解き明かされます。 See More Of Delta N.A's Artworks

仲介者としてのアーティスト

 刺繍の手法で制作するAsami Asamaは、自分のことを「器」と表現しています。Asami Asamaによると、インスピレーションに忠実に作品を制作することが大切だという。自身をシャーマニズム的なスタイルと称しているからこそ、作品は純粋さを保っているのだそうです。 Asami Asamaの作品は刺繍を中心に制作されていますが、これは最初から習っていたものなのですか? -いえ、最初は一人で絵を描くところから始めました。元々はイラストレーターの仕事をしていたのですが、自分のオリジナルの表現で作品を作りたいと思ったのが、クライアントの仕事をしていたのではなく、アートの仕事にシフトした理由です。 子供の病気がきっかけで刺繍に転向しました。その間、作りたいと思っていても何も作っていませんでした。しかし、絵を描く時間と場所がなかなか取れない。アーティストとしての生活とプライベートを両立できるのは、刺繍だけだと思いました。 Honkadori Bacchus, 33×33cm 刺繍は生活の中で気軽に取り入れられる芸術表現だったんですね。刺繍も独学ですか? -そうですね、独学なので、ワークショップを頼まれても人には教えられないんですよ。自分なりのルールや方法はありますが、特に決まっているわけではありません。作品の作り方は自分の生活の中で出会ってきたものなので、ちゃんと刺繍を習っている人とは違うかもしれません。それに、私は表現を大切にしているので、クラフトやハンドクラフトにはなりたくないんです。 刺繍という手法を使った作品」である以上、アーティストとしての視点は必須です。それについてはどう思いますか? -私の作品はどちらかというとひらめき系です。シャーマニックというと変かもしれませんが、自分の中でアイデアが「降りてくる」という感じです。頭の中にモチーフが降りてきて、それをどうやって作品としてアウトプットしていくか。それが僕の創作スタイルです。 Enlightenment, 33×33cm つまり、アーティストがインスピレーションと作品の間に立っているような気がするんですよね。 ーーそれはあくまでも僕の場合ですが、だからこそ精神状態が大事なんですよね。作家の精神状態とか、目に見えないものが作品に繋がっていると思うんです。だから、自分の状態が不安定な時は、必ず作品に反映される気がするので、絶対に作品を作らないようにしています。朝は「お清めの儀式」をすることが多いのですが、純粋なインスピレーションを得ること、どれだけ純粋な作品になるかが大事だと思っています。 昔は「アーティストというよりシャーマンみたい」と言われることにコンプレックスを持っていましたが、今はそんなことは気にならなくなり、頭で考えている時よりもずっと良い作品が作れるようになり、アイデンティティのようなものすら感じています。 私の作品の流れは、「考える」→「スケッチする」→「キャンバスに刺繍する」です。いつも夜中や明け方に新しいインスピレーションやアイデアを得て、それを忘れないようにすぐにスケッチしています。 Honkadori Giuliano, 33×33cm 最後になりましたが、「The」の中で何か変えたいことはありますか? -いや、特にないですね、自分の作品には原型があって、それをどうやってキャッチして仕事に移せるかが問題なので。だからこそ、心と体には常に気をつけています。肉体的にも精神的にも体調を崩していたら、良い作品は作れないと思うんです。良い「器」になることがとても大切なんです。

人間にとっての動物、もしくは動物にとっての世界の話。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『小貂を抱く貴婦人』とは−言うまでもなく著名な作品ではあるけれど−上品そうな女性がオコジョを腕に抱いているにおける、54.8 cm × 40.3 cmのペインティングだ。オコジョは純潔性の象徴らしいが、一方で14-5世紀の貴族の間では著名なペットでもあったという。 人と動物の共生の歴史は長く古く、遡ればラスコーの時代から人々は動物を飼い慣らし、時に愛玩し、時に狩のパートナーとして生活を共にしてきた。 古代エジプトでは動物に名前を与えていたし、古代ギリシャでは亡くなった犬のために墓穴を掘り、墓石を建て、飼い主はその墓にメッセージを刻みつけて悲しみを形容する習慣があった。 作品の詳細はこちらから かくも長い歴史だが、とはいえ、動物が絵画の題材となり始めたのは、動向としては、主に17-8世紀頃のことだった。 博物学の一環として動植物がイラストレーションされることは多々あった。けれど「動物画」として、つまり絵画の一ジャンルとしてフラン・スナイダーズやジョージ・スタッブスのように動物をメインをモチーフとした画家たちの登場はその時期を待たなくていけない。 では、なぜ人は動物の絵を描くのだろうか。 第一に、ダ・ヴィンチ のような象徴的用法もあるだろう。実在する動物ではないが(少なくとも筆者は見たことがない)、例えばユニコーンは、少女の清らかさを指し示すモチーフとして15世紀の絵画界で使用された。 この象徴という見方は、絵画の中に動物がいることについて一種のストーリーを読み取ることを許すだろう。例えば少女と動物をモチーフにするSELUGI KIMの作品を見てみよう。 作品の詳細はこちらから 彼女の絵画の中の少女が一緒にいるのは友人でも家族でも、ましてや学校の先生でもミッキー・マウスでもなく、一匹のフラミンゴだ。 「文化と愛という名のもと、社会では偽装が多く行われている」と彼女は語るが、その言葉と共に鑑賞すると、フラミンゴと少女しかいない世界は社会の矛盾や清廉さとは反対の、ある種の理想郷的な世界を物語っている様を読み取りたくなる。 作品の詳細はこちらから 動物の「イメージ」という点ではどうだろう。 例えば狼は『赤ずきんちゃん』『三匹のこぶた』など物語の中では常に悪役だ。そして狼と聞けば、どうだろう、善良的なモラリストをイメージすることは少ないのではないか。この物語が作り出した狼の運命について、苅谷はそれとなく言及している。 人間によって紡がれ、語られて来た物語のおかげ嫌われ者になってしまった狼。ある種のイメージ操作の結果をを、そしてそのイメージを固定し続ける者たちの姿を、彼女は公平な視点から描き出している。 作品の詳細はこちらから ペットという視点ではどうだろうか? 人はペットを、自分たちの異種の家族を、どう描いてきただろう。そのストーリーはどうだろうか。 萩原のペインティングにおけるペットは、ある意味、現代の風俗が見て取れる。 〈we use botanical shampoo〉と名付けられた作品に描かれる犬たちは、思うに、普段からボタニカル・シャンプーで身を清めているに違いない。 作品の詳細はこちらから 反面、ペットの視点から描かれた作品も存在する。久保俊太郎の絵画がそれだ。...

ミレニアル世代の私たちがモダンアートを買うべき理由

 私たちは、より洗練された未来を形作っています。 私たちミレニアルズは 1988年生まれの私を含めて まるで「FRIENDS」のフィービーとレイチェルの ハイブリッドのようなものです どのようにして?私たちは、フリーマーケットで買った感傷的な愛着のあるアンティークが好きなPhoebeのように、独自性と信頼性を切望しています。しかし、Pottery Barnの新品のアンティーク調の家具を選ぶレイチェルのように、人気と安全性も求めています。 私たちのハイブリッドなライフスタイルを見てみましょう。私たちはファッションのセンスが抜群で、古着屋で買ったジャケットやグッチのバッグの着こなし方を熟知しています。私たちはアナログとデジタルの技術に精通しており、スマートフォン、YouTube、ジャスティン・ビーバーがどのように私たちの生活を形成してきたかを目の当たりにしてきました。旅行にも熱心で、SNSでは何百万人もの人が撮った写真を投稿して自己ブランディングをしています。プライドパレードに参加したり、グレタ・トゥンバーグと一緒に行進したりと、人権や環境問題のネガティブな継承に取り組んでいます。そして、そう、私たちは皮肉が好きなのです。それでも、私たちは、比較的、素晴らしいことをしていませんか?私たちは確かに新しい時代を形作る洗練された心を持っています。  オーガニックを選びますか?ウォールアートも選びましょう。 私は、アートを買うことは、あなたの食料品をどこで買うかを選ぶことと何ら異なるべきではないと信じています。私たちの世代は、前例よりも私たちが食べるものを気にしています。私たちは、有機野菜や人工香料の入っていない食品を買うためにホールフーズマーケットに行きます。または週末のファーマーズマーケットで、私たちは生産者から直接新鮮な食品を購入します。お金はかかるかもしれませんが、私たちは自分自身の健康だけでなく、地元の生産者の持続可能性を促進していることを知っています。美味しい食べ物は、私たちの日常生活を豊かにしてくれます。 では、アートはどうでしょうか?フリーマーケットでは、地元のアーティストが素晴らしい絵画や手工芸品を売っているのを目にします。なぜでしょうか?私たちは、ブランド名のついた工場で作られた複製品に同じ金額のお金を使う方がいいからです。自分たちを「教養人」と呼ぶために、私たちは美術館にお金を払って、より古い世代が確立した芸術を見ることにしています。それは残念なことで、自分たちの好みのものはあまり見ないので、「自分は芸術を理解していない」と自分に言い聞かせているのです。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、家に置くことができない。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、それを家に置く余裕はないし、気に入ったものがあっても、家に置いておく余裕もない。真実は、私たちは私たちの時代の芸術を理解しているということです。それはInstagramやPinterestだけでなく、私たちの壁に私たちの多様な味をマニフェストするためにいまいましい時間です。 あなたの地元のファーマーズマーケットであるTRiCERAで食料品を買いましょう。 TRiCERAのようなオンラインアートマーケットのプラットフォームは、あなたの地元のマーケットです。アーティストが直接アートを持ち寄り、キュレーターが品質が保証されたものをセレクトする場所です。Pheobe Buffayのオリジナル作品をお手頃な価格で手に入れることができるとしたら?お気に入りの作品を毎日壁に飾って鑑賞することができます。ファクトリーアートでは味わえない筆致と繊細なディテールに、あなたはエネルギーを得ることができます。アーティストを支えるだけでなく、年々豊かになっていくとしたら?現代のアート市場は、アメリカの株式市場よりも有望であることが証明されています。あなたは文字通り見せびらかすことができるクールな投資をしています。あなたがTRiCERAでサポートしたアートやアーティストは、数年後にはオークションや美術館で見つかるかもしれません。ほら、あなたはトレンドを形成している人なのです。これが、私たちミレニアル世代とX世代の人々が、現代の美術館を再構築する方法なのです。 アートコレクターであることが意味をなす5つの例 これはフィクションです。名前、キャラクター、場所...は完全に偶然のものです。] Tracy - 28歳 - スムージーとヨガと猫が大好き。彼女のアパートは普段は散らかっているが、出会い系アプリでの自撮りやビデオチャットのためのコーナーを用意している。彼女はちょっと前衛的で、一生懸命遊ぶのが好き。 AIKA TAKAHATA, IN THE END, 32cm × 41cm https://www.tricera.net/painting/id81003010004 Dave - 35歳 - 一人目の甥っ子に甘いところがあり、二人目を妊娠中の妹エイミーのことを気にかけている。子どもの脳の発達に役立つと信じて、子ども部屋にアートをプレゼントしている。 YAMAKAWA...

Feature Post

国立新美術館での展覧会「イメージ・ナラティブ」国立新美術館で開催される「日本の現代美術における文学」展について

Keizo Kitajima, TSILCARL VILLAGE ARMENIA (From the series USSR 1991), 1991/2019, Pigment print 66.0×93.0cm Collection of the artist ©KITAJIMA KEIZO 2019年8月28日から11月11日まで、国立新美術館東京では、日本の現代美術作家6名によるグループ展を開催します。展覧会のタイトルは「イメージの物語」。日本の現代美術における文学」。タイトルの通り、日本の現代アートシーンにおける文学的表現に焦点を当てた展覧会です。出展作品には文学的な要素が共通しており、詩のような比喩的な表現がなされています。直接的なメッセージを表現するのではなく、作品の中の時代や場所、人物を想像することを示唆している。 国立新美術館の展覧会公式発表によると、古代ローマの詩人ホラーチェの『アルス・ポエティカ』に由来する、「絵画も詩であるように、詩も詩である」という意味の「Ut pictura poesis」という言葉があります。この言葉は、絵画(視覚芸術)と詩がいかに密接に結びついているかを説明する際によく引用されます。 今回紹介する6人の日本人現代美術家は、1950年代生まれの北島敬三から1980年代生まれのミヤギフトシまで、年齢も様々だ。美術館に入ると、まず第1室を占めるのは、国内外で活躍する田村友一郎氏。部屋全体が「幻覚」をコンセプトにした彼の新作「スカイアイズ」となる。作家は、日本でいう "幻覚...

ポケモンと似ている?−ペーパーアート・ストーリー Part3 完 –

解は、どちらも進化する、と。この記事は、ペーパーアートのシリーズの最終章(現時点で)であり、まずパート1&2をおさらいしてから、その進化について見るとしよう。あるいは、リンク先に飛んでみると更に面白いであろう。 パート1 - 我々が子供の頃には知っていて遊んでいたはずの紙が持つ魅力も、「大人になる」過程で忘れ、つまらない物体と変わってしまう。しかし、「紙はアートを内包するメディアムであるだけでなく、創造性の魔法を唱える素材そのものとなりうる」ことを教えてくれる紙作家らによってその魅力を再発見できる。 パート2- 4000年以上に及ぶ人間と紙との関係への追憶は、ペーパーレス時代になっても一夜にして消えるものではない。厚さ1ミリにも満たない紙は、その発展とともに信じられないほどの芸術性を宿してきた。紙は植物に由来し、生物学的なエネルギーを持つ。この有機的エネルギーこそが「芸術家と芸術を、芸術と私たちを結ぶ触媒として繋いでいる 」のだ。 今回は、ペーパーアートのまた違った一面が見るとしよう。その進化は、想像力を超えて成長するポケモンのように、我々を驚かせるやもしれぬ。しかし、アートを愛する私たちとしては「目指せ〇〇マスター!」と、つい興奮に背を押される。 進化タイプ1「ニョロボン」原点を忘れない おたまじゃくしのようなポケモン、ニョロモを捕まえたときは、緑色のカエルのような姿に進化すると確信していたものだ。しかし、最終形態であるニョロボンは青くて渦巻きを腹につけたままで、要するにオタマジャクシのままだった。同様にペーパーアートの中にも、その起源に強く忠実で、紙の原始的な存在感を声高にするものがある。オランダのグラフィックデザイナーであり、庭の設計士でもあるStuidoMieは、「PaperWork」と呼ばれるシリーズを制作している。その名の通りに、実質的に紙片と紙のみで作られる単純さにも関わらず、その見事な芸術性の進化は見る者を打ちのめす力がある。 抽象とミニマリズムのDNAから進化したと見える彼女の作品は、変貌の小さいニョロモ–ニョロボンの系譜に感じた「要素を徹底的に削ぎ落とした中にこそインパクトがあるのではないか」という問いかけを鑑賞者に残す。彼女の作品はアートの既成概念的な構造や美学にジャブを入れるようである。ミニマリスティック・アートの巨匠フランク・ステラは「目に見たものを見たままに(理解せよ)」と言うが、私は彼女の作品を庭の設計士的、自然環境的な側面から解釈せずにはいられない。(そして彼女の作品を見ているとなぜか、アメリカの前衛作曲家ジョン・ケージの音楽が耳に聞こえてくる。) もし一度でも迷路庭園に足を踏み入れたことがあれば、パターンを認識しようとしている間に、形や影に目が錯乱される事に気付いたであろう。また、植物を育てていると、その成長や天候の変化をいくら分析しても、予測できない事態に遭遇する。StudioMieの作品では、構造的に配置された紙片が生み出す不確かな影と、人工的迷路から自然森の中に迷い込む様な予測困難さを体験できる。彼女は、コロナウイルスのロックダウン中に「パターンやシステムが予期せず不安定になるとどうなるのだろうか?システムは回復するのか、変身するのか、それとも衰退するのか?」と自問し、それをPW024 / faltering patternのシンプルながら力強い作品に昇華させることに成功している。 進化タイプ2 「ギャラドス」 バリバリの肉体改造 2種類目は、無力に跳ね回るコイキングから空飛ぶ水竜、ギャラドスへの劇的なジャンプをみる様に、大村洋二朗の作品も、同じDNA(この場合は紙)からどうやって進化したのか頭をひねらされる。生命力に溢れる彼の作品だが、信じられないことに、彼の彫刻の才無くしてはただの紙切れなのだ。サイケデリックな色のトカゲは今にも獲物を捕らえんばかりの勢いで、六枚羽根のトンボは星散りばむ銀河へと舞い立つ。数々の賞を受賞した彼の想像力と技術によって、それらは驚異のペーパーアート変種へと成長を遂げた。 もちろん、古典的なキャタピーからバタフリーのような進化タイプもあるが、この広大で多種多様なアート界であなたのお気に入りを見つけて集める楽しさを、あえて奪いたくはない。自分なりの図鑑完成、〇〇マスターを是非目指して頂きたい所だ。 更なる楽しい発見のためにも、ArtClipニュースレターの購読をお忘れなく!

人のカタチの美しさを描き出す。美人画の歴史と現代とは。

美人画とは、美しい女性の容姿や所作を描く人物がであり、いわゆる女性美を扱った絵画である。女性を扱った作品は古今東西にあるが、美人画という用語は日本発祥の呼称であり、その様式からも「日本の女性美」を象徴的に扱った作品といえよう。 浮世絵師、菱川師宣に始まった美人画の歴史は、江戸時代を終えた後も、竹久夢二、上村松園らへと託され、庶民の低級な芸術と見なされていた浮世絵を原点とすることから批評家達から集中的な非難を浴びつつも、美人画の人気は大正5年頃には隆興を極めた。 世の中を席巻した当時の勢いこそないものの日本画の一大ジャンルであり、強靭な日本の文化であろう。 しかし、そんな伝統文化化した美人画の響きにはどこか古めかしいものを感じるが、かつて絵のモデルとなった遊女や花魁、茶屋の娘などが消えさった今でも、美人画を創作する者がいる。 光元昭弘 / Akihiro Mitsumoto 光元昭弘もその一人だ。 メディウムとしては日本画の岩絵具ではなく、油彩とプラチナ箔であるものの、描かれる女性の佇まいは美人画のそれであろう。 「余白を活かし、人物だけではなく、その人物が存在する空間まで表現したい」と語る光元の作品からは精緻なタッチで描かれた美人の息遣いや無機質な場の静謐さまで見事に表現されている。 また注目していただきたいのが背景である。女性が直に座るタイルやコンクリート打ちっぱなしの壁など、建築家として働いていたバックグラウンドが垣間見える。 作品の紹介はこちらから 丁子紅子 / Beniko Choji アーティストの性別が変われば、女性美への視点もまた大きく変わる。丁子紅子の作品との出会いは、そんな思いをふつふつと湧きおこす。 丁子は無表情な女性一人を画面に現す。女性と衣服、そしてその他のモチーフ一点ほどを、極力まで色を制限し表現するのは、鑑賞者の感情を入れ込む隙間をつくり出し思索を促すためだという。また背景もなく、自然視線が誘われる美人は幕末以降の美人画に見られる「退廃的美人」の要素が感じられる。 性や暴力が表現されることの多い赤と黒を使用し、毒々しい化粧や装いの女性を描いていることから、一瞥すると緊張感のある作品のように捉えられる。しかし、描かれた女性の表情を時間をかけて見れば、絵画からとても優しい温度が伝わり、緊張が緩やかに弛緩していくのが自覚される。見るたびに表情を変え、鑑賞者の心情を揺さぶる丁子の美人画は見飽きることがない。 作品の紹介はこちらから 今野雅彦 / Masahiko Konno ここまで紹介した作家は比較的過去の文脈に基づいたトラッドな作風のアーティストたちであった。しかし、美人画がもっている「日本の女性美」に現代のエッセンスを注入するアーティストもいる。中でも今野雅彦は極めて現代的な感性を感じさせる。 江戸時代における美人画は、モデルに似ているかは重要視されず、美人がどの浮世絵師の「型」で表されるかに重点がおかれた。その後、時代の進みに応じて、リアリティの追求がなされ女性の姿も現実に即したものに徐々に近づいていった。 今野は様式化された美人画をさらに更新し、まるでSNSにアップロードされている写真のように描く。「日本の女性美」を現代的な目線で捉えた結果の帰結なのか、はたまた偶然なのか。ともかく、今野の描く瑞々しい女性は「生きている」 作品の紹介はこちらから 池永康晟の人気からもわかるように美人画復興の兆しは確かに存在する。美人画の歴史を今後紡いでいくアーティストは果たして誰だろうか、画面に佇む美人を眺めながらそんなことを考えるのもいいだろう。

意外な万能役者; 家で愉しむ抽象画 pt.2

抽象絵画によく聞かれる「美術館やギャラリーの壁には良いけど、自宅には向かなさそう」という偏見とは裏腹に、実は、あなたの部屋をテイスト良く飾るのにはうってつけのアートである。単体だとやや難易度高めに見えがちなアブストラクトだが、部屋との調和を図るのは具象的な作品よりもとても簡単だ。一度実例を見れば、お気に入りの作品を自宅の壁に掛ける日常を瞬時に想像できるであろう。 ほら、この通り。 (写真や説明をクリックで詳細閲覧へ) まだ納得行かない方の為に、もちろん実例写真は更に用意してある。こちらからシリーズのpart.1をスクロールして頂きたい。 未定義の真実を求めて; 家で愉しむ抽象画 – 前編 パート1を読んだなら、知的な存在として人類が、万事に説明を求めることを理解されたであろう。だからこそ「未知のもの」や「説明のつかないもの」に史上疑問を抱き、空想してきた。そして今、その探求は現代美術へと変貌を遂げる。 抽象芸術の万能さ。 抽象芸術が理想的なホーム・デコレーションである理由はたくさんある。例えばひとつ、抽象画は具象絵画のように、それ自身や、その部屋を定義しないと言うこと。ホテルの部屋に飾られている絵や写真のイマイチな趣味を批判した経験は誰でも少なからずあろうかと察する。それは、その特定の何かがあなたの好みではなかったから。一方で、抽象的なものの理解と好みは抽象的である。なんやねんそれ、と突っ込みたくなるようなこの理由が大いに寄与して、どんなテイストのどんなスタイルの部屋にでも、意外と不自然なく飾ることができるのだ。 自分の好みに自信を持って!...

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