木曜日, 5月 6, 2021
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仲介者としてのアーティスト




刺繍の手法で制作するAsami Asamaは、自分のことを「器」と表現しています。Asami Asamaによると、インスピレーションに忠実に作品を制作することが大切だという。自身をシャーマニズム的なスタイルと称しているからこそ、作品は純粋さを保っているのだそうです。

Asami Asamaの作品は刺繍を中心に制作されていますが、これは最初から習っていたものなのですか?
-いえ、最初は一人で絵を描くところから始めました。元々はイラストレーターの仕事をしていたのですが、自分のオリジナルの表現で作品を作りたいと思ったのが、クライアントの仕事をしていたのではなく、アートの仕事にシフトした理由です。
子供の病気がきっかけで刺繍に転向しました。その間、作りたいと思っていても何も作っていませんでした。しかし、絵を描く時間と場所がなかなか取れない。アーティストとしての生活とプライベートを両立できるのは、刺繍だけだと思いました。


Honkadori Bacchus, 33×33cm

刺繍は生活の中で気軽に取り入れられる芸術表現だったんですね。刺繍も独学ですか?
-そうですね、独学なので、ワークショップを頼まれても人には教えられないんですよ。自分なりのルールや方法はありますが、特に決まっているわけではありません。作品の作り方は自分の生活の中で出会ってきたものなので、ちゃんと刺繍を習っている人とは違うかもしれません。それに、私は表現を大切にしているので、クラフトやハンドクラフトにはなりたくないんです。

刺繍という手法を使った作品」である以上、アーティストとしての視点は必須です。それについてはどう思いますか?
-私の作品はどちらかというとひらめき系です。シャーマニックというと変かもしれませんが、自分の中でアイデアが「降りてくる」という感じです。頭の中にモチーフが降りてきて、それをどうやって作品としてアウトプットしていくか。それが僕の創作スタイルです。


Enlightenment, 33×33cm

つまり、アーティストがインスピレーションと作品の間に立っているような気がするんですよね。
ーーそれはあくまでも僕の場合ですが、だからこそ精神状態が大事なんですよね。作家の精神状態とか、目に見えないものが作品に繋がっていると思うんです。だから、自分の状態が不安定な時は、必ず作品に反映される気がするので、絶対に作品を作らないようにしています。朝は「お清めの儀式」をすることが多いのですが、純粋なインスピレーションを得ること、どれだけ純粋な作品になるかが大事だと思っています。
昔は「アーティストというよりシャーマンみたい」と言われることにコンプレックスを持っていましたが、今はそんなことは気にならなくなり、頭で考えている時よりもずっと良い作品が作れるようになり、アイデンティティのようなものすら感じています。
私の作品の流れは、「考える」→「スケッチする」→「キャンバスに刺繍する」です。いつも夜中や明け方に新しいインスピレーションやアイデアを得て、それを忘れないようにすぐにスケッチしています。


Honkadori Giuliano, 33×33cm

最後になりましたが、「The」の中で何か変えたいことはありますか?
-いや、特にないですね、自分の作品には原型があって、それをどうやってキャッチして仕事に移せるかが問題なので。だからこそ、心と体には常に気をつけています。肉体的にも精神的にも体調を崩していたら、良い作品は作れないと思うんです。良い「器」になることがとても大切なんです。

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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この度TRiCERAでは各国より選りすぐった13名のアーティストによる限定エディション・高精彩プリント作品をDNP社からの技術協力を得て販売致します。プリントだからこそ味わえる、アーティストが描き出すイメージの力をダイレクトにお楽しみ下さい。なお今回の企画に伴い、購入後のインタビュー(5~15分:メールもしくはお電話)にお応え頂いた方すべてにオリジナル額(Aの場合:2万円相当)を無料プレゼントいたします。額装をした上で配送させて頂きます。 *11月30日までの期間限定キャンペーン*ご好評のため12月31日まで期間延長!!ご希望の方は、購入後にお送りするメールにご返信ください。 今回の版画作品に関して A. 本格的な現代アートを楽しむ:10万円(税抜) B. 現代アートを幅広く味わう:(A3) 5万円(税抜)、(B3) 3万円(税抜) C. 入門編として現代アートに親しむ:(A3) 1万5千円(税抜) 版画-複数の人が楽しめるアート DNPの技術革新 今回の版画作品に関して 今回の企画には使用する素材や技法、テーマが異なる総勢13名のアーティストが参加し、それぞれ下記のような3つの種類で版画作品を用意しました。 A. 本格的な現代アートを楽しむ A2(42 × 59.4cm)の大型サイズに加え、エディションナンバーとアーティストによる直筆サインがつきます。また、最新のブロックチェーンを使用した証明書によって永久に真贋が保証されます。 サイズ、直筆サイン、エディションナンバーがあることで価格も10万円(税抜)となりますが、しっかりとアートを楽しみたい方、コレクションされたい方におすすめです。 B. 現代アートを幅広く味わう A3サイズ(29.7 x 42.0cm:横長の場合)に加え、B3サイズ(36.4 × 51.5cm:横長の場合)を用意し、エディションナンバーとアーティストのサインデータが印字されています。 価格はA3サイズは3万円(税抜)、B3サイズは5万円(税抜)とご用意しております。ご自宅の壁のサイズに合わせてお好きなサイズをお選び頂けます。 C. 入門編としてアートに親しむ サイズはA3(297 ☓...

毒と浄化の物語 – 城蛍インタビュー –

城蛍は1996年愛知県出身。2019年に上京して作家活動を開始。今年3月には山下舞子キュレーションによって銀座のGallery Camelliaで初個展を開催した。曰く「瞬間的な物語を切り取る」というスタンスにおいてペインティングされたキャンバス、それから本人曰く「彫刻」と呼称する自作した額縁によって構成される作品を制作する彼女に、今回は作品と制作を中心に、その活動について話を聞いた。 作品の外形的なところから伺いたいのですが、城さんの作品は絵画と額縁に分かれているものとそうでないものがあります。ご自身では額縁の部分を「彫刻」と呼び、装飾物としての額縁と分けておられます。尋ねたいのは、城さんの作品において、この木枠の部分がどういうポジションにあるのかという点です。 一般的に額縁は装飾物の意味合いが強い。絵の飾りという立ち位置。私としては絵画と枠と、別個の存在をつくっている意識はないんですよね。絵を描いて、お手製の額をつけているわけではない。額縁として設定してしまうと、どうしても絵の飾りという聞こえ方になってしまうけれど、でも絵のためにあるわけではない。どちらかが主役で、どちらかが脇役ということはない。 いわゆる平面と立体という区分がし難い作品だと思いますが、その自覚はありますか? 平面かどうかについて言えば、限定してはいないと思う。このかたちの最初期の作品に〈老人と海Ⅲ〉というのがあるのですけど、それはストーリーの瞬間を切り取るというつくり方をして、その瞬間の保存という意味を込めて枠を使いました。そもそも、額縁は大切な写真とか記憶の保存に使うものだから。でも木枠の部分は絵の飾りではないから、平面というか、絵の部分がメインという考え方はしていない。かと言って立体でもないですけれど。だからどっちでもないし、分けるのは難しい。その必要もないと思う。 例えばリチャード・タトルや、あるいは最近の日本では安井鷹之助さんなど、平面と立体のボーダーラインに立とうとする作家さんがいます。城さんにもその意識はありますか? いえ、特に意識はしていなかったです。最初の最初で言えば、キャンバスの四角さが嫌だった。決まった形であることに嫌気が差したんですよ。そもそも絵だけだと角があったり、横があったり、紙だったら紙の厚みがあったりするけど、そういうのが気になるんです。すごく気になる。キャンバスの横に釘を打つなら、絶対にそれは隠したい。邪魔に見えて仕様が無い。そういう考えの人なんですけど、まだ東京に来ていない時、制作をしていてキャンバスの形がすごく気になった。居心地が悪かったんだと思います。それで外側にはみ出そうと思って、キャンバスの四角形から。最初は勢いというか、何か「やっちゃえ」みたいな。 「はみ出す」ための手段として額にたどり着いた。偶発的なことでしたか? いや、論理はあった。だから...偶然とは少し違うと思います。そうすればもっと広がりがあると思っていたから。 キャンバスを形態に手を加える表現方法としてはキャンバスを破いたり切ったり、燃やしたりと色々な先行例があります。中でも絵の外周に進んだ点が興味深いです。 絵の表面に暴力的なことはしたくなかったんですよ。傷をつけるのは嫌だった。 「キャンバスの外」を意識して制作された最初の作品は何でしょうか。 意識の話で言えば〈老人と海Ⅲ〉かな。あれは色々なことがはっきりした作品。でもそこで方向性が生まれたわけではなくて、それ以前にも(木枠を使う作品は)あるにはあったんです。だから...発見に近いのかな。それまでは自分でも気付いていなかった、無意識に続けていたことが自分の中で「そういうことだったのか」と思えた。今はそのやり方を整えている感じです。 例えば〈鯨と波〉は額縁がない円形の作品です。先ほど「ストーリーを切り取るつくり方」と仰っていましたが、つまり最初に作品化したいストーリーの瞬間やモチーフがあって、その実践プロセスで絵画と額縁への分化が必要な場合、そうでない場合があるということですか? そうです、その通りです。だから(額縁を使うかどうかは)場合によりけり。使っている場合にはやはり必然だと思う。だけど、そうじゃない作品もある。無いと成立しないという話ではなくて、必要な場合に採用するやり方。〈鯨と波〉では登場する必然がなかったし、逆にというか、支持体が丸くなる方に進んだ。それが作品にとっては一番自然だったから。無くても完結はするんですよ。枠があるのは、それが作品にとって自然な形だからに過ぎない。 つまり額縁は、あくまで表現の延長線上にあるんですね。ストーリーがあって、絵があって、場合によっては額縁があり変形な支持体がある。 そう、だからとにかく、私としては別々に捉える理由がない。どちらも一つの表現でつながっているから。それに枠があっても無くてもやっていることは同じ。〈鯨と波〉もそうですけど、例えば人の手によって違う姿になった生き物とか、それが生きていた風景とか場所とかを描いている作品もある。そういう作品には枠という形であるべきなのかなって。だから、それぞれですね。 形態から中身に話を移しますが、先ほどのストーリーというのは、映画や小説のように時間軸があるのですか。時間の流れが先か、映像が先かの話ですが。 モチーフが先ですね。描きたい対象があって、その周りにはどういう人がいるのか、それに関わる人物や場所が出てくる。その対象を軸に、それを見た人が目にした景色とか思い出している光景とか、その人たちの脳みその中を考える。結果的にはストーリーとか時間を切り取ってることになりますけど、でもモチーフが先。瞬間的な物語性というか。出てくる人たちの10秒とか10分とか、そういう瞬間的なストーリーです。一生分は考えていない。 登場人物の記憶にフォーカスしているように聞こえますね。 人には限りませんけど、記憶というのはそうかもしれない。だから登場する生き物の見た景色とか出会った人、昔した会話の内容、過去に存在していた場所について考えるのかもしれない。そもそもの最初に額縁を使った時も思い出や記憶に纏わっている。 記憶に焦点を置いているとして、モチーフの出所はどうですか。全くの空想か、それとも身の回りから取材しますか? モチーフが向こうから出て来る感覚に近いのですけど、どうだろう、でもメモはしています。生活する中で目に入ったもの、気になったものを書き留めておく。「あ、これ描きたいな」と思ったものをメモする。断片を集めたりしていて、その中で特に癖のある事柄があるんですけれど、例えば車のヘッドライトとか土偶とか、基本的にそれが作品のメインのモチーフとして出てきたりします。 物語の形式でも、例えば小説には一人称・二人称・三人称とありますが、城さんが制作する際の視点はどうでしょうか。 モチーフの視点かもしれない。だから三人称が近いと思います。自分の思ったことも入るけれど、でも一番近いのはモチーフ。モチーフや第三者が思ったこと、天候とか湿度も割と考えたりします。モチーフとなる存在がどういう場所にいるのか、いたのか、その周りの環境はどうなのかって。例えば土偶をモチーフにした作品なら、そもそも土偶を作った昔の人とか、長い時間をそれと一緒に過ごした持ち主のこととか。その場にいる存在の全てを考える。 メモの話で「描きたいと思うもの」を書き留めると話していましたが、そこに共通点はありますか。というのは、作品には暗色の画材が登場しません。選ばれるモチーフや画材は、目指している世界観と関わりがありますか。 基本的には描きたいものを描いていますけど、確かに共通点はある。暗いとか少し怖いとか、謎っぽいとか、毒があるとか気持ちが悪いとか。明るい部分もありますけど。でも作品にすることでそれを浄化している感覚が近いかもしれない。今は黒を使わないんですけど、それは多分バランスが悪いから。使うと、暗く描かれてしまう。それは少し違うと思うんですよ。暗さが根っこにあっても明るさはあっていい。きれいにしたい気持ちが強いのかもしれない。 負の浄化。 そうですね、それは近い。根本的には自分のだし、表層的には他人にとっての。作品を制作することそのものというか、その瞬間を残しておくことが浄化なのかな。自分であれ他人であれ、作品として、自分のフィルター越しに投影することで浄化になるのかなと。だから白い色を使うんですよ。その方が落ち着けるじゃないですか。 少しバッググラウンドに話を伸ばしたいのですが、例えば城さんが記憶に留めている作家もそういった世界観が多いですか。 どうだろう。シーレ、ボナール、デュマス、ペイトン、ワイエス、あとは村瀬恭子さんとクリス・ヒュン・シンカン、ハマスホイとか無限にいますけど、近さはどうだろう。好きだけど、でも違うと思う。私が描くべき作品でないことが多いと思います。でもハマスホイは、そうですね、違和感があるから......。予備校の先生が「ハマスホイの魅力は違和感」と仰っていて、制作でも、何か足りないと思った時にはその言葉を思い出しています。 コンテンポラリーのペインターが多いですが、元から現代アートに関心が高かった? というわけでも無くて、高校の時に油絵を専攻していたんですけど、そこで学んでいたのはいわゆる伝統的な油彩画だった。いかに描くか的な、技術的な話が多い学校だった。むしろ浪人している時ですね。今の作品がどういう風に成立しているか勉強していたら好きになりました。 少し話がそれますが、城さんは愛知から東京に出てこられて活動をスタートさせましたね。今年で2年目だと思いますが、そもそも上京したきっかけは? 単純にモチベーションの話ですね。私は美大に通っていないのですけど、2年浪人をして、でも細々と制作は続けようと。予備校を辞めてアルバイトしながら暮らしてたんですけど、その間、正直絵はほとんど描いていなかった。......年に2、3枚くらいだったかな。働いて、帰って、疲れたって、本当にその繰り返しだったんですよ。そういう時期にたまたま画家のやましたあつこさんから声をかけて頂いたんです。「続けるなら東京の方がいい。東京においで」って。それは正解だったと思う。環境が全然違うし、入ってくる情報がまるで違うから。 ある部分において、現代アートは戦略的な世界です。城さんは東京に出て来られて、その2年目に最初の個展を開催された。そしてキュレーションは山内舞子さん。非常に好調なスタートですが、自分のポジショニングは考えますか。 ポジションとかは、どうだろう、あまり考えてないです。まだはっきりとはしてないだけかもしれないですけど。でも私の好きな作品があって、それは見る場合もそうですけど、作家が心の底から楽しんでいる作品が良いと思う。そういう作品をつくっていきたい。あとは作品のことだけですね、考えるのは。でも制作は気持ちの面が大きく影響するから、この先どうなるかは分からないですよね。 作品はより変化をしていきますか。例えば、全く額縁を使わなくなるとか。あるかもしれないし、ないかもしれない。そもそも私自身ペインターという自覚もないんですよ。だから作品を絵画に限定するつもりもない。でも、だからと言って彫刻家でもない。今後は(キャンバスと額縁を分けずに)同じ支持体とか、キャンバスの厚みを増していくとか、制作の方向も色々と考えていますけれど、でも絵を描いている部分があることとか、絵を描くこと自体を止めるつもりはないです。......絵は描いていると思う。でもどういうやり方でやっているのか、それは自分でも分からないです。今のところは。 TRiCERAのページはこちらから

東京で情熱的な若手アーティストを応援する展覧会

The 21st “1_WALL” Graphics Exhibition Installation View, “The 21st “1_WALL” Graphics Exhibition”, 2019 ©️Guardian Garden Courtesy of Guardian Garden. 若いアーティストは、自分の作品を作るだけでなく、世界に向けて作品を発表する機会を持ちたいと常に切望しています。グループ展、個展、助成金などの機会を提供するアートコンペは、若いアーティストの作品を発表する方法の一つです。東京では、数あるアートコンペの中でも、35歳以下の才能あるアーティストを発掘する「1_WALL」グラフィック展という面白いコンペが毎年開催されています。 第21回「1_WALL」グラフィック展は、東京のガーディアンガーデンで開催されます。同ギャラリーは、総合人材サービスを提供する株式会社リクルートホールディングスが運営している。本展では、2次審査を通過したファイナリストの作品6点を展示。一次審査では参加者全員のポートフォリオを中心に、二次審査では一次審査を通過したグラフィックデザイナーと審査員との1対1のディスカッションが行われました。第21回目となる今回のグループ展では、ファイナリスト6名にそれぞれ壁の片面を割り当てた「1_WALL」を開催しました。 Installation View, “The 21st “1_WALL”...