土曜日, 9月 18, 2021
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アーティスト応援キャンペーンのお知らせ

アーティスト応援キャンペーン開始のお知らせ

この度、TRiCERAでは8/21(土)〜8/29(日)の期間において、
作家をTRiCERA内で新たにフォローした方に購入費用の10%をTRiCERAが還元する、
アーティストフォローキャンペーンを実施いたします。

キャンペーン参加のための3つのステップ

多くの方のご参加をお待ちしております。

お気に入りの作家をフォローしに行く


キャンペーンに関するお問い合わせ先:
customer_support@tricera.co.jp

Soichiro Masudahttps://www.tricera.net/
CMO / ArtCLip Editor-in-Chief

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アートにおける「青」の物語

私たちの目にうつる生活は、とてつもなく鮮やかだ。 ただ、普段の生活の中、色彩に意識的であるのはアーティストやデザイナーくらいではないか。 ここで一旦、色が我々に与える影響を考えてみよう。 例えば赤はアドレナリンの分泌を促進し、黄色はリンパ機能に影響を与えるという。真偽のほどはともかく、色彩がもたらす生理的もしくは心理的機能への影響は、例えば広告などで積極的に応用されている。広告の用途にしたがって、つまりその狙いの違いによって色を使い分けるのだ。 ではアートの世界ではどうだろう? 中でも青は特別と言われ、心理学的には「鎮静」を促すとされるこの色は、例えば印象派の作品では青がよく使われていたし、中世では王族を表す色でもあった。かのイブ・クラインも青に魅せられ、自分だけの色「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」をも作りだした。青は落ち着きの色であり、高貴の色であるのだ。 もちろんアートにとって色彩は無くてはならないガジェットの一つ。明るさや暗さ、豪華さや清らかさ、特定の色はそれぞれに暗喩するイメージがあり、画家が思い描く世界をアプトプットする重要な手段だ。 日南田の作品もまさにそうだろう。クレヨンとアクリル絵の具、ジェッソをベースに塗り重ねる彼女の作品は、壮大なスケールであることが多く、使用される色は青系統が多い。 作品の詳細はこちらから  ロサンゼルス、トリノ、マイアミ、モンテカルロ、パリなど世界を旅しながら作品を発表してきたアーティストユニット Delta N.Aの作品は、現代人が抱える二項対立がメインのテーマだ。明度の低い青の利用は、うっすらと幻想的な色調、そして思考を促すようなゆったりとした時間へ誘ってくれる。 作品の詳細はこちらから  高橋浩規は日本のデリケートな四季を細やかに描き出すアーティストだ。岩絵具の素材としての美しさを出来るだけ活かすように、色彩の透明感や鮮度を保つことに細心の注意を払っている。岩絵具由来の色彩から紡がれる情緒溢れる画面は、どっしりとした深みのある、けれども決して野暮ったくない仕上がりである。  深みのある青で描かれるもっとも日本的なモチーフの一つ、富士山、そして天の川を自宅の椅子に腰をかけてゆっくりじっくりと、時間をかけて眺めてみるのもいいだろう。 作品の詳細はこちらから アートはモチーフや素材、筆致やコンテクストなど無数の構成要素から成る。しかし、生活と密接な作品を選ぶ際には、色を意識してみることだ。

ARTIST CONNECT – ichigomochi → マツモト ユウキ

ARTIST CONNECTについて 本企画は、最近TRiCERA ARTに参加された方へインタビューを行い、お話の最後にお知り合いの作家さんを紹介していただく不定期企画。 今回はichigomochiさんにご紹介いただき、マツモト ユウキさんとお話をさせていただきました。 マツモト ユウキさんと作品について教えてください。 本格的に絵を描き始めたのは10代半ばくらいです。大学は油画科でした。私の通っていたところは写実的な表現が強く、私も絵に説得力を持たせたいと思いデッサンに取り組んでいました。 10-20代の時は、自分を出すよりも、たくさんの人で一つの作品を作ることに憧れていました。自分一人で描くのではなくて、誰かの助けになるような絵を描いていきたいと思っていました。その気持ちの背景には、自分自身の自信のなさがあったと思います。人の作品を見ていて、自分は発想力がないな、頭が硬いな、と思ったり…心が折れそうになることもありましたが、それでも絵を描くことはずっと好きでした。 そういった気持ちもあり、多くの人で一つの作品を作るアニメーションの会社に就職しました。私は背景美術を担当することになったのですが、しばらくして、過労で倒れて退職することになりました。何度も「もう絵を描かない」ことを考えました。けれど、展示のお誘いをいただいたりと人のご縁もあって、こうして描き続けています。 今のような絵を描き始めた大きなきっかけは、娘が生まれた経験です。日常の中にある幸せな気持ち、ホワホワする気持ち、覚えておきたい気持ちを絵に残そうと思って描いています。 元々、辛いことや悲しいことに共感しやすい性格で、だからこそ、幸せな気持ちをちゃんと残していこうと思っています。それは、派手な幸せというよりは、「朝ごはん美味しかったなー」とか、本当にちっちゃかったり、見過ごしてしまうかもしれない幸せで、そういう気持ちをちゃんと一枚一枚丁寧に描いて、積み上げていきたいと思っています。 絵を描くときは、周りの人への感謝の気持ちを込めています。自分の絵は絶対に誰かしらモデルが必要で、周りの人がいなければ絵が描けないんです。 マツモト ユウキさんの作品一覧はこちら タイトル:紫陽花の季節 サイズ:30 X 30 cm | 作品の詳細はこちら “手のひらに乗っているちっちゃな女の子は、心の中にいる女の子。悲しいことがあったとしても、心のどこかに生まれているかもしれないちっちゃい幸せが形になった子だという。ここにいるよ、と見る人の心に呼びかけるようだ。” タイトル:甘いものとコーヒーがあれば、人生はしあわせ サイズ:30 X 30 cm | 作品の詳細はこちら “コロナ禍で通常の卒業式が行えなかった妹。振袖は予約済みだった。式へ出席する代わりに母とお茶をした妹が「楽しかった」というのを聞いて描いたという。通常の卒業式がなくなって悲しい気持ちの中にも、甘いものを食べて、家族と話して、感じられる温かな幸せがある。” TRiCERA ARTに参加しようと思ったきっかけはなんですか。 作家のいちごもちさんの紹介が一番大きなきっかけです。 あとは、海外への販売はTRiCERAさんへお任せするのがいいと思ったからです。 実は、インスタグラムを始めて、初めて絵を買いたいと声をかけてくれたのが海外の方でした。 その方とは拙い言葉でやりとりをしながら、やっとのことで購入まで至って、絵をお渡しすることができたんですが、やはり海外の方とはやりとりが上手く行かないことも多々ありました。 個人でやりとりをするより、TRiCERAさんを通じて販売できたら、と思ったことが大きいです。 ichigomochiさんのインタビュー記事はこちら

プログラミングは今やアーティストのツールでもあります。

 中田拓法は主に風景画を制作していますが、プログラミングの手法を絵画に取り入れるという一風変わった方法で制作しています。それは、美術を学ぶ前にデジタルメディアを学んでいたからというだけではなく、「新しいものは絵画だけでは生まれない」と語る彼が、絵画の歴史の第一線で活躍しようとしているからでもあります。もしかしたら、彼は新世代のアーティストのお手本になるかもしれませんね。 アートの前にデジタルメディアの勉強をされていたとのことですが、そうですか? - 元々はデジタルメディアの勉強をしていました。大学の美術部に入ったのがきっかけでアートにハマってしまいました。その後、デジタルメディアを専攻していたにも関わらず、表現としてのデジタルを敬遠するようになってしまいました。最終的には美大に再入学し、具象画を学びました。 風景画に力を入れている理由はありますか? - 人間に焦点を当ててしまうとリアリティが失われてしまうような気がして、昔から見るのも描くのも風景が好きなんです。人間と自然は等価だと思っていますが、絵の中の人間はどちらかというと記号のようなものだと思っています。 あなたにとって現実とは何ですか? - 私にとってのリアリティとは「死」です。ちょっと怖いような気もしますが、死の世界と生の世界のつながりを感じられるような風景を描くようにしています。物心ついた限りでは、風景には何か特別なものを感じていて、その気持ちを絵で表現したいと思っていました。 Friend Who I Hasn't Seen in a While, 45.5cm×38cm その「特別感」はどのように作品に盛り込んでいますか? -ーー絵を作り終えた後に、わざと絵を割ったりしていました。絵に工夫がなく、どちらかというと偶然の産物のようなものを目指していました。一枚一枚の作品が本当に完成するまでには時間がかかりますが、自分が目指しているものを作るにはこれしかありません。 絵の中にプログラミングの要素を取り入れているようですが、プログラミングの要素はどのようにして取り入れているのでしょうか? -ーー2018年からプログラミングの要素を混ぜ始めました。主にPhotoshopを使っていましたが、目的もなくプログラミングをいじっていると複雑さや偶然性が出てきます。イコノグラフィーは全てアニメーションにして、良い部分を切り取って画像にして、それをペインティングにしています。 目的も方法も同じですが、アニメーションを作るのは、どちらの画像が良いかを確認するようなものです。でも結局、アナログとプログラミングではtry&errorのパラメータが全然違うんですよね。 Mrs. Strage, 72.7×91cm テーマやコンセプトは重視していますか? -テーマやコンセプトは重視していません。ただ、美術史で言えば、メタファーとシンボルの関係性の問題を解決するには、今の方法が一番いいのではないかと思っています。もちろん新しい絵画を作ることを目標にしていますが、ただ描くだけでは「新しい」ものは作れない、少なくとも私はそう感じていますし、今の私の作品制作のアプローチ/プロセスはその距離を縮めていると思います。だから今振り返ってみると、デジタルを学んだことはとても役に立ったと思います。最近では、プログラミングと言語は似ていると思っているので、言語の恣意性に興味を持っています。これからもアーティストとして活動していきたいですし、世の中に新しい何かを提供することが自分の役割だと思っています。 Meeting Place, 91×116.7cm 

現代アートは遊び場になり得るのか?

"今が遊び時" 東京都現代美術館 大人になると、「ゲームをやめろ、おもちゃや友達と遊ぶのをやめろ」などと言われてきましたが、大人になってからも同じようなことを繰り返しているかもしれません。大人になってからも、同じようなことを繰り返し、このような質問をすることがあります。仲間とつるむのをやめようか、もっと勉強して頑張ろうか」とか、そんなことを考えることがあります。 そう、人生は決して楽なものではありません。それは誰にでも、どんな時にも当てはまります。では、「遊ぶ」時間をきちんと持てるのはいつなのか、何かで遊ぶことを心から楽しめるのはいつなのか。仕事や勉強の時間も必要ですが、遊びの時間を過小評価してはいけません。遊びの時間は、自分自身や世界に新しい価値観を見出す機会を与えてくれることがあるからです。 では、現代アートについてどのように感じていますか?美術館やギャラリーに行くと、遊びの時間として感じますか?そうでなければ あなたは現代美術をもっと勉強して発見すべき難しいテーマだと思っていますか?現代美術についてどのように考えていても、「現代美術は難しい」という意見もあります。 東京都現代美術館では、「今、遊ぶ時間」と題した展覧会を開催しています。子どもだけでなく、大人も現代美術の「遊びの時間」を楽しめるように企画された展覧会です。 本展では、Yoshiaki Kaihatsu, Kazuhiro Nomura, team Hamburg, Tanotaiga, TOLTA, Usioの6人のアーティストとアーティスト・コレクティブによる作品を展示します。それぞれの作品は、ゲーム感覚で参加することができます。第一展示室に入ると、壁一面が巨大なキャビネットで覆われている。圧倒的なスケールに加えて、キャビネットがボルダリングのクライミングウォールになっているため、目を引く。観客は作品に圧倒されるかもしれないが、キャビネットの扉を開けると別の展示室につながっている。ユーモラスで楽しい作品のようだが、作家の開発良明氏によると、「受験の壁」は、実は受験のプレッシャーやストレスを表現したものだという。 もう一つの興味深い作品は、タノタイガの「Tanonymous」。Tanonymousは壁一面を無数の仮面で覆っている作品である。作家の無表情な顔をベースにした多数の仮面が、参加型のワークショップから観客によって徐々に多様な顔に変化していきます。ワークショップでは、美術館が用意した素材を使って、無地の仮面を自由にデコレーションします。最終的には、これらの多様な顔のすべてが、'Tanonymous'の作品として展示されることになります。 アーティストのタノタイガは、基本的には美術作品の中で社会システムや価値観を探り、マスメディアや画一化された記号が日常生活の中で持つ力を考察しています。作品タイトルの「タノワイマス」は、作家名の「タノタイガ」と「アノニマス」の複合語です。作家は作品を通して、標準化された社会と現代社会に蔓延する匿名性を批判的に見つめています。観客が好きなように仮面を飾ることで、観客はやがて鑑賞者となり、同時に制作者となる。美術館の中の同じ顔が徐々に様々な顔に変化していく過程で、作家は自分の考えを伝えたいと考えているようです。 友達と遊ぶこと、おもちゃで遊ぶこと、どんな遊びでも、私たちに充電の時間を与えてくれます。展覧会を通して、作家は社会に関するテーマを表現しており、展覧会や美術館は遊び場にもなっています。現代美術が遊び場になるという意味では、展覧会を見る(遊ぶ)価値があると言えるでしょう。観客の参加が作品の一部となり、場合によっては観客の遊びの痕跡が作品の一部として残ることもあるでしょう。 東京都現代美術館では、2019年10月20日thまで「今が遊び時」展を開催しています。参加型のアート作品とともに、観客がアーティストと一緒に遊ぶことができる関連プログラムやワークショップも開催されています。詳細や情報はこちら。https://www.mot-art-museum.jp/en/exhibitions/time-to-play/。 記事を書いた人:Jeongeun Jo 韓国出身で現在は日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。

更新される雨~もっとも身近な非日常のあり方~

 雨は人間にとって、もっとも身近な非日常ではなかろうか。  そして、その非日常は数々のドラマを生み、小説や絵画など様々な形となって人の心に波紋を生んできた。  日本人にとっては教科書などで馴染みの深い歌川広重作《大はしあたけの夕立》。かのゴッホが模写したことでも知られるこの作品は世界で初めて雨を線で描写したということを知っているだろうか。(諸説あり)それまで絵画の中で、雨は傘や濡れた地面の光の反射によって表せれてきた。しかし《大はしあたけの夕立》が海を越えたことによって、世界の雨の形がアップデートされたのだ。  本記事では150年以上前に描かれた名画、《大はしあたけの夕立》に変わる新たな雨の表現を追求するアーティスト数名をご紹介しよう。 marthac-art 作家の詳細はこちらから 菊地爽秀/Sousyu Kikuchi 作家の詳細はこちらから 氏江樹穂/Kiho Ujie 作家の詳細はこちらから 伴野加代子/Kayoko Tamino 作家の詳細はこちらから Sai Seinan 作家の詳細はこちらから LOCO 作家の詳細はこちらから

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アートフェア東京2021に出展します。

この度、株式会社TRiCERAは3月18日から開催されるアートフェア東京2021(以下、AFT2021)にブース出展します。 今回弊社では累計で1億1,500万円の新たな資金調達を実施しましたが、これによりサービスの拡充やサイトデザインの一新の他、私たちのプラットフォームに参加する2400名以上のアーティストをプロモーションするためにアートフェアをはじめとする各イベントに積極的に参加していきます。 来るAFT2021では私たちの「創造力に国境なんてない」というステートメントをリアルの場で体感できるインスタレーションをブースで展開し、またデザインを一新したリニューアルサイトをご紹介致します。この他にも今年の4/1にリリースするより現代美術に特化した完全招待制のECプラットフォームの発表も行う予定です。 アートが好きなひとたちがあらゆる障壁を超えて出会い、繋がることができる世界を目指すTRiCERAのビジョンとその実験/実践を、ぜひともお楽しみ下さい。 フェア概要 会期        : 2021年3月18日-3月21日          (※3月18日は招待者のみ)時間        : 12時-19時          (※最終日は16時まで)会場        : 東京国際フォーラムホールE/ロビーギャラリーチケット  : 4,000円(税込) ...

寺床まり子|記憶の景色に魅せられて

絵を描くことは寺床まり子にとってライフワークであり、過去現在そして未来へと絶え間なく続く営みだ。幼少期から絵画に親しみ、今日までその道から視線を外さずに今日の立ち位置まで歩んできた。三重県に生まれ、名古屋造形短期大学で洋画を専攻。「多くの素晴らしい画家や先生に出会う過程で、その影響が自分を作家として育ててくれた」と語る。 寺床の洗練された抽象画は、日本のみならず世界の美術界でも高い評価を得ている。自由美術協会に所属しつつ、これまでに埼玉県立近代美術館、東京のギャラリーや、ソウル・Kepcoアートセンターなどで個展を開催し、2022年11月にはニューヨークのArtifactでの個展開催も決定している。また、グループ展参加も多数、米国での発表にアジアのアートフェア参加と精力的な活動を繰り広げる。   作品のテーマを「記憶の色」と説明するように、彼女の絵画は、観る者に人生の心温まる瞬間を思い起こさせる。水、山、空、植物などの自然の色や街の色を、美しい色彩の重なりを巧みに用いて表現していく。それは彼女の個人的な記憶でありながらも、鑑賞者をも、美しいデジャブのような「記憶の風景」に誘い込み魅了する。 アーティスト詳細はこちらから

ローカルでありグローバルであること-ミャンマー現代アートシーン-

ミャンマーにおける現代アートの流れ 近年ではArt Basel Hong Kongが「インサイト部門」を設け、アジアやアジア太平洋地域のアートシーンの紹介に努めているように、西欧のそれとは異なったアジア独特の土着的とも言うべきシーンの解明とプレゼンスに注目が集まっています。 ミャンマーのアート、特にローカルな民族絵画や民芸のそれとは一線を画したコンテンポラリーのアートシーンを見るためには、逆説的もしくは皮肉的にも、ミャンマーの土着的な文化とその社会的なヒストリーを無視することは出来ません。 1948年にイギリスの植民地支配から独立したミャンマーでは不安定ながらも民主主義と文化教育のスキームが構築されましたが、一方では少数民族問題や政治的な内部対立による政治基盤の不安定性から1962年にクーデターが勃発し、それに伴う軍政は1988年の民主化運動まで長期に渡って継続しました。 軍政下における美術活動の制約はアートの国内における認知と市民権の獲得に逆風として影響をもたらしましたが、民主化運動に伴い、1979年に現代アートの運動が誕生することになります。 現在のヤンゴン大学にて自主的な美術研究に勤しんでいた約20名の学生らによって結成された「ガンゴー・ヴィレッジ」は、ミャンマーにおいて展開された最初の現代美術運動であり、当時は西欧の抽象表現主義を独自解釈した作品をメインに生育された、つまり西欧のアートシーンとの接続を最初に築いた運動でもあります。 とはいえ軍政の影響が消え去らないミャンマーにおいてアートコミュニティは厚遇されることはなく、その後もままならない成長をしながらも、90年代に入ると学生らを中心とした流れは大学の外部に発表と活動を求め、90年には「モダン・アート90」に、2000年に「ニュー・ゼロ・アートグループ」の結成に結びつき、グローバルをその舞台とするアーティストの輩出を支えました。 ミャンマーのアートシーンをグローバルに-River galleryの試み- ギャラリーの詳細はこちらから River Galleryは今年で14年目を迎える、これまで国際舞台をメインのフィールドとして活動を広げてきた現代アートのギャラリー。 40名以上のアーティストが参加するRiverは、検閲体制の残る時代から、如何にしてアーティストを国外のコレクターをはじめグローバルなシーンへ受容させるかを試行錯誤してきました。 アーティストは西欧のコンテキストに耐え得る要素を保持しつつ、一方ではミャンマーのアートであることを証明する土着性や時代性、そしてミャンマーという国の歴史性を背景にした作品をプレゼンスすることが出来、その意味ではブラックボックスと化しているアジアのアートシーンとヒストリーの多くを明らかにする力を持っていると言えるでしょう。 TRiCERAでは今回、River Galleryに所属するアーティストから10名を紹介しますが、例えば〈僧侶の記憶シリーズ〉を手がけるペインターであるダウェイ・トゥートゥー(Dawei Tu Tu, 1972〜)は、「ミャンマーの生活背景としての仏教、そして僧侶の存在をほのめかしたかった」と語るようにミャンマーにおいて広く支持を集める仏教的な物事の捉え方や存在のあり方を俯瞰し、色彩的な重層化のテクニックによって絵画化し、ミャンマーの文化のいったんを展望させます。 作品の詳細はこちらから 一方でミャンマーの絵画史に流れる抽象性を汲み取り、新しいアングルをもたらすター・ジー(Thar Gyi, 1966〜)は、自らの作品を「非絵画」と形容します。ミャンマーの寺院街を訪れた時に見た田園風景に着想を得た彼は、国内の絵画において徴用されてきた内的なリズムの表現に「畝」のような造形性を加えることによって直接性を持たない、しかしミャンマーの美術そして抽象絵画の歴史における特殊なポジショニングを獲得しています。 作品の詳細はこちらから 今回TRiCERAでは、このようなミャンマー国内のアートの流れと西欧のアートシーンとの特異点であるかのような作品をもたらすアーティストを支えるRiver Galleryから絵画を中心に49点を紹介します。エスニックでありながら普遍性を備えるミャンマーアートの試みと歴史の歩みを、是非ともお楽しみ下さい。 ダウェイ・トゥートゥー(Dawei Tu Tu, 1972〜)ミャンマー出身のトゥートゥーは、これまで97年からミャンマー国内の展示に参加し、イギリスやシンガポールなど国外を舞台に活動してきました。ミャンマー・アジアン・アート・アワードでは2007年から3年間連続でベスト・ペインティング・オブ・ザ・イヤーを受賞した彼の作品は、近年では〈僧侶の記憶〉と題したごく限定された色彩を使用した明暗のコントラストをはっきりさせた絵画によって「ミャンマーにおける精神生活のバックグラウンド」を示唆しています。 作品の詳細はこちらから キョウ・リン(Kyaw Lin, 1975〜)オーストラリアやパリ、香港など幅広い地域で活動するリンは、フラットで抑揚のきいた色彩によるブロックを、ミャンマーの風景をベースに構造化する作品で知られています。とはいえそれは風景画のように物質的な対象への明示をさけ、あくまでも日常的な生活における感情や自然の機微を表現し、鑑賞する人へその発見を促します。 作品の詳細はこちらから ター・ジー(Thar Gyi, 1966〜)「非絵画」をキーワードにするジーは、ミャンマーの田園風景に見出される畝の造形性を絵画に盛り込み、ドメスティックな抽象絵画の歴史に新しいアングルをもたらします。ミャンマーにおいて絵画はいかなる展開をしていたかについて、彼はジェスチャーのようにそれとなく言及し、ビジュアルアーツの精髄と絵画的なアカデミズムを一度に実現します。 作品の詳細はこちらから

花の言葉、花の絵画-ものの意味を描く絵画について-

 植物に象徴的な意味を担わせる伝統は世界の多くの文化が持っている。  なにかめでたいことがあれば花束を渡して祝福をし、人が亡くなれば花を供えて見送る。そうやって人は花をただの植物以上のものとして共に歩んできた。  人が花に意味を見出した例として、花言葉は恰好の例であろう。その起源については不明な点が多いが、現在行われているような花言葉の慣行は、19世紀の西欧社会で盛んになったという。こうした流行を背景に、1819年頃には最初期の花言葉辞典、シャルロット・ド・ラトゥール著《花言葉》が出版。  ラトゥールは《花言葉》の中で、色の違いのほか本数ごとに花言葉を考案・紹介するなど、とりわけバラは特別に扱われた。それは「花の中の花」と称されるほど西欧文化において重視されてきた花の一つで、伝承や神話に由来する意味づけが既になされていたことがある。  本記事では、古今東西で多くの人々の心を惹きつける「花の中の花」、薔薇のペインティング作品を花言葉と合わせて紹介したい。 浜浦敦子/Atsuko Hamaura 黄色い薔薇の花言葉:「友情」「平和」「愛の告白」 作家の詳細はこちら 山田久美子/Kumiko Yamada 3本の薔薇の花言葉: 「愛しています」「告白」 作家の詳細はこちらから Jessica Veilleux ピンク色の薔薇の花言葉:「しとやか」「上品」「可愛い人」「美しい少女」「愛の誓い」 作家の詳細はこちらから 中村公紀/Koki Nakamura 白色の薔薇の花言葉:「純潔」「清純」「私はあなたにふさわしい」「深い尊敬」 作家の詳細はこちらから Tatiana Alive 1本の薔薇の花言葉: 「一目ぼれ」「あなたしかいない」 作家の詳細はこちらから 広田稔/Minoru Hirota 青い薔薇の花言葉:「夢かなう」「奇跡」「神の祝福」 作家の詳細はこちらから

Feature Post

ポケモンと似ている?−ペーパーアート・ストーリー Part3 完 –

解は、どちらも進化する、と。この記事は、ペーパーアートのシリーズの最終章(現時点で)であり、まずパート1&2をおさらいしてから、その進化について見るとしよう。あるいは、リンク先に飛んでみると更に面白いであろう。 パート1 - 我々が子供の頃には知っていて遊んでいたはずの紙が持つ魅力も、「大人になる」過程で忘れ、つまらない物体と変わってしまう。しかし、「紙はアートを内包するメディアムであるだけでなく、創造性の魔法を唱える素材そのものとなりうる」ことを教えてくれる紙作家らによってその魅力を再発見できる。 パート2- 4000年以上に及ぶ人間と紙との関係への追憶は、ペーパーレス時代になっても一夜にして消えるものではない。厚さ1ミリにも満たない紙は、その発展とともに信じられないほどの芸術性を宿してきた。紙は植物に由来し、生物学的なエネルギーを持つ。この有機的エネルギーこそが「芸術家と芸術を、芸術と私たちを結ぶ触媒として繋いでいる 」のだ。 今回は、ペーパーアートのまた違った一面が見るとしよう。その進化は、想像力を超えて成長するポケモンのように、我々を驚かせるやもしれぬ。しかし、アートを愛する私たちとしては「目指せ〇〇マスター!」と、つい興奮に背を押される。 進化タイプ1「ニョロボン」原点を忘れない おたまじゃくしのようなポケモン、ニョロモを捕まえたときは、緑色のカエルのような姿に進化すると確信していたものだ。しかし、最終形態であるニョロボンは青くて渦巻きを腹につけたままで、要するにオタマジャクシのままだった。同様にペーパーアートの中にも、その起源に強く忠実で、紙の原始的な存在感を声高にするものがある。オランダのグラフィックデザイナーであり、庭の設計士でもあるStuidoMieは、「PaperWork」と呼ばれるシリーズを制作している。その名の通りに、実質的に紙片と紙のみで作られる単純さにも関わらず、その見事な芸術性の進化は見る者を打ちのめす力がある。 抽象とミニマリズムのDNAから進化したと見える彼女の作品は、変貌の小さいニョロモ–ニョロボンの系譜に感じた「要素を徹底的に削ぎ落とした中にこそインパクトがあるのではないか」という問いかけを鑑賞者に残す。彼女の作品はアートの既成概念的な構造や美学にジャブを入れるようである。ミニマリスティック・アートの巨匠フランク・ステラは「目に見たものを見たままに(理解せよ)」と言うが、私は彼女の作品を庭の設計士的、自然環境的な側面から解釈せずにはいられない。(そして彼女の作品を見ているとなぜか、アメリカの前衛作曲家ジョン・ケージの音楽が耳に聞こえてくる。) もし一度でも迷路庭園に足を踏み入れたことがあれば、パターンを認識しようとしている間に、形や影に目が錯乱される事に気付いたであろう。また、植物を育てていると、その成長や天候の変化をいくら分析しても、予測できない事態に遭遇する。StudioMieの作品では、構造的に配置された紙片が生み出す不確かな影と、人工的迷路から自然森の中に迷い込む様な予測困難さを体験できる。彼女は、コロナウイルスのロックダウン中に「パターンやシステムが予期せず不安定になるとどうなるのだろうか?システムは回復するのか、変身するのか、それとも衰退するのか?」と自問し、それをPW024 / faltering patternのシンプルながら力強い作品に昇華させることに成功している。 進化タイプ2 「ギャラドス」 バリバリの肉体改造 2種類目は、無力に跳ね回るコイキングから空飛ぶ水竜、ギャラドスへの劇的なジャンプをみる様に、大村洋二朗の作品も、同じDNA(この場合は紙)からどうやって進化したのか頭をひねらされる。生命力に溢れる彼の作品だが、信じられないことに、彼の彫刻の才無くしてはただの紙切れなのだ。サイケデリックな色のトカゲは今にも獲物を捕らえんばかりの勢いで、六枚羽根のトンボは星散りばむ銀河へと舞い立つ。数々の賞を受賞した彼の想像力と技術によって、それらは驚異のペーパーアート変種へと成長を遂げた。 もちろん、古典的なキャタピーからバタフリーのような進化タイプもあるが、この広大で多種多様なアート界であなたのお気に入りを見つけて集める楽しさを、あえて奪いたくはない。自分なりの図鑑完成、〇〇マスターを是非目指して頂きたい所だ。 更なる楽しい発見のためにも、ArtClipニュースレターの購読をお忘れなく!

ART & MOVIE ーシーンとイメージが導く映画と絵画の共振

今回は、映画とアートという2つをペアリングしていこうと思います。 映画には画、音楽、物語など多くの要素があり、 人によって映画の着眼点や感じ方はさまざまでしょう。 そのため、一口にペアリングをすると言ってもどのようにペアリングをしていくのか、 最初に決める必要があります。まずは映画を構成する要素を考え、 それらを様々な芸術へと当てはめてみることにします。 カット、シーン→絵画、写真 シーン、シークエンス→ビデオアート サウンド(BGM)→サウンドアート 演技、役者の身体→パフォーマンス 脚本、プロット→小説、文学、詩など セット、役者の身体→彫刻 こうしてみてみると映画というのは、舞台などと同様に総合芸術であると言えます。 総合芸術であるところの映画を一つの芸術作品をもって表現することは、 不可能ではありませんが、少し難しいため今回は映画全体と作品をペアリングするのではなく、 映画の中で印象に残ったシーンと作品をペアリングしていくことにします。 それでは、今回は3作の映画についてペアリングをしていきたいと思います。 映画のネタバレを含むことがありますので、ご注意ください。 1: バッファロー’66(1998)x 《E=MC2》(Jan Smeltekop) and 《A Moment》(Ken Sakamoto)   ヴィンセント・ギャロが監督と主演を務めたバッファロー’66は、刑期を終えた主人公が「フィアンセを連れて帰る」と実家に嘘をつき、 フィアンセ役を立てるため途中で出会った少女レイラを拉致し、 彼女と過ごす中で少しずつ変化していくという物語です。この映画の中で印象的なシーンの1つは、 ボーリング場でキング・キリムゾンの“Moonchild”をBGMにレイラがダンスをする場面です。 このシーンには、Jan Smeltekopの《E=MC2》をペアリングしてみました。 この作品は暗闇の中に佇む女性を描いています。女性の妖艶な姿と暗い画面が、キング・クリムゾンの曲の中で踊るレイラを想起させます。 また、画面に描かれた「E=MC2」はエネルギーの計算式を表しており、作品と映画シーンの両者がもつ独特な吸引力を感じることができます。 《E=MC2》(Jan Smeltekop) また、この映画でもう一つ印象的なのは、実家に戻った主人公と家族が食卓を囲んでいるのですが、 両親はあまり彼に興味がなく、ほとんど相手にされていないというシーンです。主人公のやるせなさや苛立ちとともに、 家族というものの歪なバランスが表れているように思います。 このシーンには、Ken Sakamotoの《A Moment》をペアリングしてみました。この作品は人の痕跡が残った食卓を描いており、 その粗雑な雰囲気とモチーフの荒削りな描き方からは、そこに集う人々の関係の危うさを感じます。 それは、彼らがいなくともそこに横たわり続ける「家族や家庭という形式的な現実の空虚さ」と、 映画の中で食卓を去った主人公が最後に道中を共に過ごしたレイラを抱きしめたように、「互いに向き合うこと、 その事実の重み」を想起させます。 《A Moment》(Ken Sakamoto) 2: 花とアリス(2004)x 《7,PM1913.》(MIZUKI)   岩井俊二監督によるこの作品は2015年に前日譚となるアニメーション「花とアリス殺人事件」が公開されたことでも話題となりました。2人の高校生の少女の恋と成長を描いた本作品は、岩井俊二作品特有の淡い光と、どこか不器用な人物たちの日常が印象的です。 朝靄の中の街を描いたMIZUKIの《7,PM1913.》には、映画と近い匂いを感じることができます。また、画面に並んでいるスッと伸びた角度の異なる電柱たちは、映画の最後に蒼井優演じる有栖川徹子がバレエを踊りながら、部屋の中を自由に動いてゆくシーンを連想させます。 《7,PM1913.》(MIZUKI) 3: インターステラー(2014)x 《Cornfield》(Alexander Levich) クリストファー・ノーランによるこの映画は、環境問題が深刻化し、人間が住むことすら困難になってきた地球において、現状を打開するために元空軍パイロットのジョセフ・クーパーが移住可能な惑星を求めて宇宙へと旅立つ話です。この作品には、別の惑星やブラックホール、四次元空間の描写など印象的なシーンが多々ありますが、個人的にはクーパーが出発前に子供たちと過ごした家と、その周りを囲むとうもろこし畑のシーンが印象的です。それは、今の地球上にもある風景であるとともに、近い未来その風景が変わってしまうのかもしれないということを考えさせられます。 Alexander Levichの《Cornfield》はまさにこのシーンと同じようなとうもろこし畑を描いています。そこに人影はなく、映画の中のディストピア的シチュエーションを感じさせますが、人との営みとは関係なく、畑は黄金色に輝いており、地球上の自然界にもお独自の時間、環境があり、彼らはその世界線で生きているのだということを再認識させてくれます。クーパーと彼の娘マーフィーはトウモロコシ畑の前でマーフィーの法則について話します。「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こるのだ」と。 《Cornfield》(Alexander Levich) 以上、今回はバッファロー’66(1998)、花とアリス(2004)、インターステラー(2014)の3本の映画について ペアリングをしてみました。このペアリングは、自分が映画やアートを普段どんな視点で観て、どのような要素に反応しているのか明らかにしてくれます。 また、実際にペアリングをしていくと1つの画面の中に映画のもつ多様な要素に意識がはたらき、 作品や映画の新しい一面を発見することができます。他者のペアリングも、映画と芸術作品の新しい見方を知る機会になるのではないでしょうか。           本日紹介した作品はTRiCERA ARTで購入できます

永遠の創造のエネルギー、アーティストであることの鍵となる力

アートを通して光と時間を求める大平奨が個展を開催します。 TRiCERAの注目作家の一人である大平奨は、東京・京橋のギャラリーひのきにて個展を開催しています。今年で70歳になったが、彼は決して負けずに 芸術家であることのキーパワーである創造への情熱と永遠のエネルギー。 本展、大平奨の個展は、大平奨の創作意欲の状況証拠となる。大平奨は1949年山口県に生まれ、現在は日本とフランスを拠点に活動しています。 作品の印象は、若い作家が作ったかのようなどこかオシャレな感じ。日常の風景を淡々と描いているので、抽象画と具象画の中間のような作品になっています。 また、彼の作品の特徴の一つは、円の浮遊感です。彼の作品では、風景を描きながらたくさんの円を描いています。円を通して抽象的な概念である「時間」を視覚化し、それを大きさや色の異なる円を描くことで表現しています。晋にとって、自分の作品は光と時間を求める作品であると考えています。 今回の展覧会では、彼の絵画だけでなく、新作も展示します。長らくアクリル画を描いてきた作家ですが、現在はアクリル画から写真を使ったミクストメディア作品へとフィールドを広げています。写真のひび割れはすべて金色の線で覆われ、透明な円が浮かび上がっています。 同じ風景をベースにしながらも、素材によって表現が異なるものもあれば、絵画として表現されたもの、写真作品として表現されたものもあります。これらの作品では、素材の違いによる感覚の変化を楽しむことができます。 国内だけでなく、海外でも年に2、3回は展覧会に参加し続けている大平。これだけ精力的に活動していても、決して満足することはなく、今の頻度以上に海外での展覧会を開催したいと考えているそうです。アーティストとしての長いキャリアを経て70歳を迎えた大平氏だが、その創作へのエネルギーは今もなお強力だ。彼の仕事への感覚が年を取らないのは、作品作りへの飽くなき情熱と努力があるからなのかもしれません。 大平奨個展(ギャラリーひのき) 開催日:2019年10月7日(月)~10月12日(土) 2019年10月7日(月)~10月12日(土)時間。11:30~19:00 土(最終日):11:30~17:00 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。 

英国にて新しい現代アートのコンペが誕生

この4月27日、イギリスで新しい現代アートの公募賞が始まった。名前は「Sequested Prize(Sequestedは隔離されたの意味)」で、新型コロナウイルス(COVID-19)の災禍を被っている現代社会を意識したネーミングになっている。 アーティストのW. K. Lyhne、アートキュレーター兼アドバイザーのFru Tholstrupを発起人とするこの賞は、新型コロナウイルスに苛まれる現状に抗うプラットフォームの創生を意図し、既存のアーティスト及び新人アーティストのための公募として創設された。応募規定は以下のようになる。 ・現役の美大生あるいは過去20年間にアート系の学位を取得・卒業した者 ・作品は自画像に限定する ・サイズは縦横1.5m以内 ・締切は2020年6月30日 ・作品提出はオンライン 受賞者は最大で15名に絞られ、受賞作品は1週間の会期でトリスタン・ホア・ギャラリーにて展示・販売される。売上の10%は公式慈善団体への寄付に、10%は展覧会の費用に充当される予定だ。 「アート市場は苦しんでいるが、同時に、アーティストは自己反省の機会を育むことができる」とアナウンスする創設者。この取り組みが果たして業界のモチベーション維持や市場沈滞にコミットするかどうか、それは定点観測してみなければ分からない。だが現状では、少なくとも現代アートの市場や業界を支える立場にあるプレイヤーは、改善を求めて行動しなくてはならないのだ。 また「誰にでも開かれた賞」を公言しているこのコンペだが、参加資格は十八歳以上及び英国在住の者に限られる。何事も「とは言え」はつきものということか。 段落 参照元:https://www.thesequestedprize.com/

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