日曜日, 6月 20, 2021

HA.

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“HA.“は「Art in Practice」をテーマに、主にコンテンポラリーアートを対象に展覧会評や、作品評、作家解説などのアートに関する記事やテキストの執筆、編集を手掛けるコンテンツ・ライターユニットである。現代社会において領域横断的に展開される様々なアートの実践に寄り添いながら、アート自体にとっての次の段階を開拓するような活動、視点の発見を、テキストというメディアを通して模索している。

ART & MOVIE ーシーンとイメージが導く映画と絵画の共振

今回は、映画とアートという2つをペアリングしていこうと思います。 映画には画、音楽、物語など多くの要素があり、 人によって映画の着眼点や感じ方はさまざまでしょう。 そのため、一口にペアリングをすると言ってもどのようにペアリングをしていくのか、 最初に決める必要があります。まずは映画を構成する要素を考え、 それらを様々な芸術へと当てはめてみることにします。 カット、シーン→絵画、写真 シーン、シークエンス→ビデオアート サウンド(BGM)→サウンドアート 演技、役者の身体→パフォーマンス 脚本、プロット→小説、文学、詩など セット、役者の身体→彫刻 こうしてみてみると映画というのは、舞台などと同様に総合芸術であると言えます。 総合芸術であるところの映画を一つの芸術作品をもって表現することは、 不可能ではありませんが、少し難しいため今回は映画全体と作品をペアリングするのではなく、 映画の中で印象に残ったシーンと作品をペアリングしていくことにします。 それでは、今回は3作の映画についてペアリングをしていきたいと思います。 映画のネタバレを含むことがありますので、ご注意ください。 1: バッファロー’66(1998)x 《E=MC2》(Jan Smeltekop) and 《A Moment》(Ken Sakamoto)   ヴィンセント・ギャロが監督と主演を務めたバッファロー’66は、刑期を終えた主人公が「フィアンセを連れて帰る」と実家に嘘をつき、 フィアンセ役を立てるため途中で出会った少女レイラを拉致し、 彼女と過ごす中で少しずつ変化していくという物語です。この映画の中で印象的なシーンの1つは、 ボーリング場でキング・キリムゾンの“Moonchild”をBGMにレイラがダンスをする場面です。 このシーンには、Jan Smeltekopの《E=MC2》をペアリングしてみました。 この作品は暗闇の中に佇む女性を描いています。女性の妖艶な姿と暗い画面が、キング・クリムゾンの曲の中で踊るレイラを想起させます。 また、画面に描かれた「E=MC2」はエネルギーの計算式を表しており、作品と映画シーンの両者がもつ独特な吸引力を感じることができます。 《E=MC2》(Jan Smeltekop) また、この映画でもう一つ印象的なのは、実家に戻った主人公と家族が食卓を囲んでいるのですが、 両親はあまり彼に興味がなく、ほとんど相手にされていないというシーンです。主人公のやるせなさや苛立ちとともに、 家族というものの歪なバランスが表れているように思います。 このシーンには、Ken Sakamotoの《A Moment》をペアリングしてみました。この作品は人の痕跡が残った食卓を描いており、 その粗雑な雰囲気とモチーフの荒削りな描き方からは、そこに集う人々の関係の危うさを感じます。 それは、彼らがいなくともそこに横たわり続ける「家族や家庭という形式的な現実の空虚さ」と、 映画の中で食卓を去った主人公が最後に道中を共に過ごしたレイラを抱きしめたように、「互いに向き合うこと、 その事実の重み」を想起させます。 《A Moment》(Ken Sakamoto) 2: 花とアリス(2004)x 《7,PM1913.》(MIZUKI)   岩井俊二監督によるこの作品は2015年に前日譚となるアニメーション「花とアリス殺人事件」が公開されたことでも話題となりました。2人の高校生の少女の恋と成長を描いた本作品は、岩井俊二作品特有の淡い光と、どこか不器用な人物たちの日常が印象的です。 朝靄の中の街を描いたMIZUKIの《7,PM1913.》には、映画と近い匂いを感じることができます。また、画面に並んでいるスッと伸びた角度の異なる電柱たちは、映画の最後に蒼井優演じる有栖川徹子がバレエを踊りながら、部屋の中を自由に動いてゆくシーンを連想させます。 《7,PM1913.》(MIZUKI) 3: インターステラー(2014)x 《Cornfield》(Alexander Levich) クリストファー・ノーランによるこの映画は、環境問題が深刻化し、人間が住むことすら困難になってきた地球において、現状を打開するために元空軍パイロットのジョセフ・クーパーが移住可能な惑星を求めて宇宙へと旅立つ話です。この作品には、別の惑星やブラックホール、四次元空間の描写など印象的なシーンが多々ありますが、個人的にはクーパーが出発前に子供たちと過ごした家と、その周りを囲むとうもろこし畑のシーンが印象的です。それは、今の地球上にもある風景であるとともに、近い未来その風景が変わってしまうのかもしれないということを考えさせられます。 Alexander Levichの《Cornfield》はまさにこのシーンと同じようなとうもろこし畑を描いています。そこに人影はなく、映画の中のディストピア的シチュエーションを感じさせますが、人との営みとは関係なく、畑は黄金色に輝いており、地球上の自然界にもお独自の時間、環境があり、彼らはその世界線で生きているのだということを再認識させてくれます。クーパーと彼の娘マーフィーはトウモロコシ畑の前でマーフィーの法則について話します。「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こるのだ」と。 《Cornfield》(Alexander Levich) 以上、今回はバッファロー’66(1998)、花とアリス(2004)、インターステラー(2014)の3本の映画について ペアリングをしてみました。このペアリングは、自分が映画やアートを普段どんな視点で観て、どのような要素に反応しているのか明らかにしてくれます。 また、実際にペアリングをしていくと1つの画面の中に映画のもつ多様な要素に意識がはたらき、 作品や映画の新しい一面を発見することができます。他者のペアリングも、映画と芸術作品の新しい見方を知る機会になるのではないでしょうか。           本日紹介した作品はTRiCERA ARTで購入できます

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