金曜日, 2月 26, 2021
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Delta N.A – 芸術の自由の中の二つの魂

1つのキャンバスに2つの異なる魂をマージ – また、Delta N.Aとして知られているデュオアーティストネバエポックとアレッサンドロ-ヴィニョーラは、同じキャンバスに一緒に彼らの感情的な融合を表現する能力を開発しました。

心理学者としてのキャリアをスタートさせた時に、アートは自分たちに喜びを与えてくれるものだと気付いたという。それ以来、肖像画や具象作品を制作し、2008年には初の個展を開催し、世界に向けて作品を発表する勇気を与えてくれました。国際的な現代アートシーンに自分たちの作品を持ち込み、ヨーロッパ、アメリカ、アジアのギャラリーや美術館でグループ展や個展を多数開催。以来、彼らの作品は多くのプライベート・パブリック・コレクションに収蔵されています。

Delta N.Aの表現は、人間や自然の象徴的な構造物に幾何学的なサインが重なったユニークなものです。彼らのアーティスティックなインスピレーションは、現代人の内なる二項対立から解き明かされます。


Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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C-DEPOT: 日本現代美術ユニット

C-DEPOTは、70~80年代前後に生まれた同世代の日本の若手アーティストによって結成されたアーティストグループです。絵画、立体作品、メディア、映像、音楽など様々なジャンルの作品を制作しています。グループの拡大を目指して、他の才能ある若手アーティストを発掘し続けています。C-DEPOTの発起人の一人である金丸雄二氏は、グループを立ち上げるまでの経験をこう語る。過去17年間、彼はグループの運営に携わり、活動を続けてきました。彼は挑戦、成功、様々なプロジェクト、そしてC-DEPOTの将来について話してくれました。 Contents C-DEPOT の起動 C-DEPOTのメンバー 展示会の経験 方向性の変更 グループの概念 未来を見据える C-DEPOTの起動 Q: C-DEPOTを始めた時に、他にも身近なアーティストグループはありましたか? A:アーティストグループで活動している人は何人か見かけましたが、C-DEPOTのような大規模なグループは昔からなかったと思います。C-DEPOTみたいなグループがあったら入ってたかもしれないけど...。 Q:自分のグループはどのくらい成功したと思いますか? A: 2002年はちょうどインターネットが普及し始めた頃で、私はこれを新しいチャンスだと思っていました。しかし、いざインターネットを使った新しい動きを始めようとすると、技術的な問題が出てきて、なかなか実行に移すことができませんでした。そこで、展示会をメインにしようと考えました。 Q:C-DEPOTは最初の5年間でどのように変化しましたか? A:2012年までは、横浜赤レンガ倉庫と表参道のスパイラルで毎年交互に展覧会を開催していました。2012年はグループを立ち上げて10年目だったのですが、このまま年に一度の展覧会を続けても、これ以上の機会があるとは思えなかったので、一旦終了することにしました。前回の展覧会は、同時期に両会場で開催されました。この間に人数を増やして、両会場を予約し、最後に花火を打ち上げました。その後、企業との距離を縮め、コラボレーションする方向にシフトしていきました。自分たちの好きなように展示会を開催するのではなく、依頼を受けるようになりました。そうやって依頼をしていくうちに、企業からの支援も増えていきました。しかし、企業からの経済的な支援はあっても、展示会の費用を賄うには十分ではありませんでした。最終的には、展覧会の費用は作家が負担することになりました。できれば、アーティストが経費を負担しなくてもいいような素敵な会場でショーをしたいと思っています。 C-DEPOTのメンバー Q:様々なジャンルのアーティストを招聘しているのが面白いですね。 A:そうですね。私は東京芸大のデザイン科で学んでいました。このデザイン学科は、統一された学科ではなく、ミニ大学のような感じで、よくミニ芸大と呼ばれていました。大学には様々な学科があるのが一般的ですが、東京芸大のデザイン学科は、様々なメディアで活躍する学生がいることで、揶揄されていました。デザイン学科はデザイン学科ではないという意見もありました。高校生の時に芸大の卒業制作展を見て、この学科が一番面白いと思って勉強したいと思ったんです。いろんなジャンルのアーティストが集まったグループ「C-DEPOT」の構想は、この学科がいろんな媒体を受け入れてくれたことがきっかけだったと思います。 Q: グループ内でメンバーはどのように影響を与え合っているのですか? A: グループで仕事をすると、競争意識が生まれます。例えば、メンバーは他のメンバーが次に何を作っているかを気にして、自分の作品よりも大きな作品を作りたいと思っているかもしれません。このような競争心は、モチベーションを高め、相乗効果を生み出し、メンバーが作品を作り続けようとするきっかけになります。また、他のアーティストとのつながりを感じ、新しい作品を共同制作することもあります。良い意味でお互いに影響し合っていると思います。 Q: グループを運営していく上で苦労したことは何ですか? A: 少人数で大きなイベントをやるのは大変なことだと思います。でも、グループを継続させることも大変だと思います。グループを継続させながら、単調にならないように、マンネリ化しないように気をつけなければなりません。年を重ねるごとにメンバーの考えやアイデアが変わっていくこともありますし、難しいこともあります。時間が経つことで芸術的な技術が成熟していく一方で、衰えていく部分もあります。長年グループを続けていくことの難しさを経験してきたような気がします。C-DEPOTを始めてから15年が経ちましたが、どうすればモチベーションを維持できるか、メンバーがリフレッシュして活動できる環境を作るためにはどうすればいいか、ということを常に考えています。 Q: C-DEPOTに参加するアーティストの魅力は何ですか? A:メンバーそれぞれがそれぞれの芸術の形を持っていて、その中で技術を磨いているのですが、一つの芸術の形だけに集中してしまうと、アーティストの視野が非常に狭くなってしまいます。そんな時に、他のジャンルのアートを見たり、違う考え方をしたり、他の美に感動したりすることで、自分や作品を客観的に見ることができるようになります。こういう考え方もあるんだ」とか「こういうのも美しいと思うんだ」とか、そういうことに気づくことができます。価値観が違っていても、言葉が違っていても、アーティストだからこそ理解できる。根本的なところで他のアーティストとつながることができるのが楽しいですね。 展示会での経験 Q: 2012年までに、どのような観客が来場したのでしょうか? A: 人が多く訪れる人気のある2つの会場を選びました。もちろん自分たちの展覧会は自分たちで宣伝したのですが、横浜赤レンガ倉庫もスパイラルもどちらにしても人が来る場所です。特にスパイラルはカフェも併設しているアートコンプレックスなので、新しい動きやトレンドを意識している人が見てくれたのだと思います。また、アート雑誌にも広告を出していたので、アート関係者にもアピールできました。また、グループのメンバーが個人的に知人にメールを送ったりもしていました。   Q: 展示会の印象的だった点を教えてください。 A: プロジェクトのオファーを受けたり、インタビューを受けたり、テレビで取り上げられたりしました。 このような小さなことが起こり、今になって振り返ってみると、私たちの展示会がネットワーク化され、グループのことを広めてくれていたことがわかります。下地としての活動があったからこそ、信頼され、現在では受託の機会を与えてくれています。 方向転換 Q: 2012年以降はどうですか? A: 私たちの作品を販売したいと思っていたので、値札をつけて展示することを発表して、購入を促進したいと思っていました。それに伴い、アーティストを中心としたアートフェアができたらいいなと思っています。デザインフェスタやGEISAIのような規模のアートフェアを想定していたのですが、なかなか実現できませんでした。その代わりに、2014年には渋谷西武百貨店の8階で大規模な展覧会を開催しました。2012年以降、これまでの取り組みがまとまってきて、渋谷西武百貨店のような大企業とコラボして展覧会を開催するようになって、ようやく結果が見えてきました。 それからは、いろいろな依頼を受けるようになりました。例えば、羽田空港に直結するロイヤルパークホテルができた際には、各部屋のアートデコレーションをC-DEPOTに依頼しました。スイートルームのアートデコレーションとロビーの大きな絵画をC-DEPOTのメンバーが協力して制作しました。ロビーの絵は永久にそこにあり、今でも見ることができます。ホテルの性質と制約の多さは、私たちにとって大きな学びの場となりました。 一方で、汐留のパークホテル東京という別の会社と一緒にやっていたときは、自分たちのやりたいことの自由度が高くて、1年に4回、それぞれ2週間から3週間の展覧会をやりました。1年間で4回、それぞれ2~3週間の展示会を行いました。ホテルのテーマが「日本の美」ということで、日本の四季をテーマにした展示を行いました。 また、2011年には六本木のカフェ「RANDY」の内装を1年かけて制作しました。2ヶ月ごとにテーマを変えて作品を変えたり、アーティストの個展をやったりしていました。自由度が高く、作品には値札をつけて展示して購入してもらいました。カフェのお客さんが「次は何を展示するんだろう」と興味を持ってくれるようになったのが面白かったですね。残念ながら、このカフェは2018年に閉店してしまいました。 2013年より、豊島区に人を呼び込むことを目的に、駅西口で開催されているアートイベント「新池袋モンパルナス西口展」に参加しています。池袋モンパルナスと呼ばれるこのエリアには、C-DEPOTのオフィスがあります。大正時代末期から終戦時には、画家の熊谷守一や小説家の江戸川乱歩などの若手作家が集まり、芸術活動を行っていました。この文化的な歴史をアートで浮き彫りにしようというのがこのイベントです。このイベントは13年続いており、C-DEPOTが関わって特別企画を行っています。 例えば、ある展覧会ではこけしがテーマになっていました。宮城県のこけし職人の弥次郎さんが木でこけしを作り、作家が絵を描くというもので、宮城県と豊島区の交流を深めるためのものでした。宮城県と豊島市の交流を深めるためのもので、こけしの売り上げの収益は東日本大震災の復興支援に寄付されました。また、市内各所に様々なアート作品を設置しました。 街中の公園や消防署、証券会社の窓にアートフラッグを設置しています。 その他にも、会社のオフィスのアート装飾など、様々な仕事の依頼を受けています。これらの活動で利益を上げているわけではありませんが、私たちを取り巻く状況は変わってきていると感じています。企業がアートを必要としている、最近では企業がビジネスやイベントの差別化のためにアートを求めるようになってきていて、これはとても良いことだと思います。お客様は、「私たちはいろいろなアート作品を作れるし、何かお役に立てるのではないか」という期待を持って、C-DEPOTに問い合わせてきてくれます。徐々に知名度が上がってきたこともあり、プロジェクトの合間を縫って休むことなく依頼を受けるようになりました。海外で作品を発表する方法を常に検討してきましたので、今回のTRiCERAに参加させていただいたことに感謝しています。 最初の5年間はグループを立ち上げたばかりで、社会的に認知されていなかったので、いろいろなリスクを冒して、いろいろな実験をしました。今では30代、40代になったメンバーもたくさんいます。これまでの努力が実を結び、アーティスト一人一人が、そしてグループ全体が本当に成長してきたと思います。もちろん今でも問題はありますが、経験を積んでいるからこそ、トラブルを回避したり、問題を解決したりすることができるのだと思います。 グループのコンセプト Q:「地域に密着したアーティスト集団」というコンセプトは変わりましたか? 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抑圧され、薄れゆく自己を見つめる。齊藤拓未インタビュー

公園の遊具、部屋の片隅、道端など日常のさりげない景色を虚心としたタッチで描いている齊藤拓未。「大人になるにつれ抑圧される自分がいる」と語る彼女は、自身の幼い頃の感性を呼び起こすような風景やオブジェクト、そしてそこに紐づく幼少期の自らの感情を少女の形姿に変換し、キャンバスに描き出す。今回はこれまでの経歴から自らの情緒性をベースにする齊藤の制作背景について話を聞いた。 齊藤さんは日常のスナップのような風景と少女を組み合わせたペインティングをメインに発表していますが、絵画の中ではそれぞれがどう関係しているのか、まずは作品の背景から伺ってもいいですか? 私の絵には女の子が登場するものとそうでないものがあるんですけど、女の子は私自身そのままというより、昔の自分につながる感情のような存在です。風景の方は幼少期のことを彷彿とさせるものが多いです。普段から景色とかものとか、どこか昔のことを連想させる何か見かけた時にはメモをしたり、カメラで撮影したりするのですが、それが作品のベースになっていますね。 WAITING ROOM, 2020, 29.7 × 42cm, Giclee Printing on paper, edition:50 齊藤拓未の作品はこちらから つまり少女はかつての齊藤さん自身のメタファーのように登場している。風景もかつてのことを連想させる役割をになっていますが、どちらも昔のことがキーポイントになっているんですね。  大人になるにつれて自分が抑圧されていると感じていて。それにつれて昔の自分なら持っていたような何かが流れていってしまうというか、どんどん自分がなくなっていく感覚がある。とても嫌な感覚なんですけど、それは。 でも風景とか、あとはモノですよね、そういう存在が昔の自分を思い出させてくれて。自転車を漕いでいる時に香ってきた落ち葉とか、雨が上がったあとの匂いとか、そういう日常的なものを通して昔のことを思い出せることがあるんです。「あ、これだ」というか、言葉ではうまく言えないんですけど、記憶が蘇ってくる感触がある。「あの時と同じだな」って。 その抑圧というのは人付き合いによって自分が押し止められるということですか。 ニュアンスは近い…かもしれないです。だんだんと集団でいることが嫌になっていくんですけど、でもそれに合わせてしまう自分がいる。「一緒に帰ろうね」とか「どこそこで待ち合わせね」とか、周りの友達がそう言ってくれることさえ少し窮屈だった。悪気があるとかはもちろん考えてないんですけど。 私にとって中高は空白期間で、思い出せる出来事がほとんどないんですよね。本当に、どうしてと思うくらい何もない。大人になるにつれて多くなると思うんですけど、そういう人付き合いとか、色んな制約とか、我慢しなくちゃならないこととか。でもそれに合わせているとだんだんと自分の中で何かが薄れていく感じがしていて、それにすごく危機感がある。「ああ、このまま自分が無くなっちゃうのかな」と。 friend, 2020, 45.5×38cm, oil on canvas そうすると作品はある意味で記録に近いようでもあるし、単純な風景や少女の描写ではない。 残しておきたいとしたら風景とか、目に見えてる何かというよりは感情の方ですね。女の子を描いていない景色も、あとはモノとかも、全て昔の自分につながる働きをしていて、だから人は描いていないけど、でも痕跡として残っているようには見せたいと思ってます。 だから「風景と女の子の絵ね」と思われがちな気がしますが、でも状況を描きたいわけではないんです。 経歴の話に少し移ると、齊藤さんは日本画を学ばれてますね。もともと日本画が志望だったんですか?  というより、最初はイラストの方でした。中高と漫画研究会に所属していたのですけれど、でも漫画というよりはずっとイラストを描いていました。その頃からなんとなく女の子の絵とかは描いていましたけど、当時は本当にイラストで。  でも周りの子みたいにものすごい詳しいとかでもなかったし、好きなイラストレーターの人の挿絵がある本は読んだりしてたけど、でもどっぷりという感じでもなくて。だから中途半端。  高校一年生の頃からぼんやりと美術系の大学に進みたいと考えていて、イラストを描いていたせいもあると思うんですけど、特に平面的な表現ができるなと思った日本画を選びました。どちらかというと画壇系の盛り盛りな感じよりはフラットな表現が好きだったし、受験の頃から立体的に描くのがすごく苦手で。デッサンとかも本当に苦手なんですよ。  現在ではアクリルや油彩を使っていますが、マテリアルの扱いに関しては文法が大きく異なると思うんですが、違和感はなく?  学部の頃は日本画の画材を使ってたんですけど、でも岩絵具を使っていると「なぜ使うのか?」のような意味づけを求められてしまう。あとは学部の頃から女の子を描いていたんですけど、日本画材でそれをすると美人画の文脈で受け取られてしまうんじゃないか、と。そちらに進みたいわけではなかったし、自分の描きたいものを考えるとアクリルでも問題なくできた。だから画材から描き方までけっこう変えましたね。 昔は髪とか顔とか、もっとディティールを描き込んでいたんですけど、もっと単純化させ、平面感を強める方向にシフトしました。普段描いていたドローイングがそれに近かくて、ノートにちょこちょこと描いていたものをタブローとして描いてみようと。結果的にそっちの方が自分にとって苦じゃなかったんですよね。 ただルールというか、自分で制限はもうけているとは思います。もうできないことはあまりしないようにしよう、と思っていて。色合いも薄くして、場所によっては色鉛筆を重ねてみたり、曖昧になってしまうので特定の方向に強めるような感じです。 忘れる, 2020, 31.8×41cm, oil on canvas  現在の風景と少女の組み合わせを画面に持ち込んだのはいつ頃から?  2年前くらいです。学部を出た頃かな。その頃は写真で切り取った風景とかを入れたり、少し画面がごちゃごちゃとしていたんですけど、それも幼少期という時間に設定しようと決めて。  よく分からない感じというか、より複雑にはしたいと思ってますね。ただでさえ平坦なタイプなのでペラペラになってしまいがちになる。もっと分かりにくく、もっと複雑に、とは気をつけているかな。その方が何回も見たくなると思うんです。でも最近はそのまま描きすぎているかな、とも。  作品と自分自身のつながりが強いことに抵抗はありますか?  個人的な作品になっているということがですか? それは前に少し悩んでいて、というか、今も時々は考えるんですが…。 あまりにも描いていることが個人的過ぎるのかな、と。ただマイクロポップの作家さんのように、あとはナビ派の人たちとか、いつの時代にも個人的なこととか、身の回りのことを描く人たちはいるのかなとも考えていて。自分の描きたい作品とか、描いていて無理がない作品について考えるとそっちなんじゃないか、と。あとは納得の問題だとは思うんですけど。 個人的なことを描いている作家は好きですか?  好きですね。個人的というか、さりげない、身の回りのものを使った作品と日常の断片を描いている方々は好きです。この間ワタリウムでやっていた青木さんとか、西村有さんとか、古いところでいうとドニ、ヴュイヤールとか…。  モランディも好きです。いつも画集は近くに置いてます。あとはナビ派の人たちはやっぱり好きですね。テーマとかモチーフの点ですごく参考になる。それから画家ではないんですけど、青山静男さん。子供を描き始めた時に一番影響を受けたし、今でも見失いそうになる時によく見ています。  イラストをずっと描いてきたということですが、イラストの遺伝子は自分の絵画に感じますか?  …どうだろう。でも、確かに言われる時はありますね。「イラストだね」とか、そこまで露骨なわけじゃないですけど、でも言われます。  ただ最近はどっちもかな、とは思います。イラストとも言われるし、絵画とも言われる。確かにイラストはずっと描いてたので、その感じがあっても不思議ではないと思う。好きなイラストレーターの人とかもいますし。だから最近は中間でいいかなって考えていて。 イラストと絵画の中間を。 どっちの要素もあっていいんじゃないかって。どっちの要素もあるんなら、それはそれで本当なんだろうし。 描いている少女には表情が描かれていませんね。  描いている時の自分は冷静なんです。だから描かれている人物には表情がない。そこには距離があるんですよね。前に絵を見てくれた人から「齊藤さん自身は諦めている感じだね」と言われて、それはそうかもなと思いました。女の子というか、子供が登場している理由はさっきも話したと思うんですけど、でも子供を描いている理由自体はコンプレックスというか…、どこか憧れに近いのかもしれないです。子供であることに対しての憧れ。 やはり幼少期の自分自身や現在の自分を取り巻く環境とか、あり方に対する強く関係している。  やっぱり今の自分と小学生の頃の自分が地続きでない感覚がどこかにあって。小学生の頃の写真とか、先生からのコメントとか見ているとずっと明るいんですよね。「ああ、そうだったんだ」って。環境も変わったし、自分が変わってきて、昔から大人しい人もいると思うんですけど、私は変わったんだなって。 午後の公園, 2020, 33.3×33.3cm,...

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アメリカのアートもしくはアーティストと言えば、何、また誰が思い浮かぶだろうか?8月はアメリカン・アーティスト鑑賞月だそうで、新しくアメリカ出身/拠点のアーティストを発見するのには持ってこいのタイミングだ。 第二次世界大戦後、それまで地球規模での影響力を誇ったヨーロッパの国々は力を保持できず、代わりにアメリカが台頭した。これは政治や金融だけでなく、芸術においても同様であり、アメリカ文化が以前にも増して宣伝され、輸出されるようになった。特に、ポップやミニマリズムなどの芸術運動は、現代美術の行方に多大な影響を与えた。 ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホル、ジャン・ミッシェル・バスキア、ドナルド・ジャッド、フランク・ステラ......と、その名前を連ねるのはいとも容易い。私たちが現在知る形のアートを楽しめるのも彼らのおかげである。アメリカの政治的なイメージは、アメリカ人でない私たちにとっては決して崇高なものではないかも知れないし、そして現大統領が懐かしむほどにグレートではないかも知れない。 しかし、幸いなことに、芸術の創造性を楽しむのに世情は関係ない。我々は、希望と夢の国から届けられる輝かしいアートと共に、幸せな現実逃避の航海へ漕ぎ出すとしよう。 Brian Schorn A.C.D. Seth King Lawrence Lee Edward Burden Cash - Cooper Sandra Mack-Valencia Carl Goss Clint Imboden

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作品の詳細はこちらから アート素材としての紙のユニークさを説明したペーパーアートのシリーズ part 1を未読の方は、ぜひこちらからご一読あれ。 紙と人類の蜜月関係 今回は少々の雑学から始めるとしよう。 考古学の研究によると、紙は紀元前100年頃の中国で発明され、以後は文明の片棒を担いながら発展してきた。「紙」という言葉の語源は、エジプト文明で使われた厚紙状の筆記媒体「パピルス」にあり、起源はなんと紀元前2560年~2550年までさかのぼる。 2020年現在、デジタル技術の隆盛により私たちの紙に対する愛着は薄れている。とは言え、それでも一夜にして紙文化が消滅することはありえない。例えば、メールやLINEにZoomで全てが済む時代でも、年賀状や結婚式、誕生日などの機会には未だに手紙を出すし、軽くて薄いタブレットひとつに何百冊もの本が入れども未だに、重くてかさばる紙の本を買う人も多い。時代遅れにも思えるこの素材と私たちを結びつけるのは、人類として記憶に刷り込まれたアナログさ、つまり紙への郷愁なのだ。 いくら世情が変わろうとも、4,000年以上にわたる人と紙との蜜月関係は、今もなお世界中で続く。筆者が滞在しているフランス、全国で年に数回開催される骨董市は大変な人気なのだが、特に人の興味をそそっている品は数十年前に書かれた手紙であったりもする。美しく手書きされたはがきや手紙は黄ばんでいるが、そこに記された心情は今も生々しい。インクのにじみや筆跡に、書き手の迷いや興奮が色あせる事なく見られる。 作品の詳細はこちらから 薄くても丈夫な和紙は、筆と墨に適合し発展してきた。その美しい風合いから、和明かりや障子など、家具にも使われるのはご存知の通り。古くには、神道のお供え物の包装材として使われた事に始まり、儀礼折として、折り方や折り目の知識が高位の武家教育の一環となっていく。江戸時代になり、今日私たちの知る「折り紙」遊びとして一般に広まった。若輩の私も日本で育った身、書道を嗜み、折り紙を作り、紙飛行機を飛ばし友人と遊ぶ中で、常に日本の上質な紙に慣れ親しんできた。 作品の詳細はこちらから さて、アートにおいて、「アナログ」媒体である「紙」はいかに重要なのだろうか?インドを拠点に活動するビジュアル・アーティスト、Janaki Leleは、ハンドカットによる切り絵を通して物語を紡ぐ。「Telepathy」と言う作品には詩が添えられ、彼女は「エネルギー網は目に見えない線を通り...、二つの心をつなぐ...、私のこと想ってくれていたの?実は私もあなたの事を考えていた所なの。」とささやく。なるほど、私たちの脳をつなぐのは、目に見える電力ケーブルという現代的なエネルギーだけでないのだと、改めて他人とのつながり方を考え直させられる。私たちが思考を表現する営みは、凧や鳥を空の流れに解き放つ様。この流れが、私たちの頭の中にある風車や水車のタービンを回し、相互作用のなかでエネルギーを生み出す。どうやら、テレパシーのような繫がりは、このアナログなメカニズムで同調している時に起こるであろう。 作品の詳細はこちらから もう一つの作品「Star Catchers」には優しくも朧げな夢物語が描かれる。友人の子と、窓を通りすぎる夕日をつまんで遊んだ時間から着想を得たと言う。これらの物語は全て、シルエットとわずかな奥行きを利用し、たった一枚あるいは数枚の紙の上で繰り広げられる。わずか数マイクロミリメートルの厚さの紙に、すべてのドラマを受け止め伝達するキャパシティと可能性が秘められているとは驚嘆だ。なぜそんな事が可能なのか。それは、紙が有機的な存在であることに秘密があろう。思考とコミュニケーションが有機的に形成される様を見たように、生物学的エネルギーが人間と紙のアートの間で相互作用しているのだ。紙が触媒として芸術家と芸術を、また芸術と私たちを結びつける。 作品の詳細はこちらから 日本を拠点に活躍する百鬼丸は、これまでに1万点以上の作品を手がける多作の切り絵作家として、侍たちを21世紀の世界に紙で躍動させてきた。彼の描く線にはまるで日本刀のような切れ味の良さが際立つ。日本の歴史小説の表紙デザインを多く手がける彼のモチーフは、武士や忍者が活躍していた時代のものが多く、その大胆な構図は、浮世絵の躍動感とマンガのキャッチーさを併せ持つ。これらの要素と、生き生きとした人物描写が相まった彼の作品には生命力が溢れている。有機的な紙にその生命を宿す包容力があることは言わずもがなである。 作品の詳細はこちらから 彼の作家活動は、作品と同様にパワフルだ。平面・立体の切り絵アートを制作するだけでなく、テレビ出演、日米仏での展示会、そして興味深いことにライブで切り絵パフォーマンスも行うと言う。彼の武者デザインが施されたマスクも販売されているそうで、ウィズコロナ時代には頼もしい限りだ。百鬼丸は大学で建築を学び、その後陶芸の修行をしたりと、まるで浪人侍のようなキャリアを歩んできたやも知れぬ。しかし今、日本切り絵界の先鋒として自らのキャリアを切り拓き、後進に道を描き示す。  https://www.youtube.com/watch?v=yDVpG4p948E&feature=youtu.be TRiCERAでは今後もアーティストの情報をお届けしていきます。切れ味鋭い知見や味わい深いコラムをもっと読みたい方々については、ArtClipニュースレターの登録をお忘れなく。

アートが日常に調和する生活。

アートコレクターなら、玄人から初心者までどの段階に居ても、他のコレクターの話には興味があるものだ。「どのように収集を始めた?何点くらい所持?その作家や作品を選んだ理由は?買い物しやすかったか?」等々、聞きたいことは山とある。今回は、弊社プラットフォームで最近作品を購入された趣味コレクターでありアーティストでもあるステファニー・アーロンさんに語ってもらった。 では、ご自身とコレクションの始まりについて教えて頂けますか?-  私はアメリカはニューヨークの出身で、実は珍しい生粋のニューヨーカーです。アーティスト兼デザイナーで、昼間はデザインの仕事をして、その他の時間には作家活動をしています。 アーティストなので、自分の作品をあげたり他の作家の物をもらったり、と自然と昔から収集していましたね。誰か良い作家を見つけては交換する、と言った具合で楽しいんです。なので友人作のアートワークをたくさん持っていて、それがコレクションの始まり。やっぱり知っている人の作品って良いですよ。 あとは年を経て、知らない人の作品も買うようになりました。目が飛び出るほど高価な作品は買わないけども、アーティストとして目が肥えているから、無名の才能を発掘したりするのも楽しみの一つですね。家の中を見渡せば、もうアートだらけよ。良かったら、家のツアーしましょうか?もう壁に空きスペースがないのが見て取れると思うわ。 ハウスツアー。アートで埋まる壁面と、早速始まる彼女のヴァーチャル・ハウス・ツアーでは、自宅に所持する作品群、例えば友人作のポスターや自分の作品から、オークションで買った大作、彼女のペット専用の肖像画コーナーなど、壁を埋め尽くす程のコレクションが見受けられる。ほんの幾らかのスペースは、今回彼女がTRiCERAで購入したNobuo Ishii の作品用等で空いているが、その他はキッチンまで含め、どこもかしこもアートでいっぱいである。 すごい!まるで自宅がギャラリーみたいでとても楽しいです。- そう、本当に飽きないですよ。大きな部屋じゃないけど、ニューヨークにしては天井が高いので、天井近くまで登って飾ったり、楽しんでるわ。 現時点の作品所有数ってご存知ですか?- 数える発想すらなかったので、正直わかりません。下の階の物置にも私や他の人の作品が沢山入っていて飾る場所が足りないんです。多分、合計100品くらいかな。Ishiiさんの作品と言えば、あなたは、私たちのプラットフォームで彼の作品販売を始めて、真っ先に購入された一人ですよね。きっと大ファンなんじゃないですか? - そうなんです!彼は今までインスタグラムに販売用の投稿をしていなかったんで、(売っているか)聞いてみる発想が無くて。販売開始した旨の投稿を見てすぐに買いに行きました。 インスタグラムで彼を見つけたと言うのは、偶然の発見だったんですか?-2、3年前にインスタグラムで、自分のアートだけを投稿して、アーティストだけをフォローするという実験を始めたんです。そしたら、ユーザーが興味を持ちそうなコンテンツをアルゴリズムで提案してくれるでしょ。そんな中で彼の作品を見つけて好きになったんですよ。 彼や彼の作品のどんな所が好きですか?- まず第一に、クオリティが高い。彼の技術はとても美しくて、作品を手にした時でも、どうやって制作されたのか分からなかった程です。それが一番大事な点で、次は彼のユーモアね。例えば、おならをしている人や、セックス関連のジョーク、更には彫刻も笑えるモチーフが多い。でも多様さもあって、私が買ったものや、ピアノを弾いている男性の作品みたく、優しくて甘美な作品までありますよね。 あと、彼は私がフォローしている作家の中でも、最も多作なんです。毎日のように作品をアップしている上に、どれも作品として完成されているんだから、そりゃすごく魅力的でしょ。 確かに、弊社プラットフォームにも既に60以上の作品が掲載されているはずです。でも、実は彼は遅咲きで、若い頃ではなくてほんの最近、数年前にアートを始めたんです。- 理由はわかりませんが、遅咲きというのは薄々察していました。でも、彼の作品には情熱が溢れていますし、素晴らしいと思います。 芸術のクオリティ、ユーモア、情熱が魅力ですね。- そう、特にユーモアとアートの両立は私にとって大切なんです。滅多に出会わないので、両立した作品の発見は最高の瞬間です。多くの人にとって、アートは堅苦しくて真面目で、アーティストも同じ、と言う印象が強いと思いますが、そんなことはないんですよ。 テート美術館で友人とエヴァ・ヘッセの展覧会に行った時のことだけど、ドローイングを見ていたら、もう笑いが止まらなくなって。 他のお客さんはお高くとまってスマし顔だったけど、でもそれ、すごく可笑しい絵だったんですよ。 多くの作品には、自分も含め、制作中の作者の感情がこもっているもので、売るためとか、他人への印象とかはあまり気にしていないものだと思うんです。だから、アートの中のユーモアというか、軽快さが好き。アートは常に超真面目である必要ないですよね。 ええ、全く同感です。- 料理にも似た所があると思います。作るのも、食べるのも楽しくあるべき。このコロナ禍が起こる直前に、ミラノのミシュラン4つ星のヴィーガン(完全菜食主義)レストランに行って、その時の経験からも思うんです。正直言って、料理はまあまあで、ニューヨークでもっと美味しい所知ってるんですけど。 でもね、そこでの経験がとても楽しかったから、お金を払う価値があったんです。 またまた、私たちは夕食中ずっと馬鹿笑いしていたんですよね。ちょうど、その同席していた友人と話していて、「今までで一番可笑しい夕食だったわね!」って。同じくアートも経験が全てモノを言うと思うの。 そういう面も大事ですね。アートで楽しさとかそう言う体験をできるのって素晴らしいことだと思います。-  あと、アーティストとして個人的には、完璧さを追求する作家にはあまり興味がないんです。美術学校にはこう言う人達が多いんだけども、彼らは既に在るものを再現することしかできないから、結構失敗してしまう。結局それって良く出来た技術作品ってだけで、どうも惹かれないんです。だからユーモアが光るのが、彼(Nobuo Ishii)の作品が好きな大きな理由ですね。 沢山の作品をお持ちですけど、アートワークを購入する理由は何でしょう?例えば、アーティストを応援するためとか。- それも最近アートを多く買った一つの理由です。なぜなら、この世界で色々な事が起きている奇妙なご時世だったので、多くの作家が他のアーティスト支援のために募金活動をしていたりして、その中からいくつか買いましたね。 あと、アメリカでは、売上金を指定の団体に寄付するために販売している作家達がいるんです。私もその団体にどの道寄付するつもりだったんで、作品を買うついでに寄付できるなら丁度良いなと思って、それでまたいくつか購入しました。でも最大の理由は、さっきも言ったように、アートは楽しいし、幸せにしてくれるから買うんです。そういえば、購入の数ヶ月前に、Ishiiさんが入院しているのをインスタで見かけたんです。それで「彼死んじゃうかも知んない!」ってびっくり。だから彼が売り始めた時は、嫌味に思わないでね、今のうちに何か買おうと思ったんですよ。手術とかでお金が必要なんじゃないかと思って。 そういう訳で私共のプラットフォームをお知りになったんですね。お買い物体験はどうでしたか?- とても簡単でしたよ。 私はユーザー体験デザイナーでもあるので、これに関しては厳しいんです。ギャラリーやポートフォリオのウェブサイトって、たまにひどいものがありますよね、作品詳細を見たり、スクロールが大変だったりして。でも、ここではすべて英語で見られるし、簡単でスムーズに進んだから大満足です。上に行って、下に行って、何回か見たら「よし、これにしよう」って具合で。特に、「3日後にお届け予定」って見た時は冗談だと思ったんですけど、そしたら、本当に3日で届きました。これは本当にすごい、信じられない速さ! ありがとうございます。そう、できるだけ早く努めています。- いやいや、これはすごいですよ。世界半周の配達であんなに速くできるとは思わいませんでした。 さて、Ishiiさんの作品から一枚購入されましたが、彼の多くの作品中からこの一枚を選んだ理由はなんでしょう?-うーん、感覚的なもので、説明するのが難しいです。こういうのって、一見した時から作品が語りかけて来る感じがするものなんですよね。見た目も好きだし、星を食べている男の人も素敵。でも先程述べたように、どちらかと言うと彼の他の、ワイルドな作品の方が好きなんです。当時はそういう作品がなかったから、それも一つの理由だけど、どれが欲しいかは直感的に知っていましたね。 アートの購入理由って考えるというよりも、感じることが優先ですか?- そうね、私にとってアートを買うのは知的な活動ではないと言うか。むしろ、これが本当に好きで、持っていたいから、と言うそれだけのことです。 アーティストとして、またコレクターとして、作品購入の初心者に伝えたいことやヒントがあれば教えてください。- 自分の好きなものを信じることですね。以前、私が行ったワインツアーで、「完璧な一本ってどれですか」と聞いたら、「どれでも、あなたの好きな物こそが完璧な一本。それが最重要であり、買うべきだと聞いたとか、誰かがそう言うからと言う理由で買わない方がいい」と答えが返ってきました。投資のためにアートを買う人もいて、それも良いけど、もしも家に飾るのがメインの目的なら、やっぱり自分が好きなものじゃないとダメよね。自分の直感を信じて買うのが一番です。何か自分の心に響くものがある、それだけでいいんです。 探すのはインスタグラムとかインターネット経由ですか?- インスタグラムを見るのは、どちらかと言えば、自分が好きな作家さんを見て幸せを感じるためです。一日を乗り切るための手段の一つ。今日ではインターネットのおかげで、毎日でも新しい作品が購入可能ですね。以前なら、作家と知合いになって、スタジオ訪問して作品に目を通して、と言うプロセスが必要でした。でも今は、オリジナルの作品を、ピンからキリまでの価格帯で探して購入できるなんて、信じられない位便利です。そして更に、作家活動の助けになることを知った上で買えるのは素晴らしいことだと思います。壁にコンサートのポスターを貼らないで、是非オリジナル・アートを手に入れて欲しいですね。 購入やフォローする判断に基準はありますか?– お気に入りのアーティスト達の作品は予算の範囲内かどうか、で判断。その時々で、ある技術に秀でた作家の作品を、勉強がてら探すこともあります。多様性も大事なので、美術館もフォローしています。有名な人から、将来有望株、クレイジーな人達まで、幅広いですよね。最近フォローし始めた人で、ロックダウン中の世間を描いている人がいます。数ヶ月前に作品数を聞いた時、既に200点くらい、一日に一枚以上描いたって。素晴らしい作品群なので、これが本になって欲しいと思っているのよ。この人には影響を受けましたね。彼は毎日、世界の様々な出来事を質の良いアートとして生み出し続けています。アートは私のインスピレーションの源なので、美術館に行くことができない今は、代わりに私の家が美術館みたいなものです。 そうですよね、素敵だと思います。最後に一つ質問です。アーティストのIshiiさんに何か伝えたいことはありますか?- ありがとうございます、あなたの作品が大好きです、と。彼とは知り合いかの様に錯覚しちゃうけど、実際は知らなくって不思議に感じるわ。

プラットフォームとしてのアートフェア、展示会としてのアートフェア、そしてアートワークの一つとしてのアートフェア。

 3331 Arts Chiyodaとは? 2010年に東京にオープンした小学校跡地を利用したアートスペース。地下1階、地上3階、屋上のスペースがあり、企画展やコンペなどが開催されています。スペースも用意されており、建物内にはいくつかのギャラリーがあります。 1階にはカフェも併設されており、近隣の方も訪れています。日常生活に寄り添ったアートを気軽に楽しむことができます。 アートワークとしての3331 Arts Chiyoda 興味深いことに、3331 Arts Chiyodaは、あるアーティストによって制作されました。主に彫刻やプロジェクト型の作品を発表してきた空間のディレクターであり、アーティストでもあるMasato Nakamuraの作品だ。 アートプロジェクトの継続性を持続可能な形で考えた結果、マネタイズの仕組みを持った組織としてアウトプットされた。 アートフェアを更新するアートフェア 3331 Arts Chiyodaは、3/18~3/22にアートフェアを開催します。2013年以来、9回目の開催となります。今回は62名のアーティスト、35のギャラリー、6つの美大が参加し、作品を発表します。 展示以外にもパフォーマンスやZINEイベントなども開催され、オーソドックスなアートフェアの枠に収まらない魅力があります。アートと社会との関わり方を考えるムーブメントとして楽しめるアートフェアです。 Etsu Egami, lure of passing each other ©︎EtsuEgami Kaori Oda, cenote005 ...

現代アートは遊び場になり得るのか?

"今が遊び時" 東京都現代美術館 大人になると、「ゲームをやめろ、おもちゃや友達と遊ぶのをやめろ」などと言われてきましたが、大人になってからも同じようなことを繰り返しているかもしれません。大人になってからも、同じようなことを繰り返し、このような質問をすることがあります。仲間とつるむのをやめようか、もっと勉強して頑張ろうか」とか、そんなことを考えることがあります。 そう、人生は決して楽なものではありません。それは誰にでも、どんな時にも当てはまります。では、「遊ぶ」時間をきちんと持てるのはいつなのか、何かで遊ぶことを心から楽しめるのはいつなのか。仕事や勉強の時間も必要ですが、遊びの時間を過小評価してはいけません。遊びの時間は、自分自身や世界に新しい価値観を見出す機会を与えてくれることがあるからです。 では、現代アートについてどのように感じていますか?美術館やギャラリーに行くと、遊びの時間として感じますか?そうでなければ あなたは現代美術をもっと勉強して発見すべき難しいテーマだと思っていますか?現代美術についてどのように考えていても、「現代美術は難しい」という意見もあります。 東京都現代美術館では、「今、遊ぶ時間」と題した展覧会を開催しています。子どもだけでなく、大人も現代美術の「遊びの時間」を楽しめるように企画された展覧会です。 本展では、Yoshiaki Kaihatsu, Kazuhiro Nomura, team Hamburg, Tanotaiga, TOLTA, Usioの6人のアーティストとアーティスト・コレクティブによる作品を展示します。それぞれの作品は、ゲーム感覚で参加することができます。第一展示室に入ると、壁一面が巨大なキャビネットで覆われている。圧倒的なスケールに加えて、キャビネットがボルダリングのクライミングウォールになっているため、目を引く。観客は作品に圧倒されるかもしれないが、キャビネットの扉を開けると別の展示室につながっている。ユーモラスで楽しい作品のようだが、作家の開発良明氏によると、「受験の壁」は、実は受験のプレッシャーやストレスを表現したものだという。 もう一つの興味深い作品は、タノタイガの「Tanonymous」。Tanonymousは壁一面を無数の仮面で覆っている作品である。作家の無表情な顔をベースにした多数の仮面が、参加型のワークショップから観客によって徐々に多様な顔に変化していきます。ワークショップでは、美術館が用意した素材を使って、無地の仮面を自由にデコレーションします。最終的には、これらの多様な顔のすべてが、'Tanonymous'の作品として展示されることになります。 アーティストのタノタイガは、基本的には美術作品の中で社会システムや価値観を探り、マスメディアや画一化された記号が日常生活の中で持つ力を考察しています。作品タイトルの「タノワイマス」は、作家名の「タノタイガ」と「アノニマス」の複合語です。作家は作品を通して、標準化された社会と現代社会に蔓延する匿名性を批判的に見つめています。観客が好きなように仮面を飾ることで、観客はやがて鑑賞者となり、同時に制作者となる。美術館の中の同じ顔が徐々に様々な顔に変化していく過程で、作家は自分の考えを伝えたいと考えているようです。 友達と遊ぶこと、おもちゃで遊ぶこと、どんな遊びでも、私たちに充電の時間を与えてくれます。展覧会を通して、作家は社会に関するテーマを表現しており、展覧会や美術館は遊び場にもなっています。現代美術が遊び場になるという意味では、展覧会を見る(遊ぶ)価値があると言えるでしょう。観客の参加が作品の一部となり、場合によっては観客の遊びの痕跡が作品の一部として残ることもあるでしょう。 東京都現代美術館では、2019年10月20日thまで「今が遊び時」展を開催しています。参加型のアート作品とともに、観客がアーティストと一緒に遊ぶことができる関連プログラムやワークショップも開催されています。詳細や情報はこちら。https://www.mot-art-museum.jp/en/exhibitions/time-to-play/。 記事を書いた人:Jeongeun Jo 韓国出身で現在は日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。

Feature Post

国立新美術館での展覧会「イメージ・ナラティブ」国立新美術館で開催される「日本の現代美術における文学」展について

Keizo Kitajima, TSILCARL VILLAGE ARMENIA (From the series USSR 1991), 1991/2019, Pigment print 66.0×93.0cm Collection of the artist ©KITAJIMA KEIZO 2019年8月28日から11月11日まで、国立新美術館東京では、日本の現代美術作家6名によるグループ展を開催します。展覧会のタイトルは「イメージの物語」。日本の現代美術における文学」。タイトルの通り、日本の現代アートシーンにおける文学的表現に焦点を当てた展覧会です。出展作品には文学的な要素が共通しており、詩のような比喩的な表現がなされています。直接的なメッセージを表現するのではなく、作品の中の時代や場所、人物を想像することを示唆している。 国立新美術館の展覧会公式発表によると、古代ローマの詩人ホラーチェの『アルス・ポエティカ』に由来する、「絵画も詩であるように、詩も詩である」という意味の「Ut pictura poesis」という言葉があります。この言葉は、絵画(視覚芸術)と詩がいかに密接に結びついているかを説明する際によく引用されます。 今回紹介する6人の日本人現代美術家は、1950年代生まれの北島敬三から1980年代生まれのミヤギフトシまで、年齢も様々だ。美術館に入ると、まず第1室を占めるのは、国内外で活躍する田村友一郎氏。部屋全体が「幻覚」をコンセプトにした彼の新作「スカイアイズ」となる。作家は、日本でいう "幻覚...

上床加奈 / 中島健太 による新作版画の予約抽選販売を実施致します

この度、TRiCERAではフジテレビのWEBメディア「フジテレビュー」に登場したアーティスト 上床加奈、中島健太による新作版画作品を予約抽選販売致します。 ■ 受付期間 2020年10月25日(日) 10:00 〜 2020年11月10日(火)■ 当選通知 2020年11月17日(火)までに当選者のみメール通知■ 応募方法 応募フォームに必要項目を記載の上、注意事項を必ずお読み頂きお申し込み下さい。 【販売に関する諸注意】(1) 作品にアーティスト直筆サイン、エディションナンバー入り。(2) 本作品は抽選となっており、ご希望の作品が手に入らない場合がございます。(3) エディションナンバーは選択出来ません。(4) 作品発送は本発売(2020年11月16日予定)より約2週間から1ヶ月のお時間を頂きます。(5) 下記の作品の仕様は制作前のものであり変更が生じる場合がございます。(6) お一人様一作品あたり2点までお申込頂けます。 | 上床加奈 《犬神 参》 ©️ Kana Uwatoko / TRiCERA, inc. アーティスト:上床 加奈...

作品とアーティストの心の距離-ドローイングの魅力をめぐって

 美術にまつわる言葉は膨大な上に、定義の境界が不明瞭である。  ドローイングやその周辺の言葉は特にその傾向を如実に表しているのではなかろうか。  ドローイングは「線画」と訳される。つまり、単色の鉛筆やペン、木炭などで線を引くという行為に重きをおいて描かれた絵を指す。フランス語ではデッサンに当たるドローイングであるが、異なる点を挙げるならばドローイング作品は歴とした作品でも捉えられるということだ。デッサンが対象を正確に描き写すことに念頭が置かれ、絵の練習的側面が前面に押し出されるのに対し、ドローイングは表現の要素が強い。  美術館でもアーティストの技術的・観念的創造プロセスの一旦が垣間見えることから展示されているドローイング。本記事ではドローイング作品10点を紹介し、是非アーティストの本性を探ってほしい。 MATSUMOTO SAYAKA 作家の詳細はこちら 沼田愛実/Aimi Numata 作家の詳細はこちら ボウル太郎/Bowl Taro 作家の詳細はこちら Takashi Fujita 作家の詳細はこちら マーティン・ゼイナー/Martin Zeihner 作家の詳細はこちら

著名な公募による展示会「TOKAS-Emerging 2019」

TOKAS-Emerging 2019 part 2 at TOKAS Hongo 東京芸術劇場 東京の現代アートの創造と振興を目的としたアートセンターです。トーカスは2001年にトーキョーワンダーサイトという名称で設立されました。トーキョーワンダーサイトは2017年にトーキョーアーツアンドスペースに改称しました。2001年より、新進気鋭のアーティストや実験的なアートプロジェクトを支援するための様々なプログラムを実施してきました。 TOKAS-Emergingでは、35歳以下の日本人アーティストを対象に公募を行っており、今回は6名のアーティストが選出されました。今回は6名のアーティストが選ばれました。TOKAS-Emergingの第1部は7月20日から8月18日まで、第2部は8月31日から9月29日まで開催されています。 パート2をくわしく見る – Ashikawa Mizuki, Miyasaka Naoki, Hojo Tomoko TOKASには、アートプロジェクトや展覧会を中心としたTOKAS本郷と、アーティストのためのレジデンス「TOKAS Residency」の2つの会場があります。 TOKAS本郷の建物は3階建てで、3人のアーティストがそれぞれ独立したスペースを確保していました。作家は個展として作品を発表することができます。 1階は芦川瑞季の作品で、リトグラフを中心とした版画を中心とした作品を展示しています。今回の展示の特徴は、構成の整った展示でした。大きなサイズの作品から80x50mmなどの小さな作品まで、リズミカルな流れの中に設置されている。 近所を歩いていて出会った風景をモチーフにしています。特に今回は、TOKAS本郷を訪れたことからインスピレーションを得て制作した作品を展示しています。 彼女の作品が展示された理由は、空間を理解した上で空間のリズムに合わせて展示されていたからです。 2階では、Miyasaka Naokiによる「三つの空間」の展示が行われています。人間の知覚によって変化しうる空間の概念を研究している作家であるMiyasakaは、展示空間全体を作品にしています。本展では、人間の知覚の変化によって生じる様々な空間の概念を捉えるための3つの空間を展示します。 サウンドアーティストのHojo Tomokoは3階を拠点に活動しています。主にインスタレーションや音の作品を制作しています。今回の個展「Sotto Voce」では、歴史やマスメディアに取り上げられてきたオノ・ヨーコに対する様々な認識に焦点を当てています。アーティスト、ジョン・レノンの妻、スキャンダラスな女など、オノ・ヨーコに関する記述が多い中、北條はこれらの記録された認識を可視化し、個人がどのように主観化されるかを提示します。 宇宙と番組について-TOKAS-Emerging 3階建ての面白い建物の中で、作家が個展をしているような展示をしているのが印象的だった。グループ展をサポートするアーティストの公募が多い中、TOKAS-Emergingは個展の機会を与えているという形が面白かった。若いアーティストにはなかなか個展の機会がないので、TOKASの支援の仕方は彼らの助けになっていると思います。アワード自体の評価だけでなく、現実的な面でもアーティストを大きくサポートしているように感じました。 TOKAS-Emerging 2019 part...