土曜日, 9月 18, 2021
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永遠の創造のエネルギー、アーティストであることの鍵となる力

アートを通して光と時間を求める大平奨が個展を開催します。

The Installation view of Ohira Susumu’s solo exhibition (2019) by Ohira Susumu
at Gallery Hinoki
Courtesy of the artist and Gallery Hinoki

TRiCERAの注目作家の一人である大平奨は、東京・京橋のギャラリーひのきにて個展を開催しています。今年で70歳になったが、彼は決して負けずに 芸術家であることのキーパワーである創造への情熱と永遠のエネルギー。

本展、大平奨の個展は、大平奨の創作意欲の状況証拠となる。大平奨は1949年山口県に生まれ、現在は日本とフランスを拠点に活動しています。

作品の印象は、若い作家が作ったかのようなどこかオシャレな感じ。日常の風景を淡々と描いているので、抽象画と具象画の中間のような作品になっています。

また、彼の作品の特徴の一つは、円の浮遊感です。彼の作品では、風景を描きながらたくさんの円を描いています。円を通して抽象的な概念である「時間」を視覚化し、それを大きさや色の異なる円を描くことで表現しています。晋にとって、自分の作品は光と時間を求める作品であると考えています。

The Installation view of Ohira Susumu’s solo exhibition (2019) by Ohira Susumu
at Gallery Hinoki
Courtesy of the artist and Gallery Hinoki

今回の展覧会では、彼の絵画だけでなく、新作も展示します。長らくアクリル画を描いてきた作家ですが、現在はアクリル画から写真を使ったミクストメディア作品へとフィールドを広げています。写真のひび割れはすべて金色の線で覆われ、透明な円が浮かび上がっています。

The Installation view of Ohira Susumu’s solo exhibition (2019) by Ohira Susumu
at Gallery Hinoki
Courtesy of the artist and Gallery Hinoki

同じ風景をベースにしながらも、素材によって表現が異なるものもあれば、絵画として表現されたもの、写真作品として表現されたものもあります。これらの作品では、素材の違いによる感覚の変化を楽しむことができます。

国内だけでなく、海外でも年に2、3回は展覧会に参加し続けている大平。これだけ精力的に活動していても、決して満足することはなく、今の頻度以上に海外での展覧会を開催したいと考えているそうです。アーティストとしての長いキャリアを経て70歳を迎えた大平氏だが、その創作へのエネルギーは今もなお強力だ。彼の仕事への感覚が年を取らないのは、作品作りへの飽くなき情熱と努力があるからなのかもしれません。

大平奨個展(ギャラリーひのき)

  • 開催日:2019年10月7日(月)~10月12日(土) 2019年10月7日(月)~10月12日(土)
  • 時間。11:30~19:00 土(最終日):11:30~17:00

記事を書いた人:Jeongeun Jo
韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。 

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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8月24日から10月12日までタグチファインアート主催。 タグチファインアートでは、この夏から秋にかけて、ドイツ人画家ミヒャエル・テンゲスの個展を開催いたします。テンゲスはレヴァークーゼンを拠点に活動する1952年ドイツ生まれの画家です。作品の一部はケルンのコロンバ美術館やスイスのアーラウ美術館に収蔵されています。ヨーロッパを中心に活動している彼の作品をアジアで見ることができるのは、今回の個展「紙に描かれた絵画 1995-2019」がきっかけです。本展の特徴は、展示されている作品がすべてダンボールに描かれた小品であること。ギャラリーによれば、これらの小さな作品は、他の大きなスケールの作品やキャンバスに描かれた絵画に比べて、あまり注目されていないとのことです。段ボールに描かれた小品は、これまで準備的で断片的な作品とされてきましたが、その小品は、彼の色との実験と葛藤の証拠ともいえるものであり、注目に値するものです。今回の展示では、1995年に制作された旧作から今回の展覧会のために準備された最新作までを紹介します。 テンゲスは、木の板やキャンバスに油絵の具を重ねることで、色の多様性を追求しています。テンゲスは、イメージや形にとらわれることなく、色の配置、コントラスト、構築に主眼を置いていると言います。絵画の基本的な要素とされる色彩や絵の具の物質性の探求に力を注いでいます。 テンゲスは通常、事前にスケッチを用意することはなく、参考となるイメージや計画を持たずに絵を描いています。テンゲスは、ある特定のイメージを持たずに自発的に絵を描きますが、同時にジョット、フラ・アンジェリコ、ボッティチェリ、ゴヤなど、歴史上の他の画家たちが使った色の構成を研究しています。絶え間ない研究から得た知識の蓄積が、躊躇することなく絵を描くことを可能にしているようです。 実際、彼の作品は無計画に作られているというだけで、一気に作られているように見えますが、技術的には、板に色をつけて、乾燥させて、それを何度も繰り返すというプロセスを経ています。このように、彼の絵は美術史における色の使い方の研究としても長い時間をかけて描かれていると考えられます。 彼の作品は高速と低速の両方の特徴を持っているので、私たちはまた、2種類の魅力を感じることができます。第一に、テンゲが躊躇なく絵を描く瞬間のように、私たちの注意を一気に惹きつける。二つ目は、その努力の過程と同じように、私たちを作品の前に長く滞在させてくれること。10月12日までタグチファインアートにて、ゆっくりと作品を楽しむことができます。 Michael Toenges, “Paintings on Paper 1995-2019” 開催日:2019年8月24日(土)~10月12日(土) 2019年8月24日(土)~10月12日(土)営業時間。午後1時~7時日曜・月曜・祝日は休館> 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。 

保護中: 「全てのアートプレイヤーにとってパートナーでありたい」株式会社between the arts CEO/Founder 大城崇聡

「全てのアートプレイヤーにとってパートナーでありたい」 そう話すのは、日本初のアート管理サブスクリプションサービス「美術倉庫」を展開する株式会社between the artsの代表取締役CEOの大城崇聡さん。もともとアートコレクターだった大城さんは「コレクションを管理してくれるスキームが日本にない」と感じたことをきっかけに事業を立ち上げた。 現在では元麻布にアートコレクターのための展示スペースも構えるbetween the artsの起業の背景、抱える課題意識について代表の大城さんに話を聞いた。 「自分も使ってみたい」がきっかけに まずは起業の経緯についてお聞きしたいと思いますが、もともと大城さん自身はアートコレクターだったそうですね? もともとファッションが好きで、その延長と言いますか、7年くらい前から作品をだんだんと買い始めました。ストリートカルチャーに繋がりのある作家さんが多かったですね。当時はKYNEさんとかまだまだ出始めの頃だったかな。だから、最初は一介のコレクターでした。仕事も不動産関係。職業的にはアートとは全然違うところにいました。 起業は2020年ですが、コレクターからアートビジネスのプレイヤーに至った経緯はなんだったんでしょう? 一重には「もし存在したら、自分が使ってみたいサービス」を思いついたことですね。1人のコレクターとして現在の事業のようなサービスがあったらいいなと感じたんです。だから最初はごくごく個人的な思いつきです。 というのは、実際に私もコレクションの保管や管理に悩んでいたから。日本の美術業界を「作品を購入する側」、言い換えると「作品を保有している側」から見ると、少し痒いところに手が届かないというか、実は足りない部分って意外と多いんじゃないかなと感じていたんですね。 何となく想像はつきますが、保管場所についてですか? そう、どのコレクターにも共通する悩みです。コレクターの性と言いますか、やはり作品をたくさん買うし、たくさん保有するわけです。当然ながら家の壁は埋まっていく。やがて「飾る場所がない」という問題に突き当たる。 私自身もそうだったし、だから当時は倉庫も検討したんですが、でも少し高価な印象があった。いわゆるビックコレクターには妥当な価格かもしれませんが、サラリーマンコレクターのようなクラスにいる自分には合わなかったんです。 それでも作品は欲しい。 まさしく(笑)。 これはとあるコレクターの方から聞いた話ですが、その方曰く「何を持っているか分からなくなってこそコレクターだ」と(笑)。 それは極端な話だと思いますが、でも自分を例に考えると、やはりインテリアのように飾ることを想定して買っていないことは事実なんですね。「欲しい」と思ったら買う。そこには実用的な目的意識はない。家の壁に合うとか、他の家具に合うとかではなく、自分がその作品に納得し、欲しいと思ったら買う。だからある意味では家の中に置く場所がなくて当然だと思うんです。 作品は展示に貸出をしたりするので、中には家にある方が稀という作品もありますよね。 でも一方で危険だなと思うのは「あれ、あの作品って持ってたっけ?」となること。つまり自分のコレクションの把握が不可能になってしまうことは危ないと思っていて、それは作家さんへのリスペクトという点でもそうですが、その後の購入やコレクションの形成にも支障をきたしかねない。 「飾る場所がないこと」と「コレクションを把握してないこと」は別問題ということですね。 おっしゃる通りです。現実にたくさんの作品を保有するコレクターはいて、しかも作品を買い続けている。でもコレクションの数が多くなればなるほど、その把握は困難になる。 極端な話ですが、その究極系がコレクションの散逸ですね。 そう、でもせっかく形成したコレクションがそんなことになってしまうのは勿体ないというか、悲しいことだと思うんです。文化的な損失はもちろんですが、アーティストにとっても悲しむべきことだし、コレクターにとっても資産が失われることを意味してますから、誰にとっても歓迎すべきことではないですよね。 私自身もその問題に直面しかねなかったし、そう考えると危ういな、と。だから最初は「あったらいいな」なんです。自分のコレクションを適切に管理してくれるサービスがあったら良いな、と。自分も使ってみたいという、その気持ちが今の事業を始めたきっかけですね。 「不動産は管理会社があるのに、アートにはない」 先ほどのお話だと、between the artsさんの事業は作品を預かるだけではなく、「コレクションの把握を手伝う」ような、ある意味では資産管理に近いニュアンスを感じますね。 いや、まさしくそこが重要なポイントです。私たちがしたいことは「作品を預かって保管する」だけではない。その先にあるコレクションの管理を見ているし、そここそが今の日本のアート業界にとってまだまだ不足している部分だと思ってます。 作品を預けることと、作品を管理することにはどういう違いがあると思いますか? ここのニュアンスは複雑です。倉庫を借りて作品を預ける、これはほとんどお客様だけで完結してることだと思うんですが、でも「コレクションの把握」は満たされていない。結局は自己管理の話ですから。 作品の保管だけではなくて、本当に必要なのは「自分が何を持っているのか?また、それらの価値はいまどうなっているのか?」を知ることだし、作品を持ち続けるということには色々なイベントも伴う。その全体をカバーしてくれるサービスやプレイヤーが日本には欠けていると思うんですね。 倉庫での保管の様子 細やかな発想だと思いますが、着想源はどこにあるんですか? 不動産の管理会社ですね。 もともと私がその業界にいたことが大きいのですが、不動産にはアセットマネジメントという考え方があり、保有している不動産を管理する仕組みが出来ているんですね。 不動産もアートも高単価ですよね。でもなぜか後者には資産管理という観点が欠けている。正直に言うと、アートは全体的に不動産よりも管理体制が雑な印象が否めなかった。事業として本腰を入れてやろうと思ったきっかけの一つはそこですね。 不動産とアートで似通っている部分もあれば、その反対もあると思いますけど、戸惑うことはありますか? 大きい違いとしては法律でしょうね。不動産は法整備がされていて、そちらを主なルールにして事業展開すれば大きな間違いは犯さない。けれどアートにはそれがない。でも全くルールがないわけではなく、諸先輩方が培ってきた不文律の決まりはある。事業として展開していくにあたってはいわゆる業界の掟のようなものには気を遣いますね。 例えばアートの仕事を始めようと思った時、アーティストが所属するコマーシャルギャラリーの方向には行かないようにしようとは考えていました。もともとは「アートもちゃんと管理した方がいいよね」という、1人のコレクターとして思ったことを実現したいだけなんです。 業界のポジショニングには気を遣われているんですね。 ポジショニングというか、単に「もっとアートの世界をよくしたいよね」と思っているだけです(笑)。 課題が多い領域ですし、競合しあうのではなく、手を繋ぎあう方が優先されるべきだと思うんですね。 だから、基本的には全てのプレイヤーにとってパートナーになりたい。現実問題、これがすごく難しい発想だというのは分かります。でもコレクションの管理にはまだプレイヤーがいないし、そう競合し合うこともない。ギャラリーからお客様へのサービス提案のひとつにうちが入れたら嬉しいし、みんな困ってる領域ですから。 これも理想ですが、私たちが関わることで作品のバリュエーションが上がってくれれば良いと考えています。それは資産的な意味だけではなく、文化的な側面でもそうですね。 具体的にはどういう意味でしょうか? データをおさえることですね。個々の美術品にはそれを制作した作家さん、タイトルやサイズ、どこで買ったのかなど、様々な情報がある。作品の情報だけではなく、その来歴も重要な情報です。作品をお預かりすれば、例えば美術館への貸し出しなど出入りはある。その情報をしっかり管理する必要はあると思います。 自分のコレクションの把握や管理ができない状態を回避するには、そのデータを適切に管理することが必須になってくるでしょうからね。 他にもコレクションを展示するスペースもオープンされましたね。日本でもコレクターがオープンな姿勢をとることが増えた昨今のニーズをおさえている印象があります。 「自分のコレクションを見せる」という願望はあると思うんです。私自身がそうだし(笑)。なぜなら良いと思って買っている作品だし、それを同じ価値観を持っている人たちに共有したいというのは自然な気持ちだと思います。 港区元麻布にオープンさせたレンタルアートギャラリー「between the arts gallery」では、特定のコレクターにクローズアップしたコレクション展などを定期開催しています。自宅や倉庫に作品を眠らせておくよりもずっと健全な楽しみ方だと考えていますね。 レンタルアートギャラリー「between the arts gallery」 それも一つのコレクション管理のあり方ですね。 おっしゃる通り、自分が持っている作品をどのように管理するか、そこには展示のような動きを与えることも選択肢にある。そういった幅広いコレクション管理のあり方も提案していきたいと思っています。 重要なのはあくまでも美術品、アート作品を扱っているということ。不動産やその他の資産と同様の部分はあっても、アートの特質はおさえなくてはいけない。 日本のアート業界には色々なところに、色々な課題はあると思います。一つの会社が全部を解決することは難しいですが、私たちが取り組むのはあくまでも「コレクション」という領域にある問題。アートはインテリアとは違います。適切な管理は絶対に必要だと信じています。 大城崇聡 | Takatoshi Ogi 株式会社between the arts CEO/Founder 一般社団法人日本アートテック協会 代表理事 不動産テックカンパニーの創業に携わり、東証1部上場を経験。クラウドファンディング事業やトラベルテック事業などの新規事業の立ち上げや事業拡大を牽引。2020年1月、株式会社between the artsを起業。自身のアートコレクターとしての実体験を元に、アート作品の管理、保管、流動性に関する問題点を解決するため、日本初のアート管理サブスクリプションサービス「美術倉庫」を展開。歴史の長いアート・美術業界にテクノロジーをもたらし、日本のアート市場拡大への貢献を目指す。

Feature Post

ARTIST CONNECT – mamoru → marin boo

ARTIST CONNECTについて 本企画は、最近TRiCERA ARTに参加された方へインタビューを行い、お話の最後にお知り合いの作家さんを紹介していただく不定期企画。 今回はmamoruさんからご紹介いただいたmarin booさんとお話をさせていただきました。 marin booさんと作品について教えてください。 小さい頃から絵を描くのが好きでした。 元々父が絵を描くのが好きだったこともあり、家には絵の本もたくさんありました。 基本的には、思いついたことを、思いついたままに描いている感じです。 ラーメン食べたらラーメンに浸かっている絵を描いたり。 花が散ってたら、その花びらを拾ってスカートにしてみたり。 私の絵には小さい女の子がたくさん出てきますが、自分の中に、自分自身の視点と、自分を俯瞰してみている視点があって、その視点から見て描いているのが小さい女の子のイラストです。 自分の背が低いのもあって、もし自分が小さかったらどうなるだろうって想像して描いています。 marin booさんの作品一覧はこちら タイトル:It's mine! サイズ:30 X 30 cm | 作品の詳細はこちら “ポップコーンの山に座り込む、不機嫌な顔をした小さな女の子が描かれている。最初は美味しそうにポップコーンを持っていたのだが、自分の経験を思い出して、表情が変わったという。「取らないでよ!」と言えなかった作者の心情がポップに投影された作品” タイトル:おにぎり サイズ:30 X 30 cm | 作品の詳細はこちら “「自分の背中についた梅干しは自分では見えない。他人の梅干ししか目に入らないから、誰かを羨ましく思うのかもしれない」好きな漫画のワンシーンから着想を得たという本作は、自分自身の素直になれなさや誰かを羨ましく思う気持ちを明るく掬い取ってくれる” TRiCERA ARTに参加しようと思ったきっかけはなんですか。 海外に販売する体制が整っていると思ったからです。なかなか、気軽に海外に販売するのに使えるツールがないんです。あとは、単純に、見てもらえる層が増えるので。 このインタビューを受けたのは、mamoruさんの記事を読んだのも理由です。「どうしてこの人が絵を描こうと思ったのか」という背景を読みながら作品を見れるのがいいなと感じました。 mamoruさんのインタビュー記事はこちら

誠実さと自己投影の絵画について。Yuta Okudaインタビュー

「自分のやっていることに嘘はない」とyuta okudaは語る。細密画と墨を用いるペインターである彼に、真摯さを何よりも最も尊ぶという制作姿勢を始め、その作品について話を聞いた。 細密画の技法をベースにした生き物のペインティングが多い印象ですが、まずは作品について簡単にご説明願えますか?-自分の作品は全て、無意識の自己投影と自己解釈がベースになっています。無意識のレベルで生き物たちの単体の作品を思い浮かべ、それを意識レベルでコンセプトワーク、例えば般若やマリリンや狛犬などにしていきます。無意識で描きたい題材は、常に花や生きもので、そこから美と醜、愛と嫉妬、生と死など相反する二つのテーマを1枚の中に表現しています。モチーフは常に生きものたちで『beautiful foodchain』コンセプトに、自然の摂理の美しさを描いています。作品の表現手法は年々、ここ数年で、線のみの計算された細密画から、墨のにじみを使った偶然性を線画で活かした作品へと変化してきていますね。環境や心の変化が大きく影響だと思うのですが。それから細かい線画を描く理由は、おそらく気質だろうと思いますね。 デザイナー出身だそうですが、アーティストになったきっかけは?-きっかけは色々とありますが、第一には、きっとアーティストになりたい気持ちが強かったからだと思います。デザイナーとアーティストとでは、全く性質が違いますから。デザイナーとしての私は「柄に力を入れる」類の、非常にクリエイティブ志向の強いタイプでした。でも商業デザイナーに個性は求められない。決まったデザインを、決まった通りに、決まったスケジュールでこなしていくことが必要。それが、思ったよりもストレスだった。だからスタートは「ただ自分の描きたい絵を描きたい」という、本当にそれだけだったと思います。 そうして、すぐに絵を描き始めたのですか?-いいえ、最初は自宅で描いているだけでした。ストレス発散の意味合いが強かったですね。ただひたすら描く。今見返すと、その頃の絵は、すごく密度が高く見える。必死というか、鬼気迫る印象という方が近いのかな。本当にストレス発散だったし、負の感情を吐き出している感じでしたね。人に見せることなんか考えても見ませんでしたね。全く、これっぽちも。言わば毒素ですから、自分の(笑)。 それでも発表活動をされた、つまりプロのアーティストとしてスタートを切ったわけですよね。-認めてくれた人たちがいたんです、私の絵を。自分のネガティブが丸出しになった絵を「いいね」と言ってくれる人たちがいた。驚きでしたね。驚きだったし、有り体に言えば、気持ちが良かった。商業デザイナーでは、そんなこと絶対にないですから。ファッションでは取り繕いをしていたけど、絵画は裸。その部分を見せて、評価してもらえたことが嬉しかった。そんな時期に友人のアーティストを見たりして、その姿に嫉妬し、「自分も」と考えました。アーティストを目指したいと思ったのは、だから嫉妬心かも。それでもやるならプロとして、趣味ではなく、生半可な気持ちは捨てようと思っていました。やるなら、徹底的にやろうと。 作品は自己投影的と仰っていましたね。制作のプロセスは、当初から「無意識→意識」のように定まっていたのですか?-最初の頃は、もうひたすら描く、に尽きますね。平均したら1日15時間くらいかな。3日間描いて半日寝るとか、とにかく吐き出そうと思って。溜まっていたもの、湧いてくるものを全部吐き出したら、ようやくコンセプトが見えてきた。それが「自己投影」。ファッションとは逆ですね。そっちではコンセプトメークが先にあって、そこから組み立てていましたけど、私がアートでやっているのは自分自身を発見していくこと、つまり一番正直な自分を出すこと。どれだけ裸になれるか、どうやってその部分を引き出すかが重要になってくる。自分の経験がどういった形でアウトプットされるか、それを見てみたいんです。 ですが、ご自身の経験をベースにしているとインプットが大変じゃありませんか?-最初の3年で尽きましたね(笑)。30年の人生が、3年で底を突いた。でも、それは上澄の30年だと思っています。もっと掘り下げられると思うんです。自分の本質が何か、自分のベースが何か、この3年で自分の30年を振り返ることが出来た。3年かけて、ようやく自分が分かってきた気がするんです。だから、これから色んなものを取り入れ、新しくつくっていく。今は第二のスタートに立っている気分ですね。 最近では初期の細密画に加え、墨などを使用した作品も増えました。その変化は意図的なものですか?-私の作品は、やはり、私自身と連動しているから変わりはする。物質的にも精神的にも、昔と全く同じような絵を描けと言われても、それはすごく難しい。変わりはするけど、でも言えることは、今自分がやっていることに嘘がないということ。本当に疑問が湧かないんですね。さっきも話に出ましたけど、私の絵はいかに裸になれるか、自分に正直になれるかが重要。だから、それを基準に考えるのであれば、今やっていることに間違いがないことは断言できると思います。一方で制作や技法のことを言えば、まず大作や多作の点が課題ですね。以前は絵を描いて食べれること自体が幸せでしたが、今は目標をより上に置いているせいもあり、今後は作品の点数にも気を付けていきたい。他にも、例えば素材については常にアップデートをかけるように心がけていますね。水彩も試したし、銅版も油彩も、日本画も、あとは粘土など色々と試した。その結果、自分の性質に合うのが墨だなと。 3年間の制作と発表という形でご自身の整理整頓をして、新しい目標と課題も見えてきて、今は次のステップを目指されると。その目標は、もう具体的に見えているんですか?-私の作品は自己投影なので、やはり、将来のビジョンの全てがはっきりとはしていません。言えることは、それでも自分に嘘はないということ。制作では裸でありたいし、正直でありたい。だから自ずと出て来る自分の経験を活かしたいですね。先ほども少し出ましたが、私の絵は、無意識のレベルで言えば常に花や生きもの、その美と醜や生と死に言及しています。自分の見たいもの、見ようとしているもの、絵画として描きたい者が少しずつ明確になってきている。ようやく空っぽに慣れたので、これからは様々な経験を取り入れ、それを絵画に練り上げていく仕事が待っていると思います。多分、絵はどんどん変わっていく。今の私と、絵を描き始めた当初の私は違う。だから昔のような切羽詰まった雰囲気ではないかもしれません。でも、変わる部分があることが悪いとは思わないんです。むしろ環境や自分の変化を理解しつつ、取り入れつつ、いかに自分だけの絵画を描いていくかを考えていきたい。どう変わっても、私の場合は自分の活動に嘘がなく、疑問がなく、正直であるならば大丈夫なんです。私にとって絵は一番の裸の部分、正直な部分を見せることですから。

「100円から作品が買える仕組み」は世界をどう変える?「STRAYM(ストレイム)」が仕掛けるアートのゲームチェンジ

この記事について・「STRAYM(ストレイム)」は「100円から買えるアート」を提供するアートの分割保有型のサービス・「誰もがアートを買える世界」「アート市場の活性化」「転売時のアーティストへの利益還元」がミッション・広告/証券/テクノロジーのスペシャリストがチームメンバー SMADONA株式会社は「100円から購入できるアート」をコンセプトにしたプラットフォーム「STRAYM(ストレイム)」を2020年の末に正式ローンチすると発表した。  同社は2019年12月、広告などクリエイティブ業界に携わった長崎幹広をCEOとしてサービスをスタートさせた。アーティストのヒロ杉山ほか証券やwebシステム開発のプロフェッショナルなどでメンバー構成される同社の課題感は、主に2つ。・「アート購入者が一部の富裕層に偏っていること」・「日本アート市場の伸び悩み」 そして、そのソリューションとして同社が提案・開発・運営するのが、近年国内外に登場している「アートの分割保有」だ。 では、何が特徴か。 ネームバリューの高い作家/作品となれば悠に100万円を超えるアートは、必然的に、(借金でもしない限りは)その価格に見合う所得のある人々を買い手として流通する。が、そうして一部の人々の間でのみ流通することで評価の担い手もまた寡占的になってしまうことへの懸念が、同社の課題感の一つ。 「STRAYM(ストレイム)」では作品それ自体ではなく、作品に付随するオーナー権を販売対象とし、それを複数人が100円という少額から購入できるシステムを構築する点が特徴。「富裕層」以外の人々も作品購入ができる仕組みによって上記の課題を解決する狙いがある。 「少額から購入できるアート」を増やすことは、必然的に購入者の拡大に、そして市場それ自体の拡大につながる。「STRAYM(ストレイム)」のもう一つの課題である市場活性化へのソリューションだ。 一方、同サービスによって解決を目指すさらなる課題が、転売時におけるアーティストへの還元。アメリカ・中国・スイス・日本など西洋諸国を除く先進国では、現在、オークションなどにおける転売時の作家への利益還元が法的に保障されていない。「STRAYM(ストレイム)」ではサービス内にてこれを仕組み化し、オーナー権のリセールによって発生した利益の数パーセントをアーティストへ還元することで再分配の平等性を図る。転売において疎外されていたアーティストをその当事者にする考えだ。 今後は2020年の正式ローンチを目指し、21年にはサービスのアプリ化と英語他対応、22年には海外拠点の設置をマイルストーンに事業を進め、またオークションハウスと連携した施策も実施していく。「アートの買い方」をゲームチェンジさせる「STRAYM(ストレイム)」の取り組みは、経済を軸にしたアートの関係者図式を、大きく変化させるかもしれない。 参照URL:https://fundinno.com/projects/131

Quick Insight Vol.11無気力な少女たちを通して、現実における既存の意味をリセットしていく日本人アーティストmamoruが描く、物憂げな並行世界。

mamoruは無気力な少女たちを中心に、日常的でありながらどこかズレたシチュエーションをキッチュに描く。イメージを補足するように登場する言葉たちは、それ自体にメッセージ性はなく、無意義なフレーズもしくは画面を構成するための記号である。彼の作品に登場する無気力さや、無意義さなどは既存の価値を無視あるいは、リセットしようとしているようだ。 今回は、意味、価値、結果、理論などが求められる現代において、そうした社会的な有意義性からエスケープする彼の自由な視点とそのさきに広がるもう一つの世界に迫る。 制作を始めたきっかけはなんでしょうか。 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、緊急事態宣言やロックダウンがあり、家にいる時間が多くなりました。その時に家にいてやる事がなくて、いっちょ久しぶりに絵でも描いてみるかという事で始めました。 もともと美大に通っていたので絵は描いていました。 そもそも、美大に入ったきっかけも、絵を描くのが好きだったからです。でも、もとは大学に行こうとはおもってなかったんですよ。高校受験も推薦で入ったし、初めは大学に行こうなんて考えもしなかった。でも、美大は国語、英語と実技だけでいけるって知って、その時社会にまだ出たくないという思もあって、美大を受験したんです。 美大を卒業してからはCM制作会社に入社しました。私が就活をしたのは3/11があった年だったので、就職には苦労しました。結局、夏頃動き始めて3年間働き、その後、芸能事務所のマネージャーに転職して、今は、大阪で結婚指輪を作っています。 イラストを描き始めてからは、いくつかイラスト制作の依頼もあり、それらを断らずに制作してきた結果、法人の依頼を受けて、仕事が広がるきっかけにもなりました。そういった中で、海外からのお問い合わせもあって、TRiCERAに参加しました。 物作りをしたり、絵を描いたり、何かを生み出すというのが好きだからというのもあるけど、 承認欲求が高いように感じていて、インスタをやってるのですが、そこにイラストを投稿すると、いいねとかをもらえるんですね。それはわかりやすく、他人からいい評価をもらえてるという実感につながるんです。 現在の制作のテーマについて教えてください。 女の子を描いていくという事がテーマになっています。ぼーっとしていて、なんとなくクスっとしてしまうような女の子。ただ、表情を描く事が苦手だし、伝えたい事や強いメッセージが自分の中にあるわけでもないんですよね。だから、感情を強く表現するといういうよりはあえて無表情にしてる。見た人の想像をかきたてるように。 《dechi, H 30cm x W 30cm x D 3.7cm, Canvas Print, 2021》 作品詳細はこちら かわいい女性というアイコニックなモチーフについて、なぜ「無気力」な女性を描くのでしょうか。 さっきも少し話しましたが、大元は描けないからですね。笑顔を描くのは難しく感じます。本当は笑顔はしわがよったりするけれども、イラストでリアルに表現をしようとすると、うまく描けない。ちょっと気持ちわるくなったりするんです。だから、表情やそういったものがないということを一つの方向性としてやっていくことにしました。 《Floating, H 30cm x W 30cm x D 3.7cm, Canvas Print, 2021》 作品詳細はこちら 日常的な設定ながら、少し視点をずらしたような設定を描いているものが多いように思いますが、シーンの設定についてこだわりや意図があるでしょうか。 やっぱり、見てる人が面白いなと思うことが大事だと考えています。そのために、色々な資料を集めながらやっています。ポーズとか服装とか、髪型とか。そういったものを見ている中で、このイメージにマヨネーズを足したらおもしろいかもとか、いろんなアイデアを出していくんです。 あとは、インスタグラムでハッシュタグを調べたりもしますし、それを利用したりもします。誰も使ってないハッシュタグを使ったり、フォロワーさんが違うハッシュタグをコメントしてくれたりすることもあります。 例えば、《mayonnaise forever》(2021)という作品は、「ずっと真夜中でいいのに。」というアーティストがいるのですが、それを略して「ずとまよ」というらしいんです。 こうしたパロディー的なところが僕の作品にはあって、インスタに投稿した《The...

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