木曜日, 5月 6, 2021
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FALSE SPACES:FALSE SPACESとは何かを問う

TOKAS Project Vol.2 “FALSE SPACES”

TSUDA Michiko, “Journey”, NG Tsz-Kwan “Solitude Cinema Ver.3” Installation View, FALSE SPACES, 2019

東京芸術劇場本郷にて 東京を代表するアートセンターの一つであるTOKAS本郷では、展覧会を開催しています。 “FALSE SPACES” “FALSE SPACES “は、TOKAS Project Vol.2で企画された。 関係者によると、2018年から始まったTOKAS Projectは番組として 思索的に芸術や社会などに光を当てることを目的とした 多文化の視点からのテーマを、国際的な活動との連携を図りながら、世界に向けて発信していきます。 アーティスト、キュレーター、アートセンター、文化団体。

TOKAS「FALSE SPACES」では、ホンとコラボ。 香港を拠点に活動するインディペンデント・キュレーターのIP Yuk-Yiu氏と香港芸術センター(HKAC)が共同で開催する展覧会。 本展では、主に日本と香港のメディアアートに焦点を当てています。 をベースにしたアーティストたちと キュレーターIP Yuk-Yiuとキュレーターチームの共同キュレーションにより 本展では、日本人アーティストのITO Ryusuke, TSUDAの3名が展示されます。 Michiko, NAGATA Kosuke、香港からの3人のアーティストNG Tsz-Kwan, Stella SO そして WAREです。

日本と香港の現代アートシーンにおけるメディアアートの鑑賞が「FALSE SPACES」を通じて可能になったことで、一つの作品といえるでしょう。 この秋、日本の現代アートシーンで最も見応えのある展覧会のひとつです。また、キュレーションの面でも充実しているため、メディアアートだけでなく、「空間」をテーマにした展覧会となっています。

大都市である東京や香港は空間の問題に直面しています。それは、ジェントリフィケーションの問題であったり、過疎化の収束の問題であったりする。このような都市に共通する問題から、「空間」という概念を広げていくことができます。本展では「空間」に焦点を当て、多くの言説やアイデア、疑問を投げかけてきました。そのため、本展では、都市の場所をめぐる現実的な問題から、「空間」という概念そのものまで、「空間」を探究させています。展示作品の中には、実際の場所や文化が作品を通して見えてくるものもありますが、同時に「空間」という概念が再解釈され、仮想空間のような非実在の場所へと変換されていきます。

ITO Ryusuke, “Naturalism”, Installation View, FALSE SPACES, 2019

逆説的に「FALSE SPACES」というタイトルは、空間の特徴である「多様性」を指摘しているように見えます。メディアアートには多様性があり、空間にも多様性がある。メディアアートには、写真、映像、インスタレーションなどがある。同様に、「空間」には実用的な空間、課題、さらには抽象的な空間も含まれます。このように、メディアアートと空間という2つの大きな特徴を結びつけることで、展覧会の内容を豊かにし、面白い展覧会にすることができます。さらに、「東京」「香港」「都市」「メディアアート」「空間」の5つのコンセプトに注目していただければ、より楽しい鑑賞が可能となります。 FALSE SPACES」展は10月12日から11月10日まで開催されます。また、関連プログラムとして、2020年2月に開催される香港アートセンターのシンポジウムでは、その後の展覧会も予定されています。

NAGATA Kosuke, Installation View, FALSE SPACES, 2019

FALSE SPACES- TOKAS Projct Vol.2

  • 日程:2019年10月12日(土)~11月10日(日)
  • 時間: 11時~19時
  • 休館日:月曜日(10/14、11/4を除く)、10/15(火)、11/5(火)
  • 入場無料

記事を書いた人:Jeongeun Jo
韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動しています。

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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現代に残された「絵画を描く」こととは何か – 東麻奈美 インタビュー

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西村有紀子: 日本のシャーマニズム書家インタビュー

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共感し、生活に取り入れる-コレクションが生まれる時-

新規事業の多く携わる河本さんは、つい最近になってアートの購入を始めた。「作家さんとの対話から作品のコンセプトやメッセージに共感したことがきっかけ」と語ってくれた彼に、今回は作品購入のきっかけ、アートを買うことで得た気づきについて語ってもらった。 作品への共感性が購入の後押しになった 河本さんとアートの出会いを教えて頂けますか? -高尚な理由ではなくて恐縮なのですが(笑)、最初のきっかけは、友人に誘われて行った展覧会でした。その友人は作家をしており、初めての展示ということで会場に足を運び、そのまま作品を購入させて頂きました。 ファーストピース(最初に購入した作品)だったんですよね。 -ええ、そうです。それまでにもインテリアアートとして量産されている作品の購入経験はあったのですが、本格的なアートという呼称が適切か分かりませんが、いわゆる大量生産品ではない、一点モノのアート作品を購入したのはそれが初めてです。 前々から関心はあったのですが、購入するための手がかりもマナーも分からなかったし、「アートを買う」ということは身近なことでは無かったですね。 中島健太 匿名の地平線シリーズ 18.5 x 18.5cm アーティストの詳細はこちらから 購入されたきっかけは何だったんでしょうか。 -(購入までの距離が)縮まったきっかけは作家さんとの対話だと思いますね。作家さんのお話を聞くと、目で見えている部分の背後にもストーリーがあることを知れて、「なるほど、そう言うメッセージが込められているのか」とより深く理解できます。しかもそのメッセージと、僕自身の大事に感じている価値観との共通性を感じたんですよね。それで、思い切って買っちゃおうかなと(笑)。 家に飾ってみて良かったと思うことは、自分が共感するメッセージが込められた作品を毎日見ることになることです。その度に自分の考えを、どこか視覚的になぞる感じでしょうか。これは楽しいですよね。 コンセプトへの共感が大きなポイントになったんですね。 -メッセージに惹かれた点は大きいですね。個人的に、ビジョンやメッセージへの共感性は、普段から重視しています。例えば、前の会社に誘われた時も、そのビジョンに強く共感したことが転職の決め手でした。 上床加奈 blood6 30 x 120cm アーティストの詳細はこちらから 作品との関わりから、他に発見した点はありましたか? -アートと全く同じとは言いませんが、新規事業のマインドとは似ている点があるのかなとは思いました。ビジネスではどのような課題を、どのようなアイディアによって解決していくか、しかも具体的で解像度の高いプランが求められますけど、アートの作品一つ一つにも今までになかった発想や表現などの革新性がある。そのユニークさは似通っているのかな、と思います。 購入の際、コンセプトやメッセージ以外だと、どういう点が検討のポイントになりましたか。 -部屋との相性は考えますね。以前は友人を呼んでホームパーティーも頻繁に開催していたし、引越しも年に一回はしていたり(笑)、自宅に関してはこだわりがあるんです。昔からインテリアも好きだし、部屋と合うかどうか、これを考えることも楽しみの一つです。 アートもインテリアの延長線で考えられていますか? -いえ、また違いますね。どちらが上か下かという話ではないですが、アートの場合はメッセージを含めて生活に取り入れます。昔はインテリアアートも買っていましたが、それがあるかないかが両者の違いだなと、実際にアートを買ってみて感じました。 不動産の売買を、例えば部屋のコーディネート含めてすることもあってインテリアは結構身近なんです。だからインテリアももちろん好きですが、それぞれはまた違った軸で楽しむものかな、と。アートは機能的じゃないし、かと言ってビジュアルだけの話でもない。物の部分だけではない、作家さんの考えていることやそのメッセージ性も鑑賞出来るところは面白いなと考えています。 初心者にもアクセスしやすいプラットフォームの重要性 興味が出てくると新しい作品を探したくもなると思いますが、いかがでしょう。 -それはありますね。ただ一方で情報の問題もあるのかな、と。どんなアーティストがいるか、どんな展示がいつ・どこでやっているのかという情報の取得が難しい。取りに行かないと得られないというか、自然には入って来ない。もちろん業界的な情報網はあるのでしょうけど、外からではなかなかアクセスが難しいなという印象がありますね。ギャラリーも友人に紹介されるまで、行きづらく感じていました。 アートフェアにも参加したのですが、そこでは結局、買いませんでした。確かに参加しているギャラリーや出品されている作品の数は多かったのですが、欲しい作品には出会えなかった。作家さんと話す機会があまり持てなかった点もあるかもしれませんし、欲しい作品と予算が合わなかったこともあったり。何というか、諸々の条件にマッチした作品を探すことは難易度が高いのかな、と。初心者だと尚更かもしれません。買いたいけど探し方がわからない、みたいな。購入者としても参入障壁が高い印象ですね(苦笑)。 曾超 KK190612 53 x 53cm アーティストの詳細はこちらから 情報量の点ではネットの活用にもアドバンテージがあると思いますが、オンラインのアート購入についてはどう考えていますか? -価値の担保がハードルの一つだと思っています。インテリアならイメージやブランド、価格や自宅との調和感を指標にしますけど、アートにはより高度な情報が欲しいなと思いますね。 昔オンラインの英会話を受講していたのですけど、講師のプロフィール欄にはテキストだけじゃなくて動画もあったり、提供してくれる情報が多くて助かった覚えがあるんです。アートにもそういった工夫があってもいいかなとは思います。 「作品のメッセージ性が重要」という点と繋がりますね。 -そうですね、画面に表示されたイメージの奥を期待してしまう。あくまで僕個人の話ですけど。この色はどういう意図があって使っているのか、この線はどうしてこうなのかとか、作品の価値が伝わるより深い部分の情報は気になってしまいますね。 A.C.D Corbusier's Cyclone 51 x 61cm アーティストの詳細はこちらから 作品性の部分の他に、例えば河本さんは不動産の売買などもされていますが、アートにも投機的な目線を持っていますか? -なくはないですが、資産性を強く意識するほどの高額な作品はまだ買ったことがありません。もし購入する作品が何百万円となれば、その時の心持ちとしては、「投資にもなるし」というのは強い後押しになるかな(笑)。決して無駄遣いじゃないんだ、と。あくまで僕個人のレベルの話ではありますけど、出せる金額が一桁増えるかなとは思います。 今後、コレクションや購入のプランはありますか? -もちろん、良い作品と出会えればとは考えています。自分の目を肥すことも必要だと思いますね。作家さんと話をしてみて、その話が分かるくらいにはなっておきたいかな。作品の良さがもっと理解出来るようになれればと思います。

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人気が欲しいなら芸術と政治や宗教を一緒にするな」と言う人がいますが、それはナンセンスです。芸術は常に権力者、つまりパトロンのために、そしてパトロンによって利用され、育まれてきたものです。その支持や認知がなければ、芸術作品はそれだけで名声を確立することはできない。アーティストが自分のポリシーや好みを自由に表現することで、好意的に受けられる恩恵を受けることができるようになったのは、歴史的に見ても比較的最近のことです。 今日では、この非常に喚起的な品質のために、現代美術は表現の自由のアイデアで祝われています。実際、私は、アルゼンチンからこのようなアーティストを見つけ、支援するために、自由とインターネットのこの幸運な時代に感謝しています。ラザロ・フルタドの絵画は、理解者には心を開き、カタルシスを与えてくれる。作品とそのタイトル、それらは謎と答えのように連動している。彼のシュールレアリスティックな想像力と芸術的な実現のスキルで、アクリルと段ボールのシンプルなマチエールは、私たちに関係するのに十分以上のものです。 "観客は、作品の内的な性質を解読し、解釈することで、作品を外界に接触させ、創造的な行為に貢献します。" - Marcel Duchamp 皮肉とは、通常は言葉で表現しますが、芸術的な形でもあり、ドライなユーモアと現実をひねり出した表現方法です。皮肉の達人である南米の友人たちは、"私たちは堕落した社会のおかげで十分に練習してきたから、多少の笑いで一日を乗り切ることができるんだ "と言っていました。ラザロ・フルタドの人文主義的で哲学的な絵は濃密で、パンチがあり、まるで美味しいマティーニのようだ。ペンは剣よりも強し」と言われますが、私は付け加えなければなりません。Hurtadoは、人間性の混沌とした自己破壊的な性質を表現しているが、それを受け入れている。 "真の知恵は、人生や自分自身、そして周りの世界を理解していないことに気付いた時に、私たち一人一人に現れる。" - Socrates このアーティストが好きな方は、他にも好きなアーティストがいるかもしれません。... SEGUTOART ALL YOU NEED I$ LOVE by SEGUTOART55 x 45 cm Endika Basaguren The birth of Venus by Endika...

NO BORDER-もしくは横断する力について-

TRiCERAでは11月21日(土)から12月5日(土)までグループショー「NO BORDER」を開催します。この記事ではアーティストを選んだポイントや各アーティストの見所を解説したいと思います。 「分からなさ」を楽しむアート 今回はジャンルや線引きが難しく、型にはめて鑑賞することが出来ないような方々を選出しました。日本にも海外にも、それから今も昔も、アートにはいろいろなジャンルがあります。今回選んだアーティストは既存の枠組みからは説明が難しい方々が多いと思います。でも言葉に出来ないということは、それだけ新しさを持っているということの証拠かも。 目で見て楽しむことももちろんですが、その作品の魅力を言葉で楽しむことができる点は現代アートの特権かもしれません。絵具やキャンバスの裏側にあるアーティストの思考そのものを、ぜひ楽しんでみてください。 参加アーティストについて-注目するポイント- 平田尚也 | Naoya Hirata 平田さんは1991年長野出身のアーティストですが、特徴はなんと言ってもネット上から集めたデータを使って仮想空間で彫刻を制作するという姿勢。だから自分のことも彫刻家だと言います。平田さんは「空間性と時間性を持ったものが彫刻」だと考えていて、既存の空間や素材(鉄や木材)の捉え方が違うだけで、やっていることはトラディショナルな彫刻作品なのです。彼の作品は「デジタルとリアルは対義語なのか?」と考えさせられ、何より現代人である私たちにとっての空間や時間を問い直すきっかけにもなります。 預言者 2019 33 × 27.5cm アルミニウム合金にデジタルシルバープリント Edition1/3  作品の詳細を見る 畑直幸 | Naoyuki Hata 九州を拠点に活動している畑さんは、最近では被写体に色を塗って撮影するというスタイルで制作をしています。人間の目は光を反射によってものを見たり