日曜日, 5月 29, 2022
Home Curator’s Eye A.C.D - 色のメタモルフォーゼ

A.C.D – 色のメタモルフォーゼ

A.C.Dは、色や形を用いて絵画に視覚的な物語性を持たせることを探求しています。2019年よりアーティストとしての活動を開始し、アメリカでの展覧会や東京でのシンワオークションに参加するなど精力的な活動を展開しています。

フランス生まれ、現在はアメリカ在住。カリフォルニア大学デービス校で英文学の学士号を取得して卒業後、ニューヨークでファッションデザインを学び始める。ファッションデザインだけでなく、Cal Artsではタイポグラフィー、ロゴの歴史、文字などを学ぶ。蝶々を見たことがきっかけで、絵を描くことに興味を持つようになり、正式にアートの世界に足を踏み入れることになる。

A.C.D.の作品の特徴は、色ときれいな線のストロークです。彼女自身、四色の視覚を持っているので、他の人は一色しか見えないのに、オンバー、モーヴ、異なる色がそれぞれの色に融合して見えるのです。色相と彩度をコントロールするために、彼女は同時に色を塗り、混ぜています。彼女のユニークなビジョンが、彼女の絵画に使われている美しい色を生み出しています。


Metamorphosis
H 77cm x W 102cm
Acrylic paint on canvas
Intersecting Interception
H 51cm x W 51cm
Acrylic paint on canvas
Cheesecake
H 51cm x W 51cm
Acrylic paint on canvas
Letter C
H 92cm x W 61cm
Acrylic paint on canvas
Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

Most Popular

You Might Like

それぞれ異なる距離からの異なる視線

“Gaze and Distance” at KOTARO NUKAGA The Installation View of “Gaze and Distance” (2019) ©KOTARO NUKAGA, Courtesy of KOTARO NUKAGA パブロ・ピカソやポール・セザンヌなどの歴史的なアーティストと現代のアーティストの展覧会を見たことがあるだろうか。東京のギャラリー「KOTARO NUKAGA」では今月、そのような展覧会を開催したばかりだ。同ギャラリーでは、20世紀初頭から現在までのヌード絵画を中心としたグループ展「Gaze and Distance」を開催した。テーマが面白かっただけに、参加作家のリストも面白かった。 ポール・セザンヌ、パブロ・ピカソ、エゴン・シーレなどおなじみの作家をはじめ、トム・ヴェッセルマン、キース・ヘリング、マレーヌ・デュマなど20世紀を代表する作家が参加していた。また、日本のアーティストでは、藤田嗣治、斎藤誠、井田幸昌の3人がリストアップされていました。日本の新鋭作家の一人である井田幸正がまだ29歳であることを知れば、この展覧会のリストがいかに新鮮なものであったかがわかるだろう。今回の展覧会では、「裸体絵画」をテーマに、現代美術と歴史的な作品の両方を美術史の文脈で楽しむことができた。 ギャラリーによれば、ヌード絵画の歴史を辿ることは、美術の進化である美術史を振り返ることと同じだという。多様な身体描写は、20世紀のアカデミズムの終焉を経て、現代美術の始まりとして発展してきました。それはセザンヌから始まる。セザンヌのヌード画の作風は、当時の他の画家とは一線を画していた。彼は作品全体の構成のために、意図的に身体を絵画的要素の一つとして使用していた。三角形の構造を利用して構図を安定させ、人物と風景を調和させた「水浴客」シリーズは有名であり、現代美術の父と呼ばれるようになった。 身体描写の幅を広げた後、フォービズム、キュビスム、未来派、ダダなど様々な芸術運動が生まれました。例えば、パブロ・ピカソがセザンヌの浴場のシリーズに触発されて『アヴィニョンの若い女性たち』を制作したことは広く知られていますが、この作品では、セザンヌが描いた浴場のシリーズに触発されて『アヴィニョンの若い女性たち』を制作しました。 The...

自宅にアート 〜お洒落な飾り方 簡単ガイド〜

アートは空間に命を吹き込む 映画館を出て現実に戻って来た時、もしくは休暇から帰ってきた時の爽快感を覚えているだろうか?自宅にオリジナルの作品を飾るのも実はそれらと同様の効果があり、つまりはマンネリ化した退屈から開放し、活気を充填してくれるのだ。 突然にウィズコロナ時代へ突入し、自宅環境が整っていなかったことに気付いた読者も多いであろう。労働に食事、またリラックスも全てこなすには未整備の、我々の「新基地」をアップグレードするのも時に適う。意外やも知れぬが、アートは持ってこいなのである。 もし印刷された複製アートを持っているなら、代わりにオリジナル、原画の力を体感する最高のタイミングであるし、所蔵歴ゼロでも問題ない。スタートするには最善の時だ。 なぜ原画・オリジナルなのか? オリジナル作品には、映画俳優のような其々の個性やカリスマ性がある。その細部には、アーティストの旅路が記録され、例えば油絵であれば、絵の具の層に、また色の相互作用や感情的な筆致がその物語を語ってくれる。つまり原画には今も生きたエネルギーが宿るのだ。 選ぶのが難しそう? 部屋に飾るアートの選び方は、必ずしも複雑ではない。簡単な5つのステップで見ていこう。 最初の3ステップ 先ずは、部屋の目的を考えることから始まる。例えば、筆者なら「リビングルーム・歓迎の雰囲気」「ダイニングルーム・高揚感」「ベッドルーム・落ち着き」「キッズルーム・創造性」などを想像する。この目的別の雰囲気ゴールが北極星の様にアートとインテリアとの合わせ方を道案内してくれる。 第二に、スタイルを考慮するのも不可欠だ。分かり易く言うと、いくら有名なジャン=フランソワ・ミレーの「落穂拾い」も、モダンなスタイルのコーヒーテーブルと黒革のソファが置かれたリビングルームとは、とてもスタイルが合わない。代わりに、洗練された雰囲気で統一したければ、飾る作品にもスタイリッシュなものを選ぶのは言うまでもない。 第三のステップは、カラー・コーディネーション。難しそうに聞こえるかも知れないが、気構えの必要はなく、以下の様な質問を自問すればすぐにに解きほぐせる。「お気に入りのラグやカーテンにソファの色、あるいは床の色は?」「存在感が強いのはどの色?」等。そして、答えは「一貫性」であっさり解決。色のペアリングを意識するだけで、簡単にまとまって見えるようになる。  ここで、もう一つ例を挙げておさらいしてみよう。上の写真の部屋は、①くつろいだ雰囲気のリビングルーム、②スタイルは、家具のデザインと素材から判断するに、カジュアルでナチュラル。③の色合わせは、いくつかの色が見当り複雑そうに見える。だが、淡い色調のアートと部屋は、青みがかったグレーが主体となり、クッションの黄色、木の素材の茶色と言う色の共通点で繋がっている。それ抜きでは散漫に見えかねない部屋も、この作品によってかえって調和が取れているのがよく分かる。 第四ステップ:お楽しみの役者探し 場面は整ったので、楽しいアート探しの時間である。ひとつ一つの作品は個性的であり、役者の様に、所持者のキャラクターを表現するものだ。先に挙げた例では、リビングの軽快な絵からオーナーの温厚な人柄が想像できるだろう。自分に合った作品は見れば自然とピンと来るものなので、ここでは理屈よりも、心を自由にして直感的に探してもらいたい。例えば私なら、大胆な色使いと違素材のミックスに、創造的でのびのびとした個性を感じるから子供部屋には下の作品を選ぶ、と言った具合だ 最終ステップ:空間をマスターする 仕上げは部屋の理解である。大都市では贅沢な広さは中々取れず、こう言うと信じられないかも知れないが、アートを加えることで、限られた空間を「視覚的に拡張」することができる。その理由は、目の錯覚にある。空間に平行線を加えることで、広がりを感じることができるのだ。ソファの上など、横に開いた空間には横長の長方形の作品、廊下のような狭い空間には、縦長のものを吊るしてみるのがオススメだ。この行き止まり小路の様なダイニングルームは、タペストリーが無ければ窮屈に見えてしまう所を、縦ラインの強調で奥行きを演出している。(ちなみに、これもまたカラー・コーディネーションの好例なので参考まで。) 色も空間認識に一役買い、淡い色合いや風景のアートワークは、一般的に拡張効果を後押しする。一方で、鮮やかな色合いは目の注意を集中させる。 例えば、小さな寝室にシンプルな色配分の風景画を置くと途端に、深呼吸したくなる様なスペースの広がりを感じるだろう。 どこで探すのか? 我々は実に便利な時代に生きている。アートギャラリーを訪れるのは敷居が高く感じる場合でも、オンラインのマーケットプレイスがあるので心配無用。一般的に、価格やスタイルの範囲は従来のギャラリーよりも広範囲に渡り、便利なフィルターやキーワード検索で自由に閲覧できる。探せます。TRiCERA.NETもその一つで、東京を拠点に、若手からベテランまであらゆるステージのアーティストを世界各国から紹介している。アート業界のデジタル化が進む恩恵で、新たなお気に入りのアートを発掘するのは未だかつてなく身近となった。 ArtClipでは、趣味コレクターであり、自身もアーティストであるアメリカ人顧客とのインタビュー記事も掲載の予定だ。彼女のTRiCERAでのショッピング体験や、自宅にアートを購入する理由、どうやって選ぶのか等が紹介されているので、興味のある方々はニュースレターの購読をどうぞお忘れなく。 

渡辺おさむ: 日本の菓子作家インタビュー

“...誰にでもお菓子の思い出はありますよね。” 日本のカワイイ文化の中で、現代菓子アートの先駆者ともいえるアーティストがいる。2003年に東京造形大学を卒業後、独自のレジンホイップクリームやキャンディアートを追求している。渡辺氏は、自身が育った文化に触れながら、西洋の巨匠たちの作品を再構築しながら、繊細な手とパイピングバッグだけで、世界に一つだけの作品を丁寧に制作しています。その気まぐれな彫刻作品は、中国、香港、インドネシア、トルコなどで国際展を開催し、国内外で高い評価を得ています。 今回のインタビューでは、渡辺さんに、作品の原点、渡辺さんにとっての作品とは何か、そして今後の展望についてお話を伺いました。このインタビューは長さとわかりやすさのために軽く編集されています。 目次 幼少期にインスパイアされたアート 日本の現代アートシーンに居場所を見つける 未来への展望 渡辺おさむアートを購入する場所 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150003" 幼少期にインスパイアされたアート レジン菓子アートのスタイルはいつ頃から生まれたのですか? 18年前、美大に通っていた頃、自分だけのスタイルを模索していました。そんな時にお菓子の可能性を知りました。子供の頃から、お菓子の形や色が記憶に残っているのは、母が製菓学校で教えていたからです。 なぜパティシエではなく、このスタイルを目指そうと思ったのですか? 母の職業柄、お菓子はいつもたくさんありました。だから、自分で作ったり、お菓子作りを職業にしようという気にはなりませんでした。 日本の現代アートシーンに居場所を見つける “...誰も私の作品を美術品とは思っていませんでした。” <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150013" 自分の作品が美術品として認められないことを恐れたことはありますか? 自分の作品が受け入れられないことを恐れたことはありません。それよりも、人工的なお菓子を使った型にはまらない表現をしたことで、アート界がどう反応してくれるのかということに興味がありました。作品を作るという行為が好きなので、自分に自信が持てない時は、手を動かして作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけてきました。 従来のアーティストと比較して、このメディアを選択したことは、あなたのキャリアにどのような影響を与えたと思いますか? 私がこのスタイルで作品を作り始めた頃は、誰も私の作品をファインアートとは認めてくれませんでした。しかし、それにもかかわらず、私は作品を作り続け、発表し続けました。文化勲章を受章した美術評論家の高階秀爾さんの著書に私の作品が取り上げられたのをきっかけに、自分の創作を続けることの大切さを実感しました。 視聴者からの反応が一番充実しているのは? 最初の作品が売れた時はとても嬉しかったです。それと同時に、作家としての責任も感じました。自分の作品を買ってくれるコレクターがいるということは、アーティストとしての価値を保証しなければならないということでした。その時に、自分の作品に全力で取り組もうと決意しました。 最初に売った作品は何ですか? 樹脂製のホイップクリームで「枯山水」を表現した作品でした。東京都が主催するコンペに応募したのですが、当時の東京都知事に買ってもらったものです。 “...自分に自信が持てない時代に、自分の手で作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけました。” 作品を作る上で一番大変なことは何ですか? 最も難しいのは、樹脂製のホイップクリームでデコレーションすることです。思い通りの仕上がりにするために、2種類のパイピングバッグのチップを使い分け、グリップを調整してテクニックをコントロールしています。 有名な美術品を人工菓子で飾ることにはどんな意味があるのでしょうか? 知名度の高い作品を飾り、自分なりに表現することで、新たな物語が生まれます。 どの作品が一番好きですか? これまでに作った作品の中で一番好きなのは、日本古来の神話をモチーフにしたクニウミです。 伝統的に、お菓子は主に食べることで体験するものです。この体験だけをビジュアルアートに変えることは、あなたにとってどのような意味があるのでしょうか? 誰もが甘いものに好意的な記憶を持っていると思いますが、私は作品を通して、その好意的な連想を喚起することを目指しています。人は、お菓子の味や色、形などを大げさに想像したり、思い出したりしがちです。だからこそ、記憶の色を再構築することで、あの幸せな気持ちを呼び覚ますことができるのです。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150005" 未来への展望 “最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、ということに興味を持つようになりました。...” アートやビジョン、方向性は、始めた頃と比べてどのように変わりましたか? 当初は「楽しいから」という理由で美術を追求していました。最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、作品を作る意味は何なのか、ということに興味を持つようになりました。 個性的なアートを制作しているアーティストに、あなたは何を伝えますか? あなたのオリジナリティはあなただけのものですから、あきらめずにアート制作に取り組み続けることをお勧めします。作品作りは一生続けられるものです。だから、アーティストを目指す人たちには、無理をせず、これから先もずっと作り続けてほしいと思います。私もこの戒めを守るようにしています。 今後の抱負を教えてください。 今後も世界に向けて作品を発表し、私のお菓子アートの世界を発信していきたいと思っています。現在はインドネシアとフランスでの展示会を予定しています。また、今後も作品を作り続け、コレクターの方に作品の価値を高めていきたいと思っています。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150016" 渡辺おさむアートを購入する場所 TRiCERAでは、渡辺おさむの一点ものの作品を多数ご紹介しています。他の日本の若手アーティストについてもっと知りたい方は、現代美術のページをご覧ください。

Quick Insight Vol.2 – 浅間明日美 –

浅間明日美は、刺繍という技法を通して自分自身を、世界そのものを理解しようとする。「私は本能的なものと作品の間に立つ、器のようなもの」という浅間にとって、自分が捉えた根源的な感覚をスケッチし、布に縫い付け、その行為を繰り返す刺繍は、一つの祭儀的な意味がある。今回は制作の背景から現在の作風になった経緯について話を聞いた。 浅間さんは刺繍を使った絵画を制作していまね。刺繍はどこで学ばれたんですか? 実はまったくの独学なんです。誰かに習ったわけでもないし、専門的なルールに則っているわけでもない。自分なりの方法を模索し、見つけながらやっています。ただ独学なので、自分なりのルールはありますけど、でも知識として体系化はしていない。だからたまにワークショップを依頼されることもあるんですけど、教えることが出来ないんです 刺繍を始めたきっかけはなんだったんでしょうか? 元々はイラストレーターとして活動していたんですけど、 刺繍へ移ったのは、子供の病気がきっかけです。看病のために活動をお休みしていたのですが、でも制作はしたかったし、表現もしたかった。だけどペインティングの時間と場所を捻出することは難しかったんですね。どうにか生活に地続な方法で制作が出来ないか、と考えました。そしてたどり着いたのが刺繍だったんです。針と糸だけあれば、極端な話、台所でも出来てしまいますから。     本歌取りシリーズ-バッカス- 33 × 33cm, 刺繍・布・パネル 作品はこちらから   刺繍を続けている点はどこにあるんでしょうか? 一番は性に合っているからだと思います。刺繍は、それこそ同じ行為の繰り返しなんですね。同じような手の動かし方を繰り返していく。その反復よって自分のエゴを離れるというか、ある意味、瞑想に近い感覚があると思っていて。儀式のようなものかも知れませんね。刺繍という行為によって真理に近づける気がするんです。 その表現の方法は、表現の中身にも影響を与えていますか? そう思いますね。私の作品は社会的でも、何か政治的なメッセージがあるわけでもない。コンセプチュアルでもない...と思います。もっと抽象的な、自分自身の存在確認をしている感じです。縫っている時だけ自分を感じる、という身体感覚です。でも、そこにエゴはない。すごくシンプルなレベルでの存在確認なんですね。 冬ガール 25.8 × 31.8cm, 刺繍・布 作品はこちらから   エゴイズムのなさが大事なんですね。 私はどちらかというとインスピレーション型なんですけど、そうなると、頭に降ってきたイメージをどれだけ丹念に、どれだけ丁寧に自分の外に出すことができるかが大事になって来るんです。どれだけ純度が高い状態で作品化できるか。そこが重要なんです。作品のテイストも無垢さのようのなものを重視しているかも知れません。 本歌取りシリーズ-ジュリアーノ- 33 × 33cm, 刺繍・布・パネル     つまり浅間さんは、インスピレーションと作品の間に立つ存在なんですね。 だからこそ、私自身のエゴとか、好きだとか嫌いだとか、そういうことは前に出したらダメだと思ってます。自我が入ると濁ってしまう。怒っていても、浮かれていてもダメ。評価されたいとか、こう見えるだろうなとか、そういうことを考えてもダメで。作品が濁ってしまう気がするんです。 シュルレアリスムの方法論に「自動筆記」という、描き手のエゴを消すための手法があります。それに近いですね。私の場合は「インスピレーションがちゃんと形になるように案内する」感じでしょうか。実体のないイメージを、刺繍という方法で実体化させる。反復的行為で、ゆっくり、形を与えていく。そういう時に自分の好みとか、そういうのは入れないですね。自分の頭で考えるよりずっといい作品が出来ますから。「思いつく」→「スケッチ」→「キャンバスに刺繍」といった感じの流れです。 忍者 31.8 × 25.8cm,...

抑圧され、薄れゆく自己を見つめる。齊藤拓未インタビュー

公園の遊具、部屋の片隅、道端など日常のさりげない景色を虚心としたタッチで描いている齊藤拓未。「大人になるにつれ抑圧される自分がいる」と語る彼女は、自身の幼い頃の感性を呼び起こすような風景やオブジェクト、そしてそこに紐づく幼少期の自らの感情を少女の形姿に変換し、キャンバスに描き出す。今回はこれまでの経歴から自らの情緒性をベースにする齊藤の制作背景について話を聞いた。 齊藤さんは日常のスナップのような風景と少女を組み合わせたペインティングをメインに発表していますが、絵画の中ではそれぞれがどう関係しているのか、まずは作品の背景から伺ってもいいですか? 私の絵には女の子が登場するものとそうでないものがあるんですけど、女の子は私自身そのままというより、昔の自分につながる感情のような存在です。風景の方は幼少期のことを彷彿とさせるものが多いです。普段から景色とかものとか、どこか昔のことを連想させる何か見かけた時にはメモをしたり、カメラで撮影したりするのですが、それが作品のベースになっていますね。 WAITING ROOM, 2020, 29.7 × 42cm, Giclee Printing on paper, edition:50 齊藤拓未の作品はこちらから つまり少女はかつての齊藤さん自身のメタファーのように登場している。風景もかつてのことを連想させる役割をになっていますが、どちらも昔のことがキーポイントになっているんですね。  大人になるにつれて自分が抑圧されていると感じていて。それにつれて昔の自分なら持っていたような何かが流れていってしまうというか、どんどん自分がなくなっていく感覚がある。とても嫌な感覚なんですけど、それは。 でも風景とか、あとはモノですよね、そういう存在が昔の自分を思い出させてくれて。自転車を漕いでいる時に香ってきた落ち葉とか、雨が上がったあとの匂いとか、そういう日常的なものを通して昔のことを思い出せることがあるんです。「あ、これだ」というか、言葉ではうまく言えないんですけど、記憶が蘇ってくる感触がある。「あの時と同じだな」って。 その抑圧というのは人付き合いによって自分が押し止められるということですか。 ニュアンスは近い…かもしれないです。だんだんと集団でいることが嫌になっていくんですけど、でもそれに合わせてしまう自分がいる。「一緒に帰ろうね」とか「どこそこで待ち合わせね」とか、周りの友達がそう言ってくれることさえ少し窮屈だった。悪気があるとかはもちろん考えてないんですけど。 私にとって中高は空白期間で、思い出せる出来事がほとんどないんですよね。本当に、どうしてと思うくらい何もない。大人になるにつれて多くなると思うんですけど、そういう人付き合いとか、色んな制約とか、我慢しなくちゃならないこととか。でもそれに合わせているとだんだんと自分の中で何かが薄れていく感じがしていて、それにすごく危機感がある。「ああ、このまま自分が無くなっちゃうのかな」と。 friend, 2020, 45.5×38cm, oil on canvas そうすると作品はある意味で記録に近いようでもあるし、単純な風景や少女の描写ではない。 残しておきたいとしたら風景とか、目に見えてる何かというよりは感情の方ですね。女の子を描いていない景色も、あとはモノとかも、全て昔の自分につながる働きをしていて、だから人は描いていないけど、でも痕跡として残っているようには見せたいと思ってます。 だから「風景と女の子の絵ね」と思われがちな気がしますが、でも状況を描きたいわけではないんです。 経歴の話に少し移ると、齊藤さんは日本画を学ばれてますね。もともと日本画が志望だったんですか?  というより、最初はイラストの方でした。中高と漫画研究会に所属していたのですけれど、でも漫画というよりはずっとイラストを描いていました。その頃からなんとなく女の子の絵とかは描いていましたけど、当時は本当にイラストで。  でも周りの子みたいにものすごい詳しいとかでもなかったし、好きなイラストレーターの人の挿絵がある本は読んだりしてたけど、でもどっぷりという感じでもなくて。だから中途半端。  高校一年生の頃からぼんやりと美術系の大学に進みたいと考えていて、イラストを描いていたせいもあると思うんですけど、特に平面的な表現ができるなと思った日本画を選びました。どちらかというと画壇系の盛り盛りな感じよりはフラットな表現が好きだったし、受験の頃から立体的に描くのがすごく苦手で。デッサンとかも本当に苦手なんですよ。  現在ではアクリルや油彩を使っていますが、マテリアルの扱いに関しては文法が大きく異なると思うんですが、違和感はなく?  学部の頃は日本画の画材を使ってたんですけど、でも岩絵具を使っていると「なぜ使うのか?」のような意味づけを求められてしまう。あとは学部の頃から女の子を描いていたんですけど、日本画材でそれをすると美人画の文脈で受け取られてしまうんじゃないか、と。そちらに進みたいわけではなかったし、自分の描きたいものを考えるとアクリルでも問題なくできた。だから画材から描き方までけっこう変えましたね。 昔は髪とか顔とか、もっとディティールを描き込んでいたんですけど、もっと単純化させ、平面感を強める方向にシフトしました。普段描いていたドローイングがそれに近かくて、ノートにちょこちょこと描いていたものをタブローとして描いてみようと。結果的にそっちの方が自分にとって苦じゃなかったんですよね。 ただルールというか、自分で制限はもうけているとは思います。もうできないことはあまりしないようにしよう、と思っていて。色合いも薄くして、場所によっては色鉛筆を重ねてみたり、曖昧になってしまうので特定の方向に強めるような感じです。 忘れる, 2020, 31.8×41cm, oil on canvas  現在の風景と少女の組み合わせを画面に持ち込んだのはいつ頃から?  2年前くらいです。学部を出た頃かな。その頃は写真で切り取った風景とかを入れたり、少し画面がごちゃごちゃとしていたんですけど、それも幼少期という時間に設定しようと決めて。  よく分からない感じというか、より複雑にはしたいと思ってますね。ただでさえ平坦なタイプなのでペラペラになってしまいがちになる。もっと分かりにくく、もっと複雑に、とは気をつけているかな。その方が何回も見たくなると思うんです。でも最近はそのまま描きすぎているかな、とも。  作品と自分自身のつながりが強いことに抵抗はありますか?  個人的な作品になっているということがですか? それは前に少し悩んでいて、というか、今も時々は考えるんですが…。 あまりにも描いていることが個人的過ぎるのかな、と。ただマイクロポップの作家さんのように、あとはナビ派の人たちとか、いつの時代にも個人的なこととか、身の回りのことを描く人たちはいるのかなとも考えていて。自分の描きたい作品とか、描いていて無理がない作品について考えるとそっちなんじゃないか、と。あとは納得の問題だとは思うんですけど。 個人的なことを描いている作家は好きですか?  好きですね。個人的というか、さりげない、身の回りのものを使った作品と日常の断片を描いている方々は好きです。この間ワタリウムでやっていた青木さんとか、西村有さんとか、古いところでいうとドニ、ヴュイヤールとか…。  モランディも好きです。いつも画集は近くに置いてます。あとはナビ派の人たちはやっぱり好きですね。テーマとかモチーフの点ですごく参考になる。それから画家ではないんですけど、青山静男さん。子供を描き始めた時に一番影響を受けたし、今でも見失いそうになる時によく見ています。  イラストをずっと描いてきたということですが、イラストの遺伝子は自分の絵画に感じますか?  …どうだろう。でも、確かに言われる時はありますね。「イラストだね」とか、そこまで露骨なわけじゃないですけど、でも言われます。  ただ最近はどっちもかな、とは思います。イラストとも言われるし、絵画とも言われる。確かにイラストはずっと描いてたので、その感じがあっても不思議ではないと思う。好きなイラストレーターの人とかもいますし。だから最近は中間でいいかなって考えていて。 イラストと絵画の中間を。 どっちの要素もあっていいんじゃないかって。どっちの要素もあるんなら、それはそれで本当なんだろうし。 描いている少女には表情が描かれていませんね。  描いている時の自分は冷静なんです。だから描かれている人物には表情がない。そこには距離があるんですよね。前に絵を見てくれた人から「齊藤さん自身は諦めている感じだね」と言われて、それはそうかもなと思いました。女の子というか、子供が登場している理由はさっきも話したと思うんですけど、でも子供を描いている理由自体はコンプレックスというか…、どこか憧れに近いのかもしれないです。子供であることに対しての憧れ。 やはり幼少期の自分自身や現在の自分を取り巻く環境とか、あり方に対する強く関係している。  やっぱり今の自分と小学生の頃の自分が地続きでない感覚がどこかにあって。小学生の頃の写真とか、先生からのコメントとか見ているとずっと明るいんですよね。「ああ、そうだったんだ」って。環境も変わったし、自分が変わってきて、昔から大人しい人もいると思うんですけど、私は変わったんだなって。 午後の公園, 2020, 33.3×33.3cm,...

Don't Miss

仲介者としてのアーティスト

刺繍の手法で制作するAsami Asamaは、自分のことを「器」と表現しています。Asami Asamaによると、インスピレーションに忠実に作品を制作することが大切だという。自身をシャーマニズム的なスタイルと称しているからこそ、作品は純粋さを保っているのだそうです。 Asami Asamaの作品は刺繍を中心に制作されていますが、これは最初から習っていたものなのですか? -いえ、最初は一人で絵を描くところから始めました。元々はイラストレーターの仕事をしていたのですが、自分のオリジナルの表現で作品を作りたいと思ったのが、クライアントの仕事をしていたのではなく、アートの仕事にシフトした理由です。 子供の病気がきっかけで刺繍に転向しました。その間、作りたいと思っていても何も作っていませんでした。しかし、絵を描く時間と場所がなかなか取れない。アーティストとしての生活とプライベートを両立できるのは、刺繍だけだと思いました。 Honkadori Bacchus, 33×33cm 刺繍は生活の中で気軽に取り入れられる芸術表現だったんですね。刺繍も独学ですか? -そうですね、独学なので、ワークショップを頼まれても人には教えられないんですよ。自分なりのルールや方法はありますが、特に決まっているわけではありません。作品の作り方は自分の生活の中で出会ってきたものなので、ちゃんと刺繍を習っている人とは違うかもしれません。それに、私は表現を大切にしているので、クラフトやハンドクラフトにはなりたくないんです。 刺繍という手法を使った作品」である以上、アーティストとしての視点は必須です。それについてはどう思いますか? -私の作品はどちらかというとひらめき系です。シャーマニックというと変かもしれませんが、自分の中でアイデアが「降りてくる」という感じです。頭の中にモチーフが降りてきて、それをどうやって作品としてアウトプットしていくか。それが僕の創作スタイルです。 Enlightenment, 33×33cm つまり、アーティストがインスピレーションと作品の間に立っているような気がするんですよね。 ーーそれはあくまでも僕の場合ですが、だからこそ精神状態が大事なんですよね。作家の精神状態とか、目に見えないものが作品に繋がっていると思うんです。だから、自分の状態が不安定な時は、必ず作品に反映される気がするので、絶対に作品を作らないようにしています。朝は「お清めの儀式」をすることが多いのですが、純粋なインスピレーションを得ること、どれだけ純粋な作品になるかが大事だと思っています。 昔は「アーティストというよりシャーマンみたい」と言われることにコンプレックスを持っていましたが、今はそんなことは気にならなくなり、頭で考えている時よりもずっと良い作品が作れるようになり、アイデンティティのようなものすら感じています。 私の作品の流れは、「考える」→「スケッチする」→「キャンバスに刺繍する」です。いつも夜中や明け方に新しいインスピレーションやアイデアを得て、それを忘れないようにすぐにスケッチしています。 Honkadori Giuliano, 33×33cm 最後になりましたが、「The」の中で何か変えたいことはありますか? -いや、特にないですね、自分の作品には原型があって、それをどうやってキャッチして仕事に移せるかが問題なので。だからこそ、心と体には常に気をつけています。肉体的にも精神的にも体調を崩していたら、良い作品は作れないと思うんです。良い「器」になることがとても大切なんです。

コレクションをすることの楽しさとは?

獣医のNengさんは、つい最近、新しいお気に入りアーティストの作品を購入した。アーティストとの出会いや買い物の体験談を語ってくれた彼はまた、インタビューを通して、思いもよらない嬉しい発見もあった。さて、その発見とは。 アートを購入されたのは初めてですか? – 美術品を買うのは2、3回目ですが、TRiCERAでは初めてです。 作家のHiroki Takedaさんや作品を選んだ理由は何ですか? – 彼の作品と、彼が描く動物たちがとても好きなんです。彼の作品はとてもカラフルで美しい。また、ウミガメの背中に花をつけていたりと、その創造性に惹かれましたね。 TRiCERAのことは、ソーシャルメディアや広告などでどこで知りましたか? – SNSはインスタグラムしか使わないのですが、ある日、ブラウジングしていた時に、たまたま彼の作品の投稿が目に飛び込んできたんです。それがきっかけで、TakedaさんとTRiCERAを知りました。 なぜ弊社で購入しようと思われたのですか?やはりその作品が目に留まったから、もしくは何か他にも理由があったのでしょうか? – そうですね、実は最初、その投稿も単にネット上だけの投稿・写真だと思っていて、販売中のアート作品だとは知らなかったんです。だから、実際に買えると知ってすぐにウェブサイトに飛びました。彼のアートが大好きだったので、すごく嬉しかったですね。 お気に入りアーティスト発見の一助となれて光栄です。弊社サイトでのお買物体験はいかがでしたか? – 簡単でしたし、特に問題はありませんでした。あと、購入時にスタッフの方がアドバイスをしてくれたので、それも助かりました。 はい、私共はお客様のお手伝いやご案内にも力を入れているんです。 – そうだったんですか。実はですね、また彼の作品を買いたいと思っているんです。私は獅子座なので、ライオンの作品も良いな、と。本当は、背中に花を咲かせたウミガメの物が本命なのですが、サイズが合わないんですよね。ちょっと希望より小さすぎて。 例えば希望の作品サイズについても、作家さんと交渉して、コミッションワークをしてもらえるか話をしている最中です。 – そんなことが出来るんですか? それなら、私が購入した作品と同じような大きさで是非お願いしたいですね。 まだ可能かどうかわかりませんけど、もしも決まったらご案内させて下さい。 – はい、ぜひともお願いします!それは最高に嬉しいです。 先日の作品はご自宅用、それともどなたかへのプレゼント用に購入されたのですか? – 自宅に置いています。家にアートがあると、見ていて落ち着くし、幸せな気持ちになれるので好きです。自分にプラスの影響を与えてくれると言うか。 ご自宅での保管ですが、彼の作品は水彩画なので、直射日光が当たらない場所に飾る様ご注意くださいね。 – 気をつけます、大事なポイントですね。 はい、ご購入だけでなく、保管方法やその他アドバイスも含めてのお手伝いを心掛けておりますので。インタビューありがとうございました。ご依頼の作品につきましては、詳細が分かり次第ご連絡差し上げます。 – よろしくお願いします!まさかこんなお願いができるとは思いもしませんでした。ありがとうございました。 グローバルマーケットプレイスのTRiCERAでアートを楽しみませんか?  TRuCERAアートでは世界80カ国以上のアーティストによる16,000点以上の作品を楽しむ事が出来る アジア最大級のグローバルアートマーケットプレイスです。 あなたの運命の作品を探すきっかけの場所としてTRiCERAは日々進化しています。 画像をクリックしてあなただけの作品を見つけに行きましょう。

ユニークで魅惑的なペーパーアートの世界-パート-1

子供の頃、紙を使った工作は楽しかったですか?私は確かにそうでした! 折ったり、切ったり、接着したり、組み立てたり、色を塗ったり、お絵かきしたり。その可能性は大人になるまで無限大だったように思います。大人になってからは、電話を受けるときにメモを取ったり、パソコンに貼り付けて期限を知らせるものになりました。それは、トイ・ストーリーを見ているときでない限り、その魔法を失ってしまった。私は最近、魔法がその完全な栄光、ペーパーアートの領域で生きている天国のような場所を見つけました。老いも若きも紙を愛する皆さんと、それを共有させてください。 紙に光を当てる紙はアートを包含するメディアであるだけでなく、創造性の呪文を唱える素材でもあります。ペーパーアートの代表的なものといえば、切り絵でしょう。私もその繊細な仕事と素材の優しい質感が大好きです。(TRiCERA.NETで「紙」と検索して「素材」でご覧ください) しかし、この二人の作家が引き出す可能性を実感することは、夏の暑い日に氷河の湖に浸かるような、大人の私の目にはとても爽やかなものだった。テツジ山下 - 彼の比類なき技法は "ペーパーキルト "と呼ばれています。Lacy Barry - 生き生きとした人物像を "紙の彫刻 "と呼んでいます。 目に映るものを深く掘り下げ、それが語るものに耳を傾けるテツジ山下は、天職を見出したアフリカからインスピレーションを得て、国際的に活躍する日本のアーティストです。一目見て、その質感が飛び出さなければ絵画かと思ってしまいそうになりました。アフリカの部族的な色使いやモチーフから、何か複雑に織り込まれた布なのだろうと思っていましたが、そうではありませんでした。勘違いしていました。それは非常に複雑で詳細な、非常に細心の注意を払って紙の大きな部分に層になっている、切り取られた紙のすべての小さな部分です!彼の舞台裏ビデオは、彼の手仕事がいかに正確であるかの完璧なショーケースです。  https://youtu.be/H4tG-SOuHQ8 彼の作品をさらにユニークなものにしているのは、彼のオリジナルの詩が視覚的な作品に添えられていることです。永遠に続く物語のメッセージが、まるで人間の無常を象徴するかのように、彼の作品を完成させているのです。彼は「紙は生きている」と言います。この微細な紙片は音符のようなものであり、作品は楽譜である」。確かに、彼の壮大な紙のオーケストラと叙情的な詩の調和のとれた音が聞こえてくるような気がします。目にしたものを掘り下げて、それが語るものに耳を傾けてみてください。  束縛されない活気と都会的な洗練さカナダの大自然の中で育ったレイシー・バリーは、"色鮮やかなオーロラから地元のファーストネイションズ族のカラフルなセレモニードレスまで、自然と文化の驚異を体験した "という。彼女の素晴らしい立体的なペーパーアートは、彼女が目の当たりにした美しさを結晶化しています。山下哲治の作品とは異なり、紙が素材であることはすぐにわかる。しかし、それが紙であることには目を疑った。羽の形をしていたり、花の形をしていたり、建物の形をしていたり。子供の頃は複合折り紙や牛乳パックのロボットを作っていましたが、これは全く別のレベルです。彼女の紙や段ボールを使った工学の達人ぶりには限界がありません。 また、束縛されない躍動感と都会的な洗練さを巧みに融合させた作品にも注目したい。例えば《ユニコーンの翼、プレート1番》の大胆な色使いやグラデーションは、大自然のエネルギーが生き生きとしています。彼女が見たであろう様々なオーロラの濃淡を想像してしまうほどリアルです。花の壁掛けシリーズは、優雅な花を囲むような部族的で幾何学的な模様が際立っています。彼女の作るウェアラブルアートは、土着的なモチーフを持ちながらも、その解釈は現代的である。この芸術的本能こそが、彼女の "多面的なアーティスト "と呼ぶにふさわしい資産なのかもしれません。彼女のアートワークは冒険的に見えるかもしれませんが、磨かれたものはあなたの日常を飾るでしょう。  紙はアートのための媒体であるというだけではありません。彼らのようなアーティストがいると、私たち美術愛好家は、ペーパーアートの領域から目を離すことができません。1つとして、私はあなたが今後のアーティストに掲載されます。このようなより多くの楽しい発見のために、私たちのArtClipニュースレターを購読することを忘れないでください For more artworks by Tetsuji Yamashita, click here https://www.tricera.net/artist/8100122For more...

「全てのアートプレイヤーにとってパートナーでありたい」株式会社between the arts CEO/Founder 大城崇聡

「全てのアートプレイヤーにとってパートナーでありたい」 そう話すのは、日本初のアート管理サブスクリプションサービス「美術倉庫」を展開する株式会社between the artsの代表取締役CEOの大城崇聡さん。もともとアートコレクターだった大城さんは「コレクションを管理してくれるスキームが日本にない」と感じたことをきっかけに事業を立ち上げた。 現在では元麻布にアートコレクターのための展示スペースも構えるbetween the artsの起業の背景、抱える課題意識について代表の大城さんに話を聞いた。 「自分も使ってみたい」がきっかけに まずは起業の経緯についてお聞きしたいと思いますが、もともと大城さん自身はアートコレクターだったそうですね? もともとファッションが好きで、その延長と言いますか、7年くらい前から作品をだんだんと買い始めました。ストリートカルチャーに繋がりのある作家さんが多かったですね。当時はKYNEさんとかまだまだ出始めの頃だったかな。だから、最初は一介のコレクターでした。仕事も不動産関係。職業的にはアートとは全然違うところにいました。 起業は2020年ですが、コレクターからアートビジネスのプレイヤーに至った経緯はなんだったんでしょう? 一重には「もし存在したら、自分が使ってみたいサービス」を思いついたことですね。1人のコレクターとして現在の事業のようなサービスがあったらいいなと感じたんです。だから最初はごくごく個人的な思いつきです。 というのは、実際に私もコレクションの保管や管理に悩んでいたから。日本の美術業界を「作品を購入する側」、言い換えると「作品を保有している側」から見ると、少し痒いところに手が届かないというか、実は足りない部分って意外と多いんじゃないかなと感じていたんですね。 何となく想像はつきますが、保管場所についてですか? そう、どのコレクターにも共通する悩みです。コレクターの性と言いますか、やはり作品をたくさん買うし、たくさん保有するわけです。当然ながら家の壁は埋まっていく。やがて「飾る場所がない」という問題に突き当たる。 私自身もそうだったし、だから当時は倉庫も検討したんですが、でも少し高価な印象があった。いわゆるビックコレクターには妥当な価格かもしれませんが、サラリーマンコレクターのようなクラスにいる自分には合わなかったんです。 それでも作品は欲しい。 まさしく(笑)。 これはとあるコレクターの方から聞いた話ですが、その方曰く「何を持っているか分からなくなってこそコレクターだ」と(笑)。 それは極端な話だと思いますが、でも自分を例に考えると、やはりインテリアのように飾ることを想定して買っていないことは事実なんですね。「欲しい」と思ったら買う。そこには実用的な目的意識はない。家の壁に合うとか、他の家具に合うとかではなく、自分がその作品に納得し、欲しいと思ったら買う。だからある意味では家の中に置く場所がなくて当然だと思うんです。 作品は展示に貸出をしたりするので、中には家にある方が稀という作品もありますよね。 でも一方で危険だなと思うのは「あれ、あの作品って持ってたっけ?」となること。つまり自分のコレクションの把握が不可能になってしまうことは危ないと思っていて、それは作家さんへのリスペクトという点でもそうですが、その後の購入やコレクションの形成にも支障をきたしかねない。 「飾る場所がないこと」と「コレクションを把握してないこと」は別問題ということですね。 おっしゃる通りです。現実にたくさんの作品を保有するコレクターはいて、しかも作品を買い続けている。でもコレクションの数が多くなればなるほど、その把握は困難になる。 極端な話ですが、その究極系がコレクションの散逸ですね。 そう、でもせっかく形成したコレクションがそんなことになってしまうのは勿体ないというか、悲しいことだと思うんです。文化的な損失はもちろんですが、アーティストにとっても悲しむべきことだし、コレクターにとっても資産が失われることを意味してますから、誰にとっても歓迎すべきことではないですよね。 私自身もその問題に直面しかねなかったし、そう考えると危ういな、と。だから最初は「あったらいいな」なんです。自分のコレクションを適切に管理してくれるサービスがあったら良いな、と。自分も使ってみたいという、その気持ちが今の事業を始めたきっかけですね。 「不動産は管理会社があるのに、アートにはない」 先ほどのお話だと、between the artsさんの事業は作品を預かるだけではなく、「コレクションの把握を手伝う」ような、ある意味では資産管理に近いニュアンスを感じますね。 いや、まさしくそこが重要なポイントです。私たちがしたいことは「作品を預かって保管する」だけではない。その先にあるコレクションの管理を見ているし、そここそが今の日本のアート業界にとってまだまだ不足している部分だと思ってます。 作品を預けることと、作品を管理することにはどういう違いがあると思いますか? ここのニュアンスは複雑です。倉庫を借りて作品を預ける、これはほとんどお客様だけで完結してることだと思うんですが、でも「コレクションの把握」は満たされていない。結局は自己管理の話ですから。 作品の保管だけではなくて、本当に必要なのは「自分が何を持っているのか?また、それらの価値はいまどうなっているのか?」を知ることだし、作品を持ち続けるということには色々なイベントも伴う。その全体をカバーしてくれるサービスやプレイヤーが日本には欠けていると思うんですね。 倉庫での保管の様子 細やかな発想だと思いますが、着想源はどこにあるんですか? 不動産の管理会社ですね。 もともと私がその業界にいたことが大きいのですが、不動産にはアセットマネジメントという考え方があり、保有している不動産を管理する仕組みが出来ているんですね。 不動産もアートも高単価ですよね。でもなぜか後者には資産管理という観点が欠けている。正直に言うと、アートは全体的に不動産よりも管理体制が雑な印象が否めなかった。事業として本腰を入れてやろうと思ったきっかけの一つはそこですね。 不動産とアートで似通っている部分もあれば、その反対もあると思いますけど、戸惑うことはありますか? 大きい違いとしては法律でしょうね。不動産は法整備がされていて、そちらを主なルールにして事業展開すれば大きな間違いは犯さない。けれどアートにはそれがない。でも全くルールがないわけではなく、諸先輩方が培ってきた不文律の決まりはある。事業として展開していくにあたってはいわゆる業界の掟のようなものには気を遣いますね。 例えばアートの仕事を始めようと思った時、アーティストが所属するコマーシャルギャラリーの方向には行かないようにしようとは考えていました。もともとは「アートもちゃんと管理した方がいいよね」という、1人のコレクターとして思ったことを実現したいだけなんです。 業界のポジショニングには気を遣われているんですね。 ポジショニングというか、単に「もっとアートの世界をよくしたいよね」と思っているだけです(笑)。 課題が多い領域ですし、競合しあうのではなく、手を繋ぎあう方が優先されるべきだと思うんですね。 だから、基本的には全てのプレイヤーにとってパートナーになりたい。現実問題、これがすごく難しい発想だというのは分かります。でもコレクションの管理にはまだプレイヤーがいないし、そう競合し合うこともない。ギャラリーからお客様へのサービス提案のひとつにうちが入れたら嬉しいし、みんな困ってる領域ですから。 これも理想ですが、私たちが関わることで作品のバリュエーションが上がってくれれば良いと考えています。それは資産的な意味だけではなく、文化的な側面でもそうですね。 具体的にはどういう意味でしょうか? データをおさえることですね。個々の美術品にはそれを制作した作家さん、タイトルやサイズ、どこで買ったのかなど、様々な情報がある。作品の情報だけではなく、その来歴も重要な情報です。作品をお預かりすれば、例えば美術館への貸し出しなど出入りはある。その情報をしっかり管理する必要はあると思います。 自分のコレクションの把握や管理ができない状態を回避するには、そのデータを適切に管理することが必須になってくるでしょうからね。 他にもコレクションを展示するスペースもオープンされましたね。日本でもコレクターがオープンな姿勢をとることが増えた昨今のニーズをおさえている印象があります。 「自分のコレクションを見せる」という願望はあると思うんです。私自身がそうだし(笑)。なぜなら良いと思って買っている作品だし、それを同じ価値観を持っている人たちに共有したいというのは自然な気持ちだと思います。 港区元麻布にオープンさせたレンタルアートギャラリー「between the arts gallery」では、特定のコレクターにクローズアップしたコレクション展などを定期開催しています。自宅や倉庫に作品を眠らせておくよりもずっと健全な楽しみ方だと考えていますね。 レンタルアートギャラリー「between the arts gallery」 それも一つのコレクション管理のあり方ですね。 おっしゃる通り、自分が持っている作品をどのように管理するか、そこには展示のような動きを与えることも選択肢にある。そういった幅広いコレクション管理のあり方も提案していきたいと思っています。 重要なのはあくまでも美術品、アート作品を扱っているということ。不動産やその他の資産と同様の部分はあっても、アートの特質はおさえなくてはいけない。 日本のアート業界には色々なところに、色々な課題はあると思います。一つの会社が全部を解決することは難しいですが、私たちが取り組むのはあくまでも「コレクション」という領域にある問題。アートはインテリアとは違います。適切な管理は絶対に必要だと信じています。 大城崇聡 | Takatoshi Ogi 株式会社between the arts CEO/Founder 一般社団法人日本アートテック協会 代表理事 不動産テックカンパニーの創業に携わり、東証1部上場を経験。クラウドファンディング事業やトラベルテック事業などの新規事業の立ち上げや事業拡大を牽引。2020年1月、株式会社between the artsを起業。自身のアートコレクターとしての実体験を元に、アート作品の管理、保管、流動性に関する問題点を解決するため、日本初のアート管理サブスクリプションサービス「美術倉庫」を展開。歴史の長いアート・美術業界にテクノロジーをもたらし、日本のアート市場拡大への貢献を目指す。

Feature Post

クリップしておくべき展覧会:Rina Mizuno.

Photography by MIYAJIMA Kei About Mizuma Art Gallery 1994年にSueo Mizumaによって東京に設立され、流行にとらわれない独自の視点で、日本とその周辺地域のアーティストをグローバルな舞台で紹介してきました。 よりグローバルな視点でアーティストを紹介するため、2012年にシンガポールにスペースを開設し、インドネシアやニューヨークにもスペースを持ち、アートバーゼルや国際見本市への出展も意欲的に行っている。 MIZUNO Rina, A Tile Flower, 2019, Oil on canvas, 53 × 53...

アーティストは都市を実験しています。

大分県南部の別府駅から歩いて行ける距離にある「別府駅前市場」にアートスペースがあります。名前は「GENJITSU」。県内在住のアーティスト畑 直幸さんが運営する実験的なアートスペースです。 "GENJITSU "は、元々大分県に住んでいた3人のアーティストからなるアートグループです。メンバーはHiroaki Azuma、Takanori Suzuki、畑直幸の3人だったが、他の2人は転居を機に脱退していた。畑は「GENJITSU」のメンバー変更を受けて、アートグループからアートスペースへと道を変え、新たなスタートを切ることを決意しました。 "自分たちの作品を発表し、自分たちを高めていくことが何よりも大切です。他の国のアーティストを呼んで、試してみたいと思います。また、立地も重要で、商店街の立地が適していると思います。例えば、通りすがりの人や向かいのお店に見られる。彼らは不思議に思うし、そこから生まれるコミュニケーションを大切にしたい。私たちのための実験、街のための実験だと思っています。" 今では唯一のメンバーとなった畑はそう言う。彼の目的の一つは、アートを日常生活のような広い枠に落とし込むことだ。"GENJITSU "はアート空間であると同時に、ムーブメントでもある。 Instagram: https://www.instagram.com/genjitsu_art/?hl=j

「表層と実態」START ARTIST vol.7 ~ Sonoko Nukaga

TRiCERA発のオークションイベント「START」第一弾の出展作家の"なぜSTARTに出展したか"を主軸にしたインタビュー、ならびに新作の紹介を行います。 オークションイベント「START」とは 2021年2月に行われた「START」。アートに携わる様々な人たちを「セレクター」としてゲストに招き、それぞれの視点からアーティストを選び、そしてその魅力を伝える言葉と共に、その作品をオークション形式で販売いたしました。「アートをこれから始める」という方にも分かりやすい設計を行い、またオークションがはじめての方、オンラインではじめてアートを買う方など、様々なひとたちの「スタート」になるような企画となっております。 作家紹介 額賀 苑子 (Sonoko Nukaga) 1989年神奈川県出身。2013年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業、2015年同大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。主な個展に「紗のむこう」(Hideharu Fukasaku Gallery Roppongi, 東京, 2019) 、「額賀苑子 」(Gallery jin, 東京, 2016)が、主な受賞歴には安宅賞受賞 (2013)、安宅賞受賞(2015)、杜賞受賞 (2015)、アートアワードトーキョー審査員賞・建畠晢賞(2015) がある。作品は広岡浅子像として大同生命大阪本社ビルに設置されている。 作品一覧はこちら 「START」に参加したきっかけ 1次流通でオークションをする試みが面白いと思い参加させていただきました。 マーケットの幅を広げることで、普段日常的にアートに触れる機会がない方にもみていただきとてもよかったと思いましたし、新たな目線や楽しみ方が生まれたと思いました。 「START」に出典した作品について 作品名:Surface relief 01 サイズ:27.3 × 19cm 技法:陶 彼女の作品は表層と実態のずれを制作のコンセプトとしている。STARTに出典した"Surface relief 01"は「Surface relief」シリーズの初めの作品であり、人の部分に厚みを持たせてコントラストをつけることで表層と実態の輪郭を切り取っている。実際に見えるものの印象とその対象の中身を知ったときに感じる印象では感じ方が全く異なることも少なくない。この作品はそんな表層と実態のずれを少し湾曲のあるレリーフをベースに保有色や金彩を用いて表現した。保有色や彫刻の形は釜からだした瞬間から定まるが、金彩(表面)は見る時の環境状況によって見え方が変わる。 既存作品の紹介 作品名:landscape01 作品サイズ:W13...

アートで恐怖の館?ハロウィン編

もしもハロウィンのお祭り騒ぎが大好きならば、今年はコロナウイルスのおかげで、例年のようなパーティーが出来なくてガッカリしていることであろう。仮装を披露する相手も少ないし、「マスク」を着けるのはもう日常の風景となってしまった。そこでTRiCERAが提案するのは、あなたの予算とパーティー精神を自宅の装飾に当ててみてはいかが? いつものハロウィンの家の装飾に加えて、あなたはアートを一つ二つ追加して気分を盛り上げてみる。季節の移ろいと共にインテリアを衣替えするのは素晴らしい日本らしい美意識。そこにハロウィンも加えて、来る年々のために特別な装飾を。あなたと家を訪ねたゲストに背筋に寒気の走るような、怖〜いお気に入りアート作品を探してみよう。 Jure Kralj Help me please! by Jure Kralj100 x 70 cm  Abduction by Jure Kralj120 x 150 cm MIchele Pau Villain by MIchele Pau24 x 21 cm  Yumimi Little Cho Fear...

Editor's Choice