日曜日, 2月 28, 2021
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画家とキャンバスと向こう側

「画家という位置と、キャンバスという位置と、その向こう側という位置に向けていくつもの層を体感しながら、その向こう側に手を届かせたいというか、向こう側を見てみたい」
キャンバスを切り開き、ステンドグラスや鉱物などをコラージュ的に画面へと配置していく画家 佐々木成美。複数のマテリアルによって重層化した彼女の絵画世界は、本人曰く「あくまでもキャンバスを掘り進める作業」に近いという。
今回、代官山のLOKO GALLERYにて大学院卒業後初となる個展が開催されたことを機に話を聞いてみた。


Tulip, Night
Oil on Canvas/Ceramics, 42× 33cm, 2018

まずは今回の個展と作品について簡単に説明して頂けますか?

-構成としては、この1年半ほどやってきた中から選りすぐった作品を中心に並べました。大学を出たのが1年半ほど前で、そこからの個展も初めてだったこともあったので。
作品の方は、そもそも「これは彫刻なのか、立体なのか、絵画なのか」とよく言われるんですけど、私の中では絵画として描いてるし、発表していて。これまでずっと絵を描き続けてきて、絵画とは何なのかについて、もう一度自分の中で丁寧に探ってきた期間があって、あまり意識はしていなかったのですけれど、今回はそれが作品とか展示として外に出てきたのかな、という印象です。


編まれた芝
Oil on Canvas/Stone, 50 × 32.5cm, 2018

それは描くという行為そのものをですか? それとコラージュ的要素が目立つ作品だと思うのですが、これもその結果として出てきたものですか?

えっと…、キャンバスを切ったりコラージュのように何か組み合わせたりする方向へ決定的に変わったのは2017年ぐらいです。そのタイミングで、実は半年ほどフランスに留学していた時期があって、そこが結構大きな起点になっていて。 そもそも近代の芸術を研究しにいったんですけど、中でも宗教施設にすごく興味が沸いて。向こうはキリスト教の教会もあればイスラムの寺院もあって、それからユダヤ教もあって、色んな情勢からミックスされた施設もあって。そういう所で装飾美術を見ることに興味があったんですけど、いくつか行くうちに何か強烈に、ひとが生きる上で求める、或いは求めざるを得ない精神構造とそれに伴ってくる産物っていうものが、それぞれは当たり前だけどイコールで…ということに夢中になって。描くことというのは、まだ上手く言葉には出来ないんですけど、もしかしたらそういう欲求に近いのかもしれないなと。でも、その欲求が達成されるにはそれだけじゃなくて、なにか違う、こう…自分の手に負えない大きな力が働くように、待たなければいけないというのは、本当によく感じました。それで作品が変わってきたかな。

その結果からキャンバスを切ったりが始まったということですか?
-そうですね。具体的に因果関係みたいなのは言葉に出来ていないのですけど、最初は組み合わせることからはじめて、それこそある種の装飾のようにキャンバスを埋めるみたいな行為を、色んな素材で。

素材にもバリエーションがあるようで、それでいて共通項があるようですが。

そうですね、その素材も、一応は自然に近いものを選んでいます。木とか陶器とか、あとはガラスですね、ステンドガラス。そういうものが混ざった状態というか、それはいつもいいわけじゃなくて、全然よくないなと思うこともあるんですけど、その組み合わせをしながら自分で待っているということをしていて。キャンバスを切るようになったのはそれからなんですけど。

それは、その混ざった状態に対しての対処法として?

-描いてて待てなくなるというか。どうしようもない、飽和した状態に絵を描いているとなることがあって。で、それをどうにか大きくひっくり返すようなことがしたい…というか、ひっくり返したい欲求を持つときにキャンバスを切るんですけど…。
でも、切るとめちゃくちゃ驚くんですよ、自分でも。自分で切ってるのに(笑)。あ、切っちゃったって。
それでも切ると強いというか、戻れない感じがして。一気に世界が変わってしまったような、それこそ天変地異が起こったなと思うんです。そうした一つの状況が壊れちゃうような、本当に丸きり変わってしまうようなことがあるけれど、でもそれが大きなきっかけになるというか。ゼロになるわけではなくて、こう…、ある形のあったものが壊れて現状回復されつつも違う要素が組み込まれていくし、それによって絵の中の組み換えが活性化してくる。でも、その天変地異的な状況を何とかしていく中で立ち現れてくる絵画というのが、もちろんそれは自分が求めているものだけれど、でも自分が求めている以上に美しかったりする。で、その状態自体が、私はすごくこの世界そのものに似ているなと思うところがあって。世界というのも色んな規模があって、すごく大きなところでいうと宇宙構造に似ていてと思うこともあれば、その問題を縮小して、いまこうして話している対人関係にも世界というものはあるなと。その関係とか在り方っていうのを、私は絵を描く時に分かっていきたいと思う。

コラージュに話が戻しますが、こうした重層性を持たせるのは、意識して?
-制作中は意識しないんですけど、確かに私の作品はすごく重なっている、層になっていることが多いし、描いた結果を見てみると「あ、大事なんだな」と思うことは多いですね。というのも、キャンバスって絵を描く前に見ると、白くて壁みたいに見えるんですよ。何か幕というか、何かが隠してある幕のようにも見える。で、その描く時になにを求めているのかというと、多分、私の中ではキャンバスの奥に何かがあるんじゃないかと。
…描く時に触ることがあるんですけど、キャンバスを。白いし何もないし、でもその奥にその何かがあって、何かに繋がるかもしれないと感じる。その奥側に行きたいんだけれども、でもキャンバスっていう壁がすごく厚くて。 そこに行くためのアプローチを続けていくんですけど、そういう時に奥行きっていう構造はすごく重要で。
画家という位置と、キャンバスという位置と、その向こう側という位置に向けていくつもの層を体感しながら、その向こう側に手を届かせたいというか、向こう側を見たい。 だから、ちょっと掘り進めている感じに近い。このキャンバス材を突き破って向こう側に到達したいと思うので、だから結果として重層的にならざるを得ないところはあるかな。

掘りすすめる/重層化させるにあたって、自然に近い素材を選ぶのが重要?
-単純に素材との相性もあるんですけど、石とか土にすごい興味があって。…凄く抽象的な言い方ですけど、石とか土のどうにもならない感じというか、どうにもならないけれど、石とかは時間が経っても変わらないようでありながら磨くと姿形を変える、石が石を産むっていうこともあるし、その沢山の可能性というか、意味というか、石にしても木にしても、それぞれが秘めている力がある気がして想像力が膨らみやすいなと。
ガラスについて言えば、使うようになったのも教会を見に行っていた影響なんですけれど、 ステンドグラスってキャンバスみたいに壁に設置されていて、空に向かって立っていて、ステンドグラスの奥側からくる光によって照らされて色彩がこちら側にやってくるっていう、それに何とも言えない情動が湧き上がる仕組みがあるなって思って。
かつ壁画の人に聞いたんですけど、ステンドグラスを切るのってシスターの修行にもなっているらしくて、何かの霊性を秘めながら切ったり貼ったりしていくっていう成り立ちも気になるところで。その機能もそうだし、その背景自体にも意味がある気がして、私の中では特別な素材ですね。

例えば《柔軟なコスモス》等はどこか風景画にも感じられるのですが、そこに先程のたどり着きたいとおっしゃっていた『キャンバスの向こう側』を想定することは可能ですか?
-正直、まだ私の言葉ではうまく表現できていなくて。何か凄く…、タッチしたいんだけど何かは分からなくて、明確に私の言葉では言えなくて、便宜上ギャラリーの方から『形而上的なもの』と形容してもらったんですけど、私の中ではまだしっくり来ていなくて
でも風景というのはひとつ、的を得ていて…、個展タイトルが「・/♯ La la la la la la la la la la………. Do do do do do… Ah ah ah..」なんですけど、あれを横から見ると田んぼと地平線と月みたいに見えないかあと思っているんですけど(笑)
私のアトリエの裏に田んぼがあって、よく行き詰ったときに散歩をするんですけど、それがけっこう広い田んぼなので、しかも背の高い建物がないので空がよくパーンと見えて、向こう側の空と地平のラインも見えて、その上に月があってというときに、その田んぼにいながら月を見上げるというのが、キャンバスのこちら側にいながら向こう側に向けて絵を描く感覚と似ているなと思って。ある種その世界観、風景感、その田んぼと地平と月っていう風景感自体が、絵の構造と似ていると考えています。それが何を示すことが出来るのか、これからより考えを深めていきたいです。

インタビューは以上になります。今日はお時間を頂きありがとうございました。
-ありがとうございました。

佐々木成美 Narumi SASAKI
1990年広島県出身。 2014年東京藝術大学美術学部絵画科油画卒業。 2016年ナント芸術大学(フランス) 留学。2018年東京藝術大学美術研究科油画専攻大学院修了。
主な個展 2014年“wonder world 佐々木成美個展” / トーキョーワンダーサイト渋谷。2014年“佐々木成美 個展” / 東京都庁。
主なグループ展 2018年 “アートアワード丸の内2018” / 丸の内行幸地下ギャラリー 2018年。“藝大アンダーグラウンド” / Echika Ikebukuro Gallery 。2014年 “東大宮ヤングアーティスト” / 東大宮コミュニティーセンター。 2014年“小林正人×大庭大介 研究室交流展” / 京都造形大学 2013年。
主な受賞歴 2018年アートアワード丸の内。2018年高橋明也賞。2018年メトロ文化財団賞。2013年トーキョーワンダーウォール賞。2013年上野芸友賞。
主なスカラシップ 2017年神山財団芸術プログラム。 2017年広島スカラシップ。 2017年 ジャッソ学生交換留学支援機構

佐々木成美
「・/♯ La la la la la la la la la la……….  Do do do do do… Ah ah ah..」

会期 2019年10月4日 – 11月2日
会場 東京都 渋谷区 鶯谷町 12-6
LOKO GALLERY
時間 11:00 – 19:00
閉廊日 日/月/祝
アクセス 東急東横線代官山駅正面口徒歩6分
URL http://lokogallery.com/

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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デジタルはリアルの対義語か?平田尚也が目指す新しい彫刻の「場所」をめぐって。

ネット上から収集した素材を、仮想空間上にアッサンブラージュして制作される平田尚也の作品は、彼曰く「彫刻」として成立している。「あくまでもトラディショナルな彫刻をやっている」という彼の、厚さも重さもない、空間上に固定されることが存在要件でもあった彫刻をアップデートするその方法論や作品について話してもらった。 平田さんは仮想空間における彫刻作品を制作していますね。厚みや重さの無い、従来の空間的な尺度が無い彫刻作品です。ご自身の活動は、あくまで「彫刻家」という認識なんですよね。 -意識的なことで言えば、自分のことは彫刻家であり美術家と呼んでいます。主眼を置いているのは”形”を追求し彫刻史の現代的な見解を考察することです。実際にやっていることは、少なくとも私の中では、これまで彫刻をやって来た人たちと変わらないと思っています。形はつくっているけれど、でもそのアプローチが仮想空間の世界であるという点しか違いがない。 預言者 33 × 27.5cm 彫刻というと物質や空間の制限を受けるジャンルと連想しますが、そのフィルターは邪魔にならなかったのですか? -現在のスタイルのように映像でアウトプットする理由は、正直、最初は定まっていなかった。定まっていない時は、大方いつも情報量の不足から来る。色々と本を読んだり、あとは教わった先生が「彫刻とは時間と空間を伴うもの」と仰っていて。その時間化と空間化を彫刻の要素とするならば、私のやっていることは彫刻の条件を満たしているなと。現在の作品のアウトプットは映像や平面としてやっているのですが、その映像という出力の仕方が、自身の彫刻表現を考える時には合っていると思いますね。 ですが、その仮想空間における彫刻というアイディアはどこから出たんでしょうか。 -デジタルでやり始めたのは、だいたい学部4年ごろから。当時のちょっとグレた先輩が3DCGソフトで遊んでいるのを見かけ、すぐさま「これだ」と思いました。当時の自分が抱えていたものを解決できると思ったし、何よりこれは彫刻がつくれると直感しました。 でも、実はそれに先行して実写映像でやっていた時期があるんですよ。通っていた学校では3年生になると自由な制作期間が与えられるんですが、その時に困ったのが素材の問題で。つまり素材を入手する資金がなかった。彫刻はお金がかかるし、その問題に直面した時、自分が扱いたい素材はほとんど除外されてしまったんです。 DINER 33 × 36.6cm その打開策が、映像だった? -そう、まさに。少しうろ覚えですが、当時影響を受けたマシュー・バーニーが自分の映像作品を彫刻と呼んでいて「なるほど」と。つまり彫刻性さえ保てればアウトプットに制限することはなかったんです。それで試してはみたんですが、しかしクオリティが低かった。失望しましたね、自分に。同時にこれではダメだと思った。もともと海外のアーティストに憧れていたし、自分もそのレベルの作品をつくっていきたかったので。そうこうしている中で出会ったのが件の3DCGソフトだったので、まさに「これだ」でしたね。 平田さんの作品はオンライン上から素材集め、つまりデジタルな既製品をコラージュ的に構成使用して制作されますね。その点は、ご自身の何の意図と結びついていますか。 -意図というより、最初は方法の問題だったんですよ。自分としては従来の彫刻家とやっていることは変わらないつもりでいますが、でもデジタルで彫刻を制作すると、あくまで見え方や見せ方の話ですが、既存の映画やゲームとの線引きが難しくなってくる。つまり、どうやって現代アートの文脈上で作品を成立させていくかが課題でした。 Ouija #2 (The Grantham Tomb) 118.9 × W 84.1cm しかも彫刻作品として。 -そう、その方法が既製品を寄せ集める、つまりアッサンブラージュだった。実際の場合、使用した素材は物質として元の場所からなくなってしまうけれど、でもデジタルの場合は基本コピーだから無くならない。使用した素材が、この世界のどこかでは残っている。それが面白い。私の作品は、つまり世界のどこかで、いつ誰が作成したのか分からないものの寄せ集めなんですよ。ある意味で、それは現代の情報の結晶のように思えるんです。そこに気がついてからはコンテキストの構築は難しくなくなりましたね。 平田さんがデジタルにリアリティを感じられるのは世代的に、ネットの成長が並走的だったこともあるでしょうか。 -確かに私にとっては石とか木材の方が距離があるかもしれない。自分自身を含めて私の世代は、ネットと同時に育ってきた。ある時代の人たちにとっては自然や都市がそうであったように。生まれた頃からテレビゲームがあるし、インターネットがあって、オンラインの世界が構築されている世代だった。だからバーチャルには親しみが持てるし、それは並列的な存在として扱える。鉄や石と同じ列で見ることが出来る素材なんです。 Ouija #5 (Penelope) 118.9 × 84.1cm その素材が存在する場所が、つまり鉄などとは違うだけで。 -まさにその通り。私が扱う素材は、木材などとは違う場所、違う次元に存在している。情報として世界中のネットという場所に所在している。その点だけなんです。作品へのアプローチやそれ自体の成り立ちは、あくまで伝統に沿っているつもりですが、でも仮想空間やその他デジタルな用語や方法はけっこう時事的だし、そこだけ切り取られてしまう傾向にはありますけど。 実際の空間と仮想空間では、存在する情報が違いますよね。重さや手触りなどがそうですが、その点から見た場合の平田さんの彫刻作品のアップデートはどこにありますか。 -アップデートかどうかはともかく、私の作品には厚みが全くない。私の彫刻は内側が虚無なんですよ。これは今までにはあり得なかったこと。厚みを伴わない彫刻なんて無かった。その分というか、彫刻にとって重要なポイントである表面性にフォーカスする必要もありますが、存在の仕方として新しい局面に立つことは出来ると思うし、そうしたいと思いますね。私の作品の本体は仮想空間にあって、展示されているアウトプットされた平面や映像はそのアバターであり、プラトン的に言えばイデアの投影。複数要素を抑えた上で、形をつくる人として何が追求できるかが、つまり今後の課題になるでしょうね。 アーティストページはこちらから:https://www.tricera.net/artist/8100587

人はなぜ顔を描くのか? ポートレートをめぐって。

肖像とは、特定の人間の外観を描写したものである。写真や彫刻など様々なアウトプットの仕方のうち絵画によるものを、特にポートレートと呼ぶ。 近世においては王侯貴族の姿を描いた「肖像画」という絵画ジャンルもあったが、けれどもカメラの台頭によって写実絵画は衰退し、今では美術館で見るような存在になった。 現代アートにも、例えばアンディー・ウォーホルによるマリリン・モンローの顔を描いた作品があるように、人(実際にいるいないは別として)の顔をモジュールにするケースは少なくない。モチーフとして、あるいはテーマとして、作家によって「顔」の使い方は様々だ。 坪山斉/Tsuboyama Hitoshi  坪山の肖像画シリーズ《Combine Portrait》には、一瞥で異質感や不安感を掻き立てられる。  1960〜70年代のミニマルアート等の後期モダニズムに強いインスピレーションを得ながらも、独自の空間概念を軸に色面による新たな表現を模索している坪山はその塗りの美しさに定評がある。  人が何かを識別・認識するということへの疑いや問いかけをテーマにしており、だからこその Conbine(組み合わせる)なのかもしれない。顔面を等高線のように区切り、美しい色面で塗りあげる様は、肖像の容姿とアイデンティティについて我々に何かを投げかけるようだ。 作品の紹介はこちらから チャニー・リー/Changhee Lee  リーの描く肖像もまた既視感のない作品である。モチーフとしては若い女性を一貫して選び、中世とファンタジックな世界が混合されたような画面を描く。  リーの作品はポートレートの名を冠しながらも、自身の内面的世界の表出を図った進歩的な作品であるといえるだろう。 作品の紹介はこちらから アントニオ・サラス・カブレラ/Antonio Salas Cabrera  既存のイメージを再構成する手法によって作品制作を行うアントニオ。既存のイメージをPCに取り込み、トリミングや色彩の変更などを経て出力されるイメージよく知る既存のモデルとはまた異なった表情を見せる。  アントニオの作品のモデルは、それもまた作品であり、その作品にはモデルとなった人物がいることから二重の透過を経た上で、我々は元の人物を見ているといえるだろう。しかし、二重の解釈は無意識下で中抜きされているのにもかかわらず、我々の意識は尚も直接的にモデルの姿を捉えていることを自覚する。シミュレーショニズムに通底する手法を以て、アントニオは認識について一つの解釈を与えているのだ。 作品の紹介はこちらから エージェントX/Agent X  アメリカンコミックなど既存のイメージに依拠しつつも、マルチメディアなコラージュを施すことによって独特の存在感を放つエージェントX。彼の実験的な作品の多くは、人物の多くは人間であるものの、そのアウトプットの多彩さには驚くばかりだ。  未来派の美学と哲学、ダダ運動の社会的批評、ポップアートからスーパーフラットまでの現代芸術運動の間のユニークな交差の中で描かれる <<Queen>>シリーズは16世紀のアーティスト、アルチンボルドのコラージュ的な人物描写を思わせる。しかし、そこに現代的な発想とデジタル世代ならではの技法が掛け合わさることで作品として調和がとれつつも、我々は混沌とした倒錯感を感じるだろう。 作品の詳細はこちら A.C.D.  直線を多用する画面からキュビズムを思わせるが、抽象の手法はA.C.D.独特であり、硬質的な印象を鑑賞者に与えつつも、彩度の高い彩りのある画面からは温かみが感じられる。  特に《Le Grand Prince》は顔の造形が単純な線分により的確に表現され、近代の顔面表現が為されている。 作品の詳細はこちら  画家とモデルの間のドラマが顕れやすいことなど他の分野とはまた異なった味があることから、肖像画はある種、玄人好みする分野である。しかし、誰しもが肖像を量産する時代に在って、あえて肖像画という手段で顔を描くのは人間の顔とアイデンティティは密接であると同時に、不安定な関係であるという証左であろう。

アーティスト紹介[親戚の仕事別]

身内と似たような職業に就いている人は珍しくありません。特にミュージシャンやスポーツ選手は統計的な相関関係があるほど顕著です。さすがに、芸術家を親に持つ人は非常に多く、親の仕事の影響力が 見られるケースも少なくありません。 しかし、親族が芸術家でなくても、間接的に創作に影響を与えることがあります。時にはモチーフやインスピレーションの源になることもあります。多くの場合、彼らは芸術家を志す人のための触媒になることができます。それほどまでに、近親者の職業は、アーティストの創造的なプロセスの重要な部分なのです。 今回は、これらの親族の職業と作品を並べて、その関係を探ってみたいと思います。 父:商社マン 神田さおり 神田が幼少の頃、父親の商社マンとしての仕事の関係で、バグダッド(イラク)やドバイ(UAE)で過ごす。異国の地で生活する中で、世界の美しさと日本の魅力に触れる。  彼女は自らを「ダンシング・ペインター」と称し、音楽の波を全身で感じて描くという考えのもとにアートパフォーマンスを行っている。身体そのものが絵画の一部となり、大きなスクリーンを横切って踊ります。作家がダイナミックに生み出す筆致は、生命体のような生命力を持っており、生まれては消えていく。そのサイクルは生態系のようなものです。  身体表現のある作品は、白髪一雄やジャクソン・ポロックのアクションペインティングの 系に繋がっていますが、照明、音楽、ダンス、お香、衣装、ヘアメイク、舞台美術などなど 空間を埋め尽くすパフォーマンスは独自のパフォーミングアートとして高く評価されており、世界遺産/沖縄中城跡にも登録されている。また、奈良の天河大弁財天社、岡山の吉備津彦神社をはじめ、台湾、上海、香港などで奉納舞踊公演を行っている。アメリカ、スイス、フランス、カザフスタン、インド、ミャンマー、フィリピンなど。日本にも招かれている。  世界中を旅し、そこに住む人々との出会いを吸収し、ダンサー、画家としての作品を精力的に発表していく彼女の姿は、国や人種の垣根を越えているが、その育ちは彼女の原体験と密接に関係していると推測できる。 神田が描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100114 父: 鍛冶屋 Hiroko Tokunaga  幼少期に「ものづくり」の一つである鍛冶屋が存在していたことが、Tokunagaの創作に対する独特の姿勢を 形にしていたようです。大学時代は油絵を専攻していましたが、「絵を描く」ことよりも「ものを作る」ことの方が 自分の表現の可能性を探った結果、アクリル板を削り出す方法を見つけたそうです。彼女が辿り着いたのはここまで。彼女の現在の作品は、現代的な「ハイ」な雰囲気を持っていますが、同時にそれはアート以上のものです。加えて、より根源的な行為である「ものづくり」を感じさせてくれます。  両親が鍛冶屋であることを知っているからかもしれないが、鍛冶屋とTokunagaの作品や創作物には共通点を感じずにはいられない。遠くから見た彼女の作品は、非常に現代的で端正でありながら、それと同じように非人情で冷たささえ感じる。それはまるで鍛冶屋が鍛えて完成させたばかりの鉄製品のようである。  しかし、切り取られた点や線は、近くで見るとまた違った表情を見せてくれます。驚くほどの繊細さを持ちながらも、人の技の痕跡を確信を持って見抜くことができる。これらの作品の温かさは、代々受け継がれてきた家業である鍛冶屋に内在する「ものづくり」の精神を反映しているように思えます。あります。点と線の「積み上げ」を見ることで、大学時代に経験した筆の「積み上げ」が、彼女の 芸術から「ものを作る」ことへの移行の感覚と、その移行によって獲得した点と線の「つながり」を 見る者はあらゆる感覚を「知覚」する。 Hiroko Tokunagaが描いているその他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100373 姉妹: アパレルビジネスマン Shimpei Ishikawa  Ishikawaの姉がファッション学生だったこともあり、思春期の頃はファッション雑誌が身近にあったという。雑誌のランウェイで見たモデルは、左右対称だったそうです。アーティスティックなモデルは、アーティストとしてのIshikawaの琴線に触れたのでしょう。その後、モデルのような姿がモチーフに登場するようになり、今でもIshikawaのモデルへの関心は高い。それは「感じて想像する」という彼の作品の基本につながっている。  モデルの顔や体を服で覆って、本来の人間の体とは違う形に変身させることが多い。されている。服を着るという人為的な行為によって、人形のように「作られた」パーツに変身する。しかし、ランウェイを歩くための足は、いわば「作られているか、作られていないか」の人間本来の姿の一部である。この二つの要素が共存することで、見る者の漠然としていながらも鮮明な「感じたり想像したりする」感覚が揺さぶられる。この二つの部分が共存することで、見る人の漠然としているが鮮明な「感じ方や想像力」の感覚を揺さぶる。作られた」部分があるからこそ、「作られた、あるいは知られていない」部分には、ある種の空白がある。 このようにして、模型を見る私たちは、想像力を働かせるように促される。  Ishikawaは全く同じことを作品の中で再現している。人為的に操作された作品の形態と、見る者の無意識のイメージが共存し、相互に作用している。行うことによって完成される彼の作品は、その性質上、創造のプロセスのようなものである。中に人がいることを前提に作品を制作し、鑑賞者の想像の余地を意図的に残している。手を握っている。鑑賞者は、手のある作品の「作られた」部分と、手のない作品の「作られた、あるいは知られていない」部分を意識的に意識している。作品との相互作用関係は、前後に縛られている。 それだけでなく、意識とは何かを再考させてくれるだろう。 Ishikawaにとって、積み木から人を彫るという行為と、服を着た人の構造は、作品の中では自然な要素である。それは結び目であり、私たちにとっては一見奇妙な行為である。しかし、「感じて創る」という精神的な機能は、私たちの日常生活の中に、ファッションモデルや 意外と潜んでいるのかもしれません。 Shimpei Ishikawaの他の作品はこちら https://www.tricera.net/artist/8100381

コンセプチュアルアートの次の時代へ。

Kohei Kyomoriは、「モダンデコレーター」として主に平面作品を制作しているアーティストです。人間の視覚に訴えかけるような力強い作品を作り、次の世代に伝えていくことを目標としている。"私の目標は時代を超えること。歴史の中で人類が築いてきた装飾文化を絵画に解釈し、更新していくことで、誰もが感動するような作品を作りたいと思っています。" 「装飾文化をアートに応用する」というあなたのスタイルについて教えてください。装飾文化の歴史を解釈し、それを更新していきたいと思っています。私の作品は、国や地域を問わず、新しい装飾文化のスタイルを紹介する絵画かもしれません。みんなに「すごい!」と思ってもらえるような作品を作りたいと思っています。   グラフィックデザインやファッションにも携わっていますよね。その経験はあなたの仕事に何か影響を与えていますか?私のルーツはグラフィックデザインとファッションなので、特に構図を考えている時には、その技術が非常に役立っています。また、日本のグラフィックデザインのルーツは版画にあり、ジクレーなどの版画技法も使っているので、それも作品に影響を与えています。  どのように作品を作っているのですか?まずスケッチから始めて、デジタルでシミュレーションします。素材をつなぎ合わせるときなど、思いがけないところから生まれる要素が重要です。デジタルシミュレーションが終わったら、ジクレープリントで出力して、UV加工で仕上げています。私の作品は繊細で凝っているようには見えないかもしれませんが、実は繊細なんです。  作品にはいくつかのシリーズがありますが、今一番重要なシリーズはどれでしょうか?その中の一つに「あはれび」というシリーズがあります。このシリーズはオリンピックのために作り始めたのですが、文化や背景が違う人たちの差別や偏見を乗り越えたいというメッセージが込められています。 もう一つの重要なシリーズは「JAPAN BLUE」という藍染を使ったシリーズです。社会不適合者であっても、すべては個性だと思っています。多様性のある社会というのは、そもそも既成の枠に収まらないものだと思っています。だから、このシリーズのテーマは「不完全性の肯定」で、とても日本的だと思います。  メッセージ性の強い作品が多いですね。-そうですね 自分の作品を作る上で一番大切なのは、時代を超えていくこと。最近よく考えるのは、「目で見て感動する」というような普遍性ですね。飾り付けには技術と時間をかけていますが、一つ一つの作品が持っているエネルギーに、きっと誰もが感動してくれると思います。説明しなくても感動できるものが好きで、それが素晴らしいと思います。現代美術の世界でも、デュシャン以降のコンセプチュアルアートの世界でも、グラフィックデザインやファッションのバックグラウンドを活かして、自分に何ができるのかを探っていきたいと思っています。世界のどこにいても、職種や民族に関係なく、誰もが「すごい!」と言ってくれるような作品を作っていきたいですね。