土曜日, 9月 18, 2021
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ユニークで魅惑的なペーパーアートの世界-パート-1

子供の頃、紙を使った工作は楽しかったですか?私は確かにそうでした! 折ったり、切ったり、接着したり、組み立てたり、色を塗ったり、お絵かきしたり。その可能性は大人になるまで無限大だったように思います。大人になってからは、電話を受けるときにメモを取ったり、パソコンに貼り付けて期限を知らせるものになりました。それは、トイ・ストーリーを見ているときでない限り、その魔法を失ってしまった。私は最近、魔法がその完全な栄光、ペーパーアートの領域で生きている天国のような場所を見つけました。老いも若きも紙を愛する皆さんと、それを共有させてください。

紙に光を当てる
紙はアートを包含するメディアであるだけでなく、創造性の呪文を唱える素材でもあります。ペーパーアートの代表的なものといえば、切り絵でしょう。私もその繊細な仕事と素材の優しい質感が大好きです。(TRiCERA.NETで「紙」と検索して「素材」でご覧ください) しかし、この二人の作家が引き出す可能性を実感することは、夏の暑い日に氷河の湖に浸かるような、大人の私の目にはとても爽やかなものだった。テツジ山下 – 彼の比類なき技法は “ペーパーキルト “と呼ばれています。Lacy Barry – 生き生きとした人物像を “紙の彫刻 “と呼んでいます。


Tone – by Tetsuji Yamashita 103cm x 72.8cm
https://www.tricera.net/paper-art/id81001220009

目に映るものを深く掘り下げ、それが語るものに耳を傾ける
テツジ山下は、天職を見出したアフリカからインスピレーションを得て、国際的に活躍する日本のアーティストです。一目見て、その質感が飛び出さなければ絵画かと思ってしまいそうになりました。アフリカの部族的な色使いやモチーフから、何か複雑に織り込まれた布なのだろうと思っていましたが、そうではありませんでした。勘違いしていました。それは非常に複雑で詳細な、非常に細心の注意を払って紙の大きな部分に層になっている、切り取られた紙のすべての小さな部分です!彼の舞台裏ビデオは、彼の手仕事がいかに正確であるかの完璧なショーケースです。 

彼の作品をさらにユニークなものにしているのは、彼のオリジナルの詩が視覚的な作品に添えられていることです。永遠に続く物語のメッセージが、まるで人間の無常を象徴するかのように、彼の作品を完成させているのです。彼は「紙は生きている」と言います。この微細な紙片は音符のようなものであり、作品は楽譜である」。確かに、彼の壮大な紙のオーケストラと叙情的な詩の調和のとれた音が聞こえてくるような気がします。目にしたものを掘り下げて、それが語るものに耳を傾けてみてください。 

MIKKA (Wandering Flower)_06c by Tetsuji Yamashita
H 62.3cm x W 54.9cm x D 3cm
https://www.tricera.net/paper-art/id81001220015

束縛されない活気と都会的な洗練さ
カナダの大自然の中で育ったレイシー・バリーは、”色鮮やかなオーロラから地元のファーストネイションズ族のカラフルなセレモニードレスまで、自然と文化の驚異を体験した “という。彼女の素晴らしい立体的なペーパーアートは、彼女が目の当たりにした美しさを結晶化しています。山下哲治の作品とは異なり、紙が素材であることはすぐにわかる。しかし、それが紙であることには目を疑った。羽の形をしていたり、花の形をしていたり、建物の形をしていたり。子供の頃は複合折り紙や牛乳パックのロボットを作っていましたが、これは全く別のレベルです。彼女の紙や段ボールを使った工学の達人ぶりには限界がありません。

Pillars of Fire & Cloud
30cm x  80cm / 25cm x 50cm 
https://www.tricera.net/others/id81007820017

また、束縛されない躍動感と都会的な洗練さを巧みに融合させた作品にも注目したい。例えば《ユニコーンの翼、プレート1番》の大胆な色使いやグラデーションは、大自然のエネルギーが生き生きとしています。彼女が見たであろう様々なオーロラの濃淡を想像してしまうほどリアルです。花の壁掛けシリーズは、優雅な花を囲むような部族的で幾何学的な模様が際立っています。彼女の作るウェアラブルアートは、土着的なモチーフを持ちながらも、その解釈は現代的である。この芸術的本能こそが、彼女の “多面的なアーティスト “と呼ぶにふさわしい資産なのかもしれません。彼女のアートワークは冒険的に見えるかもしれませんが、磨かれたものはあなたの日常を飾るでしょう。 

Pigeon Dove, Plate #6
35 cm  x 45 cm 
https://www.tricera.net/others/id81007820011

紙はアートのための媒体であるというだけではありません。彼らのようなアーティストがいると、私たち美術愛好家は、ペーパーアートの領域から目を離すことができません。1つとして、私はあなたが今後のアーティストに掲載されます。このようなより多くの楽しい発見のために、私たちのArtClipニュースレターを購読することを忘れないでください

For more artworks by Tetsuji Yamashita, click here https://www.tricera.net/artist/8100122

For more artworks by Lacy Barry, click here https://www.tricera.net/artist/8100782

Isaac Ishimatsuhttps://www.tricera.net/
1988年東京生まれ田舎育ちフランス在住。勉学や仕事には秀でるも、型破りな個性派として、生真面目な教師や上司を当惑させる多彩な日本時代を過ごす。極貧の子供時代からの夢である海外生活実現のため、カナダへ渡り貿易会社等で活躍。現在は語学習得と教授、TRiCERA勤務に勤む。陶芸工房での勤務経験、カナダの大学での音楽学習に、写真や芸術等幅広い関心を持ち、時代観察と文化比較の観点から、アートと日常生活の接点を書き出す。

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不確実な時代にとってのアートの意義を追求する。アーティスト本橋孝祐インタビュー

1989年兵庫県出身の本橋孝祐は、これまで美術を「ひとにとって一つの確認の儀式」として人類特有の営みと位置付けて制作を行ってきた。ペインティングや立体、インスタレーションなど様々なアプローチを取りながらも、そこには一貫して作品と鑑賞者のリレーショナルな意味性を探求する視点を根底に持ち続け、独自の視覚言語を提示してきた本橋にとって制作することの意義、これまでの歩みについて話を聞いた。 本橋孝祐     本橋さんは「死」や「生」などをテーマの一つにした作品を制作されていますが、アートを始めたきっかけから伺ってもいいですか?-アーティストとして活動し始めたのは2013年頃からです。自分は独学で描いていますが「アーティストとして作品をつくる」と初めてキャンバスを買ったのが2013年、それから2年後に1回目の個展をしました。活動のきっかけは、幼い頃の阪神淡路大震災や自分自身の事故など「死」に関連した体験を重ねたことだと思います。例えば誰しも「あなたは明日死にます」と言われたら自分の財産や知識を人に残そうとすると思うのですが、同じように自分の中にあるエネルギーを誰かに残したくなりました。それがアーティスト活動の始まりです。例えるならUSBドライブのように、エネルギーを自分の外に出して、誰かに繋げたかったんだと思います。 《無碍》2020, オイル・キャンバス , 1,167×727mm 方法としては文章とか歌とかあると思うんですが、どうしてアートを?-そこは難しいですね(笑)。昔から絵を描くことが好きだったからだと思います。 絵以外では何に興味があったんですか?-社会心理学や精神分析、あとは国際援助などに興味がありました。大学では心理学を勉強していて、大学を出たら国連で働こうと思っていた時期もありました。心理学に興味を持ったのは中学生の頃。家族が精神疾患を患って、そのときにひとの幸不幸がものの見方に左右されるんだなって。だったら心理学を勉強すれば人を幸せにできるんじゃないかと考えたのが理由です。多分、小さい頃から人に共感しがちで、自分と他人や世の中との境界線が曖昧というか。だから自分と他人両方セットで幸せになりたいみたいな。学生の頃には同年代の人のカウンセリングをしたり、学生サロンみたいなものにも呼ばれて「愛とは何か」みたいな話もしていた頃もありました(笑)。でも考えていくとそれってビジネスじゃないよなと思って。生業にするイメージは持てませんでした。 そこからアートの方へ?-ネガティブな要素もポジティブな要素もありますが、前者でいえば普通に働くことには向いてなかったのだと思います。自分の納得していないルールを守ることが出来ないし、じゃあ自分の生まれてきた意味や、自分が神様で「本橋孝祐」という人間を最大限に有効活用するにはどうすれは良いかなど考えた時、自分が一番没頭できて、意味があると信じられることをしよう、ということでアートに。 《Universal Composition》2020, アクリル・キャンバス , 1,620×1,303, Installation view at elephantSTUDIO 作品制作をする中で感じること、発見することはありましたか?-「アート=自己表現」だと思っていましたが、やっていく中でその感覚は変わっていきました。ルイス・カーンという優れた建築家が「芸術の最も美しい部分は作者個人に所属しない」と言っているのですが、それにとても共感していて、自分というより、自分の手を通して世の中や人間が絵を描いてるという感覚が強くなってきています。今は鑑賞する人が信じられるというか、ある種、心の拠り所になるような作品をつくりたいと思っています。今の時代、特に東京は、変化の速度がものすごいですよね。世の中の様子や価値観がコロコロ変わる。そうやって加速すればするほど、普遍的なものが人間の心の拠り所として必要なんじゃないかなと思っています。もちろん僕自身にとっても。だから普遍的な作品を作りたいと思っています。 制作を始めた頃は「これじゃないな」と納得できない作品ばかり描いていました。どれも素直じゃないというか、説得力を持たない。翌朝見て「駄作だな」と思ってしまう。説得力を持たない作品は、きっと嘘ついてるからなんだと思います。実は結構色んなことを気にしてしまう方で、自分の年齢や周りの人間との社会的な関係、自分が生きている時代のことや性別など。それを忘れて描いてみようと腹を括った時にはいい作品ができました。「何年後経ってもこれは真実だと思えるな」と自分の腹に落ちる作品が。 人生そのものをテーマにした作品が多いですが、それは「普遍的なものをつくりたい」という気持ちから?-そうですね、それはあるかもしれません。普遍性や、真実性が大切だと思っています作品を買った人は毎日見ることになるし、その作品に嘘があったら嫌だと思う。アートは鑑賞する人のパースペクティブというか、ものの見方を提供する側面があります。「今すぐ死んだ方がいいですよ」というメッセージを込めた絵があったら、見る人はそれを否応なしに受け止めてしまいます。真実味がないものをやると世の中に対して害でしかないと自分は思っていて、信じても差し支えないもの、受け入れることで現実と調和するようなものを作品にしたいと思っています。 《光の地蔵(orange,blue,green,purple)》2020, アクリル・木材 , 1,300×450mm その中でも生や死にまつわる作品が多いですよね。-多分、そこに関する問題が一番切実だからだと思います。今年なんか特にそうですが、地球全体が2020年ほど「死」に対して意識的になったことってないんじゃないでしょうか。自分の知人のパートナーも亡くなったんですが、世の中的にも身近な人が亡くなったり、自分の命が危ぶまれる怖さを感じたり、それはなんとなく社会全体で共通している感覚だと思います。パソコンのディスプレイやテレビの向こうで悲惨なニュースがずっと流れていて、でも世間としてはそれを経済やライフスタイルの問題として取り扱うわけですが、みんな心の底では「誰かが死んでしまった」という思いを消化しきれずにいるんじゃないか。そういう空気感があったのが2020年なのかなって。それに対して、つまり死んだ人はどこに行くのか、死をどう受け入れるべきなのかという問いって宗教の問題ですが、現代の生活では個々人が一人でどう解釈するかっていう事に全て委ねられている気がしていて。アーティストとして生死の分断にどう取り組むべきかと。今度個展をするんですが、そこでは「生きている自分たち」にフォーカスしようと思っています。岡本太郎は「芸術とは生きることだ」って言っているけど、そもそも生きていることって一つの特権で。だから個展では身体性の強い作品というか、生命を謳歌することをテーマにした作品と、もう一方で「死んだ人はどこに行ったんだろう」という素朴な疑問を扱おうと考えています。 《Bloom》2020, オイル・木 , 1,303×894mm 制作を続ける中でモチベーションになる目標などはありますか?自分の手も何かを感じる心も、全部つくるためにある気がしています。だからある意味制作は、与えられた身体や命に対する敬意で、ちゃんと使っていきたいです。あとはおこがましいかもしれませんが、単純に自分の関わる人を出来るだけ幸せしたいし、出来るだけ多くの人に関わっていきたいと思っています。   本橋孝祐の作品はこちらから

絵画が引き起こす化学反応が見たい – 林香苗武 インタビュー –

2011年から平面表現における速度を主題とし、制作・発表してきた林香苗武。2015年には未来派のように「速度主義宣言」を出すなど美術史をオマージュするような活動を展開してきた彼女に、今回はこれまでの経歴や作品、制作について話を聞いた。 ダンス 42 × 29.7cm, Giclee Printing on paper, edition:50 作品はこちらから 林さんは速度をテーマに制作を続けてきました。平面における速さを造形的に追求する姿勢は未来派を思わせますが、一方ではそこから独立している様子も感じられます。まずは現在の作品の成り立ちから伺えますか。  速度についてはこれまでもずっと考えてきたことではあるんですが、ただ未来派との関係について言えば意識し始めたのは2015年くらいです。2015年というと、自分の中では作品が変わってきた時期なんですけど、それまでの作品は構図的には人物を中心にそえていたんですが、ただ人物が中心にいる構図はたくさん描いてくるうちにどうしても打ち止めになっていった。人物は顔と手と足、あとは胴体の5つのパートに分解できるんですけど、それを線に置き換えて考えると、極端な話をすれば要するに5本の線をどう動かすかという話になる。シンプルですけど、だからこそその作風を続けていくことに限界を感じていたんです。変わっていかなきゃいけないなとは考え始めたのが2013年頃でした。もっと実験的なことを作品でしなくては、と。そしたら2015年頃から周りから「未来派っぽい」と言われることが多くなってきて、あとはロシア・アヴァンギャルドとか、その辺りの美術史の流れと比べてみられることが多くなった。当時はあまり興味がなかったし、「何か言われてるな」程度で、詳しくは知らなかったんですね。だけど「よく言われるけど自分はそれを知らない」という状況が段々と嫌になってきた。じゃあひとつ調べてみようと。日本には文献が乏しかったのですけど、でも調べる中で「どうやら速度をテーマにしている人たちらしい」と知り、彼らの世界観も好きになっていったんです。  そして2015年に『速度主義宣言』を出すに至るわけですね。『未来派宣言』にも通じるアクションですが、当時はどういう意図があったんですか。  宣言そのままというか、「しばらくこういう運動をやっていきます」という意思表示をするためでした。あれはマニュフェストなので、未来派の人たち同様、宣言をチラシにして配ったりして。それを当時、周囲がけっこう面白がってくれたかたちになったんですね。「今後どうやっていくのか」みたいな。私としては戦闘態勢に入った心持ちでした。「こういうことをやっていくぞ」と。当時はずっと絵を描いていたんですけど、でも私としては絵なんて描いている場合じゃないんだという精神状態になっていて。まっすぐにコンセプチュアル・アートをやらないといけないと。空間でアプローチすることをしないと勝てないんじゃないかと。 未来派の流れを引用しながらインスタレーションにシフトしていった。林さんは比較的早期にキャリアをスタートさせましたと思いますが、当初からペインティングがメインでしたよね。  2010年に大学へ入って、翌年から少しずつ動き出したので、確かに早い方だったかもしれません。公募展で賞を頂いて、それをきっかけにして。ただインスタレーションをしていた時期は自分の絵に対してすごい嫌悪感があったんですね。周りからは「格好良い」と言って頂くことが多かったんですけど、でも自分の中では「どうしてこんなに考えて描いてるのにイラストみたいに扱うんだ!」という気持ちがあって。格好良いとかなんとか言われても、結局のところそれは消費されているだけじゃなんじゃないかって。もっと消費されない方法でアートをしなくちゃならないと考えていた時期でした。  ある意味では周囲の評価や認識に対するアンチテーゼとしてのアプローチが空間芸術だったし、その理論的な裏付けが未来派でもあった。でもそういう気持ちは時間が経つにつれて大人しくなっていくんですよね。天邪鬼なことかもしれませんけれど、でも段々と絵がやりたいと思うになってきた。というより、そう思えるようになれた。時間のおかげもありますね。絵画でやっていないことは何かについて考えてみたくなったし、今も続いていますけど、絵をやってみたいという気持ちが強くなっていったんですね。それに、そもそも私は絵に対して真摯な姿勢ってものがなかったんじゃないかと。キャンバスの中で一つの作品をつくろうっていう姿勢自体が私の中で根付いていなかったんですよ。油絵具を手に取って何かを描くとか、初歩的なところからもう一度学び直した方がいいのではと考えて。そう考えた時に未来派という流れは私にとって後付けに近かったし、当時の感覚としてはやっぱり「これはもうやられていることだよな」という疑問が頭のどこかにはあった。それに私一人が速度云々と言っていても果たして先があるのか、とか。それで去年の4月にイタリアに行ったんですけど、そこでお別れをして来たんですね。未来派の人たちが活動していた場所で、未来派に対して。「今までありがとうございました」と。「私はこれからやりたいことをやります」という意味を込めて。  絵画に戻って来た。絵画の領域で何がやりたいのかは今もまだはっきりしていないんですけど、でも絵画とイラストについてはずっと考えていて。一方ではそれが障害でもあるんですよ。絵画とイラストの断絶みたいなものが永遠に埋まらないんですね。イラストとして見られていた頃は反発心とか苛立ちを感じていて、速度主義と言ってた頃は美術史や絵画の歴史に組み込まれた錯覚をしていた。絵画とイラストを融合させようという試みは美術史の中で行われて来たことですけど、でも今や断絶っていう言葉さえ薄れて来ている気がする。それにその感覚って本当に重要か?と。「いやどうでもいいでしょう」と。もっとやりたいことやればいいでしょうという感覚になって来た。 そもそも私が描いていること、描くことにおいて重要なのは線なんですけど、それはすごくイラストとの境を曖昧にしている理由でもある。最近はデジタルのドローイングもしていて、そうすると、つまりデジタルだとテクスチャーがほとんど関係なくなるわけなんですけど、それによってますます線描の特性が明確になってくる。色だとか絵具の重なりだとかがあまり重要視されない世界で、それよりは何か強い形を生み出すことにどんどん執着をしていくんですね。やり方を変えても行き着くところは線で、その線をどうするか。ある意味で形を叩き込むことに似ているんですよ。  そもそも林さんにとって描くという行為がどういう位置にあるか伺いたいんですが、絵を描き始めたきっかけは何でしたか。  ごくごく普通というか、よくある話で絵を描くと人が喜でくれて、それを面白がっていた感じです。実家がワイン農家で、売店の2階に住んでいたんですけど、親がよく売店につれていってくれて。お客さんに似顔絵を描くと喜んでくれて。それが楽しかったし、今もそれを面白がっているところはありますね。  林さんにとって絵画あるいは絵を描くことは装置に似た意味合いがありますか? あると思いますね。何かを描きたい…というよりは私の描いた何かによって何かが起こることが一番良いとは思っていて。だからこそインスタレーションのアプローチも出来たのかもしれませんけど。  背景について話を伸ばしたいのですが、触れていたカルチャーも絵が多かったですか。  その点で言うと漫画ですね。漫画は大切だし、私の人生にとって絶対になくてはならないものかもしれない。漫画とか、あとアニメーション。線が動いていることが重要なのかなと思いますけど。 あとは音楽…というより音ですね。生活の中では基本的に音が流れてる。好きな歌手とかよりも曲というか、音ですね。音そのもの。音楽って私の中では一番速いメディアなんです。もはや音楽とか音は私にとって「速いモノ」だと思っていて。  速度の話が出て来ましたが、林さんの作品でも速度は重要な要素でもあります。  やっぱり私は速度っていうものがすごく好きなんですね。motoGPというバイクレースがあるんですけど、そのレースに出ているバイクってものすごい速度が出るんですよ。300キロ以上かな。もうレースを見るっていう感覚ではない。ものすごい速度の物体が目の前を通り過ぎていく感覚で、はっきり感じられるのはエンジンの音だけ。「あ、これが速さなんだ」っていうことが体感的に理解できるんですね。私の絵では速さのフォルムを追求しているふしがあると思うんですけど、一方では「速さとは何か」って命題もあって。例えば光の速度と言われたりしますけど、でもその速度を見た人は誰もいない。速度が速くなったり、反対に遅くなったりすることは知っているし、日々感じることではある。でもそもそも速度とは何か。誰も速度を見ている人はいないんじゃないかって。それってすごく神秘的だし、ドラマチックだと思うんですよ。  速度という概念は物理以外にも応用されますよね。例えば都市部とそれ以外では流れている時間が違っていると言われたり。現代と100年前では都市生活者の時速は違うと思いますが、そのことについて考えることはありますか? 私の感覚として「ひとが密集していると速度は速いし、逆にスカスカだと速度は遅い」というのがあって。私が東京に出て来た10年前はそれこそ神秘的な感じでした。東京の速さが凄まじかった。速度的な神話の世界にきて、それを享受している、みたいな。でも10年も経つとその速さが鬱陶しくなってきて、それを楽しむ余裕がなくなってくる。単純に疲れてきているのかな、と。人間というハード自体が速度に追いついてないのかもしれない。ゲームなんかしていても今はロードタイムってほとんどない。すごく安価にテクノロジーが楽しめて、すごく色々なことが簡略化されている。家にいても外にいても、もうあらゆるところで、あらゆることがシームレスになっている。でも脳味噌がそれに疲れてるんじゃないかなって。でも、ある程度の速度がないと人間はもうイライラしてしまいますよね。そこが面白いところでもあるんですけど。 自然の現象としても、社会や生活のシステムとしても、速度はあらゆる場面で私達にか関わっている。 しかもそれとは分からない姿で。誰にも見えないわけですよね。だから速度はいつまでも神秘でいてくれるんだと思いますね。 プロフィール長野県生まれ。2011年より平面表現における速度を主題とし、制作活動を続けている。 2015年に速度主義宣言を発表。 主な個展に「大木と巨大キツツキ」(Clear Edition & Gallery/2015)、「速度の神」(WISH LESS gallery /2019)など。 林香苗武によるエディション作品はこちらから

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美人画とは、美しい女性の容姿や所作を描く人物がであり、いわゆる女性美を扱った絵画である。女性を扱った作品は古今東西にあるが、美人画という用語は日本発祥の呼称であり、その様式からも「日本の女性美」を象徴的に扱った作品といえよう。 浮世絵師、菱川師宣に始まった美人画の歴史は、江戸時代を終えた後も、竹久夢二、上村松園らへと託され、庶民の低級な芸術と見なされていた浮世絵を原点とすることから批評家達から集中的な非難を浴びつつも、美人画の人気は大正5年頃には隆興を極めた。 世の中を席巻した当時の勢いこそないものの日本画の一大ジャンルであり、強靭な日本の文化であろう。 しかし、そんな伝統文化化した美人画の響きにはどこか古めかしいものを感じるが、かつて絵のモデルとなった遊女や花魁、茶屋の娘などが消えさった今でも、美人画を創作する者がいる。 光元昭弘 / Akihiro Mitsumoto 光元昭弘もその一人だ。 メディウムとしては日本画の岩絵具ではなく、油彩とプラチナ箔であるものの、描かれる女性の佇まいは美人画のそれであろう。 「余白を活かし、人物だけではなく、その人物が存在する空間まで表現したい」と語る光元の作品からは精緻なタッチで描かれた美人の息遣いや無機質な場の静謐さまで見事に表現されている。 また注目していただきたいのが背景である。女性が直に座るタイルやコンクリート打ちっぱなしの壁など、建築家として働いていたバックグラウンドが垣間見える。 作品の紹介はこちらから 丁子紅子 / Beniko Choji アーティストの性別が変われば、女性美への視点もまた大きく変わる。丁子紅子の作品との出会いは、そんな思いをふつふつと湧きおこす。 丁子は無表情な女性一人を画面に現す。女性と衣服、そしてその他のモチーフ一点ほどを、極力まで色を制限し表現するのは、鑑賞者の感情を入れ込む隙間をつくり出し思索を促すためだという。また背景もなく、自然視線が誘われる美人は幕末以降の美人画に見られる「退廃的美人」の要素が感じられる。 性や暴力が表現されることの多い赤と黒を使用し、毒々しい化粧や装いの女性を描いていることから、一瞥すると緊張感のある作品のように捉えられる。しかし、描かれた女性の表情を時間をかけて見れば、絵画からとても優しい温度が伝わり、緊張が緩やかに弛緩していくのが自覚される。見るたびに表情を変え、鑑賞者の心情を揺さぶる丁子の美人画は見飽きることがない。 作品の紹介はこちらから 今野雅彦 / Masahiko Konno ここまで紹介した作家は比較的過去の文脈に基づいたトラッドな作風のアーティストたちであった。しかし、美人画がもっている「日本の女性美」に現代のエッセンスを注入するアーティストもいる。中でも今野雅彦は極めて現代的な感性を感じさせる。 江戸時代における美人画は、モデルに似ているかは重要視されず、美人がどの浮世絵師の「型」で表されるかに重点がおかれた。その後、時代の進みに応じて、リアリティの追求がなされ女性の姿も現実に即したものに徐々に近づいていった。 今野は様式化された美人画をさらに更新し、まるでSNSにアップロードされている写真のように描く。「日本の女性美」を現代的な目線で捉えた結果の帰結なのか、はたまた偶然なのか。ともかく、今野の描く瑞々しい女性は「生きている」 作品の紹介はこちらから 池永康晟の人気からもわかるように美人画復興の兆しは確かに存在する。美人画の歴史を今後紡いでいくアーティストは果たして誰だろうか、画面に佇む美人を眺めながらそんなことを考えるのもいいだろう。

日本のテレビ番組「プレブレイクスルー」にTRiCERAのアーティストが出演

TRiCERAのサービスには100名以上のアーティストが参加しており、ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜という日本のテレビ番組「ブレイク銭屋」でも紹介されたアーティストもいます。以下にアーティストのクリップの一部をご紹介します。 Keisuke Tsuchida https://youtu.be/dxff44DdumU <a href="https://www.tricera.net/en/id81000490018.html" Keisuke Tsuchidaの作品をもっと見る HERE より Go Ogawa https://youtu.be/NzIFKYC_qsw <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200017.html" Go Ogawaの作品をもっと見るHEREより Yu Uchida https://youtu.be/SKzYm92XoBY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200012.html" Yu Uchidaの作品をもっと見る HERE より Aran Yasuoka https://youtu.be/E2N7nuM_-WY <a href="https://www.tricera.net/en/id81000200054.html" Aran Yasuokaの作品をもっと見る HERE より Yuna Okanishi https://youtu.be/hXQ2TwrjfYE <a href="https://www.tricera.net/en/id81000420006.html" Yuna Okanishiの作品をもっと見るには、HEREから。 Osamu Watanabe https://youtu.be/dRcfSvzVYZ0 <a...

アーティストは都市を実験しています。

 大分県南部の別府駅から歩いて行ける距離にある「別府駅前市場」にアートスペースがあります。名前は「GENJITSU」。県内在住のアーティスト畑 直幸さんが運営する実験的なアートスペースです。 "GENJITSU "は、元々大分県に住んでいた3人のアーティストからなるアートグループです。メンバーはHiroaki Azuma、Takanori Suzuki、畑直幸の3人だったが、他の2人は転居を機に脱退していた。畑は「GENJITSU」のメンバー変更を受けて、アートグループからアートスペースへと道を変え、新たなスタートを切ることを決意しました。  "自分たちの作品を発表し、自分たちを高めていくことが何よりも大切です。他の国のアーティストを呼んで、試してみたいと思います。また、立地も重要で、商店街の立地が適していると思います。例えば、通りすがりの人や向かいのお店に見られる。彼らは不思議に思うし、そこから生まれるコミュニケーションを大切にしたい。私たちのための実験、街のための実験だと思っています。" 今では唯一のメンバーとなった畑はそう言う。彼の目的の一つは、アートを日常生活のような広い枠に落とし込むことだ。"GENJITSU "はアート空間であると同時に、ムーブメントでもある。 Instagram: https://www.instagram.com/genjitsu_art/?hl=j

Feature Post

日米を代表するアーティストが東京でデュオ展を開催

国際的に活躍するアーティスト、Yuko MohriとDavid Horvitzのデュオ展「夏の雨」がSCAI THE BATHHOUSEにて開催されます。 SCAI THE BATHHOUSEで初のデュオ展を開催するYuko MohriとDavid Horvitz。二人はパリで会話を交わし、夏の雨には様々な顔があることを語り合いました。このような雨についての議論の機会を得た後、二人は水と雨の研究に焦点を当てます。夏の雨には雨、雷雨、七夕の雨など様々な顔があるのではないかとのことです。その結果、「夏の雨」というタイトルで作品を発表することになりました。 Yuko Mohriのメインテーマの一つに水漏れがあります。特に東京メトロの駅構内の水漏れは頻繁に発生しているが、ほとんどの人が通り過ぎるだけである。「夏の雨」では、「モレ・モレ(水漏れ)」など、初期のキャリアの中でのインスピレーションの源となった作品も発表しています。と「モレモレ(漏れ)。東京」です。Mohriは、アートの一形態として、エネルギーの回路を考案し、インスタレーション作品の中で自分の装置が再生されるようにしています。Mohriはアートの一形態として、エネルギーの回路を工夫し、装置が自分自身で再生するようなインスタレーション作品を制作しています。Mohriはパリ滞在中にも水漏れ事件を起こしています。"The Water Fall Given"はその作品です。 Mohriとともに、アメリカのDavid Horvitzが 主に時間や距離などの概念を巧みに操り、ウィットに富んだ詩的でコンセプチュアルなアートに変換していく彼の作品は、「夏の雨」というテーマでも発表されています。本展の作品の中でも特に「切手」は、「夏の雨」をテーマにした作品の中でも特に目を引く作品です。 人々の目を楽しませてくれます。雨や川、海など様々な水の状態を表現したスタンプや、「あなた」を表現したスタンプを紙に貼って、観客が自分のための詩を作れるようにします。 Mohriが人間が利用する空間であるアーティファクトの中で起こる自然現象のサイクルに着目しているとすれば、Horvitzは水と海と人間との関係性とその意味を見出すことに着目しています。"When the ocean sounds"は、人間の血液と海水の成分の類似性について書いた海洋生物学者レイチェル・カーソンのアイデアに触発された作品です。人間と水の間に比喩的な関係をもたらすための彼の別の試みは、彼の作品"スタンプ"にも見ることができます。Mohriが管理された環境下で水を研究しているのに対し、水はオープンな環境の中で発見されたものであり、水、雨、現象と人間に対する彼らの微妙に異なるアプローチが本展の面白いところである。展覧会自体はもちろんですが、Yuko MohriとDavid Horvitzという世界的な二人のアーティストが一緒に作品を発表するという点では、今東京で起きている現代アートシーンの中でも注目すべき展覧会だと思います。 会期は2019年7月19日から9月7日まで、夏休みの締めくくりは2019年8月4日から19日までです。SCAI THE BATHHOUSE https://www.scaithebathhouse.com/en/ 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

ミレニアル世代の私たちがモダンアートを買うべき理由

 私たちは、より洗練された未来を形作っています。 私たちミレニアルズは 1988年生まれの私を含めて まるで「FRIENDS」のフィービーとレイチェルの ハイブリッドのようなものです どのようにして?私たちは、フリーマーケットで買った感傷的な愛着のあるアンティークが好きなPhoebeのように、独自性と信頼性を切望しています。しかし、Pottery Barnの新品のアンティーク調の家具を選ぶレイチェルのように、人気と安全性も求めています。 私たちのハイブリッドなライフスタイルを見てみましょう。私たちはファッションのセンスが抜群で、古着屋で買ったジャケットやグッチのバッグの着こなし方を熟知しています。私たちはアナログとデジタルの技術に精通しており、スマートフォン、YouTube、ジャスティン・ビーバーがどのように私たちの生活を形成してきたかを目の当たりにしてきました。旅行にも熱心で、SNSでは何百万人もの人が撮った写真を投稿して自己ブランディングをしています。プライドパレードに参加したり、グレタ・トゥンバーグと一緒に行進したりと、人権や環境問題のネガティブな継承に取り組んでいます。そして、そう、私たちは皮肉が好きなのです。それでも、私たちは、比較的、素晴らしいことをしていませんか?私たちは確かに新しい時代を形作る洗練された心を持っています。  オーガニックを選びますか?ウォールアートも選びましょう。 私は、アートを買うことは、あなたの食料品をどこで買うかを選ぶことと何ら異なるべきではないと信じています。私たちの世代は、前例よりも私たちが食べるものを気にしています。私たちは、有機野菜や人工香料の入っていない食品を買うためにホールフーズマーケットに行きます。または週末のファーマーズマーケットで、私たちは生産者から直接新鮮な食品を購入します。お金はかかるかもしれませんが、私たちは自分自身の健康だけでなく、地元の生産者の持続可能性を促進していることを知っています。美味しい食べ物は、私たちの日常生活を豊かにしてくれます。 では、アートはどうでしょうか?フリーマーケットでは、地元のアーティストが素晴らしい絵画や手工芸品を売っているのを目にします。なぜでしょうか?私たちは、ブランド名のついた工場で作られた複製品に同じ金額のお金を使う方がいいからです。自分たちを「教養人」と呼ぶために、私たちは美術館にお金を払って、より古い世代が確立した芸術を見ることにしています。それは残念なことで、自分たちの好みのものはあまり見ないので、「自分は芸術を理解していない」と自分に言い聞かせているのです。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、家に置くことができない。さらに悪いことに、気に入ったものがあっても、それを家に置く余裕はないし、気に入ったものがあっても、家に置いておく余裕もない。真実は、私たちは私たちの時代の芸術を理解しているということです。それはInstagramやPinterestだけでなく、私たちの壁に私たちの多様な味をマニフェストするためにいまいましい時間です。 あなたの地元のファーマーズマーケットであるTRiCERAで食料品を買いましょう。 TRiCERAのようなオンラインアートマーケットのプラットフォームは、あなたの地元のマーケットです。アーティストが直接アートを持ち寄り、キュレーターが品質が保証されたものをセレクトする場所です。Pheobe Buffayのオリジナル作品をお手頃な価格で手に入れることができるとしたら?お気に入りの作品を毎日壁に飾って鑑賞することができます。ファクトリーアートでは味わえない筆致と繊細なディテールに、あなたはエネルギーを得ることができます。アーティストを支えるだけでなく、年々豊かになっていくとしたら?現代のアート市場は、アメリカの株式市場よりも有望であることが証明されています。あなたは文字通り見せびらかすことができるクールな投資をしています。あなたがTRiCERAでサポートしたアートやアーティストは、数年後にはオークションや美術館で見つかるかもしれません。ほら、あなたはトレンドを形成している人なのです。これが、私たちミレニアル世代とX世代の人々が、現代の美術館を再構築する方法なのです。 アートコレクターであることが意味をなす5つの例 これはフィクションです。名前、キャラクター、場所...は完全に偶然のものです。] Tracy - 28歳 - スムージーとヨガと猫が大好き。彼女のアパートは普段は散らかっているが、出会い系アプリでの自撮りやビデオチャットのためのコーナーを用意している。彼女はちょっと前衛的で、一生懸命遊ぶのが好き。 AIKA TAKAHATA, IN THE END, 32cm × 41cm https://www.tricera.net/painting/id81003010004 Dave - 35歳 - 一人目の甥っ子に甘いところがあり、二人目を妊娠中の妹エイミーのことを気にかけている。子どもの脳の発達に役立つと信じて、子ども部屋にアートをプレゼントしている。 YAMAKAWA...

Quick Insight Vol5. 東洋絵画を現代的な美意識で再解釈。 韓国出身の注目作家 Jooha Sim

Quick Insight Vol5. 東洋絵画を現代的な美意識で再解釈。 韓国出身の注目作家 Jooha Sim ジュハ・シムは、"慰め "という花言葉を持つ「ポピー」という花を通して、 自分の内なる感情を現代人に伝えたいと考える作家です。 糊を混ぜた伝統的な東洋の粉絵具の偶発的な効果と鮮やかな色彩が、 背景の暗さよりも生き生きと咲くのが彼女の作品の特徴。 今回は、ジュハ・シムさんにお話を伺っていきます。 Q1.あなたの作品にとって重要なテーマはなんでしょう “A caress of florescence”(日訳:開花の抱擁)が私のデビュー当時から大事にしているテーマです。 (A caress of florescence,H 130.3cm x W 97cm x D 2cm,絵画, 2020) Q2.私たちのプラットフォームでもJoohaさんの熱狂的なファンの方をよく見かけます。 どんな方々がJoohaさんの作品を好む傾向にありますか? 日々インスタグラムで作品を投稿しているのですが、 ありがたい事にファンの方々が一人ずつ自然に増えていっています。 20代から40代の幅広い年齢層の方々に作品を見て頂いており、 子供連れのご家族の方々がとくに私の作品を好んでくれているように感じます。 (Still flowers bloom,H...

目にも眩しい新進気鋭のデジタルペインター

デジタルペインティングは現代アートの一部として考えるべきなのか?もちろん、疑いの余地もない。確かにキャンバスと油絵具やアクリル絵具のようなリアルな材による従来の芸術とは異なるが、それでもやはり、描画や構図などの芸術的なスキル、そして何よりも創造性を必要とします。  また、デジタル絵画は、従来よりも更にタイムリーに現在の世情を反映することができる。当時の王侯のリアルな肖像画や戦争のキュビズム解釈など幅はあれど、常に歴史の鏡や視覚的な記録との役割を担う事実も、芸術の一つの重要な要素である。2020年は多くの無視できぬ出来事が続いており、より一層デジタルアーティストがこの前例のない年を描き出している。 デジタルの作品は、ほとんどがプリントで手元に届き、自明の理として立体的な質感や、 "オリジナル "の実感には欠ける。しかし、その一方で、特徴的なクリーンな線や想像を絶するような色使いを実現することができる。文頭の問いの答えは、良し悪しでの問題ではなく、新たなスタイルとして認められるべき、と。あなたも、この有無を言わせぬ独創的な芸術の力に納得するはずだ。 Le Thai Huyen Chauo  新興のサイケデリック・カラーの魔術師。彼女はロックダウン下の日常風景を、シニカルに、終末的なディスコへと変える。 fkXrnbw 芸術のタバスコ。辛辣なユーモアとシュールレアリスムの出会い。歪んだ創造性は、あなたを「夢の中の夢」の中で目覚めさせてくれる。 SAD MARIA 心の健康への意識を促す優しいビンタ。ミニマリスティックな構成がメッセージを強調している。 이창희 とろけるようなファンタジアへの招待状 - 入り組んだディテールとパターンの混ざり合いが魅力的。

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