火曜日, 8月 3, 2021
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ナチュラルな部屋をつくる、6つのアート作品


ルームデザインに役立つアートをまとめてお届け。ビジュアルはもちろん、作家が込めた哲学にもご注目。今回はナチュラルな部屋づくりに最適な作品を6つ紹介する。

ナチュラルとアートの親和性

植物や自然には人の心を癒す効果があります。同じようにアートにも「色」「モチーフ」「質感」などから、鑑賞することで人の心に癒しの効果を与えるという性質があります。
そのようなアート作品が持つ性質と部屋の雰囲気が調和するような、芸術的かつ暖かい空間をつくるのはいかがでしょうか。
そこで、部屋に飾ることでナチュラルな雰囲気を演出する作品やナチュラルインテリアとも相性が良い作品を6つ紹介します。

The Breath Of Life 

The Breath Of Life (生命の息吹)/10cm×10cm/アクリル

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この作品ではロシアに夏が訪れて植物や虫たちが生命を謳歌している様子が描かれています。モチーフがデフォルメ調の植物と虫たちであるため、周りに植物などの天然素材を置いている部屋の中でも違和感なく存在感を発揮します。背景色がグレーであるため、飾る時には部屋の元々の壁紙の色とも合わせやすいという利点があります。小さいサイズの作品のため、絵を複数個飾りたいという方にもオススメです。

3-2「Garden」

Garden/37cm×47cm/アクリル

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植物が絵本のような可愛らしいタッチで描かれた作品です。画面の中で緑色が多く使われていますが、緑の色味を少しずつ変えることで画面に変化を付けさせ、長く鑑賞していても飽きさせない工夫がされています。植物が女性らしいタッチで非常に細かく描写されていることが特徴的な作品ですが、このようなディテールが細かい絵は単調気味な空間に飾ることで部屋のインテリア全体のクオリティを上げることができます。緑色は木のインテリアとも相性が良くナチュラルな空間にぴったりです。

Guangzhou

Guangzhou/38.1cm×30.5cm/水彩,ペン,インク

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都市を上から覗いたかのような大胆な構図が特徴的です。この作品は全体的に黄色をベースにした色味でまとめられています。海外で発表された2021年のトレンドカラーに黄色が含まれていたことから、インテリアの差し色へ用いることが2021年のトレンドになると言われています。この作品から印象付けられる落ち着いた黄色のトーンもトレンドにぴったりです。暖かさを感じるベージュや白色とも相性が良く、非常に扱いやすい色です。街並みを描いているということで直線的な表現が多い作品のため、同じ部屋に直線的なシルエットを持つ家具を集中させることで、統一感のある部屋になります。

The dreaming moon_2

The dreaming moon_2/50cm×50cm/アクリル

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丸いキャンバスに描かれているのが特徴的な作品です。直線的なインテリアが多い空間に、このような丸い形のキャンバスを飾ることで作品に視線を集中させることができ、存在感を与えます。キャプションを見てみると「深い海の中で出会った月」とあり、海をまるで月のように丸く切り取ったユニークな作品となっています。海や自然の色を意識して作られた作品を目立たせることで、部屋全体の雰囲気をナチュラルな方向へとコントロールすることができます。全体的に寒色がベースになっているため、暖かい空間の中でもスタイリッシュかつクールな印象を与えます。

Space Cloud – 6th Planet

Space Cloud – 6th Planet/70cm×100cm/デジタルプリント

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空を映した、どこか懐かしさを感じさせるノスタルジックな雰囲気をもつ写真の作品です。

画面の多くを占めているオレンジ色の雲から、暖かさを感じることができます。壁紙やインテリアに暗い色が多い空間でも、飾ることで部屋の中に暖かい印象を作り出すのにピッタリです。更にこのようなノスタルジックさを持つ作品は、古い質感を持っている木のインテリアの近くに飾ることでナチュラルかつビンテージな雰囲気を演出してくれます。

Fontana di Trevi

 

Fontana di Trevi/70cm×70cm/アクリル

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夏に噴水の底でコインが光っているのを見てインスピレーションを受けたという作品です。コインを金色のアクリル絵の具で表現しているため、コインの金属の質感が浮かび上がるような表現がされています。キャンバスの側面まで描写されているため、額縁に入れることなく部屋に飾ることが可能です。木などのナチュラルな柔らかい雰囲気に、金属のような質感のある絵を取り入れることで物足りない部屋の印象をはっきりとさせます。金属のような質感と言っても、重厚感ではなくキラキラとした明るい印象を与えてくれるため、部屋全体の雰囲気が重くなりません。

ナチュラルな部屋は幅広い年齢層から長年愛されているテーマであり、部屋全体が暖かい雰囲気に包まれます。アート作品はそのようなナチュラルな部屋との相性がかなり良いため、初心者でも気軽に作品を飾ることができるのでオススメです。

 

Manami Yonedahttps://www.tricera.net/
高校で3年間美術コースを受講、その後2年制の専門学校を卒業し、社会人経験を経てフリーランスのライター兼デザイナーとして、各種メディアにてアートや生活に役立つ情報を発信。 アート、健康、福祉、ライフハック、インテリア、の記事を得意領域としている。

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デジタルはリアルの対義語か?平田尚也が目指す新しい彫刻の「場所」をめぐって。

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現代アートは遊び場になり得るのか?

"今が遊び時" 東京都現代美術館 大人になると、「ゲームをやめろ、おもちゃや友達と遊ぶのをやめろ」などと言われてきましたが、大人になってからも同じようなことを繰り返しているかもしれません。大人になってからも、同じようなことを繰り返し、このような質問をすることがあります。仲間とつるむのをやめようか、もっと勉強して頑張ろうか」とか、そんなことを考えることがあります。 そう、人生は決して楽なものではありません。それは誰にでも、どんな時にも当てはまります。では、「遊ぶ」時間をきちんと持てるのはいつなのか、何かで遊ぶことを心から楽しめるのはいつなのか。仕事や勉強の時間も必要ですが、遊びの時間を過小評価してはいけません。遊びの時間は、自分自身や世界に新しい価値観を見出す機会を与えてくれることがあるからです。 では、現代アートについてどのように感じていますか?美術館やギャラリーに行くと、遊びの時間として感じますか?そうでなければ あなたは現代美術をもっと勉強して発見すべき難しいテーマだと思っていますか?現代美術についてどのように考えていても、「現代美術は難しい」という意見もあります。 東京都現代美術館では、「今、遊ぶ時間」と題した展覧会を開催しています。子どもだけでなく、大人も現代美術の「遊びの時間」を楽しめるように企画された展覧会です。 本展では、Yoshiaki Kaihatsu, Kazuhiro Nomura, team Hamburg, Tanotaiga, TOLTA, Usioの6人のアーティストとアーティスト・コレクティブによる作品を展示します。それぞれの作品は、ゲーム感覚で参加することができます。第一展示室に入ると、壁一面が巨大なキャビネットで覆われている。圧倒的なスケールに加えて、キャビネットがボルダリングのクライミングウォールになっているため、目を引く。観客は作品に圧倒されるかもしれないが、キャビネットの扉を開けると別の展示室につながっている。ユーモラスで楽しい作品のようだが、作家の開発良明氏によると、「受験の壁」は、実は受験のプレッシャーやストレスを表現したものだという。 もう一つの興味深い作品は、タノタイガの「Tanonymous」。Tanonymousは壁一面を無数の仮面で覆っている作品である。作家の無表情な顔をベースにした多数の仮面が、参加型のワークショップから観客によって徐々に多様な顔に変化していきます。ワークショップでは、美術館が用意した素材を使って、無地の仮面を自由にデコレーションします。最終的には、これらの多様な顔のすべてが、'Tanonymous'の作品として展示されることになります。 アーティストのタノタイガは、基本的には美術作品の中で社会システムや価値観を探り、マスメディアや画一化された記号が日常生活の中で持つ力を考察しています。作品タイトルの「タノワイマス」は、作家名の「タノタイガ」と「アノニマス」の複合語です。作家は作品を通して、標準化された社会と現代社会に蔓延する匿名性を批判的に見つめています。観客が好きなように仮面を飾ることで、観客はやがて鑑賞者となり、同時に制作者となる。美術館の中の同じ顔が徐々に様々な顔に変化していく過程で、作家は自分の考えを伝えたいと考えているようです。 友達と遊ぶこと、おもちゃで遊ぶこと、どんな遊びでも、私たちに充電の時間を与えてくれます。展覧会を通して、作家は社会に関するテーマを表現しており、展覧会や美術館は遊び場にもなっています。現代美術が遊び場になるという意味では、展覧会を見る(遊ぶ)価値があると言えるでしょう。観客の参加が作品の一部となり、場合によっては観客の遊びの痕跡が作品の一部として残ることもあるでしょう。 東京都現代美術館では、2019年10月20日thまで「今が遊び時」展を開催しています。参加型のアート作品とともに、観客がアーティストと一緒に遊ぶことができる関連プログラムやワークショップも開催されています。詳細や情報はこちら。https://www.mot-art-museum.jp/en/exhibitions/time-to-play/。 記事を書いた人:Jeongeun Jo 韓国出身で現在は日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。

ルーヴル美術館が7月6日に再開。現状と取り組み、そして課題とは?

 コロナウイルスの流行によって世界中で大きな変革が起こった。アートワールドも例外に漏れず、大きな経済的打撃を受けているようだ。ではフランス・パリに位置する美の殿堂、ルーブル美術館にはどのような影響があったのか。  フランスの美術館は数ヶ月にわたる閉鎖の後、ようやく再開し始めた。しかし、そこに祝賀ムードはない。来場者はマスクを着用し、オンライン予約システムを通じてチケットを購入し、体温検査の結果を提出するという。アートを見る上で、奇妙で新しいガイドラインによって運営されているためだ。  パリのルーブル美術館は政府のガイドラインが変更されない限り、7月6日に再び来場者の受け入れを開始する予定だ。それでも、コロナウイルス前のようにはいかないだろう。フランスのアートマガジン、ル・フィガロとのインタビューで、ルーヴル美術館のディレクターであるジャン=リュック・マルティネスは、旅行の制限により来場者数に深刻な影響があると述べている。  マルティネスは、ルーブル美術館の来場者数が70%低下すると見込み、また来場者の属性も大きく変化するとの予想だ。マルティネスは、以前はチケット販売の75%が外国人によるものだったが、政府による出入国規制により大きなマイナスを来たすと述べた。ただフランスでは夏の間、長い休暇を取るので来場者数の割合としては少ないが自国民の取り込みに期待している。世間がアート業界に暗い予想をする中、マルティネスは楽観的だ。  通常、ルーブル美術館は1日あたり10,000~15,000人の来場者を迎え、世界で最も多くの人々が訪問する観光スポットの1つとなっている。以前は訪問者は複数の場所から入場できたが、現状はイオ・ミン・ペイが設計したピラミッドを介してのみの入場に限っている。また博物館の約30%は完全に閉鎖するなどの措置を取っている。  彼の予測では、今後数年間は美術館の展示方法など変わらないとする一方、2023年には通常形態に戻るだろうと明かした。マルティネスは現況を911直後の美術館の来場者が減少した状況になぞらえ、この打開には想像力が必要であり、またルーブル美術館にはそれをするだけの力があると説いた。 copyright by https://www.artnews.com/art-news/news/louvre-coronavirus-reopening-attendance-drop-1202689059/

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ishii-nobuo: 遅咲きの驚異、世界に笑顔を届けます。

インスタグラムで52kの熱狂的なファンを築いたアーティストの割には、ishii-nobuoについての情報は多くは知られていない。何のフォローもせずに、質の高い作品を毎日投稿することで、彼の魅力を物語っている。晩成型であることは間違いないが、眠っていた火山が噴火して大量のマグマを噴出しているようなものかもしれない。彼の創造性は衰えることなく、今もなお開花し続けている。 しかし、多作であることも、老いても子供のような天才であることの一因に過ぎない。絵付け、不条理な焼き物、昔ながらの焼き物など、彼のユーモラスなモチーフや様々な手法を表現する際には、ishii-nobuoの無邪気な好奇心が鍵を握っているからだ。一見風変わりでエキセントリックな彼のユーモアのセンスは、セクシャルなジョークでも、彼の中にある10代の少年の甘いロマンチシズムとバランスが取れていて、それが受け入れられているのである。 ishiiの墨と紙を使った画法もさることながら、筆致は清らかで自由である。作家自身が楽しんで制作したものであってこそ、鑑賞者は作品を楽しむことができる、とishiiは考えている。だからこそ、私たちは彼の作品を見て安心して笑うことができるのだろう。それは私たちにとっても、おそらく彼にとっても、癌との闘いの中でのカタルシス体験なのだろう。彼は日々、52K以上のファンの心をアートで解放しているのだ。 TRiCERA.Netでishii-nobuoの他の作品を見るにはこちらをクリックしてください。 P.S. 彼のファンの皆さんが日本語を理解してくれるといいのですが、タイトルによってはオヤジギャグになっているものもあるので、それを見ている以上に彼の作品を評価してくれると思います。 See You16 x 22 cm 日本語のタイトルは「ジャー・ネ」で、英語の「See ya」のようなカジュアルな敬語を意味します。「Jar」(といってもティーポットですが)という言葉を使って遊び、「See ya」と言っている二人の男を左右に描いています。 Where am I?37 x 26 cm https://www.instagram.com/p/B9dgr9uJF7t/?utm_source=ig_web_copy_link https://www.instagram.com/p/B3iqawTJ0aV/?utm_source=ig_web_copy_link https://www.instagram.com/p/BwLIpVCJnnK/?utm_source=ig_web_copy_link このような楽しい発見をもっと知りたい方は、ArtClipのニュースレターの購読をお忘れなく!

“現代アートの歴史を辿る” 広重からゴッホの作品等1億画素の高精細画素による複製画の特集

この度、TRiCERAは大日本印刷株式会社による高精細印刷技術を活用した「プリモアート」の販売を開始致します。今回は精密な複製技術により制作した葛飾北斎、歌川広重、クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、フィンセント・ファン・ゴッホ、ヴァシリー・カンディンスキー、ピート・モンドリアン、グスタフ・クリムトの作品を販売します。 1億画素の高精細撮影による高い再現性 プリモアートとは、DNPが長年に渡って培った技術を用いた、高精細印刷技術。高解像度でデータを処理し、原画に限りなく近い色調やタッチを忠実に再現し、画材紙・キャンバス ・和紙・バックライトフィルムなど多様な用紙へ印刷することが可能です。 通常の印刷では4色のインキ(CMYK)を使用しますが、プリモアートは10色のインキによって再現可能な色域が通常よりも広いことが特徴の一つ。 作品の撮影には、1億画素超の高精細デジタルカメラ「PHASE ONE」を使用し、作品の色調や筆致、キャンバスや紙の目まで忠実に読み取り、原画に近い再現性を出すことが可能となっています。 広重からゴッホまで-今回の特集作家たち- | 葛飾北斎(1760〜1840 / 日本) 江戸時代に活躍した浮世絵師の一人。「北斎漫画」などの作品を残し、ゴッホなど西洋美術にも大きな影響を与えた。 【作品詳細】作家名:葛飾北斎作品タイトル:冨嶽三十六景_神奈川沖浪裏作品サイズ:29.7×42㎝ 作品価格:30,000円(税抜)オリジナル額:20,000(税抜) 購入を検討するクリック 【作品詳細】作家名:葛飾北斎作品タイトル:冨嶽三十六景_凱風快晴作品サイズ:29.7×42㎝ 作品価格:30,000円(税抜)オリジナル額:20,000(税抜) 購入を検討するクリック | 歌川広重(1797〜1858 / 日本) 江戸時代に活躍した浮世絵師の一人。風景をメインにした作品は「ヒロシゲブルー」など色使いに特徴があり、ゴッホやモネなど西洋美術にも影響を与え、「ジャポニズム(西洋における日本文化の流行)」のきっかけともなった。 【作品詳細】作家名:歌川広重作品タイトル:名所江戸百景_亀戸梅屋舗作品サイズ:42×29.7㎝ 作品価格:30,000円(税抜)オリジナル額:20,000(税抜) 購入を検討するクリック | クロード・モネ(1840〜1926 / フランス) 印象派を代表する画家の一人。「印象派」のネーミングの元となった作品を手掛けた画家でもある。 【作品詳細】作家名:クロード・モネ作品タイトル:オランダのチューリップ畑作品サイズ:42×59.4㎝ 作品価格:40,000円(税抜)オリジナル額:20,000(税抜) 購入を検討するクリック | ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919 / フランス) ポスト印象派を代表するフランスの画家。女性の美しさを追求したことでも知られ、印象派の中ではリーダー的な役割も果たした。 【作品詳細】作家名:ピエール=オーギュスト・ルノワール作品タイトル:ピアノを弾く娘たち作品サイズ:59.4×42㎝ 作品価格:40,000円(税抜)オリジナル額:20,000(税抜) 購入を検討するクリック | フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890 / オランダ) オランダにおけるポスト印象派を代表する画家。感情を率直に、大胆に表現した色使いに特徴がある。弟の尽力によって死後に高く評価され、中には100億円を超える作品もある。 【作品詳細】作家名:フィンセント・ファン・ゴッホ作品タイトル:星降る夜、アルル作品サイズ:42×59.4㎝ 作品価格:40,000円(税抜)オリジナル額:20,000(税抜) 購入を検討するクリック | ヴァシリー・カンディンスキー(1866〜1944 / ロシア) 抽象絵画の先駆者の一人として知られる画家。「熱い抽象」とされる作風が特徴的で、晩年は不遇に過ごしたが、その死後になって評価が高まった。 【作品詳細】作家名:ヴァシリー・カンディンスキー作品タイトル:黄・赤・青 作品サイズ:59.4×42㎝ 作品価格:40,000円(税抜)額装:20,000(税抜き) 購入を検討するクリック | ピート・モンドリアン(1872〜1944 /...

抑圧され、薄れゆく自己を見つめる。齊藤拓未インタビュー

公園の遊具、部屋の片隅、道端など日常のさりげない景色を虚心としたタッチで描いている齊藤拓未。「大人になるにつれ抑圧される自分がいる」と語る彼女は、自身の幼い頃の感性を呼び起こすような風景やオブジェクト、そしてそこに紐づく幼少期の自らの感情を少女の形姿に変換し、キャンバスに描き出す。今回はこれまでの経歴から自らの情緒性をベースにする齊藤の制作背景について話を聞いた。 齊藤さんは日常のスナップのような風景と少女を組み合わせたペインティングをメインに発表していますが、絵画の中ではそれぞれがどう関係しているのか、まずは作品の背景から伺ってもいいですか? 私の絵には女の子が登場するものとそうでないものがあるんですけど、女の子は私自身そのままというより、昔の自分につながる感情のような存在です。風景の方は幼少期のことを彷彿とさせるものが多いです。普段から景色とかものとか、どこか昔のことを連想させる何か見かけた時にはメモをしたり、カメラで撮影したりするのですが、それが作品のベースになっていますね。 WAITING ROOM, 2020, 29.7 × 42cm, Giclee Printing on paper, edition:50 齊藤拓未の作品はこちらから つまり少女はかつての齊藤さん自身のメタファーのように登場している。風景もかつてのことを連想させる役割をになっていますが、どちらも昔のことがキーポイントになっているんですね。  大人になるにつれて自分が抑圧されていると感じていて。それにつれて昔の自分なら持っていたような何かが流れていってしまうというか、どんどん自分がなくなっていく感覚がある。とても嫌な感覚なんですけど、それは。 でも風景とか、あとはモノですよね、そういう存在が昔の自分を思い出させてくれて。自転車を漕いでいる時に香ってきた落ち葉とか、雨が上がったあとの匂いとか、そういう日常的なものを通して昔のことを思い出せることがあるんです。「あ、これだ」というか、言葉ではうまく言えないんですけど、記憶が蘇ってくる感触がある。「あの時と同じだな」って。 その抑圧というのは人付き合いによって自分が押し止められるということですか。 ニュアンスは近い…かもしれないです。だんだんと集団でいることが嫌になっていくんですけど、でもそれに合わせてしまう自分がいる。「一緒に帰ろうね」とか「どこそこで待ち合わせね」とか、周りの友達がそう言ってくれることさえ少し窮屈だった。悪気があるとかはもちろん考えてないんですけど。 私にとって中高は空白期間で、思い出せる出来事がほとんどないんですよね。本当に、どうしてと思うくらい何もない。大人になるにつれて多くなると思うんですけど、そういう人付き合いとか、色んな制約とか、我慢しなくちゃならないこととか。でもそれに合わせているとだんだんと自分の中で何かが薄れていく感じがしていて、それにすごく危機感がある。「ああ、このまま自分が無くなっちゃうのかな」と。 friend, 2020, 45.5×38cm, oil on canvas そうすると作品はある意味で記録に近いようでもあるし、単純な風景や少女の描写ではない。 残しておきたいとしたら風景とか、目に見えてる何かというよりは感情の方ですね。女の子を描いていない景色も、あとはモノとかも、全て昔の自分につながる働きをしていて、だから人は描いていないけど、でも痕跡として残っているようには見せたいと思ってます。 だから「風景と女の子の絵ね」と思われがちな気がしますが、でも状況を描きたいわけではないんです。 経歴の話に少し移ると、齊藤さんは日本画を学ばれてますね。もともと日本画が志望だったんですか?  というより、最初はイラストの方でした。中高と漫画研究会に所属していたのですけれど、でも漫画というよりはずっとイラストを描いていました。その頃からなんとなく女の子の絵とかは描いていましたけど、当時は本当にイラストで。  でも周りの子みたいにものすごい詳しいとかでもなかったし、好きなイラストレーターの人の挿絵がある本は読んだりしてたけど、でもどっぷりという感じでもなくて。だから中途半端。  高校一年生の頃からぼんやりと美術系の大学に進みたいと考えていて、イラストを描いていたせいもあると思うんですけど、特に平面的な表現ができるなと思った日本画を選びました。どちらかというと画壇系の盛り盛りな感じよりはフラットな表現が好きだったし、受験の頃から立体的に描くのがすごく苦手で。デッサンとかも本当に苦手なんですよ。  現在ではアクリルや油彩を使っていますが、マテリアルの扱いに関しては文法が大きく異なると思うんですが、違和感はなく?  学部の頃は日本画の画材を使ってたんですけど、でも岩絵具を使っていると「なぜ使うのか?」のような意味づけを求められてしまう。あとは学部の頃から女の子を描いていたんですけど、日本画材でそれをすると美人画の文脈で受け取られてしまうんじゃないか、と。そちらに進みたいわけではなかったし、自分の描きたいものを考えるとアクリルでも問題なくできた。だから画材から描き方までけっこう変えましたね。 昔は髪とか顔とか、もっとディティールを描き込んでいたんですけど、もっと単純化させ、平面感を強める方向にシフトしました。普段描いていたドローイングがそれに近かくて、ノートにちょこちょこと描いていたものをタブローとして描いてみようと。結果的にそっちの方が自分にとって苦じゃなかったんですよね。 ただルールというか、自分で制限はもうけているとは思います。もうできないことはあまりしないようにしよう、と思っていて。色合いも薄くして、場所によっては色鉛筆を重ねてみたり、曖昧になってしまうので特定の方向に強めるような感じです。 忘れる, 2020, 31.8×41cm, oil on canvas  現在の風景と少女の組み合わせを画面に持ち込んだのはいつ頃から?  2年前くらいです。学部を出た頃かな。その頃は写真で切り取った風景とかを入れたり、少し画面がごちゃごちゃとしていたんですけど、それも幼少期という時間に設定しようと決めて。  よく分からない感じというか、より複雑にはしたいと思ってますね。ただでさえ平坦なタイプなのでペラペラになってしまいがちになる。もっと分かりにくく、もっと複雑に、とは気をつけているかな。その方が何回も見たくなると思うんです。でも最近はそのまま描きすぎているかな、とも。  作品と自分自身のつながりが強いことに抵抗はありますか?  個人的な作品になっているということがですか? それは前に少し悩んでいて、というか、今も時々は考えるんですが…。 あまりにも描いていることが個人的過ぎるのかな、と。ただマイクロポップの作家さんのように、あとはナビ派の人たちとか、いつの時代にも個人的なこととか、身の回りのことを描く人たちはいるのかなとも考えていて。自分の描きたい作品とか、描いていて無理がない作品について考えるとそっちなんじゃないか、と。あとは納得の問題だとは思うんですけど。 個人的なことを描いている作家は好きですか?  好きですね。個人的というか、さりげない、身の回りのものを使った作品と日常の断片を描いている方々は好きです。この間ワタリウムでやっていた青木さんとか、西村有さんとか、古いところでいうとドニ、ヴュイヤールとか…。  モランディも好きです。いつも画集は近くに置いてます。あとはナビ派の人たちはやっぱり好きですね。テーマとかモチーフの点ですごく参考になる。それから画家ではないんですけど、青山静男さん。子供を描き始めた時に一番影響を受けたし、今でも見失いそうになる時によく見ています。  イラストをずっと描いてきたということですが、イラストの遺伝子は自分の絵画に感じますか?  …どうだろう。でも、確かに言われる時はありますね。「イラストだね」とか、そこまで露骨なわけじゃないですけど、でも言われます。  ただ最近はどっちもかな、とは思います。イラストとも言われるし、絵画とも言われる。確かにイラストはずっと描いてたので、その感じがあっても不思議ではないと思う。好きなイラストレーターの人とかもいますし。だから最近は中間でいいかなって考えていて。 イラストと絵画の中間を。 どっちの要素もあっていいんじゃないかって。どっちの要素もあるんなら、それはそれで本当なんだろうし。 描いている少女には表情が描かれていませんね。  描いている時の自分は冷静なんです。だから描かれている人物には表情がない。そこには距離があるんですよね。前に絵を見てくれた人から「齊藤さん自身は諦めている感じだね」と言われて、それはそうかもなと思いました。女の子というか、子供が登場している理由はさっきも話したと思うんですけど、でも子供を描いている理由自体はコンプレックスというか…、どこか憧れに近いのかもしれないです。子供であることに対しての憧れ。 やはり幼少期の自分自身や現在の自分を取り巻く環境とか、あり方に対する強く関係している。  やっぱり今の自分と小学生の頃の自分が地続きでない感覚がどこかにあって。小学生の頃の写真とか、先生からのコメントとか見ているとずっと明るいんですよね。「ああ、そうだったんだ」って。環境も変わったし、自分が変わってきて、昔から大人しい人もいると思うんですけど、私は変わったんだなって。 午後の公園, 2020, 33.3×33.3cm,...

ART & TIPS – 作品の額装から保管まで –

アートを買いたいけど額装が分からない。アートを買ったけど保管の方法が分からない。などなど、この記事では「アートを買う上・持つ上で分からないこと」を解説します。 アートとの暮らし方 - 額装から修復まで - 100万円の絵を買うために - 分割払いってアリ?ナシ? - アートと末長く、いつまでも - 買った作品は売ってもいいの? ダメなの? - アートとの暮らし方 - 額装から修復まで - 実はワタクシ、作品を購入しまして。しかもはじめて! お、いいですね。どんな作品を買ったの? ドローイングなんですけど、ギャラリーの人に「額はついてないんですけど、額装しますか?」って聞かれて一瞬困ったんですよね。「え...額装ってなにさ!?」って。 はじめてだとそうだよね。 そうなんですよ。でも、そもそも絵画には額装されているもの、そうでないものがありますよね。何が違うんですか? 一番は作品の違いだね。絵画にはキャンバスや木製パネルに描かれたもの、紙に描かれたものがあって、キャンバスならそのまま壁に掛けることが出来るけど、でも紙の作品は壁に掛けにくいですよね。だから額縁に入れて飾りやすくするんですよ。 あ、じゃあ写真とかプリントも紙だから額装はしますか? そのケースが多いね。額縁にも種類があって、いわゆる枠がついた額縁もあるし、アクリルやガラスに挟んだだけのものもあるよ。作品を買ったところに「この作品を額装したいんですけど、おすすめはありますか?」と聞けば案内してくれると思うよ。 私の買ったドローイングは紙に描かれているから額装した方がいいんですね。「壁に掛ける」って具体的にどうするんですか? お母さんが「紙なら壁にはっつけちゃえば?」って言ってたんですけど、でもちょっと抵抗あって...。 壁に金具を取り付けたり、ピクチャーレールと呼ばれる器具を取り付けたり、方法は色々あるね。直接くっつけるのは、作品を傷つけることもあるからオススメはしないかな。 え...金具や器具を取り付けるって...壁に穴を開けるんですか...? うちは賃貸だからちょっと気になりますね...。大家さんに原復しろ!って言われたら怖い...。 特殊な練りゴムをつけて壁を傷つけない方法もあって、ひっつき虫とか呼んだりするんだけど、画材屋さんやホームセンターに行って聞くと詳しく教えてくれるよ。 なるほどー。でも飾らない時ってどうしたらいいんですか? 押入れで保管していいものですか? 作品によっては湿気が苦手だったりするから、注意は必要だね。特に紙は湿気に弱いし耐久性も低いから。「湿気・温度・日差し・虫食い」は、紙に限らず、作品を保管する上で要注意のエネミーだね。一般的にはすのこを下に敷いて、出来る限り陽の当たらない場所に置いた方がいいかな。紙の場合は箱に入れてあげてね。 ふーん。倉庫とかで預かってくれないんですか? 倉庫ももちろんアリだよ。だけどアートを専門にしているか?は要確認だね。湿温対策や防虫対策をしているかはチェックした方がいいかな。あとはお財布とご相談。 それでも傷んじゃうことってありますよね。子供がぶつかってしまったり、地震が来たりして...。私って家でパーティしたりするので、結構ひとが来るんですよね。 修復士という、作品の修繕を専門にしている人もいるよ。でも、まずは作品を買ったギャラリーや作家さんに聞いてみるといいかもしれないね。作品を一番分かっているのは作家さんとギャラリーだから。   100万円の絵を買うために - 分割払いってアリ?ナシ? - 買ったばっかりなんですけど、実はもう二つ目が欲しくて...。 「コレクションという病」の兆しが見えるね。僕も最初に買ってからどんどん次が欲しくなったりするよ。どんなのが欲しいの? 油彩画なんですけど...。 いいね。 100万円なんですけど...。 ...なるほど。 正直、一括払いはすぐに出来ないんですよね。「だったら貯金しろ!」ってことなんですけど、でも一点モノだし、もしかしたら売れてしまうかもしれないじゃないですか?...