日曜日, 5月 29, 2022
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上床加奈 / 中島健太 による新作版画の予約抽選販売を実施致します

この度、TRiCERAではフジテレビのWEBメディア「フジテレビュー」に登場したアーティスト 上床加奈、中島健太による新作版画作品を予約抽選販売致します。


■ 受付期間 2020年10月25日(日) 10:00 〜 2020年11月10日(火)
■ 当選通知 2020年11月17日(火)までに当選者のみメール通知
■ 応募方法 応募フォームに必要項目を記載の上、注意事項を必ずお読み頂きお申し込み下さい。


【販売に関する諸注意】
(1) 作品にアーティスト直筆サイン、エディションナンバー入り。
(2) 本作品は抽選となっており、ご希望の作品が手に入らない場合がございます。
(3) エディションナンバーは選択出来ません。
(4) 作品発送は本発売(2020年11月16日予定)より約2週間から1ヶ月のお時間を頂きます。
(5) 下記の作品の仕様は制作前のものであり変更が生じる場合がございます。
(6) お一人様一作品あたり2点までお申込頂けます。


| 上床加奈 《犬神 参》

©️ Kana Uwatoko / TRiCERA, inc.

アーティスト:上床 加奈 Kana Uwatoko
タイトル : 犬神 参
エディション:30
イメージサイズ(作品の図の大きさ):176 × 700mm
シートサイズ(用紙の大きさ):196 × 720mm
技法:ジクレープリント・ホログラム加工
サイン: アーティストによる直筆サイン
価格:55,000円 (税抜)


抽選応募はこちらから


| 中島健太 《金寿司》

©️ Kenta Nakajima / TRiCERA, inc.

*3作品が1つのシートにプリントされています
アーティスト:中島 健太 Kenta Nakajima
タイトル : 金寿司
エディション:20
シートサイズ(用紙の大きさ):200 × 500mm
技法:ジクレープリント
サイン:アーティストによる直筆サイン
価格:50,000円 (税抜)


抽選応募はこちらから


「上床加奈/中島健太 新作版画」抽選応募フォーム

抽選への参加を希望される方は、下記の注意事項をご確認の上、フォームよりお申し込みください。
(1) 作品にアーティスト直筆サイン、エディションナンバー入り。
(2) 本作品は抽選となっており、ご希望の作品が手に入らない場合がございます。
(3) エディションナンバーは選択出来ません。
(4) 作品発送は本発売(2020年11月16日予定)より約2週間から1ヶ月のお時間を頂きます。
(5) 下記の作品の仕様は制作前のものであり変更が生じる場合がございます。
(6) お一人様一作品あたり2点までお申込頂けます。

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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渡辺おさむは、スイーツデコレーションのパイオニア的存在の日本人アーティスト。 パティシエであり、製菓学校の教師であった母親の影響を受け、「甘いものは幸せをもたらす」という信念で 作品を創るという彼に制作のルーツを伺いました。 Q1.アーティストになられたきっかけを教えてください。 美術大学の頃から作品は制作していましたが、アーティストだけで生活できると全く思っていなかったので、 卒業後は設計会社に就職しましたが1年で辞めて、再び学校に行って設計を学んで、また就職しようと思っていました。 しかし、そこで先生に「渡辺くん設計向いてないよ!アーティストやったほうがいいよ!」と言われ、 その学校も1年で辞めアルバイトをしながら作品を制作していました。 程なく日本にアートバブルが到来し運よくすぐに専業でアーティストとなって10年以上経ち今に至ります。 ( H 26.2cm x W 22.2cm x D 5.4cm, 版画作品, 渡辺おさむ,2012) 作品詳細はこちらから Q2.お菓子のモチーフを用いた作品が多いと感じますが、 お菓子を選ばれたきっかけはあったのでしょうか。 美術大学の学生の時に、自分らしい表現は何かという事を考えていた時、 母がお菓子の先生だったので、小さい時に母が作るお菓子の形や色が一番記憶に残っていたので、 それを表現するのが一番自分らしいのではないかと思い、モチーフとしてお菓子を選びました。 (H 34cm x W 19cm x D 15cm, 彫刻・立体, 渡辺おさむ, 2021) 作品詳細はこちら Q3.作風が出来上がる過程で、 かつて受けた影響や作風の完成の経緯があれば教えてください。 尊敬する作家はイヴ・クライン(Yves Klein)です。 世界をクラインブルーで染めていく独創的な表現の強さが好きです。 私もクリームが侵食していくように世界をデコレーションしていきたいです。 (H 27.3cm x...

Akira Akiyama: 伝統的な友禅着物で精神性を表現する

...祈りは日本人の心の核心にあります。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130001" 2010年に自身のブランド「友禅丸正」を立ち上げる数十年前から、Akira Akiyamaは質の高い婚礼用の着物をデザインすることに専念していました。現在では、金箔や真珠をあしらった友禅着物を着る機会があるのは、ごく一部の花嫁だけとなっています。 今回のインタビューでは、日本の伝統的な結婚式の精神的な意味、友禅着物を作る上での苦労、伝統的な形の中に美しさを表現することを追求している秋山さんにお話を伺いました。(このインタビューは、長さとわかりやすさのために翻訳し、軽く編集しています) 儀式の中のスピリチュアリティ 着物デザインの芸術を完成させる Akira Akiyamaの友禅着物の購入先 儀式の中のスピリチュアリティ <a href="https://www.tricera.net/ja/id81000130002" 幸せなカップルは、一見無限の可能性を秘めているように見える新郎新婦-彼らを一緒にしてくれた運命にとても感謝すべきです。 日本では精神性はどのように示されているのでしょうか? 大晦日とその翌日には、自宅に仏壇も神棚もない日本では、多くの人が地域のお寺や神社に祈りを捧げに行きます。これは、日本人の心の根底に祈りがあることの一つの証だと思います。また、日本の結婚式では、その精神性とのつながりを大切にしていくことが大切だと感じています。 婚礼着物のデザイナーとして、日本の伝統を大切にしていることは何ですか? 私の信条は、日本の花嫁にとって、日本の空の下で、日本の国で、日本の神々の前で誓いの言葉を交わすことが大切だということです。それが私の日本の結婚式に対する哲学の中心にあります。現在、地球上には女性40億人、男性40億人、合計80億人近くの人がいます。幸せなカップルは、無限の可能性を秘めた新郎新婦という運命に感謝しなければなりません。この運命への感謝の気持ちは、結婚式の中心にあるべきです。人は天上の神々がもたらしてくれた運命を理解し、感謝しなければなりません。 <a href="https://www.tricera.net/ja/id81000130003" 運命とは単なる偶然の結果ではなく、運命なのです。それは二人の人を結びつける人生の貴重な神秘であり、その事実を理解しなければなりません。育った環境も歴史も違う人と一緒に暮らすのは大変なことです。困難な時には、祈りが私たちの心を繋いでくれます。だからこそ、祈りを込めた本当に伝統的な結婚式を挙げるべきなのです。 日本の結婚式はここ数十年で変わってきています。皆さんはどのようにお考えですか? 私にとって一番の変化と課題は、式がないことです。伝統的な神道の結婚式には、祈り、御神酒を飲む、両家の結束、披露宴という四つの重要な段階があります。この四つの段階がない式は、神道の精神性を欠き、ただのイベントになってしまう。私の考えでは、このような結婚式は本来、新郎新婦が注目の的になりたい人たちのためのパーティーなのではないかと思います。 日本の伝統的な結婚式には、仲人と呼ばれる婚礼の手配人と、新郎新婦それぞれの主賓がいて、それぞれが重要な役割を果たします。nakodo は、両方の家族のメンバーをお互いに紹介し、新郎新婦、ゲストに。これに続いて、二人の主賓からの紹介スピーチが行われます。これが日本式の披露宴の伝統的な流れです。 友禅着物のデザイナーとして、これらの伝統は私にとってとても大切なものです。だからこそ、日本式の結婚式を希望されるお客様には、神道の伝統的な式がどのように展開されていくのかを常に説明しています。和婚を希望されるお客様には、このような伝統の由来や、神前式の本当の意味を知っていただくことに喜びを感じていただいています。 着物デザインの芸術を完成させる 一着の着物をこんなに長い時間をかけて完成させるなんて、この業界では私だけが狂っていると思います。 <a href="https://www.tricera.net/ja/id81000130013" 手作りの友禅着物はなぜ3年もかかるのですか? 単に商業服のデザインをしているだけなら、一着にこれほどの時間はかかりません。1着の着物を2~3年かけてデザインしても採算が合わないし、意味がない。でも、一日三食で済むシンプルな生活を考えれば、贅沢ではなく平穏な生活を求めています。利益を求めるのではなく、質素な生活を維持したいと考え、芸術的な完成度を追求することに専念することにしました。 こんなに長い時間をかけて一着の着物を完成させて利益を無視するなんて、この業界で頭がおかしいのは私だけだと思います。 <a href="https://www.tricera.net/ja/id81000130007" あなたのプロセスはほぼ純粋に芸術的なものでありながら、伝統的な形という制約があります。デザインにはどのようにアプローチしていますか?? この業界に入って67年になりますが、これまで数え切れないほどの着物をデザインしてきましたが、着物の形や寸法は変わっていません。自分の中にある美しさを表現するためには、着物の伝統的な形の中でデザインしなければなりません。着物の形の制約の中で、新しいアイデアやデザインに挑戦していかなければなりません。優雅さ、気品、高級感、高級感を兼ね備えた作品をデザインできるように頑張ります。 この業界に入って67年になりますが、これまでに数え切れないほどの着物をデザインしてきました。 注文やカスタムの依頼を受けてみませんか? なぜなら、一枚の着物を作るのに3年もかかるからです。だからこそ、流行りの着物や特別な日のための着物、何かの目的のための着物は作りません。たまたまその時の状況やご要望と私が作っているものが一致することもありますが、ご要望で着物を作ることはありません。 インスピレーションの源はどこから来るのですか? 私のデザインのアイデアは、まるで天使が私のスタジオを訪れたかのように私の中に入ってくるのですが、私の作品の中に天からのアイデアを表現するのはとても難しいことです。何週間も何のアイデアもひらめきもない状態が続くのは苦しいものです。毎日、朝から晩まで何も考えずにスタジオに座っていたことが何度あったか覚えていません。しかし、頭の中がアイデアやインスピレーションでいっぱいになることもあります。 着物を作る最終段階とは? 私は、お客様の結婚式をより完璧なものにするために、着物を一着一着神社でお祓いをしてから花嫁さんにお渡ししています。お参りの際には、神社の御朱印と着物に名前をつけてもらいます。これは、着物を通して着物を着た人の幸せを願うためです。それぞれの着物の中には、人や財産、生活に幸運をもたらす祈りが込められています。 <a href="https://www.tricera.net/ja/id81000130019" Akira Akiyamaの友禅着物の購入先 Akira Akiyamaの友禅着物を世界のどこでもお買取りさせていただきます。Akira Akiyamaの作品をはじめ、日本の現代ファッションデザイナーの作品をTRiCERAでご覧ください。

Feature Post

Quick Insight Vol.6 IKU→作品の力であなたを虜にする謎多き作家の楽しみ方

IKU→に関する情報は少ない。TRiCERA ARTの経歴には非公開の3文字。 オンラインの情報を辿ると情報が断片的に散らばっており、 点と点を結ぶ過程の中で、IKU→がどういった人物かよりも作品の個性が 徐々に鮮明になっていくのが印象的な作家だ。 IKU→のアーティストとしての遍歴も多様である。 NYでギャラリー契約作家としての活動を行い帰国後は、 Khayah(ヘブライ語で生きる、希望の意)として活動 2019年SHIBUYA CASTで開催された、 アート展「INVISIBLE ART IN PUBLIC」では キービジュアルを担当した。 2020年の11月には名前をKhayaから IKU→(同じく生く、逝く、行く、幾→は希望を示すとの事)に活動名を変更、 現在、TRiCERAでは世界に向けて作品を発信している。 https://youtu.be/fwkriHdsoUA (INVISIBLE ART IN PUBLIC,KDDI・渋谷区観光協会・渋谷未来デザイン、2019) 一貫して”顔”を描くIKU→、普段は表だって自身の事を語らないが、 アクリルペイントでビビッドに描かれる表情は、見る人の心に語りかけ、 影響する力を持っているようだ。 (以下、作品購入者のコメントの抜粋) ”迷いのない信念が生じた時のような、 守るべきものに出会った時のような、 真実の愛に触れた時のような、 自分が今この場所に生きて在ることの意味を 見つけたときのような喜びと感謝と、 静かで深い祈りの声を聞いたような 幸福感に満ち溢れます。” 今回のQuickInsightでは作品の力でファンを魅了するミステリアスな作家、 IKU→のインタビューを行なっていく。 1.IKU→さんがアーティストになられたきっかけを教えてください。 私は昔から将来の夢を書けなかったんです。 今ある肩書き?の職業とかつまらないと考えていて。 私の名前とか書いてましたね。 とは言いつつ、着たい服がないからという理由からファッションデザイナーになりたくて ファッションを学びました。 幼稚園の頃から自分で服を選び小学生の頃は作ったり、 かなり周りからみたら個性的だったかな。 ファッション界を知り、あー現実はこうなのかって知り、 自然と幼い頃から好きだった描く事や実験的なものをファッションと同時に制作していて アートの面白さに惹かれていつのまにかニューヨークに渡っていました。 オノヨーコのパフォーマンスアート、グレープフルーツに刺激を受けていました。 ニューヨークに行き、1番にした事は展示会で。 私はビジネスを全く考えていなくて。 ただ自分を知らない人に感じてもらいたいだけで始まりました。 そしたら、声がかかりまずは絵を買いたいや契約の話になり 私は全く考えていなかったので断ったんです。 そしたら、怒られてしまいましたね。“nycにチャンスは誰でもあるわけじゃない。 あなたは選ばれたのにクレイジー!何の為にnycに来たの?“ってかなりバトルしました笑 でも私の答えは変わらなくて次の日も話になり試したんですよね。 自分の展示物じゃない作品のあまり好きじゃないなって 作品から見せて反応が無くどんどん良いなって思ってた作品を見せていったら 反応がどんどん大きくなり1番自分が好きで手放したくないっていう作品をコレなのよ! って言われたらもう、自分は降参してというか自然とアーティストになっていました。 (Ripe month, Acrylic, 65cm x 89cm x 2cm, IKU→, 2021) 作品詳細はこちらから 2.顔をモチーフにした作品が多いと感じますが、 顔を選ばれたきっかけはあったのでしょうか。 昔から自分に出会ってみたいってずっと思ってましたね。唯一出来ない事だし、 顔も直接見れないですよね。単純な事ではなくすごい事だなと感じてました。 本当不思議でしかないし、だけど誰しもが人間でなくてもその顔に1番反応するし 意識するし優先する。自分の身体、顔って毎日同じではない。 顔って臓器。小さな変化が絶対にある。顔って当たり前のように自分的に認識してたりしてるけど 顔って在るようで無いようなつかめないもの。顔の認識にしたってひとくくりでは出来ない。 私は昔から宇宙、生物系、自分と繋がらないものはないと感じており、全て興味ある。 いろんな顔をこれから制作していきます。 (butterfly, Acrylic, 65cm x 76cm x 2cm,...

3分で学ぶNori Yamamotoの魅力

必見アーティストの魅力をギュッと3分でお届け 今回は、デジタルコラージュを得意とする現代アーティスト「 山本紀 」の魅力をクイックにお届け。 現在TRiCERA ARTでは、世界126カ国以上から、4,000人を超えるアーティストと約52,000点のアート作品を掲載中です。その中から、今見逃せないアーティストをキュレーターがご紹介いたします。       作家の特徴 幻想的な表現で描かれる女性像に人気が集まる グラフィックデザイン、イラストレーション、アパレルデザインなどの領域でも活躍 女性のポートレートを中心に作品を発表 不気味で美しい世界観       Do Not Disturb W 33.00cm x H 53.00cm x D 1.60cm #アクリル画 ¥100,000 +税 (税込¥110,000)   作品を見る   作品のユニークさ 夢と幻がゆらめく少女たちの世界 動植物と少女が混じり合う 少女たちは少し虚な眼差しで佇む 滲むような色合いと、繊細なタッチで描かれた少女像の美しいコントラスト   Loosen W 22.00cm x H 27.30cm x D 1.50cm #アクリル画 ¥30,000 +税 (税込¥33,000)   作品を見る   キュレーターコメント 少女たちを通して、異世界を感じる まるで幻覚をみているかのようなリアリティと距離感のバランス 大胆な筆遣いと繊細なタッチが共存している 暗く、美しい。毒気を含んだ耽美がつまっている   Flower of the...

3分で学ぶオギハラフウカの魅力

必見アーティストの魅力をギュッと3分でお届け 今回は、日本画で精神のアンビバレントな境界を描く作家「 オギハラフウカ 」の魅力をクイックにお届け。 現在TRiCERA ARTでは、世界126カ国以上から、4,000人を超えるアーティストと約52,000点のアート作品を掲載中です。その中から、今見逃せないアーティストをキュレーターがご紹介いたします。 作家の特徴 日本画の文脈と現代美術の境界に挑戦する画家 京都市立芸術大学大学院卒業 2018年よりアーティスト活動を開始 日本画の文脈と現代美術の境界に挑戦する画家 作品を見る 作品のユニークさ 日本画の繊細さと現代的モチーフの融合 古典技法と現代的なテーマの導入 愛と暴力、虚栄と実態など境界をモチーフに 墨を使ったモノクロームを生かした技法 作品を見る キュレーターコメント 温故知新の精神でアイデンティティを主張する作家 割り切れない感情を絵画で巧く表現 主題と技法の一貫性が奥深い 退廃的な生活や人の弱さの描写に魅力を感じる 作品を見る アーティスト経歴 2020年 ・「ひいな遊び」東京/銀座画廊美の起源 ・「山本冬彦選抜展」東京/銀座中央画廊 ・「夏は日向を歩け」東京/みうらじろうギャラリー ・SICF21 東京/青山スパイラル 「鏡と窓展」東京/みうらじろうギャラリー ・「いい芽ふくら芽」入選愛知/名古屋松坂屋オルガン広場 ・「すぐそこに牛がいる」大阪/芝田町画廊 佐藤太清賞公募美術展入選 アダチukiyoe大賞大賞 2021年 ・「裏kawaii展」大阪/SUNABAギャラリー ・「京都市立芸術大学卒業制作展」京都/京都京セラ美術館 ・「ひいな遊び」東京/銀座画廊美の起源 「ゆとりの坩堝」東京/銀座中央画廊 ・「いい芽ふくら芽」入選/上野松坂屋 柳井画廊、月刊アートコレクターズ賞受賞 ・「伶」展大阪/芝田町画廊 「見知らぬ横がお」東京/新宿眼科画廊 ・「日本の絵」大阪/SUNABAギャラリー・「夏は日向を行け」東京/みうらじろうギャラリー オギハラフウカの作家ページはこちらから 現在、TRiCERA ARTでは、世界126カ国以上の絵画・写真・彫刻などのアート作品約52,000点掲載中 https://www.tricera.net/ja

Yuna Okanishi: 筆跡の中に禅を見つける

“書道は単に線を引くだけではなく、線と線の間の空間も大切にしています。” Yuna Okanishi 若い頃から墨と紙のモノクロームの世界に惹かれていたYuna Okanishi。7歳の時には書道を正式に学び始め、書道への理解を深めていく。彼女にとって書道とは、単に線を描くことだけではなく、線と線の間の空間、つまり空虚さと充実感の二項対立を意味しています。 黒は空虚を表し、白は充足を表します。何が本当で何が本当でないかわからない世の中で、何が本当に大切なのかを見極める努力が必要だとOkanishiは考えています。 今回のインタビューでは、Okanishiの作品の原点、Okanishiにとっての作品とは何か、そして禅の思想が創作活動に与えた影響についてお話を伺いました。このインタビューは、長さとわかりやすさのために軽く編集されています。 現実と想像の世界を描く "空虚さと充実感 "の二項対立 書道から水墨画まで 簡素化と禅のライフスタイル 書道は命 岡西由奈のアートを購入する場所 現実と想像の世界を引き寄せる 水墨画家になるまでの経緯を教えてください。 7歳の頃から書道の練習をしていて、2010年に初めて個展を開きました。水墨画をMr. Sekizawaに習おうと思ったのは2012年のことでした。Sekizawaは日本画・水墨画の巨匠として有名なKawai Gyokudoに師事されていて、その技術は本当に並外れていました。 私はSekizawaから水墨画を学ぶことが大切だと思い、Sekizawaに連絡を取り、すぐにSekizawaの指導を受けることになりました。この時、私は全力で墨書画の習得に励み、多くのことを教えていただきました。 Yuna Okanishiの大と小 Sekizawa先生から学んだ一番大切なことは何ですか? 授業中に何度も楽しい? と何度も聞かれたのを覚えています。関沢さんはいつも「よかった、よかった!」と喜んでくれました。 Sekizawaさんは、「楽しいことが一番の描き方」とよく話してくれました。書道は自分の心の状態を映し出す鏡なので、楽しんで描いていたかどうかは見ている側にも伝わります。また、制作過程そのものを楽しむことが、芸術を追求し続けるための鍵であるとおっしゃっていましたが、私は作品を制作する際に常に意識しています。その楽しさは、作品だけでなく、自分自身にも広がっていくので、制作中は本当に楽しいと感じます。 "描く一本一本の線は、自分の姿、自分自身を表している" 7歳から書道を習っていたそうですが、その影響はいかがでしたか? 一本一本の線が自分を表していると思います。例えば、単純な直線を描けなかったら、自分に自信がないとか、自信がないとか、そういうことですよね。 あなたの心が正しい場所にない場合は、それは線の中で表示されます;あなたが続けるようにまっすぐなストロークは蛇行し始めるでしょう。しかし、あなたの心が設定されている場合 - あなたの心の最も深い部分から自分自身の確信しているとき - あなたの描画は、これを反映します。 私にとって、私は書道はあなたの心と精神を表すように非常に人生そのもののようなものだと思います。私の書道がますます洗練されていくにつれ、私はより成熟し、自分の人生をより明確に理解するようになりました。ある意味、書道は人生のバロメーターのようなものです。 6 by Yuna Okanishi "空虚さと充実感 "の二項対立 アートシリーズ「空虚と充満」のコンセプトはどのようにして生まれたのですか? 子供の頃からずっと考えていたことなので、"生まれた "わけではありません。真実とは何か、嘘とは何か?私が見ている世界は現実なのか?私の目で見ている世界は、私の魂の目で見ている世界と同じなのだろうか?このような疑問は、私の心の中に常に存在していました。 Yuna Okanishiのパラレルワールドとのコミュニケーション 例えば、私は小さい頃、キャンバスは粒子に分解できるので、その小さな粒子の上に世界が存在していて、その粒子の上に何かが生きているのではないかと信じていました。私たちが生きているこの世界、私たちが生きている宇宙が、誰かにとってのもう一つの「粒子」に過ぎないとしたら?もしかしたら、私たちはバービー人形のように弄ばれているのかもしれません。 真実とは何なのか?これは、私がまだ答えを出せていない問いです。 大人になってからも、これらの疑問は私と一緒に残っていた。私が見ている光は何億光年も前に作られたものかもしれない。では、今、私が見ている光は何なのか?真実とは何か、嘘とは何か。 "空虚そのものを描いているかのように 白い空白をどう残すかを いつも深く考えています" 人に会っても、こんなことを自問自答し続けています。もしかしたら、自分と仲良くなれない人の中にも、自分が学ぶべきことがあるのではないかと。真実は意外なところにあるし、その逆もある。私は、「空虚と充足」の世界で答えを探して生きているのだと思います。 私たちは生まれる前からすべてを知っていて、意図的に生まれてきた両親のもとで育つことを選んでいるのだと思います。何かに抑圧されているわけではないので、この人生の最初の数年間の記憶はとても貴重で大切なものだと思います。作品を制作する際には、このような人生の初期段階の記憶を常に思い出すようにしています。 あなたの作品のどのような点が他のカリグラフィーアーティストとの差別化になっていますか? よく見ている方から「私の書道は独特のスタイルを持っている」と言われることがありますが、正直なところ、それを自分で発見するには至っていません。ただ、私がいつも気にしているのは、空虚さそのものを描くように白い余白をどう残すかということです。書道だけではなく、文字の周りの空間をどのように見せるか、ということにもこだわっています。 書道から水墨画へ 普通の書道と墨絵の違いは何ですか? 書道は自分の心や精神状態がとてもよく反映されています。例えば、心が不安定な時に線がぼやけてしまう。私の心を映し出してくれます。 カタナ(剣) Yuna Okanishiさんの 墨書画は、水墨画に見られる技法を用いて描かれています。もちろん、書道のように精神状態を反映したものではありますが、墨書画は文字のように露骨なものを描くのではなく、より抽象的なイメージや概念を描くことを目的としています。 技術的な面では、書道では二度書きが禁止されていますが、墨書画は、軽い筆の上に重い筆を重ねて、インクの自然な流れを楽しみながら重ねていくものです。そういう意味では、水墨画に近いですね。 書写画は、書道と日本画の中間に位置する芸術だと思います。 簡素で禅的なライフスタイル 禅の哲学は、あなたのライフスタイルと芸術の両方に見出すことができます。禅の考え方を取り入れたきっかけを覚えていますか? 子供の頃、私はアトピーに悩まされていて、母は介護に苦労していました。私は市販のものにアレルギーを持っていたので、自然のものしか使えませんでした。 アトピーをきっかけに、母は環境への意識が高まり、環境に優しい生活を送るようになりました。そんな母を見て育った母の生き方には、何事も大切にする、物を大切にするなど、禅の思想に通じるものがありました。禅の本を読み始めた時に、その精神に真実があると思い、禅哲学を修行したいと思いました。 禅哲学に興味を持った理由はもう一つあります。忙しい現代社会の中で、歩きながらスマホを使い、食事をしながらテレビを見ていると、その瞬間を生きづらくなるのはおかしいと感じました。禅の修行では「今を生きる」ことを実践すると聞いて、2014年に非常に厳しい修行で知られる永平寺で学ぶことにしました。 先ほど、「書道は心を映すもの」とおっしゃっていましたが、ご自身の成長が作品にどのように影響しているのでしょうか。ご自身の成長は作品にどのような影響を与えているのでしょうか? 私の作品には曲線を描く線が多いのですが、この曲線は時間の経過とともに大げさになってきていると思います。 それは自然の曲線であり、雲海であり、アーチを描く枝でもあります。自然を愛することで自分をもっと発見していくと、海に潜ったり、大自然の中に出てみたりして、世界の「曲線」をもっと発見して、自分の線がもっと曲線になっていくことがよくあります。私の作品は私を表しているので、私の作品がどのように進化してきたかに満足しています。 書道は命 私は、書道は人生だと思っています。 書道の練習をするときは、まず「臨書」の文字を写すことから始めます。 臨書の練習には三段階の段階があります。 第一に、文字の形を真似る「桂林」です。これにより、師匠の技を習得することができます。 第二に、書家の意味や思想を理解し、その思想に浸りながら文字を描く「入林」。 三つ目は、今まで学んできたことを忘れて、自由に描いて、自分だけのオリジナルなものを作る「毛琳」。 この段階は、人生そのものにも当てはまると思います。生まれた瞬間から、周りの人の真似をして言葉を覚え、人を理解しようとしながら自分の個性を伸ばしていく。 書道には、人生と似た要素がたくさんあります。だからこそ、書道は人生だと思っています。 Yuna Okanishiさんのアートを購入する場所 TRiCERAでは、Yuna Okanishiの作品を多く取り扱っております。他の日本の現代書家の作品に興味がある方は、書道アートのページをご覧ください。

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