日曜日, 12月 5, 2021
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水平線を引き直す

米蒸千穂は、視界に霞がかったようなイメージを描く日本画家である。
彼女のこの作風は、ホワイトアウトを体験したことに由来しており、
当時の体験について彼女は以下のように述べる。
”1メートル先が見えず、見えるものすべてが真っ白で、方向感覚を失ったような気がしました。自分がまっすぐ立っているのかどうかもわからない。まるで宇宙空間に放り出されたような感覚です。”

実際には重力があり、上下は認識ができるはずだが、視覚情報による空間把握が、ホワイトアウトによって混乱し方向感覚が欠損することで、
真っ白な空間の中に自身が浮かんでいるような状態、もしくはミルク色の海に落ちたような感覚が彼女を襲ったのだろう。それは、自身の生命に関わる恐怖体験であったとともに、認識不可能で無限に拡張する空間、上下も左右もなくただ漠として広がり続ける空間という概念の体験でもあったはずである。この体験は、彼女にとって世界のさまざまな境界を曖昧にさせた。作品では、都市や森林や海などさまざまな風景が描かれ、近景ははっきりと遠景になるほど霞がかっていく。都市では奥に広がっていると思われるビル群が、森林では森自体の深さが、そして海では地平線が喪失している。都市や森林では、その空間の広さや大きさが曖昧になっているのに対し、海景では、水平線という空と海の視覚的な境界概念が曖昧になっている。


(The gap between the sky and the sea,H 72.7cm x W 91cm x D 2.7cm,Chiho Yonemushi, 2019)

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森林と都市が空間把握の不可能性であるのに対し、海景は水平線という錯覚によって生まれる境界概念の喪失という点では、むしろ視覚によって認識される表面的な世界の虚構をあばき、
その奥に在る世界の実態へと私たちを誘うものでもある。この意味で米蒸の作品は、日常的なモチーフを通して、既存の認識を揺さぶり、日々の世界の見え方を再構築するきっかけになるものであると言える。海景というモチーフについては、杉本博司の「海景」シリーズを避けては通れないだろう。本シリーズについて杉本は、自身のウェブサイトにて以下のように説明する。

“水と空気、このあまりにも当たり前のように在るために、ほとんど注意を引くことのない存在が、私達の存在を保証している。この世の始まりは「水と空気が与えられたとせよ」という神話から始まったのだ。生命現象は、水と空気、それに光も加わって発生した。どうしてそのようなことになったのか、については偶然という神が存在した、とでも言っておくしかない。太陽系の中で、水と空気が保たれている惑星があって、おまけに太陽から適度の距離にあって、たまたま温度が生命発生の条件に適していた。そんな惑星なら、この広い宇宙の中にもう一つぐらいあってもよさそうなものだが、見渡すかぎり、似たような惑星はひとつとして見つけることはできない。このありがたくて不思議な水と空気は、海となって私達の前にある。私は海を見る度に、先祖返りをするような心の安らぎを覚える。そして、私は海を見る旅に、出た。”

上記の通り、彼は本作品シリーズにおいて、空気と水という生命にとって根源的な要素を捉えることを試みている。そうして捉えられた波の細かな表情や空気中の粒子を捉えたような空気の雰囲気は、
米蒸の作品の不明瞭さとは対照的でありながらも、世界の真実を捉え、表現しようという点において類似しているとも言える。また、杉本はいわゆる銀塩プリントの手法によって作品を制作する。これはフィルムに映し出されたイメージを暗室にて印画紙にプリントするものである。これは銀粒子の酸化還元を利用したプリント方法であり、写真によって独特な粒子感を見てとることができる。つまりこのイメージは言わば粒子の集合なのである。これに対し、米蒸が用いる胡粉は貝殻から作られ、岩絵具はその名の通り鉱物を砕いて作られる。それらもまた共に粒子なのである。そして、彼女の場合、この粒子が画面を(すなわち視界を)覆うという構造は作家自身が体験したホワイトアウトと重なるものでもあるのだ。

(Between the Sky and the Sea,H 41cm x W 31.8cm x D 2cm,Chiho Yonemushi,2021)

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17世紀ー18世紀のドイツの哲学者であるゴッドフリート=ライプニッツはこの世界がモナドと呼ばれる無数の単子によって構成されていると唱えた。
彼の理論ではこの単子には同一のものがなく、それぞれに影響関係もないが、それらが予定調和的に動くことで世界のあらゆる物事はうつり変わっていくのだと唱えている。
現代科学の発展からも明らかなように彼のこうした推論は誤りだったとわかる。しかし、同時に科学では原子や素粒子など非常に小さな粒という概念によって世界が構成されているとこともまた事実だ。
もっともこうした認識や定説もまた常日頃変化していることを忘れてはいけないが、仮に世界が無数の粒子の集合で在るなら、杉本の海景も、米蒸の描く霞がかったイメージも、視覚では捉えられない現実を捉えようとする行為であると言えるのではないだろうか。私たちの眼前には依然として水平線のような虚構の境界が存在している。

その一方で、世界は視覚では認識できない粒子の活動の総体でしかないという、現実世界の物理的な構造を前に、私たちはどのようにしてもう一度、世界の輪郭を捉え直すことができるだろうか。


米蒸 千穂

CONCEPT

以前、北海道のスキー場で吹雪に遭遇しましたが、その時はホワイトアウトを経験しました。
1メートル先が見えず、見えるものすべてが真っ白で、方向感覚を失ったような気がしました。自分がまっすぐ立っているのかどうかもわからない。
まるで宇宙空間に放り出されたような感覚です。
とても怖かったのですが、その時から果てしなく広い宇宙に魅了されていました。
その時の感覚をもとに、身近な風景をモチーフにした作品を作っています。
私の作品では地平線が描かれていない代わりに、シーンには大きな空間があります。
また、絵を偏らせたくないので、様々な色やモチーフを選んで制作しています。
絵の具はアクリル絵の具、日本画の絵の具などを使用しています。
そして、私が支持するのは和紙です。

経歴

1984年 埼玉県に生まれる
2006年 明星大学日本文化学部造形芸術学科日本画専攻卒業
2008年 早見芸術学園日本画塾卒業
2018年 第45回春季東京創画展入選
第45回 創画展 入選
2019年 FACE展、損保ジャパン日本興亜美術賞展、入選
第46回 春季東京創画展入選
第46回 創画展 入選

今回ご紹介の作品はTRiCERAで扱っています。

HA.https://www.tricera.net/
“HA.“は「Art in Practice」をテーマに、主にコンテンポラリーアートを対象に展覧会評や、作品評、作家解説などのアートに関する記事やテキストの執筆、編集を手掛けるコンテンツ・ライターユニットである。現代社会において領域横断的に展開される様々なアートの実践に寄り添いながら、アート自体にとっての次の段階を開拓するような活動、視点の発見を、テキストというメディアを通して模索している。

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...祈りは日本人の心の核心にあります。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130001" 2010年に自身のブランド「友禅丸正」を立ち上げる数十年前から、Akira Akiyamaは質の高い婚礼用の着物をデザインすることに専念していました。現在では、金箔や真珠をあしらった友禅着物を着る機会があるのは、ごく一部の花嫁だけとなっています。 今回のインタビューでは、日本の伝統的な結婚式の精神的な意味、友禅着物を作る上での苦労、伝統的な形の中に美しさを表現することを追求している秋山さんにお話を伺いました。(このインタビューは、長さとわかりやすさのために翻訳し、軽く編集しています) 儀式の中のスピリチュアリティ 着物デザインの芸術を完成させる Akira Akiyamaの友禅着物の購入先 儀式の中のスピリチュアリティ <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130002" 幸せなカップルは、一見無限の可能性を秘めているように見える新郎新婦-彼らを一緒にしてくれた運命にとても感謝すべきです。 日本では精神性はどのように示されているのでしょうか? 大晦日とその翌日には、自宅に仏壇も神棚もない日本では、多くの人が地域のお寺や神社に祈りを捧げに行きます。これは、日本人の心の根底に祈りがあることの一つの証だと思います。また、日本の結婚式では、その精神性とのつながりを大切にしていくことが大切だと感じています。 婚礼着物のデザイナーとして、日本の伝統を大切にしていることは何ですか? 私の信条は、日本の花嫁にとって、日本の空の下で、日本の国で、日本の神々の前で誓いの言葉を交わすことが大切だということです。それが私の日本の結婚式に対する哲学の中心にあります。現在、地球上には女性40億人、男性40億人、合計80億人近くの人がいます。幸せなカップルは、無限の可能性を秘めた新郎新婦という運命に感謝しなければなりません。この運命への感謝の気持ちは、結婚式の中心にあるべきです。人は天上の神々がもたらしてくれた運命を理解し、感謝しなければなりません。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130003" 運命とは単なる偶然の結果ではなく、運命なのです。それは二人の人を結びつける人生の貴重な神秘であり、その事実を理解しなければなりません。育った環境も歴史も違う人と一緒に暮らすのは大変なことです。困難な時には、祈りが私たちの心を繋いでくれます。だからこそ、祈りを込めた本当に伝統的な結婚式を挙げるべきなのです。 日本の結婚式はここ数十年で変わってきています。皆さんはどのようにお考えですか? 私にとって一番の変化と課題は、式がないことです。伝統的な神道の結婚式には、祈り、御神酒を飲む、両家の結束、披露宴という四つの重要な段階があります。この四つの段階がない式は、神道の精神性を欠き、ただのイベントになってしまう。私の考えでは、このような結婚式は本来、新郎新婦が注目の的になりたい人たちのためのパーティーなのではないかと思います。 日本の伝統的な結婚式には、仲人と呼ばれる婚礼の手配人と、新郎新婦それぞれの主賓がいて、それぞれが重要な役割を果たします。nakodo は、両方の家族のメンバーをお互いに紹介し、新郎新婦、ゲストに。これに続いて、二人の主賓からの紹介スピーチが行われます。これが日本式の披露宴の伝統的な流れです。 友禅着物のデザイナーとして、これらの伝統は私にとってとても大切なものです。だからこそ、日本式の結婚式を希望されるお客様には、神道の伝統的な式がどのように展開されていくのかを常に説明しています。和婚を希望されるお客様には、このような伝統の由来や、神前式の本当の意味を知っていただくことに喜びを感じていただいています。 着物デザインの芸術を完成させる 一着の着物をこんなに長い時間をかけて完成させるなんて、この業界では私だけが狂っていると思います。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130013" 手作りの友禅着物はなぜ3年もかかるのですか? 単に商業服のデザインをしているだけなら、一着にこれほどの時間はかかりません。1着の着物を2~3年かけてデザインしても採算が合わないし、意味がない。でも、一日三食で済むシンプルな生活を考えれば、贅沢ではなく平穏な生活を求めています。利益を求めるのではなく、質素な生活を維持したいと考え、芸術的な完成度を追求することに専念することにしました。 こんなに長い時間をかけて一着の着物を完成させて利益を無視するなんて、この業界で頭がおかしいのは私だけだと思います。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130007" あなたのプロセスはほぼ純粋に芸術的なものでありながら、伝統的な形という制約があります。デザインにはどのようにアプローチしていますか?? この業界に入って67年になりますが、これまで数え切れないほどの着物をデザインしてきましたが、着物の形や寸法は変わっていません。自分の中にある美しさを表現するためには、着物の伝統的な形の中でデザインしなければなりません。着物の形の制約の中で、新しいアイデアやデザインに挑戦していかなければなりません。優雅さ、気品、高級感、高級感を兼ね備えた作品をデザインできるように頑張ります。 この業界に入って67年になりますが、これまでに数え切れないほどの着物をデザインしてきました。 注文やカスタムの依頼を受けてみませんか? なぜなら、一枚の着物を作るのに3年もかかるからです。だからこそ、流行りの着物や特別な日のための着物、何かの目的のための着物は作りません。たまたまその時の状況やご要望と私が作っているものが一致することもありますが、ご要望で着物を作ることはありません。 インスピレーションの源はどこから来るのですか? 私のデザインのアイデアは、まるで天使が私のスタジオを訪れたかのように私の中に入ってくるのですが、私の作品の中に天からのアイデアを表現するのはとても難しいことです。何週間も何のアイデアもひらめきもない状態が続くのは苦しいものです。毎日、朝から晩まで何も考えずにスタジオに座っていたことが何度あったか覚えていません。しかし、頭の中がアイデアやインスピレーションでいっぱいになることもあります。 着物を作る最終段階とは? 私は、お客様の結婚式をより完璧なものにするために、着物を一着一着神社でお祓いをしてから花嫁さんにお渡ししています。お参りの際には、神社の御朱印と着物に名前をつけてもらいます。これは、着物を通して着物を着た人の幸せを願うためです。それぞれの着物の中には、人や財産、生活に幸運をもたらす祈りが込められています。 <a href="https://www.tricera.net/en/id81000130019" Akira Akiyamaの友禅着物の購入先 Akira Akiyamaの友禅着物を世界のどこでもお買取りさせていただきます。Akira Akiyamaの作品をはじめ、日本の現代ファッションデザイナーの作品をTRiCERAでご覧ください。

オープンしたばかりのアートスペース「PARCEL」では、彫刻と絵画の中間のような作品が展示されていました。

小牟田 悠介個展“Space|aspec” at PARCEL The Installation view of “Space|aspec” (2019) by Yusuke Komuta at PARCEL Courtesy of the artist and PARCEL 今年6月、東京に新しいギャラリー「PARCEL」がオープンした。その第二弾として、9月21日から10月31日まで小牟田悠介の個展が開催されています。小牟田 悠介は、SCAI THE BATH HOUSEの代表アーティストの一人であり、大阪生まれの新進気鋭のアーティストです。 彫刻も絵画も専攻していないにもかかわらず、彼の作品は彫刻と絵画の中間のようである。 このような具象的な特徴の面白さとともに、彼の作品のテーマは素材の扱い方と同じくらいユニークです。彼の作品は、折り紙を広げた飛行機や鶴の線をモチーフにしたシリーズを制作しています。  ...

森に舞う儚げな芸術

 花火、ガラス、桜、、、世の中は儚いコトやモノに溢れている。それに美を見出すのは根源的な人間の性なのだろう。  そんな儚げな存在のうち、蝶はその筆頭ではなかろうか。  今にもどこかにいってしまいそうな不規則な羽ばたき、触れれば壊れてしまいそうな華奢なフォルム。そしてなんといっても数々の人間を幻惑させたその羽の模様など、蝶はまさに儚げな芸術のよう。  その美しさゆえに、日本でいえば花札の図柄に「牡丹に蝶」があったりと、画題や意匠としてもチョウは使用選ばれてきたわけだが、さて現代のアーティストはいかに蝶を描きだすのか。本記事では、キャンバスに舞う蝶を紹介したい。 Aira 作家の詳細はこちらから 山田久美子/Kumiko Yamada 作家の詳細はこちらから Anna Koshal 作家の詳細はこちらから

ARTIST CONNECT – ごりおし伝説 → 予備名

ARTIST CONNECTについて 本企画は、最近TRiCERA ARTに参加された方へインタビューを行い、お話の最後にお知り合いの作家さんを紹介していただく不定期企画。 今回はごりおし伝説さんからご紹介いただいた予備名さんとお話をさせていただきました。 予備名さんと作品について教えてください。 絵を描こうと思ったのは突然でした。過労で倒れて、退職して、しばらく放心状態だったんですが、たまたま手元にipadがあって、そのタイミングで絵を描くことを初めてみました。 最初は見よう見まねでしたが、徐々に他の人の絵を見て描いているうちに、段々と形になってきました。 今までは長いこと音楽をやってきました。ずっと音楽が好きだと思っていたんですが、描いていて、絵の方が好きだということに気づきました。 ちゃんと絵を描き始めて、世に出そうと意識するようになったのはここ1、2年のことです。 デジタル絵がメインだったんですが、最近はアクリル絵や油画を描くことにも興味を持っています。 私の作品には花がよく登場しますが、元々花には興味がありませんでした。 ただ、一つのものからストーリーを考えることが好きで、花言葉がストーリーのヒントになると思い、花言葉をモチーフにした作品を制作するようになりました。 デフォルメされた女の子やイラストっぽい絵を描いてみたこともあります。けれど、「周りから評価されたい」という理由で描いていたこと、自分が純粋な気持ちで描きたいものではないということに気づきました。 自分の作品には一つ一つ物語があるので、作品のストーリーにのめり込んでいってもらえるような、そんな作品を作っていきたいと思っています。 予備名さんの作品一覧はこちら タイトル:It's mine! サイズ:30 X 30 cm | 作品の詳細はこちら “ひまわりの花と、手で表現された鳩の影絵で構成されている。ひまわりの花言葉の一つに「崇拝」があり、鳩は平和の象徴。崇拝の感情を持って平和を目指していこう、というメッセージが込められた作品” TRiCERA ARTに参加しようと思ったきっかけはなんですか。 ずっと自分がくすぶっている感じがして、どう売り込んで行けばいいのか、どうブランディングをしていけばいいのか分からなかったんです。今回紹介いただいたことをきっかけに、このチャンスをものにしたいと感じ、登録させていただきました。 ごりおし伝説さんのインタビュー記事はこちら

Feature Post

Emily Mae Smithの初個展がペロタン東京で開催されます。

Emily Mae Smithの初個展がペロタンギャラリーだけでなく、アジアでも開催されます。 ニューヨークを拠点に活動するEmily Mae Smithの初個展がペロタンギャラリーにて開催されます。"Avalon"は、ペロタンギャラリーでの初個展であり、アジアでも初の個展となります。今回のペロタンギャラリーでの個展では、Emily Mae Smithが絵画の中で自身の物語を語っています。 彼女の作品には、アーティストとしての技術力が確立されていると同時に、自己発見のプロセスやコンセプトがよく練られています。彼女の作品には様々なモチーフが取り入れられており、象徴主義、アール・ヌーヴォー・グラフィック、ディズニー・アニメーションなど、西洋の美術史やポピュラーカルチャーからの引用が多いです。彼女はアーティストとしてのキャリアを通じて、アートシーンの多くが男性によって作られたものであり、男性のためにデザインされたものであることを知りました。彼女の作品では、これらのモチーフを鋭く皮肉を込めて再利用し、性差別の蔓延や男性の権力構造をアートや日常生活の中で指摘しています。しかし、彼女は有能なアーティストとして、モチーフをそのまま使うのではなく、モチーフを巧みに扱っています。作品に表現されているモチーフや表現方法は比喩的である。 口や舌などの体の部分をクローズアップし、それがやがて夢のように浮かんでくる。彼女の作品に登場するほうきは、シュールなファンタジーのようでありながら、どこか親近感があります。ご存知の方も多いと思いますが、1940年の古いディズニー・アニメーション映画「ファンタジア」には、生きているように見えるほうきが登場しています。「掃除屋と私」ではほうきが部分的に登場しますが、上半身だけのほうきがフレームの中に登場することで、男性器のイメージを浮かび上がらせることができます。同時に、女性の仕事や家事、画家の筆などの道具の象徴としても表現でき、その意味は大きく開かれています。 また、"Gleaner Odalisque"からは、ジャン・オーギュスト・ドミニク・イングレスによる美術史の有名な作品"Grande Odalisque"を認識しているように、私たちにとっては全く新しいものに見えるが、見慣れたものであることが分かるかもしれない。 視覚的にも、彼女の作品はグラフィックな感覚を与えてくれます。ポスターを貼ったり、作品としてバニタスや風景画、シュルレアリスムの絵画を連想させたり。には多くのモチーフが含まれており、ジャンルを横断しています。瞬間的に感じるもの、慣れないもの または親しみやすさ、歴史的参照、または現代アート作品としてのステートメント。エミリーの作品を解釈するための空間がたくさん残されています。最終的には 様々なモチーフを用い、象徴的な意味を明らかにしていく彼女の作品は、テーマを中心に制作されています。美術史やカルチャーシーンから現代アートまで。 1979年生まれのEmily Mae Smithは現在ニューヨークのブルックリンを拠点に活動しており、これまでにコンソーシアム美術館(フランス、ディジョン)やワズワース・アテネウム美術館(ハートフォード、CT州)で個展を開催しています。 東京、日本、ペロタンでの初個展となり、2019年8月28日thから11月9日まで東京にいる方は必見です。 Emily Mae Smith "Avalon" 日時:2019年8月28日(水)~11月9日(土)時間: 午前11時~午後7時日曜・月曜・祝日は休館。入場無料。 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。 

「100円から作品が買える仕組み」は世界をどう変える?「STRAYM(ストレイム)」が仕掛けるアートのゲームチェンジ

この記事について・「STRAYM(ストレイム)」は「100円から買えるアート」を提供するアートの分割保有型のサービス・「誰もがアートを買える世界」「アート市場の活性化」「転売時のアーティストへの利益還元」がミッション・広告/証券/テクノロジーのスペシャリストがチームメンバー SMADONA株式会社は「100円から購入できるアート」をコンセプトにしたプラットフォーム「STRAYM(ストレイム)」を2020年の末に正式ローンチすると発表した。  同社は2019年12月、広告などクリエイティブ業界に携わった長崎幹広をCEOとしてサービスをスタートさせた。アーティストのヒロ杉山ほか証券やwebシステム開発のプロフェッショナルなどでメンバー構成される同社の課題感は、主に2つ。・「アート購入者が一部の富裕層に偏っていること」・「日本アート市場の伸び悩み」 そして、そのソリューションとして同社が提案・開発・運営するのが、近年国内外に登場している「アートの分割保有」だ。 では、何が特徴か。 ネームバリューの高い作家/作品となれば悠に100万円を超えるアートは、必然的に、(借金でもしない限りは)その価格に見合う所得のある人々を買い手として流通する。が、そうして一部の人々の間でのみ流通することで評価の担い手もまた寡占的になってしまうことへの懸念が、同社の課題感の一つ。 「STRAYM(ストレイム)」では作品それ自体ではなく、作品に付随するオーナー権を販売対象とし、それを複数人が100円という少額から購入できるシステムを構築する点が特徴。「富裕層」以外の人々も作品購入ができる仕組みによって上記の課題を解決する狙いがある。 「少額から購入できるアート」を増やすことは、必然的に購入者の拡大に、そして市場それ自体の拡大につながる。「STRAYM(ストレイム)」のもう一つの課題である市場活性化へのソリューションだ。 一方、同サービスによって解決を目指すさらなる課題が、転売時におけるアーティストへの還元。アメリカ・中国・スイス・日本など西洋諸国を除く先進国では、現在、オークションなどにおける転売時の作家への利益還元が法的に保障されていない。「STRAYM(ストレイム)」ではサービス内にてこれを仕組み化し、オーナー権のリセールによって発生した利益の数パーセントをアーティストへ還元することで再分配の平等性を図る。転売において疎外されていたアーティストをその当事者にする考えだ。 今後は2020年の正式ローンチを目指し、21年にはサービスのアプリ化と英語他対応、22年には海外拠点の設置をマイルストーンに事業を進め、またオークションハウスと連携した施策も実施していく。「アートの買い方」をゲームチェンジさせる「STRAYM(ストレイム)」の取り組みは、経済を軸にしたアートの関係者図式を、大きく変化させるかもしれない。 参照URL:https://fundinno.com/projects/131

アーティストは都市を実験しています。

大分県南部の別府駅から歩いて行ける距離にある「別府駅前市場」にアートスペースがあります。名前は「GENJITSU」。県内在住のアーティスト畑 直幸さんが運営する実験的なアートスペースです。 "GENJITSU "は、元々大分県に住んでいた3人のアーティストからなるアートグループです。メンバーはHiroaki Azuma、Takanori Suzuki、畑直幸の3人だったが、他の2人は転居を機に脱退していた。畑は「GENJITSU」のメンバー変更を受けて、アートグループからアートスペースへと道を変え、新たなスタートを切ることを決意しました。 "自分たちの作品を発表し、自分たちを高めていくことが何よりも大切です。他の国のアーティストを呼んで、試してみたいと思います。また、立地も重要で、商店街の立地が適していると思います。例えば、通りすがりの人や向かいのお店に見られる。彼らは不思議に思うし、そこから生まれるコミュニケーションを大切にしたい。私たちのための実験、街のための実験だと思っています。" 今では唯一のメンバーとなった畑はそう言う。彼の目的の一つは、アートを日常生活のような広い枠に落とし込むことだ。"GENJITSU "はアート空間であると同時に、ムーブメントでもある。 Instagram: https://www.instagram.com/genjitsu_art/?hl=j

現象とイマジネーションの間を巡って-アート・フォト特集-

絵画とは違い、実際にあるモノ・コトに準拠する写真の表現は、被写体の制限を少なからず受けるところが特徴であり、かつその作家のイメジネーションだけでは完結しないからこその面白味がある。被写体に当たる光の量、空気の状態、被写体に向き合うアングルや距離、もしくは被写体それ自体など、写真を自らのメディアにする作家が、現象世界を前提しながら、その作品のどこに工夫を凝らしたのか、どこに自らの精神を反映させたのかについて思いを馳せながら鑑賞することも一興だ。   福嶋幸平 / Kohei Fukushima  作家の詳細はこちらから KEISUKE UCHDA 作家の詳細はこちらから ATZSHI HIRATZKA 作家の詳細はこちらから 梅川良満 / Yoshimitsu Umekawa 作家の詳細についてはこちらから 松元康明 / Yasuaki Matsumoto 作家の詳細はこちらから 加藤友美子 / Yumiko Kamoto 作家の詳細はこちらから 良知慎也 / Shinya Rachi 作家の詳細はこちらから JG ヘッケルマン/ JG. Heckelmann 作家の詳細はこちらから

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