火曜日, 9月 28, 2021
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Sean Christopher Wardを知るための6つのポイント

特殊な視覚の効果を利用して平面の絵から、奥行きや動きを表現することができるオプ・アート(op art)。その巨匠達から大きな影響を受けたSean Christopher Wardは、スケッチやデッサンのように見たままを素直に描くのではなく、視覚的な効果を取り入れることで、記憶に大きな印象を残すアート作品を制作している。均一的な塗りが特徴的だが、デジタルプリントでは無く、木製パネルにアクリルで制作されているのが驚きだ。

(Audrey/61cm×61cm/アクリル)

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1.経歴と活動
Sean Christopher Wardは学際的なアーティスト、デザイナー、ギャラリスト、ミュージシャンであり、オプ・アートの表現を用いながらアニメーションや絵画の制作に力を入れている。世界中に600点以上もの絵画がコレクションされており、ボブ・ディランやエルトン・ジョン、ピクシーズなどの著名人達が個人的にコレクションしていることでも知られている。アートの世界で大きな成功を収めている彼だが、コミュニティを大切にしており「HUE Gallery of Contemporary Art」や「Gallery Nocturnal」というスペースを提供して、世界各地の現代アートの芸術家達と一緒に仕事をしたり、展示をしている。

2.コミュニティを大切にする前向きな捉え方
コミュニティを作ることで閉鎖的な考え方をするのでは無く、常に新しいセンスを取り込んでいきたいという非常に前向きな見方をしており、常に最先端のアートを求める探求心と意欲を感じる。

3.オプ・アートと記憶の表現
人物を描く場合、オードリーヘップバーンやベートーヴェン、アクションスターであるブルース・リーなど世界的な著名人をモチーフにしている。誰でも一度は顔を見たことこのような人物達だ。知名度が高い人物を選んでいるのは理由がある。私達の記憶にある著名人達の記憶も、短い期間ではクリアな情報として捉えているが、長い時間が経ってしまうと、脳の仕組みの関係で徐々に記憶が薄れて、断片的なものへと変化してしまう。しかし全てを忘れてしまうわけでは無く、情報は必ず欠片になって残っていて、そのような記憶の欠片を絵画で表している。「Beethoven」という作品の中では、ストライプの線の太さを変えてベートーヴェンを表現しており、離れて見てみるとベートーヴェンの顔がリアルに浮かび上がってくる。写実的に描くのでは無く、錯覚的なオプ・アートの効果を使って、時間の経過による記憶の曖昧な欠片を表現した作品だ。

(Beethoven/61cm×61cm/アクリル)

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4.記憶の欠片を残すアート
脳では薄れてしまった記憶を、情報の欠片からもう一度読み込み鮮明な状態に戻すことはできない。でも心は時が経っても精神的に感じた情報を付け加えて、自分の中で新しく形作ることができる。そのような欠片たちが心の中や、Sean Christopher Wardの作品の中に描かれて保存されていくことで、社会を支え続けている。そして社会を支え続けるものは、また誰かの心の中で生き続けていくことになるという想いが作品に込められている。

5.パターンから受ける刺激
人物をメインにした作品以外にも、幾何学模様のようなパターンによる模様が表現されたアート作品がいくつか存在している。その1つが「Are You In or Are You Out」という作品だ。ここでは認識できるパターンが多い程、想像力や創造力の幅が広がるという事柄について言及されている。私達は様々な行動パターンを分析してスポーツで有利に動いたり、身体的なパターンを分析することで病気のリスクを減らすことができる。色のパターンの特徴の1つでもある濃淡を見ているだけで、想像力やモチベーションが上がるという研究結果が実際に出ているそうだ。パターンを研究することで脳は、意識的に良い選択をすることができる。これをSean Christopher Wardは「動物に対する人間の進化のエッジ」と表現。確かに動物にはパターンから学習することはできない。虹色に描かれた背景は日々の様々な行動や思考を表していて、その上に無意識になぞるよう行っているパターン的な行動を幾何学模様のように表現することで、見ている私達が物理的にも心理的にもパターンによる刺激を受けるように工夫されている。

(Are You In or Are You Out/45.7cm×61cm/アクリル)

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6.論理的なメッセージ
Sean Christopher Wardの作品からは、科学的な面と心理的な2つの面から照らし合わされたメッセージが伝わってきた。根拠も出しつつ自分の考えを現代アートに取り込んでおり、ビジュアル的な綺麗さだけでは無く、自分の中での記憶の捉え方や日常的なパターンについて考えさせられる点が多くあった。現代アートの最先端を日々探求し続けている彼の、その先のアート作品をこれからもチェックしていきたい。

今回ご紹介の作品はTRiCERAで販売しております。

Manami Yonedahttps://www.tricera.net/
高校で3年間美術コースを受講、その後2年制の専門学校を卒業し、社会人経験を経てフリーランスのライター兼デザイナーとして、各種メディアにてアートや生活に役立つ情報を発信。 アート、健康、福祉、ライフハック、インテリア、の記事を得意領域としている。

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mamoruは無気力な少女たちを中心に、日常的でありながらどこかズレたシチュエーションをキッチュに描く。イメージを補足するように登場する言葉たちは、それ自体にメッセージ性はなく、無意義なフレーズもしくは画面を構成するための記号である。彼の作品に登場する無気力さや、無意義さなどは既存の価値を無視あるいは、リセットしようとしているようだ。 今回は、意味、価値、結果、理論などが求められる現代において、そうした社会的な有意義性からエスケープする彼の自由な視点とそのさきに広がるもう一つの世界に迫る。 制作を始めたきっかけはなんでしょうか。 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、緊急事態宣言やロックダウンがあり、家にいる時間が多くなりました。その時に家にいてやる事がなくて、いっちょ久しぶりに絵でも描いてみるかという事で始めました。 もともと美大に通っていたので絵は描いていました。 そもそも、美大に入ったきっかけも、絵を描くのが好きだったからです。でも、もとは大学に行こうとはおもってなかったんですよ。高校受験も推薦で入ったし、初めは大学に行こうなんて考えもしなかった。でも、美大は国語、英語と実技だけでいけるって知って、その時社会にまだ出たくないという思もあって、美大を受験したんです。 美大を卒業してからはCM制作会社に入社しました。私が就活をしたのは3/11があった年だったので、就職には苦労しました。結局、夏頃動き始めて3年間働き、その後、芸能事務所のマネージャーに転職して、今は、大阪で結婚指輪を作っています。 イラストを描き始めてからは、いくつかイラスト制作の依頼もあり、それらを断らずに制作してきた結果、法人の依頼を受けて、仕事が広がるきっかけにもなりました。そういった中で、海外からのお問い合わせもあって、TRiCERAに参加しました。 物作りをしたり、絵を描いたり、何かを生み出すというのが好きだからというのもあるけど、 承認欲求が高いように感じていて、インスタをやってるのですが、そこにイラストを投稿すると、いいねとかをもらえるんですね。それはわかりやすく、他人からいい評価をもらえてるという実感につながるんです。 現在の制作のテーマについて教えてください。 女の子を描いていくという事がテーマになっています。ぼーっとしていて、なんとなくクスっとしてしまうような女の子。ただ、表情を描く事が苦手だし、伝えたい事や強いメッセージが自分の中にあるわけでもないんですよね。だから、感情を強く表現するといういうよりはあえて無表情にしてる。見た人の想像をかきたてるように。 《dechi, H 30cm x W 30cm x D 3.7cm, Canvas Print, 2021》 作品詳細はこちら かわいい女性というアイコニックなモチーフについて、なぜ「無気力」な女性を描くのでしょうか。 さっきも少し話しましたが、大元は描けないからですね。笑顔を描くのは難しく感じます。本当は笑顔はしわがよったりするけれども、イラストでリアルに表現をしようとすると、うまく描けない。ちょっと気持ちわるくなったりするんです。だから、表情やそういったものがないということを一つの方向性としてやっていくことにしました。 《Floating, H 30cm x W 30cm x D 3.7cm, Canvas Print, 2021》 作品詳細はこちら 日常的な設定ながら、少し視点をずらしたような設定を描いているものが多いように思いますが、シーンの設定についてこだわりや意図があるでしょうか。 やっぱり、見てる人が面白いなと思うことが大事だと考えています。そのために、色々な資料を集めながらやっています。ポーズとか服装とか、髪型とか。そういったものを見ている中で、このイメージにマヨネーズを足したらおもしろいかもとか、いろんなアイデアを出していくんです。 あとは、インスタグラムでハッシュタグを調べたりもしますし、それを利用したりもします。誰も使ってないハッシュタグを使ったり、フォロワーさんが違うハッシュタグをコメントしてくれたりすることもあります。 例えば、《mayonnaise forever》(2021)という作品は、「ずっと真夜中でいいのに。」というアーティストがいるのですが、それを略して「ずとまよ」というらしいんです。 こうしたパロディー的なところが僕の作品にはあって、インスタに投稿した《The...

アートが日常に調和する生活。

アートコレクターなら、玄人から初心者までどの段階に居ても、他のコレクターの話には興味があるものだ。「どのように収集を始めた?何点くらい所持?その作家や作品を選んだ理由は?買い物しやすかったか?」等々、聞きたいことは山とある。今回は、弊社プラットフォームで最近作品を購入された趣味コレクターでありアーティストでもあるステファニー・アーロンさんに語ってもらった。 では、ご自身とコレクションの始まりについて教えて頂けますか?-  私はアメリカはニューヨークの出身で、実は珍しい生粋のニューヨーカーです。アーティスト兼デザイナーで、昼間はデザインの仕事をして、その他の時間には作家活動をしています。 アーティストなので、自分の作品をあげたり他の作家の物をもらったり、と自然と昔から収集していましたね。誰か良い作家を見つけては交換する、と言った具合で楽しいんです。なので友人作のアートワークをたくさん持っていて、それがコレクションの始まり。やっぱり知っている人の作品って良いですよ。 あとは年を経て、知らない人の作品も買うようになりました。目が飛び出るほど高価な作品は買わないけども、アーティストとして目が肥えているから、無名の才能を発掘したりするのも楽しみの一つですね。家の中を見渡せば、もうアートだらけよ。良かったら、家のツアーしましょうか?もう壁に空きスペースがないのが見て取れると思うわ。 ハウスツアー。アートで埋まる壁面と、早速始まる彼女のヴァーチャル・ハウス・ツアーでは、自宅に所持する作品群、例えば友人作のポスターや自分の作品から、オークションで買った大作、彼女のペット専用の肖像画コーナーなど、壁を埋め尽くす程のコレクションが見受けられる。ほんの幾らかのスペースは、今回彼女がTRiCERAで購入したNobuo Ishii の作品用等で空いているが、その他はキッチンまで含め、どこもかしこもアートでいっぱいである。 すごい!まるで自宅がギャラリーみたいでとても楽しいです。- そう、本当に飽きないですよ。大きな部屋じゃないけど、ニューヨークにしては天井が高いので、天井近くまで登って飾ったり、楽しんでるわ。 現時点の作品所有数ってご存知ですか?- 数える発想すらなかったので、正直わかりません。下の階の物置にも私や他の人の作品が沢山入っていて飾る場所が足りないんです。多分、合計100品くらいかな。Ishiiさんの作品と言えば、あなたは、私たちのプラットフォームで彼の作品販売を始めて、真っ先に購入された一人ですよね。きっと大ファンなんじゃないですか? - そうなんです!彼は今までインスタグラムに販売用の投稿をしていなかったんで、(売っているか)聞いてみる発想が無くて。販売開始した旨の投稿を見てすぐに買いに行きました。 インスタグラムで彼を見つけたと言うのは、偶然の発見だったんですか?-2、3年前にインスタグラムで、自分のアートだけを投稿して、アーティストだけをフォローするという実験を始めたんです。そしたら、ユーザーが興味を持ちそうなコンテンツをアルゴリズムで提案してくれるでしょ。そんな中で彼の作品を見つけて好きになったんですよ。 彼や彼の作品のどんな所が好きですか?- まず第一に、クオリティが高い。彼の技術はとても美しくて、作品を手にした時でも、どうやって制作されたのか分からなかった程です。それが一番大事な点で、次は彼のユーモアね。例えば、おならをしている人や、セックス関連のジョーク、更には彫刻も笑えるモチーフが多い。でも多様さもあって、私が買ったものや、ピアノを弾いている男性の作品みたく、優しくて甘美な作品までありますよね。 あと、彼は私がフォローしている作家の中でも、最も多作なんです。毎日のように作品をアップしている上に、どれも作品として完成されているんだから、そりゃすごく魅力的でしょ。 確かに、弊社プラットフォームにも既に60以上の作品が掲載されているはずです。でも、実は彼は遅咲きで、若い頃ではなくてほんの最近、数年前にアートを始めたんです。- 理由はわかりませんが、遅咲きというのは薄々察していました。でも、彼の作品には情熱が溢れていますし、素晴らしいと思います。 芸術のクオリティ、ユーモア、情熱が魅力ですね。- そう、特にユーモアとアートの両立は私にとって大切なんです。滅多に出会わないので、両立した作品の発見は最高の瞬間です。多くの人にとって、アートは堅苦しくて真面目で、アーティストも同じ、と言う印象が強いと思いますが、そんなことはないんですよ。 テート美術館で友人とエヴァ・ヘッセの展覧会に行った時のことだけど、ドローイングを見ていたら、もう笑いが止まらなくなって。 他のお客さんはお高くとまってスマし顔だったけど、でもそれ、すごく可笑しい絵だったんですよ。 多くの作品には、自分も含め、制作中の作者の感情がこもっているもので、売るためとか、他人への印象とかはあまり気にしていないものだと思うんです。だから、アートの中のユーモアというか、軽快さが好き。アートは常に超真面目である必要ないですよね。 ええ、全く同感です。- 料理にも似た所があると思います。作るのも、食べるのも楽しくあるべき。このコロナ禍が起こる直前に、ミラノのミシュラン4つ星のヴィーガン(完全菜食主義)レストランに行って、その時の経験からも思うんです。正直言って、料理はまあまあで、ニューヨークでもっと美味しい所知ってるんですけど。 でもね、そこでの経験がとても楽しかったから、お金を払う価値があったんです。 またまた、私たちは夕食中ずっと馬鹿笑いしていたんですよね。ちょうど、その同席していた友人と話していて、「今までで一番可笑しい夕食だったわね!」って。同じくアートも経験が全てモノを言うと思うの。 そういう面も大事ですね。アートで楽しさとかそう言う体験をできるのって素晴らしいことだと思います。-  あと、アーティストとして個人的には、完璧さを追求する作家にはあまり興味がないんです。美術学校にはこう言う人達が多いんだけども、彼らは既に在るものを再現することしかできないから、結構失敗してしまう。結局それって良く出来た技術作品ってだけで、どうも惹かれないんです。だからユーモアが光るのが、彼(Nobuo Ishii)の作品が好きな大きな理由ですね。 沢山の作品をお持ちですけど、アートワークを購入する理由は何でしょう?例えば、アーティストを応援するためとか。- それも最近アートを多く買った一つの理由です。なぜなら、この世界で色々な事が起きている奇妙なご時世だったので、多くの作家が他のアーティスト支援のために募金活動をしていたりして、その中からいくつか買いましたね。 あと、アメリカでは、売上金を指定の団体に寄付するために販売している作家達がいるんです。私もその団体にどの道寄付するつもりだったんで、作品を買うついでに寄付できるなら丁度良いなと思って、それでまたいくつか購入しました。でも最大の理由は、さっきも言ったように、アートは楽しいし、幸せにしてくれるから買うんです。そういえば、購入の数ヶ月前に、Ishiiさんが入院しているのをインスタで見かけたんです。それで「彼死んじゃうかも知んない!」ってびっくり。だから彼が売り始めた時は、嫌味に思わないでね、今のうちに何か買おうと思ったんですよ。手術とかでお金が必要なんじゃないかと思って。 そういう訳で私共のプラットフォームをお知りになったんですね。お買い物体験はどうでしたか?- とても簡単でしたよ。 私はユーザー体験デザイナーでもあるので、これに関しては厳しいんです。ギャラリーやポートフォリオのウェブサイトって、たまにひどいものがありますよね、作品詳細を見たり、スクロールが大変だったりして。でも、ここではすべて英語で見られるし、簡単でスムーズに進んだから大満足です。上に行って、下に行って、何回か見たら「よし、これにしよう」って具合で。特に、「3日後にお届け予定」って見た時は冗談だと思ったんですけど、そしたら、本当に3日で届きました。これは本当にすごい、信じられない速さ! ありがとうございます。そう、できるだけ早く努めています。- いやいや、これはすごいですよ。世界半周の配達であんなに速くできるとは思わいませんでした。 さて、Ishiiさんの作品から一枚購入されましたが、彼の多くの作品中からこの一枚を選んだ理由はなんでしょう?-うーん、感覚的なもので、説明するのが難しいです。こういうのって、一見した時から作品が語りかけて来る感じがするものなんですよね。見た目も好きだし、星を食べている男の人も素敵。でも先程述べたように、どちらかと言うと彼の他の、ワイルドな作品の方が好きなんです。当時はそういう作品がなかったから、それも一つの理由だけど、どれが欲しいかは直感的に知っていましたね。 アートの購入理由って考えるというよりも、感じることが優先ですか?- そうね、私にとってアートを買うのは知的な活動ではないと言うか。むしろ、これが本当に好きで、持っていたいから、と言うそれだけのことです。 アーティストとして、またコレクターとして、作品購入の初心者に伝えたいことやヒントがあれば教えてください。- 自分の好きなものを信じることですね。以前、私が行ったワインツアーで、「完璧な一本ってどれですか」と聞いたら、「どれでも、あなたの好きな物こそが完璧な一本。それが最重要であり、買うべきだと聞いたとか、誰かがそう言うからと言う理由で買わない方がいい」と答えが返ってきました。投資のためにアートを買う人もいて、それも良いけど、もしも家に飾るのがメインの目的なら、やっぱり自分が好きなものじゃないとダメよね。自分の直感を信じて買うのが一番です。何か自分の心に響くものがある、それだけでいいんです。 探すのはインスタグラムとかインターネット経由ですか?- インスタグラムを見るのは、どちらかと言えば、自分が好きな作家さんを見て幸せを感じるためです。一日を乗り切るための手段の一つ。今日ではインターネットのおかげで、毎日でも新しい作品が購入可能ですね。以前なら、作家と知合いになって、スタジオ訪問して作品に目を通して、と言うプロセスが必要でした。でも今は、オリジナルの作品を、ピンからキリまでの価格帯で探して購入できるなんて、信じられない位便利です。そして更に、作家活動の助けになることを知った上で買えるのは素晴らしいことだと思います。壁にコンサートのポスターを貼らないで、是非オリジナル・アートを手に入れて欲しいですね。 購入やフォローする判断に基準はありますか?– お気に入りのアーティスト達の作品は予算の範囲内かどうか、で判断。その時々で、ある技術に秀でた作家の作品を、勉強がてら探すこともあります。多様性も大事なので、美術館もフォローしています。有名な人から、将来有望株、クレイジーな人達まで、幅広いですよね。最近フォローし始めた人で、ロックダウン中の世間を描いている人がいます。数ヶ月前に作品数を聞いた時、既に200点くらい、一日に一枚以上描いたって。素晴らしい作品群なので、これが本になって欲しいと思っているのよ。この人には影響を受けましたね。彼は毎日、世界の様々な出来事を質の良いアートとして生み出し続けています。アートは私のインスピレーションの源なので、美術館に行くことができない今は、代わりに私の家が美術館みたいなものです。 そうですよね、素敵だと思います。最後に一つ質問です。アーティストのIshiiさんに何か伝えたいことはありますか?- ありがとうございます、あなたの作品が大好きです、と。彼とは知り合いかの様に錯覚しちゃうけど、実際は知らなくって不思議に感じるわ。 ありがとうございました、質問は以上です。もし将来、ご自身の作品の販売で弊社のプラットフォームへのご参加にご興味があれば、ぜひお知らせくださいね。私たちは日本に拠点を置いてアジアを中心に活動していますが、アメリカやヨーロッパでも多くの作品を販売しています。あなたにとっても、アジア市場に参入することはチャンスだと思います。-確かにそうですね。すごく良いアイディア!ありがとうございます。また近いうちに話しましょう。   グローバルマーケットプレイスのTRiCERAでアートを楽しみませんか?  TRiCERAアートでは世界80カ国以上のアーティストによる16,000点以上の作品を楽しむ事が出来る アジア最大級のグローバルアートマーケットプレイスです。 あなたの運命の作品を探すきっかけの場所としてTRiCERAは日々進化しています。 画像をクリックしてあなただけの作品を見つけに行きましょう。  

横断者たち-ファインアートと陶芸の境界線-

 陶芸、という響きに古めかしい響きがあるのは否めない。  日本人であれば、どうしても華道や茶道など古くからの日本文化を想起するであろうし、他国であっても何らかの伝統的文化と紐づくこと請け合いである。それもそのはず原始的なものであれば粘土と火さえあれば完成してしまう人類の最も古いテクノロジーだからである。  しかし、現代に生きる陶芸アーティストは、他のメディアと同じく常にアップデートを図っている。日本でいえば青木克世、桑田卓郎、上出恵悟などが手がける作品は、質はいうまでもなく目にも楽しい。  日本は世界的に見ても土性や焼成方法が多様であり、あらゆる陶芸の形が存在するわけだが、それと比例して陶芸のファンの数も多いことから現代アートとほぼ同等のマーケットを持つ。本記事ではそんな日本から、陶芸の世界に新たな息吹を吹き込むアーティストを3名紹介したい。 Saeka Komatsu 作家の詳細はこちらから 吉田芙希子/Fukiko Yoshida 作家の詳細はこちらから 長田沙央梨/Saori Osada 作家の詳細はこちらから

Feature Post

この国でしか出来ない造形を | 野田怜眞インタビュー

1995年愛知県一宮市出身、現在は東京藝術大学 大学院工芸科の漆芸専攻修士課程に在籍中の野田怜眞。昆虫や果実など自然物の造形性を実験的に、工芸の技術やコンテキストを駆使して作品化し、「この国で表現をすること」へ向き合う野田の制作と作品について話を聞いた。 昆虫とバナナをモチーフにした作品が多い印象ですが、まずはその辺りから話していただけますか。-僕の作品はカブトムシなど昆虫、あと最近はバナナをモチーフに漆を使って表現しています。表現したいのは、自然のそれぞれのストーリー。内容としてはごくごくシンプル。というのは基本的なスタンスとして自然を表現のターゲットにしているのと、あとは昆虫や自然を見ていて思うのんですけど、やっぱり人間の作り出す形では敵わないなと。圧倒的にすごいんですよ。自然が生み出した姿形、色の偉大さは僕らじゃ太刀打ちできない。だったら人間の自分には何が出来るだろうと考えた時、その自然の姿形を含め、その背景にあるストーリーを表現し、伝えることだと思って今の表現に至りました。 漆の使用もですが、技法的には工芸に負うところが多いですか。-僕自身が工芸の領域を学んでいるせいもありますけど、でもこの国で造形表現をしようと思った時には重要な素材だなと。気候にせよ、文化にせよ、漆が持っている特性や文脈はとても大きいと思います。あとは工芸自体もそうですね。このジャンルは良くも悪くも素材の制約が強い。マイナスもあるかもしれないけど、でも素材を突き詰めることが出来るし、それに表面処理の技術は卓越していると思う。手を掛ける部分が多いこともあって(工芸は)作品一つ一つへの責任感が強い気がするんですね。そこも好きなところです。 でもプレゼンスする先は現代アートにしている?-そうですね、あくまでもコンテンポラリーアートとして見せたいとは思ってはいます。現代アートを意識したのは、多分、学部4年くらいかな。もともとはジャンル云々ではなくて造形が好きだったんです。違う言い方をすると「目で完結できるもの」。言葉がなくても完結している傾向は、特に工芸の世界に強く見えたんですよ。 コンテンポラリーの作家で注目している人はいますか?-新しいことをやっている意味で感動したのは、やっぱりデミアン・ハーストとか。流行りとかはどうでも良いんですけど、ものとしての価値観が変えられる作品には影響されていると思う。ハーストの作品もそうだし、あとは《泉》とか。 それでいくと彫刻を学ぶ道もあったと思うんですが、それはさっきの素材の問題もありますか?-そうですね、それはある。正直、彫刻でもいいかなとは考えました。だけど、やはり工芸よりも素材的な束縛が少ないせいもあって(彫刻は)ジャンルとして広過ぎるなと。最初に身に着けるべき方法としては工芸が合っていると思ったんです。表現するにあたって手段として考えた時に工芸がよく見えた。今も現代アートを自分の畑にはしたいけど、でも工芸の文脈を捨てるつもりはないですね。 表現の方に話を戻しますけど、最近はバナナのシリーズを始めましたね。興味深いのは、どうしてこの果物がモチーフに選ばれたのかなと。-最初にやろうと思ったのは卒制ですね。きっかけは正直大したことはなくて、金色の大きいバナナがあったら面白いなと。だったら現物を見ようと思って、千葉の農園に。そこがけっこう転機なんですけど、というのは実物がすごくカッコ良かった。太腿くらいの幹に2〜300本ほどが重力に逆らうみたいに生えてて、本当に感動した。それで「これは自分で勝手にデフォルメしちゃ駄目だな」と。まだ自分には早いと思って持ち帰ったんです。最近になって着手してるって感じですね。 基準は自分が感動するかどうか?-もちろんそれもありますけど、でも…、そうですね、何というか少し飛躍するかもですが、美術にとって一番大事なことを考えた時に、それってポジティブさなんじゃないかと。格好いい文脈とかじゃなくてアレなんですけど(笑)。でも見ていてポジティブになれるものを創ることが一番のポイントなのかなと思っていて。マイナスな気持ちにさせるものじゃなくて、見る人にとっていい思い出とか勝利とか高揚感とか、前向きな気持ちを起させるものが大事なんじゃないかと。僕自身、そういう精神性を造形にしたいし。 そのスタンスのバックグラウンドが気になりますね。-多分、学部3年生の頃のカンボジア旅行がきっかけですね。漆のある地域へ行ける奨学金をもらったんですけど、やっぱり現地は日本と比べると貧富の差が激しい反面、でも寺院はめちゃくちゃ派手につくられていて、そこにかける彼らの宗教的な感覚に感動したんですよ。幸福の感じ方って人それぞれだと思うんですけど、お祈りをすることで何か物をもらえるわけじゃないし、物理的な変化はないかもしれない。それでも、少なくとも僕には彼らがそれによって自分の生活をポジティブにしているように見えて。自分の作品もそうありたいなと。 その考えが直に影響した作品は何でしょう。-《尋常に》というカブトムシの作品ですね。とにかく人間の等身大サイズがやりたかった。祈るべき存在としてイメージしたので、そのサイズ感が必要でした。でもこれは自分の化身というか、理想の存在を造形化したかった。それからこの国で表現するなら何が適切かと考えた時、日本には特有のカブトムシがいるし、それにしようと。金箔を使ったのは寺院とかの影響もありますね。やっぱり、金は人を魅了する色だし。 話を聞いていると、作品は象徴的な方向に進むように聞こえますね。-そうですね。例えばカブトムシだったら、ある種の強さの象徴。戦国武将の兜もそうですけど、威厳や強さを表象するものをモチーフには選んでますね。その意味ではバナナも同じ。「Vananaシリーズ」と呼んでいるのですけど、頭文字の「V」は「Victory」と同じでもあるし、あとはさっきの話の続きになりますけど、バナナの持っている力強い生命感はそのシンボルになると思う。 コンセプトがはっきりしている反面、表現に対してミニマルな考え方があると思うのですけど、それは自然の造形に対する気持ちが影響していますか?-どうでしょう…、でも確かに敬意はある。話は逸れるかもしれませんけど…、個人的にどの生物も生まれて来た意味を同じだと思っていて、それでバナナも昆虫も同等の生物として見たときにそれを人間独特の価値観で判断したり、人間と同じ時間感覚で捉えることに違和感があるんですよ、すごく。表現するにも、このままで、つまり人間サイドの尺度でやってしまって良いのかなと。 さっき話していた「人間としてできる表現とは」の話にも繋がりますね。-そう、そうですね。バナナについても、僕は本物から型取りするんですけど、それはバナナが生きたり成長した証をそのまま表現にしてあげたいから。あとは見たときに感じたエネルギーとかを汲み取って、それを色と形ですよね、あとは素材とか技法、そういうものに制約されながらどう表現していくかを考える。人によって見方は色々あると思いますけど、昆虫の姿形って、僕はカッコいいし綺麗だと思っていて。だから変に僕が茶々入れたりするべきじゃない。 今話していたような言葉と作品の距離が近いように思うのですけど、それは意識している?-しているし、そう思って頂けるのは嬉しい。モチーフへに対する気持ちもそうだけど、あとは今言って頂いたみたいにやっぱり目で完結したいし、だとしたら最初に見た時から僕の伝えたいことまでの距離は短くて良いと思っていて。…僕の苦手な作品というか、個人的に抽象画とか読み取るのがすごい苦手で(苦笑)。少しストレスなんですよね。全般的に見ることが好きなんですけど、見る方としても目で完結していたい。そういう意味で造形物とか、あとは虫ですね。虫は一番ストレスが少ない、鑑賞してて。 制作ではビジュアルが先行しますか。-しますね、断然。形自体も、最初にエスキースでやるんですけど、三次元に起こす時—つまり造形化する時に形としてないと把握できない。あとは僕自身、制作自体はぼんやりした言葉の元でしていて、終わった後でコンセプトをしっかり固めるタイプ。手で考えていくタイプですね。その逆はあまり得意じゃないかな。細かく設定するとズレてくるし「文章で良くない?」と思ってしまう。 ジャンルに話を戻しますけど、現代アートのフィールドでやろうとする時、工芸のバックグラウンドは邪魔になりますか?-邪魔にはならないですね。でも表現上、工芸の観点からいうと僕はけっこう無茶をしている。ハンダ付をしたり、技術的なところですね、主に。でも工芸の魅力は落としたくないし、その可能性は絶対あると思ってるので。…とはいえ、確かに(工芸は)良くも悪くも技法や素材に対して意識が傾きがちではあるとは思う。講評でも使用した技法のレベルを美術館にあるような伝統工芸品と比較されたりとか。「いや、もっとバナナのオーラ見てよ!」って感じなんですけど(笑)。でもそれはそれで良い。考え方の違いだし。違う考え方の人がいるのは、むしろ良いことだと思っていて。自分の表現したいことを語り合って、ぶつけ合うのってすごく大事だし。閉じ籠もっちゃダメだなって思いますね。 その姿勢が面白いですね。最後に、今後に挑戦したいことや計画していることはありますか?-今はブラッシュアップですね。新しいものというより、今やっているバナナとか今の表現を掘り下げたい。ちょうど修了制作の時期でもあるし、なので自分の言いたいことをより伝わりやすいように進化させるにはどうすればいいか、今はそこに磨きをかける時期かなと。出来るだけ多くの人に共有してもらいたいと思っているので、そうですね、より伝わるようにはしていきたい。今は「ここがなあ」とか思う点もあるので。あとは、そうだな…、カブトムシみたいに華美でやり過ぎなものは目指したいです(笑) 野田怜眞 / Ryoma Noda1995年愛知県一宮市出身。2014年に愛知県立起工業高等学校デザイン科を卒業し、2015年東京藝術大学工芸科に入学。昨年は東京藝術大学卒業展示にて取手市長賞を受賞。現在は同大学大学院工芸科の漆芸専攻修士課程に在籍中。作品ページ:https://www.tricera.net/artist/8100422Instagram:https://www.instagram.com/ryoma_noda/?hl=ja

さめほしの個展「entropy | エントロピー」を開催

この度TRiCERA MUSEUM では、6/12(土) - 7/10(土)の会期にて、 さめほしの個展「entropy | エントロピー」を開催致します。 崩壊と生成をテーマにペインティングを行ってきたさめほしの活動を、 物理学用語であるエントロピーという概念に擬えながら、新作と共にご紹介致します。 ーーーーーーーーーーー 【さめほし個展entropyのご案内】 明日11:00〜6/25金までの間 新作版画の制作につき、 展示作品の一部が会場から持ち出されます為 ご高覧できない作品がございます。 持ち出し中の作品に関しましては 6/26(土)に復帰予定です。 上記期間中ご来場の際はご理解ご協力のほど よろしくお願いいたします。 ーーーーーーーーーーー さめほしは1997年京都府出身、2020年武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻卒し、 現在は東京を拠点に活動。 これまでは「One Scene」(新宿眼科画廊/2018/東京)、 「ショートケーキのうみで目が覚めたら」(新宿眼科画廊/2019/東京)といった個展、 さらに今年度のアートフェア東京2021に参加するなど活動を行なってきました。 崩壊と生成をキーワードに、顔の造形が崩れた少女等をモチーフとした、 細かい線描を交えたペインティング作品を中心に発表してきましたさめほしですが、 一見するとその作品は2000年代から台頭しつつあったイラストレーションを背景にした ペインティングの特徴が目立ちますが、その先には可愛らしさを崩壊させることによる、 本人の言葉を借りるならば 「取り返しのつかない現象とそこに対する感情」を描き出そうとする試みが見られ、 それは言うなれば、東洋的な無常の美的感覚にも通じる要素を持った絵画作品とも言えるでしょう。 今回の展示では物理学において《乱雑さ》を意味するエントロピーになぞらえ、 一貫して可愛らしさを持った少女たちが崩壊していく様を描いてきたさめほしの活動を 新しいアングルから紹介することを目指します。会場では新作ペインティングに加え、 リアルタイムで崩壊していくデコレーションケーキ、 19のかけらに粉砕したメインビジュアル作品などをご案内します。 この機会にぜひ、お楽しみください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 開催場所:TRiCERA MUSEUM https://g.page/tricera?share 開催時間:11:00-19:00 ※日・祝は休廊 TRiCERA Page(プリント作品販売中): https://www.tricera.net/ja/artwork/art-prints-and-multiples/giclee-printing/id81021490001 さめほし Instagram @samehoshi Twitter @Samehoshi -------------------------- 出品作品や個展詳細についてのお問い合わせは下記までお知らせください。 03-5422-8370 customer_support@tricera.co.jp  会社概要:世界80カ国、17,000点の作品を購入できる、 アジア最大級のグローバルアートマーケットプレイス「TRiCERA ART」を運営 TRiCERA ARTは下記画像リンクから

それぞれ異なる距離からの異なる視線

“Gaze and Distance” at KOTARO NUKAGA The Installation View of “Gaze and Distance” (2019) ©KOTARO NUKAGA, Courtesy of KOTARO NUKAGA パブロ・ピカソやポール・セザンヌなどの歴史的なアーティストと現代のアーティストの展覧会を見たことがあるだろうか。東京のギャラリー「KOTARO NUKAGA」では今月、そのような展覧会を開催したばかりだ。同ギャラリーでは、20世紀初頭から現在までのヌード絵画を中心としたグループ展「Gaze and Distance」を開催した。テーマが面白かっただけに、参加作家のリストも面白かった。 ポール・セザンヌ、パブロ・ピカソ、エゴン・シーレなどおなじみの作家をはじめ、トム・ヴェッセルマン、キース・ヘリング、マレーヌ・デュマなど20世紀を代表する作家が参加していた。また、日本のアーティストでは、藤田嗣治、斎藤誠、井田幸昌の3人がリストアップされていました。日本の新鋭作家の一人である井田幸正がまだ29歳であることを知れば、この展覧会のリストがいかに新鮮なものであったかがわかるだろう。今回の展覧会では、「裸体絵画」をテーマに、現代美術と歴史的な作品の両方を美術史の文脈で楽しむことができた。 ギャラリーによれば、ヌード絵画の歴史を辿ることは、美術の進化である美術史を振り返ることと同じだという。多様な身体描写は、20世紀のアカデミズムの終焉を経て、現代美術の始まりとして発展してきました。それはセザンヌから始まる。セザンヌのヌード画の作風は、当時の他の画家とは一線を画していた。彼は作品全体の構成のために、意図的に身体を絵画的要素の一つとして使用していた。三角形の構造を利用して構図を安定させ、人物と風景を調和させた「水浴客」シリーズは有名であり、現代美術の父と呼ばれるようになった。 身体描写の幅を広げた後、フォービズム、キュビスム、未来派、ダダなど様々な芸術運動が生まれました。例えば、パブロ・ピカソがセザンヌの浴場のシリーズに触発されて『アヴィニョンの若い女性たち』を制作したことは広く知られていますが、この作品では、セザンヌが描いた浴場のシリーズに触発されて『アヴィニョンの若い女性たち』を制作しました。 The...

soryo solo exhibition

個展開催記念 期間限定販売ページ このサイトはsoryoの期間限定オンライン販売サイトです。 下記の作品からお好きなものを選んでいただき、ご購入ください。 こちらのサイトではクレジット決済のみとなります。 *決済画面で作品番号を必ずご記入ください。 soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額なし : 10,000円(税抜き) 送料込み soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額付き:20,000円(税抜き)送料込み 額の色:ホワイト、ブラック、シルバー、ゴールドからお選びいただけます。決済ページで色の指定をお願い致します。 展示作品 soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額なし : 10,000円(税抜き) 送料込み soryo A1サイズ(サイン付き限定30部)額付き:20,000円(税抜き)送料込み 額の色:ホワイト、ブラック、シルバー、ゴールドからお選びいただけます。決済ページで色の指定をお願い致します。 About soryo -ソウリョ- 東京都八丈島出身。神主の資格を得るため上京し、その際、裏原宿の文化に触れる。 横尾忠則現代美術館の作品群や、高校時代の恩師から譲り受けた靉光の作品集、小学校高学年の時期にやり込んだ RPG テレビゲームの世界観に影響を受ける。日々のストレスから精神衛生を保つため、iPhone でのグラフィック作りを続けながら、今に至る。 2017 年 7 月 アイドルの顔から「輪郭」「目元」「鼻」「口元」の 4 パーツを切り取り 福笑いの技法で架空のアイドル少女を作り出す個展【GIRLS】 2018 年 8 月...

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