日曜日, 5月 29, 2022
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「音楽のタイムラインを刻む」START ARTIST vol.3 ~ NAKAMITSUKI

TRiCERA発のオークションイベント「START」第一弾の出展作家の”なぜSTARTに出展したか”を主軸にしたインタビュー、ならびに新作の紹介を行います。

オークションイベント「START」とは

2021年2月に行われた「START」。アートに携わる様々な人たちを「セレクター」としてゲストに招き、それぞれの視点からアーティストを選び、そしてその魅力を伝える言葉と共に、その作品をオークション形式で販売いたしました。「アートをこれから始める」という方にも分かりやすい設計を行い、またオークションがはじめての方、オンラインではじめてアートを買う方など、様々なひとたちの「スタート」になるような企画となっております。


作家紹介

ナカミツキ (NAKAMITSUKI)

1997年兵庫県生まれ。2020年に京都教育大学美術科を卒業。 学生時代から三菱商事アート・ゲート・プログラム奨学生に選抜されるなど、Z世代と言われる年代に生まれ直感的で新しいセンスでキャリアを積んでいる。
既存のルールにとらわれない 多様な価値観を持ち、生活と共にデジタルネイティブとして育った日常的ツール「iPad」で制作を行う。エモい瞬間に五感を解放し、新しいセンスでiPad に直感的に描き切る。アートをデータ化することでどこにでも出現することができる。そして一度作品化された画像は、iPadのデータから削除される。この現代的なスピード感は、これまでにない新しいアートの形を生み出している。

1997年兵庫県生まれ。
2020年京都教育大学教育学部美術領域専攻卒業。
2020年個展開催「エモいは私たちを構成する。」(渋谷ヒカリエ / 東京)。
2021年「 スマホの方が現実。」(「Shibuya Fashion Week 2021 Spring」渋谷ヒカリエ / 東京)、 「FUGA Dining Exhibition」(FUGA Dining / 東京)、 「ブレイク前夜展」(大丸東京 / 東京)
2019年「三菱商事アート・ゲート・プログラム 奨学生展『アートのちから』」(丸ビルホール / 東京)など
グループ展多数参加。

 

作品一覧はこちら

 

「START」に参加したきっかけ

作品を初めてみてくれる方、アートに初めて触れる方など、私にとっても今まで出会ったことのない人たちに巡り会える、そんな沢山のきっかけやスタートが詰まった機会にとても興味を持ちました。展示や発表の機会が制限されるなか、 アーティストサポートとして若手作家の活動を支援するコンセプトが背景にあったことも、大きなチャレンジ精神を感じて、共感しました。

「START」に出展した作品について

作品名:Movement

サイズ:41 × 41cm
技法:キャンバスに顔料インクを出力

 

生活環境の変化や活動制限があるなか、自宅で長い時間を過ごすが増えたことを背景に、流動的でバイタリティーに溢れた作品を出展したいと当時制作をしていた「Movement」を選ばせていただきました。 実は後日、ご落札された方と展示会場で偶然お会いしてお話する機会がありましたが、作品についての私の想いがそのまま伝わっていて、、とても貴重な出来事になりました

 

既存作品の紹介

作品名:Night Shadow

作品サイズ:130.3 x 97 cm
技法:キャンバスに顔料インクを出力

 

作品価格

545,000

購入はこちらから

ナカミツキの作品を一眼見た瞬間に、音や鮮明なフレーズが耳に鳴り響く。エネルギッシュな動き、演者や空間その奥にある衝動やゆらめきが楽器と共に画面から躍り出るようである。 今回ご紹介する『Black edgeシリーズ』(黒い縁[ふち])と称された作品群は、実際にライブ会場に出向き、現地で制作を行なったもので、 暗いライブ会場の舞台ステージにパッと照明が差し込むと共に響くソロ・パートの演奏など、そこにある音と音以外の背景・空気感とが相互的に演出し惹き出しあう関係がモチーフになっていると語る。 ビジュアルにあえて黒を用いることで、音色の鮮やかさにフォーカスし主役として際立たせる画面に仕上げているのだという。

作品名:Believe

作品サイズ:130.3 x 97 cm
技法:キャンバスに顔料インクを出力

 

作品価格

545,000

購入はこ1ちらから

コード進行などのみを共有言語として、ステージ上のアドリブで進行していく「ジャズ」、「ファンク」など、とりわけ即興の多いジャンルを好んで聴いているという彼女は、 その空間のライブ感やグルーブを切り取り、自身の脈動と共にその情景を即時に記録していく。 彼女はそれらの作品を音楽に対する自身の「タイムライン」として位置付けており、観るものに鮮烈な追体験を起こさせるものである。

 

作品名:Color

作品サイズ:130.3 x 97 cm
技法:キャンバスに顔料インクを出力

 

作品価格

545,000

購入はこちらから

「Z世代」と呼ばれる幼い頃からデジタルな環境に触れ合ってきた世代として、制作は主にiPadなどのデジタルデバイスを用いり、ディスプレイの中に完結させる。”考えること”と”表現すること”をデジタルという回路を通して直結させ、 瞬時にデータ化していき、余分な媒体を介入させないまま直接の刺激として私たちに伝達される。

どんなモーメントも一切のタイムラグがないまま、進行形の状態として生み出されるイメージたちは圧倒的な鮮度と純度を保ちながら、私たちの固定化された鑑賞プロセスに新しい時間軸をつくりあげていく。デジタルで制作されたデータはキャンバスに出力したのち、データを消去、唯一無二の一点作品として発表されているが、「自分の分身のような存在なので、いくつでも作り出せるという方が不自然だと感じる。」と彼女は語る。

 

現在、新しいシリーズとして「Key note」というテーマで制作に取り組んでいるナカミツキ。「Key note」とは、”Key”(鍵)と”Note”(音符)を組み合わせた彼女による造語で、視覚的なところに頼らず、「鍵になる音」を捉え、聴覚を中心に形成していくことで、より音楽の深層に迫り、音楽の感じ方について今一度捉え直す作品作りに力を注いでいきたいという。

絵画という手段で、音楽という言わば非視覚的であるものを表現し続ける彼女の作品から、人間の視覚体験・聴覚体験をもアップデートさせるような新たな試みを強く感じている。

展示会などについて

ナカミツキは8/26(木)~9/5(日) Bunkamura Galleryでのグループ展にて出展を予定している。

『交差点-いま、ここからの-』
参加アーティスト:
<part1>小松 美羽、小松 孝英、奈良 祐希、小野川 直樹、絹谷 香菜子、やました あつこ
<part2>高橋 知裕、豊田 涼華、水戸部 春菜、新宅 加奈子、山田 康平、三浦 光雅、ナカ ミツキ、仲 衿香
展示会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
              〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂2丁目24-1
展示期間:2021/8/26(木)~9/15(水)
https://www.bunkamura.co.jp/gallery/exhibition/210825kousaten.html

セレクター
これまでにない新しい制作方法で”新しいものを生み出している”という点でセレクト。デジタルネイティブとして育った日常ツール「iPad」にて制作→ アートをデータ化→ 一度作品化された画像はiPadのデータから削除。
この一連の制作工程は正に現代にしかできない。デジタルネイティブの彼女が今後はどのように変化し、深みやメッセージを出されていくのか気になる作家のお一人です。

岩崎 かおり
株式会社THE ART CEO
アートコレクター

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 植物に象徴的な意味を担わせる伝統は世界の多くの文化が持っている。  なにかめでたいことがあれば花束を渡して祝福をし、人が亡くなれば花を供えて見送る。そうやって人は花をただの植物以上のものとして共に歩んできた。  人が花に意味を見出した例として、花言葉は恰好の例であろう。その起源については不明な点が多いが、現在行われているような花言葉の慣行は、19世紀の西欧社会で盛んになったという。こうした流行を背景に、1819年頃には最初期の花言葉辞典、シャルロット・ド・ラトゥール著《花言葉》が出版。  ラトゥールは《花言葉》の中で、色の違いのほか本数ごとに花言葉を考案・紹介するなど、とりわけバラは特別に扱われた。それは「花の中の花」と称されるほど西欧文化において重視されてきた花の一つで、伝承や神話に由来する意味づけが既になされていたことがある。  本記事では、古今東西で多くの人々の心を惹きつける「花の中の花」、薔薇のペインティング作品を花言葉と合わせて紹介したい。 浜浦敦子/Atsuko Hamaura 黄色い薔薇の花言葉:「友情」「平和」「愛の告白」 作家の詳細はこちら 山田久美子/Kumiko Yamada 3本の薔薇の花言葉: 「愛しています」「告白」 作家の詳細はこちらから Jessica Veilleux ピンク色の薔薇の花言葉:「しとやか」「上品」「可愛い人」「美しい少女」「愛の誓い」 作家の詳細はこちらから 中村公紀/Koki Nakamura 白色の薔薇の花言葉:「純潔」「清純」「私はあなたにふさわしい」「深い尊敬」 作家の詳細はこちらから Tatiana Alive 1本の薔薇の花言葉: 「一目ぼれ」「あなたしかいない」 作家の詳細はこちらから 広田稔/Minoru Hirota 青い薔薇の花言葉:「夢かなう」「奇跡」「神の祝福」 作家の詳細はこちらから

漫画はアートとしてどう流通するか?集英社によるマンガアート「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」が始動。

集英社はこの度、同社がこれまでに発行したコミックスを限定エディションのマルチプル作品として国内外に販売するプロジェクト「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」を始動。ポスターなど複製品としてコミックスが流通するケースはあったが、あくまでもアートワークのコンテクストに則って展開されることは国内でも例がない。漫画をアートというフォーマットにどのように落とし込み、どのように事業として成長させるのか。ECサイトの封切りに伴い、このプロジェクトのディレクター 岡本正史、それから現代アートの越境EC「TRiCERA.net」を運営する株式会社TRiCERAの井口泰が対談を行った。   アートとして「漫画」をどう見るか 井口泰(以下、井口) 第一声から申し訳ありませんが、まず1人の漫画ファンとして今回の対談はすごく嬉しく思っています(笑)。 岡本正史(以下、岡本) ありがとうございます(笑)。 井口 今回は集英社さんが開始される「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」、それからアートとして漫画の可能性についてお話ができればと思っていますが、まず後者の方の漫画をアートとして展開しようと考えたきっかけと言いますか、プロジェクトの経緯から聞いてもいいですか? 岡本 話を遡ると、実は発端となっているのは2007年頃になるんですね。その頃に集英社のコミックスをデジタルアーカイブしようという動きが立ち上がったんですが、とはいえ当時はまだスマホもないし、デジタルデータを活用して何か新しいことをしようという機運も活発とは言えなかった。ガラケーのコミックスに使ったり、あとは海外の翻訳出版のために使えればと。「デジタルアーカイブ」という言葉というか、その概念自体がまだ新しかった時代です。 井口 対象は集英社が出版したコミックス全てですか? 岡本 ほとんど全てですね。 井口 膨大な数になるような...(笑)。 岡本 なります(笑)。集英社は年間で800点ほど新しいコミックスを出しているので、今はだいたい300万ページ分くらいかな。スキャナーも、当時はイスラエル製の最高の機材を使って、とにかくクオリティの高いアーカイブを作成しよう、と。それが時を経てスマホ革命もあり、デジタルコミックスの製作にアーカイブデータが活用できるようになりました。でも作品の中にはすごく描き込みがされた絵もあって、「これは別の形でも世の中に出すべきじゃないか?」と思い始めたんですね。コミックスやタブレット、スマホのサイズではなく、媒体も変えて、何か違うフォーマットで世の中に打ち出すことも出来るんじゃないか、と。 井口 なるほど。つまり作成したアーカイブをアウトプットする方法としてアートを、ということですよね。興味深いなと思うのは、同じ絵でも、コミックスの時と絵画にした時では見え方が違うと思うんです。漫画はストーリーがあって、体験としてはすごく流動的。でもアート、特に平面作品は基本的には壁に固定されているわけで、体験として大きく開きがあると思うんです。 岡本 おっしゃる通りで、漫画は時間芸術なので、一枚の絵として抜き出して鑑賞する場合は違った風に見えてくるとは思いますね。例えば『ONE PIECE』の読者でも「こんなシーンあったっけ?」と思うはず。壁にかけられた状態で対峙する漫画は、またコミックスのそれとは違った発見があると思うんですね。 井口 漫画というコンテンツをベースに異なる体験を生み出す。 岡本 まさに。このプロジェクトはアーカイブという、漫画の原画の保存という観点から始まったわけですけど、「ただデジタル化して終わり」とか、単なる複製品をつくりたいわけではない。コミックスや作家さんのクリエイションを違う体験を通して受け継いでいくところがしたいし、そこにこそ意義があるとは考えてますね。 アートとしての価値をどうつくるか 井口 一方で、これはもっと実際的な話になりますけど、「漫画をアートとして販売する」ことには色んな課題が含んでいると思うんですね。現代アートという産業には既存の仕組みがあり、その中でどうやってポジションをつくっていくかという問題もある…。それに、もっと言えばアートの市場自体は漫画と比べると小さい。マーケットとして異なる業界への参入にはどう考えていますか? 岡本 その話で言うと、少し数字的なところから入るけれど、USBのレポートによれば世界の美術品市場は全体で7億円くらいですよね。で、日本のアート産業はと言うと3590億円で、美術品に絞ると2580億円程度。実はこの数字自体はすごく馴染み深くて。実は2020年の日本のデジタルコミックス売上が3400億円強で、大体同じなんですね。この規模感を見ていくと、5年後、10年後に「マンガアート」を100億円程度の大きさに育てていくビジョンを立てることは難しくはないと思っていて。 井口 漫画全体で考えると大きな規模になるでしょうね。 岡本 まさにそうで、集英社だけでも『ONE PIECE』や他の漫画数作品を手掛けているだけでも、絶対的に手一杯になってしまう。他の出版社の作品も入ってくれば、マーケットのサイズも成長が見込めるだろう、と。 井口 しかも「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」は越境ECですよね。海外のマーケットの方が圧倒的に大きいアートマーケットのことを考えると鋭い判断だったと思います。 岡本 評価いただき、ありがとうございます。でも「アートマーケット」の中で、既存のジャンルとバッティングするようなことにはしたくないとも考えています。絵画にしろ、彫刻にしろ、アートにも様々なジャンルがあると思うんですけど、市場の中でそれらと競合し、シェアを奪うようなことはしたくない。「したくない」と言うより、面白くないと思うんですよね。 むしろ、他のジャンルとコラボレーションする。工芸の作家さんとコラボレーションして、漆塗りの額縁をいっしょに作ってもらうとか。アート作品として、しかも日本のクリエーションとして海外にプレゼンテーションしていくと考えた時、そういう他のジャンルと協力することが重要になって来るとは思いますね。 井口 漫画をアートのジャンルに広げながら、既存のアートとの共生というか、新しい価値を生み出していく。 岡本 そう、そこが面白いと思うんです。これまでもポスターとか、例えば複製画とかはあった。でもアートとしてのクオリティを担保させた、つまりアートワークとしてコミックスを展開させる発想はどこにもなかったわけですよね。もちろん集英社としても初めての試みだし、業界にとっても新しいことだとは思うんです。 井口 今「アートとして」と仰いましたけど、その点で言うと、僕なんかはブロックチェーンによる証明書の発行は面白いと言うか、ある種の核心をついていると思います。アートに携わっている者の業と言いますか(笑)、ブロックチェーンや証明書と聞くと流通のあり方や価値形成や担保について考えているだろうな、とは想像がつくんです。というのも、今回はマルチプルな作品として展開させると思うんですが、そうなった時にはエディション管理の話は必須になってくる。 岡本 そうですね。そもそも、このプロジェクトに可能性を感じたきっかけもまさにそれで。今回はとにかく「複製品を売っている」と捉えられることは避けたかった。そうするとエディション管理とか、流通のさせ方にも工夫というか、アート作品として市場に流れていくロジックが必要だったんですよね。スタートバーンのブロックチェーンシステムはそういう意味では一つの大きなきっかけでしたね。 井口 今のお話にポイントがあったと思うんですが、その「アートとして流通させる」という点はすごく重要で、僕は現代アートとはジャンルというよりは一つの仕組みだと思っているんですね。けれど、そう考えた時、先ほどの話の繰り返しになりますけど、やはり版画や写真のような再制作が可能な作品の流通ではエディション管理、もっと言えば市場での価値の管理がすごく重要になる。 岡本 おっしゃるとおりだと思います。 井口 むしろそこさえクリアできれば、なんと言いますか、土壌は出来ていると思うんです。今の現代アートではKAWSをはじめ、もともとは外の世界にいた人たちが受容されていく傾向がある。ストリートアートやポップアート、あるいはイラストレーションが一つのジャンルになったわけですよね。言い過ぎかもしれませんが、そこに漫画という新しいジャンルが入ってくる下地はあるんじゃないのかな、と。こんなこと言うと、また方々から「言い過ぎだ」とかお叱りを受けるかもしれませんが(笑)。 岡本 いや、でも言っていることは分かります。でも、だからこそいかに丁寧に価値をつくっていくか、というところは重要になる。梱包一つとってもそうだし、配送もそう、もちろん証明書の話だってそうですよね。 井口 フランスでは漫画は九番目のアートとも言われているし(笑)。でも今お話になっている通り、現代アートは仕組みの世界で、そこにはルールがある。その「お作法」と言いますか、商慣習のようなものをおさえている点がストイックだし、このプロジェクトが本気なのだなと感じます。 岡本 ただその文脈で話をすると、一方では現代アートというか、ファインアートの中枢みたいなところとのバッティングは避けたい。あくまでも漫画というバックグラウンドは意識するし、ファインアートにも既存のやり方や作法がある。そこへ無理に合わせようとするとよくないんじゃないか、と。もちろん全く無視はしないし、だからこそブロックチェーン証明書の話もあるんですが…。もっと広い意味でのアートとして定着させたいし、それ独自の文脈や価値を考えていく必要があると思っています。 井口 なるほど。あと価値の点で言うと、これは個人的な意見ですけど、価値って感じ取るもので、それは共通の価値つまり認識が生まれることで大きくなっていくと思うんですね。その共通の価値が大きくなって総体的な価値が生まれる。マンガアートがどうやってアートとしての価値を生み出していくのか、この点はすごく可能性があるし、興味があります。 漫画の継承の方法としての「マンガアート」 井口 核心と言うか、少し突っ込んだ話ですが、この「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」と複製品の最大の違いはどこにあると考えてますか? 岡本 一番はリサーチと修復ですね。実は漫画の原画というのは退色や劣化がものすごく早いんです。油絵などよりもずっと脆弱です。というのも、週刊や月刊連載をベースにしている漫画の原画は、その制作速度に適応するために乾きやすい染料系のインクを使うことが多いんですね。この画材があって漫画の表現が豊かになっているんですが、一方でこうしたインクは退色や変色が早いんです。あとは写植を貼る接着剤など、紙を傷める要素がいっぱいある。 井口 そうか、印刷を前提にするから原画を長持ちさせるという発想はないんですね。 岡本 そう、まさに。アーカイブの専門家からすると「100年は保たない」という話もあると聞きます。きちんとした設備状況で保存しても、です。漫画の原画は、どれもくまなく、現在進行形で劣化に向かってるわけですよ。だから今回の作品化する際にも、元の状態がどうだったかというのをリサーチし、修復しながら制作するんですね。 井口 単純にプリントしているとか、そういう話じゃないですね。 岡本 そうなんです。それに漫画と違い、原画を縮小ではなく拡大している。だから撮影からプリントまできちんと行わないと鑑賞に耐えられないものになる。制作から流通まで、全て細かいコントロールをきかせながらするわけですけど、そうなると単純に複製品をやってます、とは言えない。 井口 アートにすることで残していく。 岡本 絵として残すことで、つまりコミックスの状態とは違う体験を与えるものとしてね。今は紙の原画がオークションで高値で落札された話も聞きますけど、そもそも原画の保存が間に合っていない。デジタルアーカイブはしているけど、大元の紙については劣化が進むばかりなんです。だからこそこのプロジェクトでお金が生まれれば原画の保管の研究にも回せるし、もちろん作家さんへの還元もできる。 井口 漫画家の新しい活動領域を生み出せますよね。 岡本 まさにそうで、やはりコミックスの世界も段々と厳しくなっている現状はあって。原稿料や印税だけで生計を立てるのは難しい作家さんでも、自分が描いた絵をアートとして活用できれば違った可能性も見えて来るかもしれない。将来的には新人漫画家さんの絵も作品化していきたいとは考えてますね。 井口 そう考えると、「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」の目指すところはだいぶクリアですよね。漫画の継承、漫画作家の新しい可能性。 岡本 漫画は、やはりどうしたって日本の重要な産業でもあるし、文化でもある。それを時代に適応しながら継承していく方法については考えなくてはならないし、これまで漫画を世の中に送り出していきた集英社だからこそ真剣にならなきゃいけない問題だとは思っています。アートとしての漫画が成立するのか、それをこれから丁寧に、そしてもちろん挑戦的に積み重ねていきたいですね。 岡本 正史 | Masashi Okamoto 「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」事業責任者・ディレクター。東京芸術大学美術学部卒業後、株式会社集英社入社。女性誌~女性誌ポータルサイトを 経て、マンガ制作のデジタル化に参加。集英社刊行の主要コミックスをアーカイヴしデー タベース運用する「Comics Digital Archives」を企画・実現。「少年ジャンプ」等マン...

アートで見る夏景色2020 – 暑中見舞い前編 –

2020年の夏の風景はいかがだろう。我々の多くは恐らく、今年初めに計画した夏模様から先例の無い奇妙な夏模様に、少なからず調整を強いられたのではなかろうか。筆者の昨夏は、数年ぶりの祖国日本を再発見するのに忙しくし、それ以前カナダでは例年、コンサートと週末のハイキングに勤しんでいた季節である。私の田舎では、夕暮れのサーフィンや梯子酒を楽しむ季節であったものだ。全く、「普通」の夏が恋しくて敵わない。 机とコンピューターから逃れられずにいる貴方、暑さにマスクで息苦しくても楽しむべきか、それともウイルスに警戒しお楽しみは我慢すべきか板挟みの貴女、こちらフランスでも皆悩みは同じである。筆者も気がつくと、「夏の絵」を検索し2021年の夏を夢見て現実逃避していた。そんな中見つけた過去、現在、そして(希望的観測)未来の夏景色をアートでお届けしよう。 プール際のパーティーが恋しい? そんなアナタには、「いつまでもパーティー気分でいられるように」と願いを込める高畑愛花の作品がピッタリ。壁にかけるとあの高揚感を再体験できるかも? それとも今夏のパーティーはささやかに屋内?同じくインドアを楽しんでいる作家も。 日本の夏と言えばお祭りに屋台の焼きそば、かき氷に花火が欠かせないがさて、今年は? ここフランスでは、田舎でのバカンスが大流行している。 この作品達がきっと、あなたの心の避暑地として癒しとなったことを願いつつ、暑中見舞い後編のお知らせを。後編では、TRiCERAアーティストに人気のモチーフである海の風景と、季節の抽象画をご紹介致す予定である。気になる方々はぜひ、ニュースレターの購読をお忘れなく!

Feature Post

3分で学ぶIKU→の魅力

必見アーティストの魅力をギュッと3分でお届け 今回は、抽象タッチでポートレート表現を追求する作家「 IKU→ 」の魅力をクイックにお届け。 現在TRiCERA ARTでは、世界126カ国以上から、4,000人を超えるアーティストと約52,000点のアート作品を掲載中です。その中から、今見逃せないアーティストをキュレーターがご紹介いたします。 作家の特徴 直接見る事のできない自身の顔に注目 NYで作家活動を開始 ファッションデザイナーから画家に転身 個展開催事にギャラリーからスカウト 作品を見る 作品のユニークさ 直接見る事のできない自身の顔に注目 抽象的タッチで自身の自己認識を描く 日本作家でありながら海外の感性を感じられる 刻一刻と変わる表情と感情を対比させる 作品を見る キュレーターコメント 日本作家でありながら海外の感性を感じられる 作家を通して自己の曖昧さを感じられる 最低限度の線で顔を認知させる カラフルな色使いがスタイリッシュさを演出 作品を見る アーティスト経歴 2020 個展 Khayah closed exhibition Shibuya Cast 、東京 2020年11月1日〜IKU→として活動 2021 ・オークション参加 ・ 個展 エゴサーチの定理=? TRiCERA galley、東京 ・ 100人10exhibition ・善興寺作品寄贈 IKU→の作家ページはこちらから 現在、TRiCERA ARTでは、世界126カ国以上の絵画・写真・彫刻などのアート作品約52,000点掲載中。

QUICK INSIGHT Vol.13 Norris Yimの描く人間社会の苦痛と美しさの共存

現在に生きる人間の複雑な内面を表象するような抽象的なポートレートを描くNorris Yim。現代社会のディストピア的な側面に寄り添いながら制作を続ける作家が見つめる現代を生きる人々の苦悩と美しさとは。  制作を始めたきっかけはなんでしょうか。 自己忍耐のための修練の一つとして、大学の環境・インテリアデザインコースの1年に在籍していた時に絵を描き始めました。在学中に学習と研究を通して、視野が広がっていくことで、いろんな絵画を描き、自身のスタイルを研究しました。そして、何かが人生よりも長く残るようにと、残りの人生でも絵を描き続けることを決意しました。 現在の制作のテーマについて教えてください。 資本主義と偽善的な生活に迎合する上で、人々は生きていくための本来の外見を捨て、新しい顔が古い顔に取って代わるようになったような状態だと思います。たとえ厚化粧をしても、偽善と生への恐れから、そうした新しい自分でさえも、さらに新しい自分になるために忘れてしまうのです、こうした感覚をもとに、社会の哀れさや悲しさを表現する抽象的なポートレートのシリーズを生み出しました。 それらの抽象的な顔料は、作品の基礎を形成する私のダークサイドな部分と気分を表しています。 《Destruction of Dark Chaotic》2021 W 60 x H 60 x D 1.6 cm 作品販売ページはこちら 3. 影響を受けたもの、自身にとってターニングポイントになっていると思うものはなんでしょうか。 私のターニングポイントはウィレム・デ・クーニングの作品や技法に出会ったことです。 巨匠のドキュメンタリーを研究しているうちに、ウィレム・デ・クーニングの作品に出会いました。彼の絵画技術から「力強さ」「軽率さ」「自由」を学びました。 私は、それらを意図的にやるのではなく、自由な方法で抽象的なことをしてみたいと思っています。その結果として、絵を描く過程で私は下書きなしで絵を描くようにしていますし、描くことができます。 《Nameless 3321》(2021) W 70 x H 90 x D 1.8 cm 作品販売ページはこちら 人物の抽象化にはどういった意味があるのでしょうか。またどういったプロセスで抽象化を行いますか? カラーパレットは、美しさと痛みの間のアイロニーを示しています。つまり、私たちが抱える痛みとストレスを意味します。 記憶喪失、混乱、アンバランスな生活。見ているのに見えないとき。想像力のない思考、魂のない生活。マルチタスクになればなるほど、特に顔や内面の記憶においては、輪郭がはっきりしていても、細部がはっきりしなくなります。この絵は、忘れていく過程や手の届かないところにある思考を表しています。 "目の前に顔があるのに、それが何なのかピンとこない" そう言った感覚を表現しています。 抽象化のプロセスについて、最初は、その場で選んだ色を流し込み、パレットナイフでテクスチャーを作るのが好きです。この工程における、遊び心や自由さは私に満足感をもたらします。その後は、ミキシングパレットを使ってテクスチャーを重ね、ポートレートの奥深さを表現していきます。 最終的にケーキチューブを使って独特のテクスチャーを作り、耳や首などの細部のシャープさを強調していきます。 《Nameless -...

Quick Insight Vol.7 世界をクリームで染める作家、渡辺おさむのルーツに迫る 

渡辺おさむは、スイーツデコレーションのパイオニア的存在の日本人アーティスト。 パティシエであり、製菓学校の教師であった母親の影響を受け、「甘いものは幸せをもたらす」という信念で 作品を創るという彼に制作のルーツを伺いました。 Q1.アーティストになられたきっかけを教えてください。 美術大学の頃から作品は制作していましたが、アーティストだけで生活できると全く思っていなかったので、 卒業後は設計会社に就職しましたが1年で辞めて、再び学校に行って設計を学んで、また就職しようと思っていました。 しかし、そこで先生に「渡辺くん設計向いてないよ!アーティストやったほうがいいよ!」と言われ、 その学校も1年で辞めアルバイトをしながら作品を制作していました。 程なく日本にアートバブルが到来し運よくすぐに専業でアーティストとなって10年以上経ち今に至ります。 ( H 26.2cm x W 22.2cm x D 5.4cm, 版画作品, 渡辺おさむ,2012) 作品詳細はこちらから Q2.お菓子のモチーフを用いた作品が多いと感じますが、 お菓子を選ばれたきっかけはあったのでしょうか。 美術大学の学生の時に、自分らしい表現は何かという事を考えていた時、 母がお菓子の先生だったので、小さい時に母が作るお菓子の形や色が一番記憶に残っていたので、 それを表現するのが一番自分らしいのではないかと思い、モチーフとしてお菓子を選びました。 (H 34cm x W 19cm x D 15cm, 彫刻・立体, 渡辺おさむ, 2021) 作品詳細はこちら Q3.作風が出来上がる過程で、 かつて受けた影響や作風の完成の経緯があれば教えてください。 尊敬する作家はイヴ・クライン(Yves Klein)です。 世界をクラインブルーで染めていく独創的な表現の強さが好きです。 私もクリームが侵食していくように世界をデコレーションしていきたいです。 (H 27.3cm x...

Francesca Borgo – 光と影の影

イタリアのアーティスト、フランチェスカ・ボルゴは、抽象的な風景を土のような自然の色調で表現しています。彼女の周りにある自然からインスピレーションを受け、アクリル絵の具、ゲッソ、アクリル樹脂を砂に混ぜたものを使ってテクスチャー効果を加えることで表現を豊かにしています。 絵画は常に彼女の情熱を注いできました。それは彼女の想像力をかき立て、人類と地球の異なる未来を表現したいという願望を駆り立てていました。しばらく家に閉じこもっていた病気の期間を経て、彼女は色と絵筆を使った「毎日のデート」をするようになり、ますます自分自身との接点を感じるようになりました。 彼女の作品は、全体の効果を形作るために濃く希釈された色を使用し、光の反射を作り出すためにメタリック顔料を使用しています。これらを組み合わせることで、影と光のコントラストが生まれます。彼女は最近、ペンとタブレットを使ってデジタルペインティングを作成するために新しいメディアを模索し始めました。この技法は、彼女の内面世界の葛藤を表現することを可能にしている。 ヨーロッパ各地のフェアや展覧会に積極的に参加している。また、彼女の作品はアメリカ、イギリス、日本、スイス、スペイン、マルタ、イタリアの個人コレクションにも出品されています。下にスクロールしていくと、彼女のエフォートレスな抽象的な風景画が見られます。             See Francesca Borgo's Artworks

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