金曜日, 2月 26, 2021
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アーティストは都市を実験しています。




大分県南部の別府駅から歩いて行ける距離にある「別府駅前市場」にアートスペースがあります。名前は「GENJITSU」。県内在住のアーティスト畑 直幸さんが運営する実験的なアートスペースです。

“GENJITSU “は、元々大分県に住んでいた3人のアーティストからなるアートグループです。メンバーはHiroaki Azuma、Takanori Suzuki、畑直幸の3人だったが、他の2人は転居を機に脱退していた。畑は「GENJITSU」のメンバー変更を受けて、アートグループからアートスペースへと道を変え、新たなスタートを切ることを決意しました。


“自分たちの作品を発表し、自分たちを高めていくことが何よりも大切です。他の国のアーティストを呼んで、試してみたいと思います。また、立地も重要で、商店街の立地が適していると思います。例えば、通りすがりの人や向かいのお店に見られる。彼らは不思議に思うし、そこから生まれるコミュニケーションを大切にしたい。私たちのための実験、街のための実験だと思っています。”

今では唯一のメンバーとなった畑はそう言う。彼の目的の一つは、アートを日常生活のような広い枠に落とし込むことだ。”GENJITSU “はアート空間であると同時に、ムーブメントでもある。

Instagram: https://www.instagram.com/genjitsu_art/?hl=j

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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光をカタチに落とし込む-藤野真司 インタビュー-

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東京を拠点に活動する銅版画家, Jihye Kim

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日米を代表するアーティストが東京でデュオ展を開催

国際的に活躍するアーティスト、Yuko MohriとDavid Horvitzのデュオ展「夏の雨」がSCAI THE BATHHOUSEにて開催されます。 SCAI THE BATHHOUSEで初のデュオ展を開催するYuko MohriとDavid Horvitz。二人はパリで会話を交わし、夏の雨には様々な顔があることを語り合いました。このような雨についての議論の機会を得た後、二人は水と雨の研究に焦点を当てます。夏の雨には雨、雷雨、七夕の雨など様々な顔があるのではないかとのことです。その結果、「夏の雨」というタイトルで作品を発表することになりました。 Yuko Mohriのメインテーマの一つに水漏れがあります。特に東京メトロの駅構内の水漏れは頻繁に発生しているが、ほとんどの人が通り過ぎるだけである。「夏の雨」では、「モレ・モレ(水漏れ)」など、初期のキャリアの中でのインスピレーションの源となった作品も発表しています。と「モレモレ(漏れ)。東京」です。Mohriは、アートの一形態として、エネルギーの回路を考案し、インスタレーション作品の中で自分の装置が再生されるようにしています。Mohriはアートの一形態として、エネルギーの回路を工夫し、装置が自分自身で再生するようなインスタレーション作品を制作しています。Mohriはパリ滞在中にも水漏れ事件を起こしています。"The Water Fall Given"はその作品です。 Mohriとともに、アメリカのDavid Horvitzが 主に時間や距離などの概念を巧みに操り、ウィットに富んだ詩的でコンセプチュアルなアートに変換していく彼の作品は、「夏の雨」というテーマでも発表されています。本展の作品の中でも特に「切手」は、「夏の雨」をテーマにした作品の中でも特に目を引く作品です。 人々の目を楽しませてくれます。雨や川、海など様々な水の状態を表現したスタンプや、「あなた」を表現したスタンプを紙に貼って、観客が自分のための詩を作れるようにします。 Mohriが人間が利用する空間であるアーティファクトの中で起こる自然現象のサイクルに着目しているとすれば、Horvitzは水と海と人間との関係性とその意味を見出すことに着目しています。"When the ocean sounds"は、人間の血液と海水の成分の類似性について書いた海洋生物学者レイチェル・カーソンのアイデアに触発された作品です。人間と水の間に比喩的な関係をもたらすための彼の別の試みは、彼の作品"スタンプ"にも見ることができます。Mohriが管理された環境下で水を研究しているのに対し、水はオープンな環境の中で発見されたものであり、水、雨、現象と人間に対する彼らの微妙に異なるアプローチが本展の面白いところである。展覧会自体はもちろんですが、Yuko MohriとDavid Horvitzという世界的な二人のアーティストが一緒に作品を発表するという点では、今東京で起きている現代アートシーンの中でも注目すべき展覧会だと思います。 会期は2019年7月19日から9月7日まで、夏休みの締めくくりは2019年8月4日から19日までです。SCAI THE BATHHOUSE https://www.scaithebathhouse.com/en/ 記事を書いた人:Jeongeun Jo韓国出身、日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。アーティストとしても活動しています。

ishii-nobuo: 遅咲きの驚異、世界に笑顔を届けます。

インスタグラムで52kの熱狂的なファンを築いたアーティストの割には、ishii-nobuoについての情報は多くは知られていない。何のフォローもせずに、質の高い作品を毎日投稿することで、彼の魅力を物語っている。晩成型であることは間違いないが、眠っていた火山が噴火して大量のマグマを噴出しているようなものかもしれない。彼の創造性は衰えることなく、今もなお開花し続けている。 しかし、多作であることも、老いても子供のような天才であることの一因に過ぎない。絵付け、不条理な焼き物、昔ながらの焼き物など、彼のユーモラスなモチーフや様々な手法を表現する際には、ishii-nobuoの無邪気な好奇心が鍵を握っているからだ。一見風変わりでエキセントリックな彼のユーモアのセンスは、セクシャルなジョークでも、彼の中にある10代の少年の甘いロマンチシズムとバランスが取れていて、それが受け入れられているのである。 ishiiの墨と紙を使った画法もさることながら、筆致は清らかで自由である。作家自身が楽しんで制作したものであってこそ、鑑賞者は作品を楽しむことができる、とishiiは考えている。だからこそ、私たちは彼の作品を見て安心して笑うことができるのだろう。それは私たちにとっても、おそらく彼にとっても、癌との闘いの中でのカタルシス体験なのだろう。彼は日々、52K以上のファンの心をアートで解放しているのだ。 TRiCERA.Netでishii-nobuoの他の作品を見るにはこちらをクリックしてください。 P.S. 彼のファンの皆さんが日本語を理解してくれるといいのですが、タイトルによってはオヤジギャグになっているものもあるので、それを見ている以上に彼の作品を評価してくれると思います。 See You16 x 22 cm 日本語のタイトルは「ジャー・ネ」で、英語の「See ya」のようなカジュアルな敬語を意味します。「Jar」(といってもティーポットですが)という言葉を使って遊び、「See ya」と言っている二人の男を左右に描いています。 Where am I?37 x 26 cm https://www.instagram.com/p/B9dgr9uJF7t/?utm_source=ig_web_copy_link https://www.instagram.com/p/B3iqawTJ0aV/?utm_source=ig_web_copy_link https://www.instagram.com/p/BwLIpVCJnnK/?utm_source=ig_web_copy_link このような楽しい発見をもっと知りたい方は、ArtClipのニュースレターの購読をお忘れなく!

富士山と絵画の蜜月関係

 現在の静岡県と山梨県の間に聳える世界遺産「富士山」。  日本一の高さを誇るこの山は古来より、神仙が宿る山として崇められていた。それは、日本一の山であると同時に、圧倒的に美しい稜線を誇っているからに他ならない。また一方で、噴煙を上げる火の山として畏怖の念を抱かせる存在だったことも一つの要因だろう。  さて、周知の通り富士山は日本画でも人気の題材であった。しかし、現在でもただの自然の一部ではなく、一つの山に宗教性、芸術性を見出してきた日本人の自然観や文化観は衰えていないようだ。本記事では富士山を描くアーティストを紹介する。 中島健太/Kenta Nakajima 作家の詳細はこちらから やまゆりの/Yurino Yama 作家の詳細はこちらから 麻生彩花/Ayaka Aso 作家の詳細はこちらから YUKIMI 作家の詳細はこちらから 高橋浩規/Hiroki Takahashi 作家の詳細はこちらから 松崎大輔/Daisuke Kawai 作家の詳細はこちらから 河合眞平/Shinpei Kawai 作家の詳細はこちらから deTaka 作家の詳細はこちらから  同一のモチーフでいえば、富士山以上長い間繰り返し描かれたものはないのではないだろうか。しかし、それでも飽きがこないのは日本画誇る美しき霊峰とアーティストのなせる業なのだろう。

Feature Post

「食べる」を見る。アートにおける食事の話。

「パンさえあれば、ほとんど悲しみは耐えられる」スペインの小説家で『ドン・キホーテ』の著者であるセルバンデスはこう語ったが、パンや白米にそれほどまでに万能薬と言えるかどうかは別にして、確かに食事は、言うまでもなく人間にとってなくてはならない存在だろう。 作品の詳細はこちらから 一食欠けばイライラが募り、一週間も飲まず食わずを続ければ死に至る。一方で「食事」という行為は、人間社会における重要な役割も果たしてきた。 例えば古代ギリシャ最強の軍事国家と目されたスパルタは「共同で食事すること」に重きを置いていた。食事を共にすることが団結力を高めると信じていたからだ。 他にも「食のルール」もある。もちろん個人の好み(例えば「夜は炭水化物を食べない」など)に限らず、例えばイスラーム教では豚肉が、ヒンドゥー教では牛肉を食べることが禁じられているし、あるいは仏教では午前中の食事だけが許された派閥もあるし、宗教によっては食事に厳密なルールを課すこともある。 果たして人間にとって重要であるように見える食物や食事だが、アートの世界ではどうだろうか?人間は、自分たちにとってウェイトの重いこの事柄を、いったいどのように造形化して来ただろうか? 例として絵画で見てみよう。絵画には具象画と抽象画、そしてその中間という、ざっくりしたタイプがある。Airaの場合はその最後の分類になるだろうが、ポップアート的な画面世界のこの作品は、多様な色彩を用いて葡萄をイメージ化し、その果物が元々備えていたフォルムから自由な形状になっている。 作品の詳細はこちらから 「美味しそうな作品」という意味ではどうだろうか。中島健太の描いている寿司は、エロティックに食欲を刺激するリアリズムの手法が使われている。18世紀の文筆家レッシングは『ラオコーン』で「絵画は、適切な瞬間を捉えるべき」と言った。中島の寿司は、まさに職人が握り、客に差し出された瞬間の、つまり、もっとも美味な瞬間を捉えているというべきだろうか。 作品の詳細はこちらから 弁当という食事の形態も興味深い。一般的に、食事とは自宅もしくはレストランで腰を下ろして実地される行為を指す。だが出先で食料調達が困難な場合などは弁当という、ポータブル式の料理形態を用いることが日本や台湾では古くからあった。733カロリーと20gのタンパク質が含有が示されている、Shintakuのペインティングがまさにそうだ。戯れにこれを「誰かが、誰かのために作った弁当」と解釈してみようするとストーリーが見えて来るだろう。こんな風に、喧嘩の翌朝は米だけが箱に詰められているかもしれないし、その反対であればこの作品のように時間と具材がふんだんに使われた弁当に巡り合えるかもしれない。ある意味で弁当は、無言の、食物を介したコミニケーションとも言える。 作品の詳細はこちらから そもそも「食事をする」とはどういうことか。極端なミニマリストと動物は別にして、人間にとっては「食事」と「栄養摂取」は別だ。好きなものを、好きな時に、好きな場所で、好きな方法で食べる。人間固有の快楽。もしくは、人間固有の遊戯かもしれない。 作品の詳細はこちらから 極端に個人の好みやこだわりが反映される「食事」という行為は、ある意味、その人となりを表現する方法だ。一方、アートを買うことは、アーティストの才能やアイディアの買うことでもある。食物や食事を描いている作品を買うことは、それに加えて、そのアーティストの生活を覗き見ることでもあるかもしれない。

自宅にアート 〜お洒落な飾り方 簡単ガイド〜

アートは空間に命を吹き込む 映画館を出て現実に戻って来た時、もしくは休暇から帰ってきた時の爽快感を覚えているだろうか?自宅にオリジナルの作品を飾るのも実はそれらと同様の効果があり、つまりはマンネリ化した退屈から開放し、活気を充填してくれるのだ。 突然にウィズコロナ時代へ突入し、自宅環境が整っていなかったことに気付いた読者も多いであろう。労働に食事、またリラックスも全てこなすには未整備の、我々の「新基地」をアップグレードするのも時に適う。意外やも知れぬが、アートは持ってこいなのである。 もし印刷された複製アートを持っているなら、代わりにオリジナル、原画の力を体感する最高のタイミングであるし、所蔵歴ゼロでも問題ない。スタートするには最善の時だ。 なぜ原画・オリジナルなのか? オリジナル作品には、映画俳優のような其々の個性やカリスマ性がある。その細部には、アーティストの旅路が記録され、例えば油絵であれば、絵の具の層に、また色の相互作用や感情的な筆致がその物語を語ってくれる。つまり原画には今も生きたエネルギーが宿るのだ。 選ぶのが難しそう? 部屋に飾るアートの選び方は、必ずしも複雑ではない。簡単な5つのステップで見ていこう。 最初の3ステップ 先ずは、部屋の目的を考えることから始まる。例えば、筆者なら「リビングルーム・歓迎の雰囲気」「ダイニングルーム・高揚感」「ベッドルーム・落ち着き」「キッズルーム・創造性」などを想像する。この目的別の雰囲気ゴールが北極星の様にアートとインテリアとの合わせ方を道案内してくれる。 第二に、スタイルを考慮するのも不可欠だ。分かり易く言うと、いくら有名なジャン=フランソワ・ミレーの「落穂拾い」も、モダンなスタイルのコーヒーテーブルと黒革のソファが置かれたリビングルームとは、とてもスタイルが合わない。代わりに、洗練された雰囲気で統一したければ、飾る作品にもスタイリッシュなものを選ぶのは言うまでもない。 第三のステップは、カラー・コーディネーション。難しそうに聞こえるかも知れないが、気構えの必要はなく、以下の様な質問を自問すればすぐにに解きほぐせる。「お気に入りのラグやカーテンにソファの色、あるいは床の色は?」「存在感が強いのはどの色?」等。そして、答えは「一貫性」であっさり解決。色のペアリングを意識するだけで、簡単にまとまって見えるようになる。  ここで、もう一つ例を挙げておさらいしてみよう。上の写真の部屋は、①くつろいだ雰囲気のリビングルーム、②スタイルは、家具のデザインと素材から判断するに、カジュアルでナチュラル。③の色合わせは、いくつかの色が見当り複雑そうに見える。だが、淡い色調のアートと部屋は、青みがかったグレーが主体となり、クッションの黄色、木の素材の茶色と言う色の共通点で繋がっている。それ抜きでは散漫に見えかねない部屋も、この作品によってかえって調和が取れているのがよく分かる。 第四ステップ:お楽しみの役者探し 場面は整ったので、楽しいアート探しの時間である。ひとつ一つの作品は個性的であり、役者の様に、所持者のキャラクターを表現するものだ。先に挙げた例では、リビングの軽快な絵からオーナーの温厚な人柄が想像できるだろう。自分に合った作品は見れば自然とピンと来るものなので、ここでは理屈よりも、心を自由にして直感的に探してもらいたい。例えば私なら、大胆な色使いと違素材のミックスに、創造的でのびのびとした個性を感じるから子供部屋には下の作品を選ぶ、と言った具合だ 最終ステップ:空間をマスターする 仕上げは部屋の理解である。大都市では贅沢な広さは中々取れず、こう言うと信じられないかも知れないが、アートを加えることで、限られた空間を「視覚的に拡張」することができる。その理由は、目の錯覚にある。空間に平行線を加えることで、広がりを感じることができるのだ。ソファの上など、横に開いた空間には横長の長方形の作品、廊下のような狭い空間には、縦長のものを吊るしてみるのがオススメだ。この行き止まり小路の様なダイニングルームは、タペストリーが無ければ窮屈に見えてしまう所を、縦ラインの強調で奥行きを演出している。(ちなみに、これもまたカラー・コーディネーションの好例なので参考まで。) 色も空間認識に一役買い、淡い色合いや風景のアートワークは、一般的に拡張効果を後押しする。一方で、濃く又は鮮やかな色合いは目の注意を集中させる。 例えば、小さな寝室にシンプルな色配分の風景画を置くと途端に、深呼吸したくなる様なスペースの広がりを感じるだろう。 どこで探すのか? 我々は実に便利な時代に生きている。アートギャラリーを訪れるのは敷居が高く感じる場合でも、オンラインのマーケットプレイスがあるので心配無用。一般的に、価格やスタイルの範囲は従来のギャラリーよりも広範囲に渡り、便利なフィルターやキーワード検索で自由に閲覧できる。探せます。TRiCERA.NETもその一つで、東京を拠点に、若手からベテランまであらゆるステージのアーティストを世界各国から紹介している。アート業界のデジタル化が進む恩恵で、新たなお気に入りのアートを発掘するのは未だかつてなく身近となった。 ArtClipでは、趣味コレクターであり、自身もアーティストであるアメリカ人顧客とのインタビュー記事も掲載の予定だ。彼女のTRiCERAでのショッピング体験や、自宅にアートを購入する理由、どうやって選ぶのか等が紹介されているので、興味のある方々はニュースレターの購読をどうぞお忘れなく。 

森に舞う儚げな芸術

 花火、ガラス、桜、、、世の中は儚いコトやモノに溢れている。それに美を見出すのは根源的な人間の性なのだろう。  そんな儚げな存在のうち、蝶はその筆頭ではなかろうか。  今にもどこかにいってしまいそうな不規則な羽ばたき、触れれば壊れてしまいそうな華奢なフォルム。そしてなんといっても数々の人間を幻惑させたその羽の模様など、蝶はまさに儚げな芸術のよう。  その美しさゆえに、日本でいえば花札の図柄に「牡丹に蝶」があったりと、画題や意匠としてもチョウは使用選ばれてきたわけだが、さて現代のアーティストはいかに蝶を描きだすのか。本記事では、キャンバスに舞う蝶を紹介したい。 Aira 作家の詳細はこちらから 山田久美子/Kumiko Yamada 作家の詳細はこちらから Anna Koshal 作家の詳細はこちらから

deTaka|無常の世に光る人生表現、鮮烈と洗練。

現役の歯科医であるdeTakaは、ある日、デヴィット・ボウイの死が報じられた日のこと、不意に、唐突に、作家として出発を決意したという。友人親族の葬儀が続いた頃のだった。 作家としては京都芸術大学を2018年に卒業し、2019年にはニューヨークjadite galleryにてグループ展にも参加している。人生の儚さと無常さの悟りから、後世に残る表現を志す彼は、敬愛するデクーニングやピカソ、マティス、セシリーブラウンの影響下、荒々しいタッチに色合いとマチエールの味わい深さが共存した、力強く大胆な作品を手掛ける。 アクリル画を主たる表現の舞台とするdeTakaの懐は深く、mixed mediaやデジタルでの表現においても個性が光る。ジャクソンポロックのように床置きで描き、シリーズとして「東洋の詫び寂び」対「西洋のポップさ」を展開する背景には、学生時代の英ロックの影響に、有限たる人生への畏敬、または歯科用具も制作に使用する柔軟性と、彼ならではの人生経験がある。今後ますます、かのミュージシャンの如く洗練と鮮烈を観る者に届けることであろう。 アーティスト詳細はこちらから

Editor's Choice