木曜日, 5月 6, 2021
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Tokyo Young Art Scenes #001




1.一流ホテルの一角にある現代アートギャラリー

“東京・銀座の帝国ホテルプラザ内にある「MEDEL GALLERY SHU」は、2018年4月にオープンした現代アートギャラリーです。

こちらのギャラリーでは、これまでに若手アーティストを中心とした70以上の展覧会を開催してきました。今後の活躍が期待されるアーティストが多く紹介され、展覧会終了後に専属作家になった人もいます。

価値のあるものはすべてアートである」というコンセプトのもと、アート作品と同じようにファッションやアクセサリー、ジュエリーなどが登場します。新しい雰囲気のギャラリーです。

2.TAKANOSUKE YASUI:絵画と彫刻を融合させたアーティスト。

MEDEL GALLERY SHUが先日紹介したアーティストの一人が、絵画と彫刻を融合させた作品を制作しているTAKANOSUKE YASUIです。

YASUIの絵画と彫刻は、共通して「しわ」のような質感を持っています。YASUIは現代のモデルをモチーフに、現実と理想の二分法の間にある何かの象徴として、絵画と彫刻の境界線を曖昧にするような表現を生み出しています。

今回は、ロダンの恋人であり彫刻家でもあったカミーユ・クローデルをテーマにした作品を中心に発表します。物と物の間を象徴する技術により、歴史と現代に生き、過去をも見る私たちとの間のギャップに基づく感情のような光景を提示しています。

ビジネスとは異なり、私たちが生きている日常の世界は白と黒ではありません。安井の作品は、それをアートという形でドラマチックに見せてくれます。




Takanosuke Yasui, The God Gone, 2020, Plaster/Cotton cloth/Acryl/Wood panel, 163.5×132.5cm


Takanosuke Yasui, reservoir, 2020, Plaster/Cotton cloth/Acryl/Wood panel, 137×91.5cm

3.AZUSA NOZAWA:性を取り巻く環境を鋭く言及したポップで爽やかな絵画。

MEDEL GALLERY SHUでは展覧会での紹介を予定しており、注目のアーティストは野沢あずさ。彼女の特徴は、未熟な少年少女を「ステッカー爆弾」をベースにした技法で画面に狭く描くこと。

ステッカー爆弾とは、車やバイクにステッカーを貼る技術のこと。ストリートカルチャーから派生した風俗的な技術ではあるが、野沢はそれを利用して、幼少期に集めた雑貨など、画面を埋め尽くすような表現をしている。

彼女のもう一つの特徴は、性の問題である。少年少女はやや男性的な視点で描かれているが、彼女が目指しているのは、性の主観と客観性を一つの画面に落とし込むことで、層構造を表現することである。性を取り巻く環境を描く構造(=ティアリング)と表現(=動画)の組み合わせこそが、彼女を新たなアーティストにしている。


Azusa Nozawa, Kawaii materials, 2020


Azusa Nozawa, Kawaii object, 2019



ギャラリー情報

名前
メデルギャラリーシュー
アドレス
100-0011 東京都千代田区内幸町1丁目1-1
アクセス
JR山手線有楽町駅
営業時間
11:00~19:00、月~日
WEB SITE

Modern Art Gallery Tokyo

展覧会情報

TITLE
TAKANOSUKE YASUI ‘OK Plastic’
日付
2/17-2/23, 2020

TITLE
AZUSA NOZAWA ’Huretehotobori’
日付
2/24-3/1, 2020

Shinzo Okuokahttps://www.tricera.net/
1992年東京都出身。大学でインド哲学を学んだ後出版社に勤務し、アート雑誌と神社専門誌の副編集長として雑誌及び書籍の企画・編集に携わる。2019年にスタートアップ企業である株式会社TRiCERAに参加、日本初の現代アート専門の越境ECの開発及びアーティストのマネジメント、自社オウンドメディアの立ち上げを担当する。特技は速筆で、雑誌時代には1ヶ月で約150ページを1人で取材・執筆した。

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