水曜日, 9月 22, 2021
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アートと食の甘いマリアージュ − 渡辺おさむの作品に見る

食への愛とは世界に不変の物であろう。

どうやらアメリカでは7月は料理月間であるらしい。様式は違えども料理は芸術であるし、両者とも私たちの生活を豊かにするという点は世界共通の認識だ。

海外では寿司やラーメンしか知られていないが、日本は食の伝統や文化が比類無いほど豊かな国である。また、レストランで見る「食品サンプル」のディスプレイは、よだれが垂れる程のリアルさとその珍発想で人気を博す。

今回は、アートに食べ物(スイーツ)を取り入れた個性的な日本人作家の作品をお届けする。

人前で愛を表現することが敬遠されている日本だが、食への愛については過剰な程に公にされていると見える。海外在住の筆者は、日本の友人らがインスタグラムで食べ物の写真をお披露目しているのを頻繁に見かける。自宅であろうがレストランであろうが関係ない。私としては彼らの胃袋事情には興味がなく、近況を知りたいだけなのだ。残念ながら、今さらフォロー解除はできないし、どうしたものか。

海外で大人気のデート相手を探すTinder系のアプリでも、日本では顔写真の代わりに食べ物の写真が溢れていて、もはやUberEatsのメニューよりも充実している。今日のデートはオムライスさん、明日は焼肉さん、と選ぶのが楽しみなのだろうか。そんな私の戸惑いはさておき、スイーツデコレーションアートのパイオニア、渡辺おさむの紹介に戻るとしよう。

MARIA
20 x 20 x 51cm

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渡辺は自身の作品を「フェイク・クリーム・アート」と呼ぶのだが、確かに例のお菓子づくりで使う、袋から絞られたクリームで出来ているのだから納得だ。ただ、ケーキの上にクリーム製の聖母マリア像を優雅に建立するなんて、誰が想像したろうか。お釈迦様なんて、甘い誘惑を纏いつつも、世俗的な考えに邪魔されることなく涼しげに禅に浸っている。クリームは実際は樹脂で出来ているが、レストランの食品サンプルのように、彼の再現力(美味しそうな偽のキャンディー、果物、カップケーキ)には、抗いがたい魅力がある。筆者もこの記事を書くだけで口がヨダレで溢れそうだ。

Happiness
17.5 x 13 x 24cm

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芸術とパティシエの才能を用いたスイーツアートを通して人々に幸せをもたらすことを使命とする彼曰く、「インスピレーションの源は、パティシエであり製菓学校の教師である母」であるという。印象派の大家であり、仕立て屋の息子でもあったピエール・オーギュスト・ルノワールが服を描くことに長けていた事実を鑑みても、親からの影響には合点がいく。そのルノワールの著名な肖像画「レースの帽子をかぶった少女」を、渡辺が味わい深いオマージュ作品としたのも偶然ではないと思えてくる。味覚では理解できないとしても、視覚で楽しませる料理の達人による逸品であることは疑いの余地がない。

Happiness
47.8 x 41.8 x 7cm

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アジアと西洋文化が融合する土地、日本。歴史的にも日本人は、火縄銃やカメラ、自動車など高品質に改善された製品を産出している。文化や芸術も例外なく融合し変質し輸出してきている。渡辺おさむのユニークなキッチンで、西洋のアートと製菓術が日本の独創性とカワイイムーブメントとの幸せな出会いを果たしたのだ。

Sweet Island
44 x 33 x 4.4cm

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Isaac Ishimatsuhttps://www.tricera.net/
1988年東京生まれ田舎育ちフランス在住。勉学や仕事には秀でるも、型破りな個性派として、生真面目な教師や上司を当惑させる多彩な日本時代を過ごす。極貧の子供時代からの夢である海外生活実現のため、カナダへ渡り貿易会社等で活躍。現在は語学習得と教授、TRiCERA勤務に勤む。陶芸工房での勤務経験、カナダの大学での音楽学習に、写真や芸術等幅広い関心を持ち、時代観察と文化比較の観点から、アートと日常生活の接点を書き出す。

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漫画はアートとしてどう流通するか?集英社によるマンガアート「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」が始動。

集英社はこの度、同社がこれまでに発行したコミックスを限定エディションのマルチプル作品として国内外に販売するプロジェクト「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」を始動。ポスターなど複製品としてコミックスが流通するケースはあったが、あくまでもアートワークのコンテクストに則って展開されることは国内でも例がない。漫画をアートというフォーマットにどのように落とし込み、どのように事業として成長させるのか。ECサイトの封切りに伴い、このプロジェクトのディレクター 岡本正史、それから現代アートの越境EC「TRiCERA.net」を運営する株式会社TRiCERAの井口泰が対談を行った。   アートとして「漫画」をどう見るか 井口泰(以下、井口) 第一声から申し訳ありませんが、まず1人の漫画ファンとして今回の対談はすごく嬉しく思っています(笑)。 岡本正史(以下、岡本) ありがとうございます(笑)。 井口 今回は集英社さんが開始される「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」、それからアートとして漫画の可能性についてお話ができればと思っていますが、まず後者の方の漫画をアートとして展開しようと考えたきっかけと言いますか、プロジェクトの経緯から聞いてもいいですか? 岡本 話を遡ると、実は発端となっているのは2007年頃になるんですね。その頃に集英社のコミックスをデジタルアーカイブしようという動きが立ち上がったんですが、とはいえ当時はまだスマホもないし、デジタルデータを活用して何か新しいことをしようという機運も活発とは言えなかった。ガラケーのコミックスに使ったり、あとは海外の翻訳出版のために使えればと。「デジタルアーカイブ」という言葉というか、その概念自体がまだ新しかった時代です。 井口 対象は集英社が出版したコミックス全てですか? 岡本 ほとんど全てですね。 井口 膨大な数になるような...(笑)。 岡本 なります(笑)。集英社は年間で800点ほど新しいコミックスを出しているので、今はだいたい300万ページ分くらいかな。スキャナーも、当時はイスラエル製の最高の機材を使って、とにかくクオリティの高いアーカイブを作成しよう、と。それが時を経てスマホ革命もあり、デジタルコミックスの製作にアーカイブデータが活用できるようになりました。でも作品の中にはすごく描き込みがされた絵もあって、「これは別の形でも世の中に出すべきじゃないか?」と思い始めたんですね。コミックスやタブレット、スマホのサイズではなく、媒体も変えて、何か違うフォーマットで世の中に打ち出すことも出来るんじゃないか、と。 井口 なるほど。つまり作成したアーカイブをアウトプットする方法としてアートを、ということですよね。興味深いなと思うのは、同じ絵でも、コミックスの時と絵画にした時では見え方が違うと思うんです。漫画はストーリーがあって、体験としてはすごく流動的。でもアート、特に平面作品は基本的には壁に固定されているわけで、体験として大きく開きがあると思うんです。 岡本 おっしゃる通りで、漫画は時間芸術なので、一枚の絵として抜き出して鑑賞する場合は違った風に見えてくるとは思いますね。例えば『ONE PIECE』の読者でも「こんなシーンあったっけ?」と思うはず。壁にかけられた状態で対峙する漫画は、またコミックスのそれとは違った発見があると思うんですね。 井口 漫画というコンテンツをベースに異なる体験を生み出す。 岡本 まさに。このプロジェクトはアーカイブという、漫画の原画の保存という観点から始まったわけですけど、「ただデジタル化して終わり」とか、単なる複製品をつくりたいわけではない。コミックスや作家さんのクリエイションを違う体験を通して受け継いでいくところがしたいし、そこにこそ意義があるとは考えてますね。 アートとしての価値をどうつくるか 井口 一方で、これはもっと実際的な話になりますけど、「漫画をアートとして販売する」ことには色んな課題が含んでいると思うんですね。現代アートという産業には既存の仕組みがあり、その中でどうやってポジションをつくっていくかという問題もある…。それに、もっと言えばアートの市場自体は漫画と比べると小さい。マーケットとして異なる業界への参入にはどう考えていますか? 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銀座柳画廊: 東京の洋画の道標

銀座柳画廊に足を踏み入れる 銀座柳画廊オーナーのインクルーシブミッション 日本の芸術的評価の強化 銀座柳画廊で紹介されたアートを購入する場所 銀座柳画廊に足を踏み入れる 東京には様々な文化の中心地がありますが、その中でも銀座は芸術性の高さでは群を抜いています。銀座柳画廊をはじめ、銀座には都内でも有数のアートスペースが数多く存在しています。銀座にあることを誇りとし、その壁の中での個展は、日本でのアーティストの道を永遠に変えてしまいます。 1994年から日本画家による洋画の発信基地として、ゆったりとしたモダンな空間で、ゆったりとした時間を過ごしていただけるようになっています。 ギャラリーに一歩足を踏み入れると、オーナーの野呂 好彦氏が作家の美学を個人的に評価してセレクトした、日本の現代美術家の洋画作品が目に飛び込んできます。風景やポートレート、静物などの具象的な題材を油彩で描いたオリジナルの作品が多く展示されており、独特の温かみのある表情を見せてくれます。 風景画の岡野宏、フレスコ画の有田巧、肖像画の廣田稔、島村信行......これらは、野呂氏との長年にわたる強い絆から、銀座柳画廊でもたびたび紹介されてきた作家たちです。また、風刺画で人気の福永明子や精密な風景画で知られる松沢真紀など、女性作家の注目を集めています。 この他にも、最近入室した北尾玲子・ボンタンなどの新進気鋭の作家を中心に、マティス、ルノワール、ダッフィー、シャガール、ピカソ、藤田晃司などの世界的な印象派の古典的な画家や、東洋的なテーマや技法を重視する日本の著名な画家の作品を随時展示していきたいと考えています。 銀座柳画廊オーナーの包括的な使命 野呂さんのアートへの情熱は、ギャラリーの金銭的な成功だけではありません。野呂さんは10年以上前から「銀座ギャラリーツアー」と称して、銀座の画廊で同時に開催されている展覧会を案内し、アートにしかない創造と発見への情熱を取り戻すことを目的としたイベントを開催しています。 ツアーではどうしても競合する画廊に足を運ばなければならないが、野呂さんは「日本のアート産業を活性化させること」を最終目標にしているため、顧客を失う可能性を気にしていない。銀座の豊かな芸術文化を継承していくためには、多様性が重要だと考えており、その多様性をアートコレクターと共有するために、他の画廊の存在を歓迎している。 日本では、個人で美術品を収集することはあまり一般的ではありません。家にアートがある家庭は全体の3割程度と言われています。私は日本人の心に個人的なコレクションの考え方を植え付けたいと思っています。欧米では逆で、美術品がない家庭は珍しい。だからこそ、私のギャラリーでは質の高い作品を集めるようにしています。 あるお客さんから「アートのおかげで自殺願望がなくなった」という話を聞いたことがあります。本当のアートは、見る人の心に直接語りかける力を持っています。もっと多くの人にアートを体験してもらいたいと思っていますので、私のギャラリーでは優れた技術を持つアーティストを紹介し、日本のアート界を盛り上げていくことに力を入れています。 野呂さんが日本の芸術文化を盛り上げたいという思いの背景には、彼の生い立ちがあります。美術商の家系に生まれ、美術の美しさに囲まれて育った野呂さんは、その人生経験を誰かに伝えたいと考えています。 3歳の頃、両親に連れられて、小磯良平のアトリエや軽井沢の脇田和や伊藤清長など、時代を代表する洋画家の多くの名画家や芸術家たちと長い時間を過ごすなど、恵まれた環境の中で、私は絵の師匠や芸術家たちと出会うことができました。私の家の伝統では、一族の一人一人が芸術家との強いつながりを築いていたので、とても親しくさせていただきました。 野呂さんは、生まれながらにして様々な意味で芸術鑑賞の才能を持っていたが、日本文化によくあるような家業を継ぐことを両親に頼まれたことはなかった。大学を卒業して商学部を卒業した野呂さんは、最初は大手商社への就職を考えていた。就職活動をしているうちに、美術業界が自分を呼んでいることに気づき、日本とフランスで活動を続ける国際的なギャラリーのディーラーとして働き始めた。その後、家業を継ぎ、数年後には銀座のギャラリー梅田東京店の店長に就任。3年間のギャラリー経営を経て、東京のアートシーンの中心地に独立することを決意。 優れた作品に囲まれた生活で培われた美術の知識を武器に、優秀な画家を集め、日本の芸術家の新しい拠点を作った。 日本の芸術的評価を高める 野呂氏は、日本には国際的に注目されるべき優秀なアーティストがたくさんいると強く信じています。その最大の障害の一つは、日本政府によるアーティストへの支援の不足と、芸術作品を購入する際の税制上の優遇措置の欠如だと考えている。そのために、野呂氏は日本のアーティストを代表して政治家に積極的に働きかけています。 しかし、野呂氏は希望を信じている。2020年の東京オリンピック、2025年の大阪万博を控え、アーティストとそのアウトプットを支援する動きが活発化している。この2つの国際的なイベントは、日本のアートにとって分岐点になるかもしれません。すでに香港では、日本のアーティストの現代アート作品がオークションに出品されるケースが増えてきています。 国際的に見ても、日本のアートマーケットは未開拓の可能性を秘めています。日本はアジアで最も長い洋画の歴史を持つ国であるため、様々なスタイルのアーティストがまだ発見されていません。日本の伝統工芸文化の豊かさも、日本のアートシーンが国際的に注目される理由のひとつです。 銀座柳画廊で紹介されたアートを購入するには このエキサイティングな時代に、野呂氏と銀座柳画廊は国際的な成功のチャンスを待っています。日本の現代美術を世界に発信することを使命とし、日本の現代美術を世界に発信していくために、野呂氏とのパートナーシップを誇りに思っています。 銀座柳画廊への行き方 営業時間 月~金:10:00~19:00 土曜 11:00 - 18:00 駿台・祝日。定休日 住所 104-0061 東京都中央区銀座5-1-7 数寄屋橋ビル3F TEL:03-3573-7075 FAX:03-3573-7076

ユニークで魅惑的なペーパーアートの世界-パート-1

子供の頃、紙を使った工作は楽しかったですか?私は確かにそうでした! 折ったり、切ったり、接着したり、組み立てたり、色を塗ったり、お絵かきしたり。その可能性は大人になるまで無限大だったように思います。大人になってからは、電話を受けるときにメモを取ったり、パソコンに貼り付けて期限を知らせるものになりました。それは、トイ・ストーリーを見ているときでない限り、その魔法を失ってしまった。私は最近、魔法がその完全な栄光、ペーパーアートの領域で生きている天国のような場所を見つけました。老いも若きも紙を愛する皆さんと、それを共有させてください。 紙に光を当てる紙はアートを包含するメディアであるだけでなく、創造性の呪文を唱える素材でもあります。ペーパーアートの代表的なものといえば、切り絵でしょう。私もその繊細な仕事と素材の優しい質感が大好きです。(TRiCERA.NETで「紙」と検索して「素材」でご覧ください) しかし、この二人の作家が引き出す可能性を実感することは、夏の暑い日に氷河の湖に浸かるような、大人の私の目にはとても爽やかなものだった。テツジ山下 - 彼の比類なき技法は "ペーパーキルト "と呼ばれています。Lacy Barry - 生き生きとした人物像を "紙の彫刻 "と呼んでいます。 目に映るものを深く掘り下げ、それが語るものに耳を傾けるテツジ山下は、天職を見出したアフリカからインスピレーションを得て、国際的に活躍する日本のアーティストです。一目見て、その質感が飛び出さなければ絵画かと思ってしまいそうになりました。アフリカの部族的な色使いやモチーフから、何か複雑に織り込まれた布なのだろうと思っていましたが、そうではありませんでした。勘違いしていました。それは非常に複雑で詳細な、非常に細心の注意を払って紙の大きな部分に層になっている、切り取られた紙のすべての小さな部分です!彼の舞台裏ビデオは、彼の手仕事がいかに正確であるかの完璧なショーケースです。  https://youtu.be/H4tG-SOuHQ8 彼の作品をさらにユニークなものにしているのは、彼のオリジナルの詩が視覚的な作品に添えられていることです。永遠に続く物語のメッセージが、まるで人間の無常を象徴するかのように、彼の作品を完成させているのです。彼は「紙は生きている」と言います。この微細な紙片は音符のようなものであり、作品は楽譜である」。確かに、彼の壮大な紙のオーケストラと叙情的な詩の調和のとれた音が聞こえてくるような気がします。目にしたものを掘り下げて、それが語るものに耳を傾けてみてください。  束縛されない活気と都会的な洗練さカナダの大自然の中で育ったレイシー・バリーは、"色鮮やかなオーロラから地元のファーストネイションズ族のカラフルなセレモニードレスまで、自然と文化の驚異を体験した "という。彼女の素晴らしい立体的なペーパーアートは、彼女が目の当たりにした美しさを結晶化しています。山下哲治の作品とは異なり、紙が素材であることはすぐにわかる。しかし、それが紙であることには目を疑った。羽の形をしていたり、花の形をしていたり、建物の形をしていたり。子供の頃は複合折り紙や牛乳パックのロボットを作っていましたが、これは全く別のレベルです。彼女の紙や段ボールを使った工学の達人ぶりには限界がありません。 また、束縛されない躍動感と都会的な洗練さを巧みに融合させた作品にも注目したい。例えば《ユニコーンの翼、プレート1番》の大胆な色使いやグラデーションは、大自然のエネルギーが生き生きとしています。彼女が見たであろう様々なオーロラの濃淡を想像してしまうほどリアルです。花の壁掛けシリーズは、優雅な花を囲むような部族的で幾何学的な模様が際立っています。彼女の作るウェアラブルアートは、土着的なモチーフを持ちながらも、その解釈は現代的である。この芸術的本能こそが、彼女の "多面的なアーティスト "と呼ぶにふさわしい資産なのかもしれません。彼女のアートワークは冒険的に見えるかもしれませんが、磨かれたものはあなたの日常を飾るでしょう。  紙はアートのための媒体であるというだけではありません。彼らのようなアーティストがいると、私たち美術愛好家は、ペーパーアートの領域から目を離すことができません。1つとして、私はあなたが今後のアーティストに掲載されます。このようなより多くの楽しい発見のために、私たちのArtClipニュースレターを購読することを忘れないでください For more artworks by Tetsuji Yamashita, click here https://www.tricera.net/artist/8100122For more...

Joi Murugavell – 喜びの迷路

オーストラリア出身のアーティスト、Joi Murugavellは、大胆で楽しく、ユニークなキャラクターがいっぱいのカラフルな作品を制作しています。オークランド工科大学でアートとデザインの修士号を取得し、アーティストとしての道を歩み始めました。 2009年に初個展を開催した後、世界各地の展覧会に積極的に参加しています。最近では、国際的に有名な現代アートフェア「アフォーダブル・アートフェア」や、日本最大級のオークションハウスである「シンワ・オークション」にも参加しています。オセアニア地域のみならず、ヨーロッパ、アジア、アメリカでも作品を発表しています。 彼女のアートは抽象的で、明るく、噛みつき、ユーモラスなものが多く、個性的なキャラクターがキャンバスの上で踊っています。彼女のキャラクターは、ただ楽しくて楽しい気分にさせてくれるだけではありません。それぞれのキャラクターは、人間の経験と流動する魂の美しさと痛みを捉えています。             See More Of Joi Murugavell's Artwork

崩れていく造形の先にある美しさを描く – さめほしインタビュー –

さめほしは1997年東京都出身、2020年に武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻卒のペインター。2016年頃からアクリルとペンを使い、デフォルメされた少女の顔や体を破裂・溶解させ、その崩壊と形成を繰り返す姿を描いてきた。「可愛いものは崩されても可愛さを保ち続ける」というさめほしに、今回は作品の背景やこれまでの歩みについて話を聞いた。 さめほしさんは生成と崩壊をテーマにした女の子の顔をメインに描かれていますね。顔や目の大きさをデフォルメした顔もそうですが、加えてそれを意図的に崩している。その点にからお話を伺えますか?  感覚的な話になってしまい恐縮なのですが、モチーフについて言えば、一番の理由としては可愛さ。小さい頃からプリンセスのような女の子を描いていることが好きだったんですけれど、両親の影響から90年代頃のアニメを見たりゲームをすることが多くて、その中でデフォルメされたキャラクターを好きになっていったんです。作品の傾向のせいか、よく「アニメが好きなの?」と言われるのですけれど、実際にはそこまでアニメや漫画というジャンル自体に強い思い入れはなくて、むしろ頭身の低い、デフォルメされた女の子の可愛らしさ自体が好きなんです。一方では可愛いさだけじゃなく、その可愛らしさが崩れている状態にも関心が強くて。可愛いのに、その可愛らしさが溶けるように崩れていっている状態。その「もう元には戻らない」ということが余計にその美徳を強めるというか、これは感覚的なことなのですけれど、その様子にすごく惹かれるんです。加虐的な趣味というわけではなく、バラバラになったり破裂していたり、崩壊した可愛らしさにも別の可愛らしさがあると思っていて、むしろ「可愛い」というものを単純化されないカタチで表現できるのではないかな、とは考えています。 クリスマスケーキ 2020年 29.7 × 42cm Giclee Printing on paper edition:50 さめほしによる限定エディションプリントはこちら 顔だけでなく、身体そのものの形状も崩れている絵画もありますね。「可愛いらしさの崩壊」以外にも変形する身体にも関心がありますか?  おっしゃる通り、キャラクター化された女の子以外やその崩壊以外に、そもそも顔がぐちゃぐちゃしていたり体がバラバラになっていたり、あとは硬いものが柔らかいものに衝突して弾け飛んでいる様子とか、グロテスクなものが好きというわけではないのですけれど、そういう様相が綺麗だなとは思っていて。AKIRAという作品に登場人物の1人の体が変形していくシーンがあるのですけれど、特にそこが好きで。むしろそこしか見てないくらい(笑)。きっと途中経過というか、例えば魔法少女の変身シーンのように動いている状態が好きなのかもしれません。そういうわけで形が変わっていく身体については昔から「いつか描いてみたい」程度には思っていたんですが、実際のきっかけとしては愛☆まどんなさんの作品に出会ってからですね。  愛☆まどんなも融解的な色使いをされますけど、崩壊性はそこから。 ええ、そうですね。「ああ、これだ」と氷塊することが多くて、これも発見というか、何かが揃った感覚が自分の中にあったのですけれど、そこからは女の子の顔とか体を崩壊させた絵に取り組むようになりました。 United 2015年 116.7×91cm キャンバスにトレーシングペーパー・油絵具・ペン 現在の絵画を形成するうえで参照した作家さんは他にもいますか? あとは大槻香奈さんですね。最近の作家さんから影響を受けることが多いのですが、大槻さんはデフォルメされた女の子の顔のパーツの配置がすごく卓越していると思うし、縦長の目の描き方はとても参考になります。 どちらも影響力が強い作家さんですけど、その影響下から自由であることは大変ではなかったですか?いや、それが本当にそうで。ただでさえ影響されやすいというか、流されやすいというか、自分自身の性格的にも模倣に走って行きがちなところがあるので悩みました。でもお二人とも特徴的ではあるので、例えば愛☆まどんなさんの異色肌の女の子、影の色に蛍光色を使うこと、あとは目の中に文字を入れるなど視覚的に独特な部分について自分の中で使用を禁じたり、「これはしない」などルールを設けることで追従をしないように心がけましたね。 デフォルメされた女の子、身体や顔の崩壊性以外にも、さめほしさんの作品は線描や絵具の質感も特徴の一つだと思うんですが、こちらも他にルーツがありますか?  その二点については自分の好みかもしれません。もともと線をひくという行為自体がすごく好きで、細い線を描いていたくて今の絵を描き始めたようなものかもしれないです。何も考えずとも引いていると自然と作品が出来上がってくる線の不思議さも好きだし、無意識で線を引いている時間なんかすごく好き。絵具についても、やはり物質としての安心感は好みです。昔は絵具をもりもりにして画面をボコボコさせていたんですけど、でも私の作品は近くで見ると荒っぽさが目立っていて、そこは少し気にしていて。よく「デジタルの方がいいよ」とか「写真の方がいい」とは言われるし、今は表面の仕上げにやすりを使ったりしています。 でも物質感は大事? 大事…ですね。今はデジタルも使ってみてはいますけど、あくまで二次創作というか、どこかで頭のチャンネルを切り替えているように思います。やっぱりモノとして手元にある方が安心するんですよね。作品を横から見たり、斜めから見たり、手に持った時の絵具が乗っかったキャンバスの重さが好きなんです。  絵画に対する愛着はどうやって育ったのでしょう? 昔から絵は好きでしたか?  実はデザイン系の高校に通っていて、だから「絵を描くこと」自体には馴染みがあったんです。3年間デザインを学んでいたんですが、でもデザインはあくまでも人に伝えるためのものですし、できるかぎり綺麗に描かないといけない。そこが少し苦手でした。出される課題も「とにかく綺麗にね」みたいな要望が多くて。絵具ははみ出してはいけないし、筆跡も残しちゃダメ。線なんかガタガタさせるとすごい怒られるんです。課題を提出しても「君のは油絵みたいだね」と言われていたし、そのきっちり描くという状況が嫌…、というよりは苦痛で。 United 2016年 41×41cm キャンバスに油絵具・ペン さめほしによる限定エディションプリントはこちら そこからファインアートに転身しようと? いえ、その時点ではまだ想像もしてなかったです。そもそも中学生の頃は絵本作家になりたくて、酒井駒子さんという作家さんがすごく好きだったんですけれど、それもあってデザインの学校に進学しました。「普通の高校よりはためになるだろう」と。でも進路を選ぶ段階になってファインアートに。美術予備校の体験に友人と一緒に行ったんですけれど、そこで油絵コースのブースがあって「何これ!? すごい綺麗!」と思って高校三年になって油絵に進もうと決めました。 学生時代から活動されてますよね。具体的なスタートはいつ頃から?  活動で言えば、現在の「さめほし」という名前で作品を発表したのが2016年の大学一年生の時。グループ展にお誘い頂いて、そこで初めて「さめほし」という名前、それからアクリル絵画の上から線を引いた作品を発表しました。その前までの作品は女の子でもなかったし、もっと抽象というか、「これ」という像を定めていなかったですね。線は描いていたんですけど、使っていたのも今のようにアクリルではなく油絵具だったし、単純に絵具の質感や線を引くという行為を楽しんでいた時期でした。 油彩をやっていたということですが、現在ではアクリルを使っていますね。 まったく油彩を描かなくなったわけではないのですけれど、ただ私には扱い切れないところが多くて。油絵具の生々しさ、表現の深さや重さはすごく好きなんですけれど、でも私とは速度が合わなかった。女の子を描き始めた当初も油彩だったんですが、どうしても油彩だと乾くのが遅いし、待っているうちに何が描きたかったのか忘れてしまう。信じられないくらい忘れっぽい性格なんですよ。反面、アクリルだと乾くのが速いから鮮度を失うことがない。描きたいものをリアルタイムでアウトプットできる点は大きいですね。 描き手であるさめほしさんと作品が強く呼応しているように聞こえますが、作品は自己言及的ですか? どうだろう…。昔は「絵画は自分自身の鏡だ!」みたいに考えていた時期もあったんですけれど、今はもう意識していないですね。あまり肩に力を入れない、と言うか。意図的に作品と自分を近づけようとはしないんですけれど、でもそもそも絵を描き始めた理由を思い出すと、そこにはある種の保存的な意味合いもあって。写真なら風景を切り取って保存できるし、筆まめな人は文章で残しておくのでしょうけれど、私はその時々の気持ちを残しておく手段が絵しかなかった。絵を見ればその時に考えていたこと、思っていたことを思い出せる。それは安心感があるなとは思います。最初の頃は線で記録するつもりで描いていたふしはあるので。 過剰 2018年 36.4×51.5cm パネルにケント紙・アクリル絵の具・ペン さめほしによる限定エディションプリントはこちら 活動をスタートさせてもう4年になっています。先ほど「最近はデジタルも」とおっしゃっていましたが、作品に変化は生まれていますか? 作品について言えば悩むところもありますし、感覚的な変化もあります。前者で言えば支持体からペンの表現までやり直した方がいいのではとか、線を続けるかどうか、画面ももっと今の作家さんみたいにツルツルさせたり、もっとピッチリ描いた方がいいのかなど、少し模索している最中…ですね。周りに流されやすい人間でして、「線はない方がいいよ」とよく言われるんですが、それもあって「このままでいいのか?」と。あとは線に対する感覚が変わりましたね。昔は下書きもしなかったし、そもそも真っ白なキャンバスに向き合うのが苦手だった。失敗した絵の上から描いてたりしたんですけど、でも今はその辺りもコントロールが効いてきた。だから昔よりは技術がついてきて表現の幅が広がった反面、昔だからこそある思い切りというか、無軌道さが無くなったとは実感してます。昔の方がやたらと線が多かったし、密度も高い。今は「ここは色の境目がないから線は引いちゃダメだ」とか、自分なりの制作ルールが培われていて、昔の絵を見ると「もう描けないな」と思いますね。 感覚的な部分が大きいということはさめほしさんの変化とともに絵も変わっていく。活動をスタートさせてもう4年になりますが、以降に取り組みたいことは考えていますか? 色々と悩む部分はあるんですが、今は画法を変えずに、どれだけ引き出しを増やせるかを考える時期なのかなと。あと最近は崩壊とか破裂、溶けたり崩れたりだけじゃなくて、モノとモノのぶつかり合っている様子とか一体化している様も魅力的に思えてきて。可愛いものは壊れようが崩れようがバラバラになろうが可愛い。それをなんとかして描いていきたいなと思っています。   Profile 1997年東京都出身。2020年武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻卒。2016年頃よりアクリル絵の具とペンで崩壊と形成を繰り返す少女を描く。主なグループ展に「FROM KAWAII ART...

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Quick Insight vol.1 – yuta okuda-

日本や台湾などアジアのアートシーンを舞台に活動しているyuta okudaは、生き物や花を通し、自然の摂理にある美しさの描き出し、その姿を肯定しようと試みる。『TAKEO KIKUCHI』のファッションデザイナーからアーティストへ転身した彼の活動とその背景について話を聞いた。 まずは作品について簡単にご説明願えますか?作品は無意識の自己投影と自己解釈がベースになっています。無意識のレベルで生き物たちを思い浮かべ、それを意識レベルで般若やマリリンや狛犬などにしていきます。無意識で描きたい題材は、常に花や生きもので、そこから美と醜、愛と嫉妬、生と死など相反する二つのテーマを1枚の中に表現しています。モチーフは常に生き物なんですが、食物連鎖をコンセプトに、自然の摂理の美しさを描いています。 wisdom 743×607, 2019, pigment ink /Kent Paper 作品はこちらから もともとはファッションデザイナーだったそうですが、アーティストになったきっかけは?きっとアーティストになりたい気持ちが強かったからだと思います。デザイナーとアーティストとでは、全く性質が違いますから。商業デザイナーに個性は求められない。決まったデザインを、決まった通りに、決まったスケジュールでこなしていくことが必要なんです。でも、それがストレスだった。だからスタートは「ただ自分の描きたい絵を描きたい」という、本当にそれだけだったと思います。 そうして、すぐに絵を描き始めたのですか?いいえ、最初は自宅でひたすら描いているだけでした。今見返すと、その頃の絵は、すごく密度が高く見える。負の感情を吐き出している感じでしたね。人に見せることなんか考えても見ませんでしたね。全く、これっぽちも。言わば毒素ですから、自分の(笑)。 Purple Rose (Pink x Purple) 33.3×24.2cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら           プロとしてスタートしたきっかけは何でしたか?認めてくれた人たちがいたんです、私の絵を。自分のネガティブが丸出しになった絵を「いいね」と言ってくれる人たちがいた。驚きだったし、有り体に言えば、気持ちが良かった。商業デザイナーではそんなこと絶対に有り得ない。ファッションでは取り繕いをしていたけど、絵画は裸です。その部分を見せて、評価してもらえたことが嬉しかった。そんな時期に友人のアーティストを見たりして、その姿に嫉妬し、「自分も」と考えました。でもやるならプロとして、趣味ではなく、生半可な気持ちは捨てようと思っていました。やるなら、徹底的にやろうと。 作品は自己投影的と仰っていましたね。当初から同じスタンスですか?最初の頃は「ひたすら描く」に尽きますね。平均したら1日15時間くらいかな。3日間描いて半日寝るとか、とにかく吐き出そうと思って。溜まっていたもの、湧いてくるものを全部吐き出したら、ようやくコンセプトが見えてきた。それが「自己投影」。ファッションとは正反対です。そっちではコンセプトメークが先にあって、そこから組み立てていましたけど、私がアートでやっているのは自分自身を発見していくこと、つまり一番正直な自分を出すこと。どれだけ裸になれるか、どうやってその部分を引き出すかが重要になってくる。自分の経験がどういった形でアウトプットされるか、それを見てみたいんです。 Abstract Bouquet (Navy x Purple) 33.3×24.2cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら         ご自身の経験をベースにしているとインプットが大変じゃありませんか?最初の3年で尽きましたね(笑)。30年の人生が、3年で底を突いた。でも、それは上澄の30年だと思っています。もっと掘り下げられると思うんです。自分の本質が何か、自分のベースが何か、この3年で自分の30年を振り返ることが出来た。3年かけて、ようやく自分が分かってきた気がするんです。だから、これから色んなものを取り入れ、新しくつくっていく。 最近では墨を使用した作品も増えました。その変化は意図的なものですか?私の作品は、やはり、私自身と連動しているから変わりはするんです。物質的にも精神的にも、昔と全く同じような絵を描けと言われても、それはすごく難しい。変わりはするけど、でも言えることは、今自分がやっていることに嘘がないということ。本当に疑問が湧かないんですね。さっきも話に出ましたけど、私の絵はいかに裸になれるか、自分に正直になれるかが重要。だから、それを基準に考えるのであれば、今やっていることに間違いがないことは断言できると思います。一方で素材については常にアップデートを心がけていますね。水彩も試したし、銅版も油彩も、日本画も、あとは粘土など色々と試した。その結果、自分の性質に合うのが墨だなと。 Abstract Single Flower (Sax x Purple) 36×14cm, アクリル・顔料インク・キャンバス 作品はこちら 新しい目標と課題も見えてきて、今は次のステップを目指されている。その目標は、もう具体的に見えているんですか?私の作品は自己投影なので、やはり、将来のビジョンの全てがはっきりとはしていません。言えることは、それでも自分に嘘はないということ。制作では裸でありたいし、正直でありたい。だから自ずと出て来る自分の経験を活かしたいですね。ようやく空っぽに慣れたので、これからは様々な経験を取り入れ、それを絵画に練り上げていく仕事が待っていると思います。環境や自分の変化を理解しつつ、取り入れ、自分の絵画に落とし込んでいく。どう変わっても、私の場合は自分に嘘がなく、疑問がなく、正直であるならば大丈夫なんです。私にとって絵は一番の裸の部分、正直な部分を見せることですから。 Profileロンドンへ留学後、ISTITUTO...

渡辺おさむ: 日本の菓子作家インタビュー

“...誰にでもお菓子の思い出はありますよね。” 日本のカワイイ文化の中で、現代菓子アートの先駆者ともいえるアーティストがいる。2003年に東京造形大学を卒業後、独自のレジンホイップクリームやキャンディアートを追求している。渡辺氏は、自身が育った文化に触れながら、西洋の巨匠たちの作品を再構築しながら、繊細な手とパイピングバッグだけで、世界に一つだけの作品を丁寧に制作しています。その気まぐれな彫刻作品は、中国、香港、インドネシア、トルコなどで国際展を開催し、国内外で高い評価を得ています。 今回のインタビューでは、渡辺さんに、作品の原点、渡辺さんにとっての作品とは何か、そして今後の展望についてお話を伺いました。このインタビューは長さとわかりやすさのために軽く編集されています。 目次 幼少期にインスパイアされたアート 日本の現代アートシーンに居場所を見つける 未来への展望 渡辺おさむアートを購入する場所 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150003" 幼少期にインスパイアされたアート レジン菓子アートのスタイルはいつ頃から生まれたのですか? 18年前、美大に通っていた頃、自分だけのスタイルを模索していました。そんな時にお菓子の可能性を知りました。子供の頃から、お菓子の形や色が記憶に残っているのは、母が製菓学校で教えていたからです。 なぜパティシエではなく、このスタイルを目指そうと思ったのですか? 母の職業柄、お菓子はいつもたくさんありました。だから、自分で作ったり、お菓子作りを職業にしようという気にはなりませんでした。 日本の現代アートシーンに居場所を見つける “...誰も私の作品を美術品とは思っていませんでした。” <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150013" 自分の作品が美術品として認められないことを恐れたことはありますか? 自分の作品が受け入れられないことを恐れたことはありません。それよりも、人工的なお菓子を使った型にはまらない表現をしたことで、アート界がどう反応してくれるのかということに興味がありました。作品を作るという行為が好きなので、自分に自信が持てない時は、手を動かして作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけてきました。 従来のアーティストと比較して、このメディアを選択したことは、あなたのキャリアにどのような影響を与えたと思いますか? 私がこのスタイルで作品を作り始めた頃は、誰も私の作品をファインアートとは認めてくれませんでした。しかし、それにもかかわらず、私は作品を作り続け、発表し続けました。文化勲章を受章した美術評論家の高階秀爾さんの著書に私の作品が取り上げられたのをきっかけに、自分の創作を続けることの大切さを実感しました。 視聴者からの反応が一番充実しているのは? 最初の作品が売れた時はとても嬉しかったです。それと同時に、作家としての責任も感じました。自分の作品を買ってくれるコレクターがいるということは、アーティストとしての価値を保証しなければならないということでした。その時に、自分の作品に全力で取り組もうと決意しました。 最初に売った作品は何ですか? 樹脂製のホイップクリームで「枯山水」を表現した作品でした。東京都が主催するコンペに応募したのですが、当時の東京都知事に買ってもらったものです。 “...自分に自信が持てない時代に、自分の手で作品を作るという作業に集中し続けることで、自分の道を見つけました。” 作品を作る上で一番大変なことは何ですか? 最も難しいのは、樹脂製のホイップクリームでデコレーションすることです。思い通りの仕上がりにするために、2種類のパイピングバッグのチップを使い分け、グリップを調整してテクニックをコントロールしています。 有名な美術品を人工菓子で飾ることにはどんな意味があるのでしょうか? 知名度の高い作品を飾り、自分なりに表現することで、新たな物語が生まれます。 どの作品が一番好きですか? これまでに作った作品の中で一番好きなのは、日本古来の神話をモチーフにしたクニウミです。 伝統的に、お菓子は主に食べることで体験するものです。この体験だけをビジュアルアートに変えることは、あなたにとってどのような意味があるのでしょうか? 誰もが甘いものに好意的な記憶を持っていると思いますが、私は作品を通して、その好意的な連想を喚起することを目指しています。人は、お菓子の味や色、形などを大げさに想像したり、思い出したりしがちです。だからこそ、記憶の色を再構築することで、あの幸せな気持ちを呼び覚ますことができるのです。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150005" 未来への展望 “最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、ということに興味を持つようになりました。...” アートやビジョン、方向性は、始めた頃と比べてどのように変わりましたか? 当初は「楽しいから」という理由で美術を追求していました。最近では、自分の作品が歴史的な文脈の中でどのような位置にあるのか、作品を作る意味は何なのか、ということに興味を持つようになりました。 個性的なアートを制作しているアーティストに、あなたは何を伝えますか? あなたのオリジナリティはあなただけのものですから、あきらめずにアート制作に取り組み続けることをお勧めします。作品作りは一生続けられるものです。だから、アーティストを目指す人たちには、無理をせず、これから先もずっと作り続けてほしいと思います。私もこの戒めを守るようにしています。 今後の抱負を教えてください。 今後も世界に向けて作品を発表し、私のお菓子アートの世界を発信していきたいと思っています。現在はインドネシアとフランスでの展示会を予定しています。また、今後も作品を作り続け、コレクターの方に作品の価値を高めていきたいと思っています。 <a href="https://www.tricera.net/prints-multiples/id81000150016" 渡辺おさむアートを購入する場所 TRiCERAでは、渡辺おさむの一点ものの作品を多数ご紹介しています。他の日本の若手アーティストについてもっと知りたい方は、現代美術のページをご覧ください。

現代アートは遊び場になり得るのか?

"今が遊び時" 東京都現代美術館 大人になると、「ゲームをやめろ、おもちゃや友達と遊ぶのをやめろ」などと言われてきましたが、大人になってからも同じようなことを繰り返しているかもしれません。大人になってからも、同じようなことを繰り返し、このような質問をすることがあります。仲間とつるむのをやめようか、もっと勉強して頑張ろうか」とか、そんなことを考えることがあります。 そう、人生は決して楽なものではありません。それは誰にでも、どんな時にも当てはまります。では、「遊ぶ」時間をきちんと持てるのはいつなのか、何かで遊ぶことを心から楽しめるのはいつなのか。仕事や勉強の時間も必要ですが、遊びの時間を過小評価してはいけません。遊びの時間は、自分自身や世界に新しい価値観を見出す機会を与えてくれることがあるからです。 では、現代アートについてどのように感じていますか?美術館やギャラリーに行くと、遊びの時間として感じますか?そうでなければ あなたは現代美術をもっと勉強して発見すべき難しいテーマだと思っていますか?現代美術についてどのように考えていても、「現代美術は難しい」という意見もあります。 東京都現代美術館では、「今、遊ぶ時間」と題した展覧会を開催しています。子どもだけでなく、大人も現代美術の「遊びの時間」を楽しめるように企画された展覧会です。 本展では、Yoshiaki Kaihatsu, Kazuhiro Nomura, team Hamburg, Tanotaiga, TOLTA, Usioの6人のアーティストとアーティスト・コレクティブによる作品を展示します。それぞれの作品は、ゲーム感覚で参加することができます。第一展示室に入ると、壁一面が巨大なキャビネットで覆われている。圧倒的なスケールに加えて、キャビネットがボルダリングのクライミングウォールになっているため、目を引く。観客は作品に圧倒されるかもしれないが、キャビネットの扉を開けると別の展示室につながっている。ユーモラスで楽しい作品のようだが、作家の開発良明氏によると、「受験の壁」は、実は受験のプレッシャーやストレスを表現したものだという。 もう一つの興味深い作品は、タノタイガの「Tanonymous」。Tanonymousは壁一面を無数の仮面で覆っている作品である。作家の無表情な顔をベースにした多数の仮面が、参加型のワークショップから観客によって徐々に多様な顔に変化していきます。ワークショップでは、美術館が用意した素材を使って、無地の仮面を自由にデコレーションします。最終的には、これらの多様な顔のすべてが、'Tanonymous'の作品として展示されることになります。 アーティストのタノタイガは、基本的には美術作品の中で社会システムや価値観を探り、マスメディアや画一化された記号が日常生活の中で持つ力を考察しています。作品タイトルの「タノワイマス」は、作家名の「タノタイガ」と「アノニマス」の複合語です。作家は作品を通して、標準化された社会と現代社会に蔓延する匿名性を批判的に見つめています。観客が好きなように仮面を飾ることで、観客はやがて鑑賞者となり、同時に制作者となる。美術館の中の同じ顔が徐々に様々な顔に変化していく過程で、作家は自分の考えを伝えたいと考えているようです。 友達と遊ぶこと、おもちゃで遊ぶこと、どんな遊びでも、私たちに充電の時間を与えてくれます。展覧会を通して、作家は社会に関するテーマを表現しており、展覧会や美術館は遊び場にもなっています。現代美術が遊び場になるという意味では、展覧会を見る(遊ぶ)価値があると言えるでしょう。観客の参加が作品の一部となり、場合によっては観客の遊びの痕跡が作品の一部として残ることもあるでしょう。 東京都現代美術館では、2019年10月20日thまで「今が遊び時」展を開催しています。参加型のアート作品とともに、観客がアーティストと一緒に遊ぶことができる関連プログラムやワークショップも開催されています。詳細や情報はこちら。https://www.mot-art-museum.jp/en/exhibitions/time-to-play/。 記事を書いた人:Jeongeun Jo 韓国出身で現在は日本在住。東京藝術大学大学院美術研究科を卒業したTRiCERAのメンバーの一人。彼女自身もアーティストとして活動している。

アートで見る夏景色2020 -暑中見舞い後編 –

8月最後の週は、多くの人にとって夏の最も感傷的な日々。子供たちにとっては夏休みの終わり、大学の多い街では学生達と共に活気も戻り、親御さんたちは、学校再開前の準備で忙しくする時期。この一週間は、誰もが楽しい夏の思い出に浸り、残された日々を惜しんでいるものだ。 プールサイドでのパーティー、それとも「ステイホーム」で安全に過ごす時間、それとも田舎でのリフレッシュ、何があなたのお気に入りだろうか。シリーズ第1部ではそんな夏模様を描いた作品をご紹介した。 こちらから Soft summer by Irina Laube 54 x 54 cm 「海と山どっちが好き?」この一見無害なように聞こえるが、二極分化をもたらす質問。両方とも近い田舎で育ち、山の稜線と入り組んだ入り江の絶景を誇るカナダのバンクーバーで数年過ごした筆者としては、一択を迫られると途方に暮れてしまう。だが、どうやらTRiCERAアーティスト御贔屓のモチーフは海とビーチのようである。この人気テーマと共に、夏の魅力的な抽象画もご紹介したい。 Summer Days by Alexander Levich 35 x 45 cm Labyrinth by Alexander Levich 60 x 100...

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