日曜日, 6月 20, 2021
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ペーパーアートに魅了されて – パート2


Fortunes
64 x 58 cm

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アート素材としての紙のユニークさを説明したペーパーアートのシリーズ part 1を未読の方は、ぜひこちらからご一読あれ。

https://blog.tricera.net/post-tetsujiyamashita-lacybarry/

紙と人類の蜜月関係

今回は少々の雑学から始めるとしよう。

考古学の研究によると、紙は紀元前100年頃の中国で発明され、以後は文明の片棒を担いながら発展してきた。「紙」という言葉の語源は、エジプト文明で使われた厚紙状の筆記媒体「パピルス」にあり、起源はなんと紀元前2560年~2550年までさかのぼる。

2020年現在、デジタル技術の隆盛により私たちの紙に対する愛着は薄れている。とは言え、それでも一夜にして紙文化が消滅することはありえない。例えば、メールやLINEにZoomで全てが済む時代でも、年賀状や結婚式、誕生日などの機会には未だに手紙を出すし、軽くて薄いタブレットひとつに何百冊もの本が入れども未だに、重くてかさばる紙の本を買う人も多い。時代遅れにも思えるこの素材と私たちを結びつけるのは、人類として記憶に刷り込まれたアナログさ、つまり紙への郷愁なのだ。

いくら世情が変わろうとも、4,000年以上にわたる人と紙との蜜月関係は、今もなお世界中で続く。筆者が滞在しているフランス、全国で年に数回開催される骨董市は大変な人気なのだが、特に人の興味をそそっている品は数十年前に書かれた手紙であったりもする。美しく手書きされたはがきや手紙は黄ばんでいるが、そこに記された心情は今も生々しい。インクのにじみや筆跡に、書き手の迷いや興奮が色あせる事なく見られる。


Arrest  
28.1 x 20.5 cm

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薄くても丈夫な和紙は、筆と墨に適合し発展してきた。その美しい風合いから、和明かりや障子など、家具にも使われるのはご存知の通り。古くには、神道のお供え物の包装材として使われた事に始まり、儀礼折として、折り方や折り目の知識が高位の武家教育の一環となっていく。江戸時代になり、今日私たちの知る「折り紙」遊びとして一般に広まった。若輩の私も日本で育った身、書道を嗜み、折り紙を作り、紙飛行機を飛ばし友人と遊ぶ中で、常に日本の上質な紙に慣れ親しんできた。


Telepathy
42 x 42 cm

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さて、アートにおいて、「アナログ」媒体である「紙」はいかに重要なのだろうか?
インドを拠点に活動するビジュアル・アーティスト、Janaki Leleは、ハンドカットによる切り絵を通して物語を紡ぐ。「Telepathy」と言う作品には詩が添えられ、彼女は「エネルギー網は目に見えない線を通り…、二つの心をつなぐ…、私のこと想ってくれていたの?実は私もあなたの事を考えていた所なの。」とささやく。なるほど、私たちの脳をつなぐのは、目に見える電力ケーブルという現代的なエネルギーだけでないのだと、改めて他人とのつながり方を考え直させられる。私たちが思考を表現する営みは、凧や鳥を空の流れに解き放つ様。この流れが、私たちの頭の中にある風車や水車のタービンを回し、相互作用のなかでエネルギーを生み出す。どうやら、テレパシーのような繫がりは、このアナログなメカニズムで同調している時に起こるであろう。


Star Catchers
40 x 30 cm

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もう一つの作品「Star Catchers」には優しくも朧げな夢物語が描かれる。友人の子と、窓を通りすぎる夕日をつまんで遊んだ時間から着想を得たと言う。これらの物語は全て、シルエットとわずかな奥行きを利用し、たった一枚あるいは数枚の紙の上で繰り広げられる。わずか数マイクロミリメートルの厚さの紙に、すべてのドラマを受け止め伝達するキャパシティと可能性が秘められているとは驚嘆だ。なぜそんな事が可能なのか。それは、紙が有機的な存在であることに秘密があろう。思考とコミュニケーションが有機的に形成される様を見たように、生物学的エネルギーが人間と紙のアートの間で相互作用しているのだ。紙が触媒として芸術家と芸術を、また芸術と私たちを結びつける。

Hiryuken
26 x 20.2 cm

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日本を拠点に活躍する百鬼丸は、これまでに1万点以上の作品を手がける多作の切り絵作家として、侍たちを21世紀の世界に紙で躍動させてきた。彼の描く線にはまるで日本刀のような切れ味の良さが際立つ。日本の歴史小説の表紙デザインを多く手がける彼のモチーフは、武士や忍者が活躍していた時代のものが多く、その大胆な構図は、浮世絵の躍動感とマンガのキャッチーさを併せ持つ。これらの要素と、生き生きとした人物描写が相まった彼の作品には生命力が溢れている。有機的な紙にその生命を宿す包容力があることは言わずもがなである。

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彼の作家活動は、作品と同様にパワフルだ。平面・立体の切り絵アートを制作するだけでなく、テレビ出演、日米仏での展示会、そして興味深いことにライブで切り絵パフォーマンスも行うと言う。彼の武者デザインが施されたマスクも販売されているそうで、ウィズコロナ時代には頼もしい限りだ。百鬼丸は大学で建築を学び、その後陶芸の修行をしたりと、まるで浪人侍のようなキャリアを歩んできたやも知れぬ。しかし今、日本切り絵界の先鋒として自らのキャリアを切り拓き、後進に道を描き示す。 

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Isaac Ishimatsuhttps://www.tricera.net/
1988年東京生まれ田舎育ちフランス在住。勉学や仕事には秀でるも、型破りな個性派として、生真面目な教師や上司を当惑させる多彩な日本時代を過ごす。極貧の子供時代からの夢である海外生活実現のため、カナダへ渡り貿易会社等で活躍。現在は語学習得と教授、TRiCERA勤務に勤む。陶芸工房での勤務経験、カナダの大学での音楽学習に、写真や芸術等幅広い関心を持ち、時代観察と文化比較の観点から、アートと日常生活の接点を書き出す。

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A.C.Dは、色や形を用いて絵画に視覚的な物語性を持たせることを探求しています。2019年よりアーティストとしての活動を開始し、アメリカでの展覧会や東京でのシンワオークションに参加するなど精力的な活動を展開しています。 フランス生まれ、現在はアメリカ在住。カリフォルニア大学デービス校で英文学の学士号を取得して卒業後、ニューヨークでファッションデザインを学び始める。ファッションデザインだけでなく、Cal Artsではタイポグラフィー、ロゴの歴史、文字などを学ぶ。蝶々を見たことがきっかけで、絵を描くことに興味を持つようになり、正式にアートの世界に足を踏み入れることになる。 A.C.D.の作品の特徴は、色ときれいな線のストロークです。彼女自身、四色の視覚を持っているので、他の人は一色しか見えないのに、オンバー、モーヴ、異なる色がそれぞれの色に融合して見えるのです。色相と彩度をコントロールするために、彼女は同時に色を塗り、混ぜています。彼女のユニークなビジョンが、彼女の絵画に使われている美しい色を生み出しています。 See More Of Artworks By A.C.D

Tokyo Young Art Scenes #001

 1.一流ホテルの一角にある現代アートギャラリー "東京・銀座の帝国ホテルプラザ内にある「MEDEL GALLERY SHU」は、2018年4月にオープンした現代アートギャラリーです。 こちらのギャラリーでは、これまでに若手アーティストを中心とした70以上の展覧会を開催してきました。今後の活躍が期待されるアーティストが多く紹介され、展覧会終了後に専属作家になった人もいます。 価値のあるものはすべてアートである」というコンセプトのもと、アート作品と同じようにファッションやアクセサリー、ジュエリーなどが登場します。新しい雰囲気のギャラリーです。 2.TAKANOSUKE YASUI:絵画と彫刻を融合させたアーティスト。 MEDEL GALLERY SHUが先日紹介したアーティストの一人が、絵画と彫刻を融合させた作品を制作しているTAKANOSUKE YASUIです。 YASUIの絵画と彫刻は、共通して「しわ」のような質感を持っています。YASUIは現代のモデルをモチーフに、現実と理想の二分法の間にある何かの象徴として、絵画と彫刻の境界線を曖昧にするような表現を生み出しています。 今回は、ロダンの恋人であり彫刻家でもあったカミーユ・クローデルをテーマにした作品を中心に発表します。物と物の間を象徴する技術により、歴史と現代に生き、過去をも見る私たちとの間のギャップに基づく感情のような光景を提示しています。 ビジネスとは異なり、私たちが生きている日常の世界は白と黒ではありません。安井の作品は、それをアートという形でドラマチックに見せてくれます。  Takanosuke Yasui, The God Gone, 2020, Plaster/Cotton cloth/Acryl/Wood panel, 163.5×132.5cm Takanosuke Yasui, reservoir, 2020, Plaster/Cotton cloth/Acryl/Wood panel,...

Artist’s Insight:ファビアン・フレッセを知るための6つのポイント

モノを見るうえで《色》は絶大なキープレイヤーだ。その日に着る服も、髪の毛も、料理だって色が担当する役割は大きい(カラーセラピーという色による心理療法だって存在するほどだ)ファビアン・フレッセの作品はまさしく色を効果的に使ったアートだ。四角いキャンバスの画面に美しいグラデーションだけを描いたスプレーアートは、見ている人のキモチの状態によって捉え方が大きく変わる。 1.幼少期から影響を受けた「大自然のなかの美学」 ファビアン・フレッセが1982年9月8日にドイツのヴッパータールで生まれた。幼少期から大自然に囲まれて育ったファビアン。自然がつくり出すカラフルな創造物は彼の美意識に大きな影響を与えた。例えば、彼が描いた空を連想させる作品がそうだ。本や映像では捉えきれない程の鮮やかで豊かな色彩が自然界には多く存在しているため、まだ色彩感覚の固定概念が定まっていない幼少期のうちにこのような環境で過ごせたことは、アーティストとして恵まれていたと言える。 作品はこちら 2.経歴 2006年から2011年まで、フレッセはエッセン自由美術学校で「ビジュアルアート」を学ぶ。ビジュアルアートとは「視覚芸術」の事であり、主には視覚で認識できる芸術表現のことを指す。幼少期の頃から大自然の美しさを「視覚」から取り入れてきた彼にとって「見ること」「どう見えるか」は重要なポイントだ。在学中には芸術賞「Essener Forderpreis 2010」にもノミネートされた。 作品はこちら 3.極めてシンプルなスプレーアート スプレーアートといえば街中にポップな絵柄で壁に描かれているようなストリート・カルチャーをイメージするかもしれない。でも彼の作品からはスプレーアートにありがちな「やんちゃな感じ」はしない。誰から見てもわかりやすい、心が落ち着く、実にシンプルな構図になっているのだ。 4.アイディアを形と色だけで表現 フレッセは細かいモチーフが一切描かず、少数の色のグラデーションだけで勝負した作品ばかりを描いている。作品のタイトルも使用した色について説明する言葉が並んでいるだけだ。このシンプルな構成によって色彩のみに集中させる、彼の狙いがある。彼の幼少期に影響を与えた木々や川の美しさがそうであるように、余計なものは一切入れない。ストイックだからこそ生まれる美的感覚は、もはや強さともいえるくらいに徹底されている。 5.光と色の美しい調和 もう一つ、彼が作品に仕込んだアイディアがある。作品をじっくりと鑑賞しているわかるのだが、キャンバスの側面にも色が塗ってある。《White Square with Rainbow on the Edges》は表面の情報を極限まで減らし、側面に重点を置いたユニークな構成だ。ただ画材で色彩を表現するのみでは無く、光による色彩の表現も組み込むことで、余すことなく作品全体を用いて表現している。 作品はこちら 6.現代美術の様々な要素を組み合わせ「先進的なアート」を表現していくファビアン・フレッセの前向きな精神 彼は色彩の他にも「光」に神経をそそいでおり、長時間露光を使用した夜景の写真が多く存在する。そのまま写真として作品を制作しているわけでは無く、そこに複数の色からなる垂直なストライプが上から描かれることで、作品に抽象的な独自性が与えている。彼は伝統的な考えに囚われず、現代美術の異なる要素を組み合わせて新しいアートを生み出したい、という前向きな精神を持っており、これから彼が生み出していく先進的なアートに私達は期待したい。 作品はこちら

クリップしておくべき展覧会:Rina Mizuno.

Photography by MIYAJIMA Kei About Mizuma Art Gallery 1994年にSueo Mizumaによって東京に設立され、流行にとらわれない独自の視点で、日本とその周辺地域のアーティストをグローバルな舞台で紹介してきました。 よりグローバルな視点でアーティストを紹介するため、2012年にシンガポールにスペースを開設し、インドネシアやニューヨークにもスペースを持ち、アートバーゼルや国際見本市への出展も意欲的に行っている。 MIZUNO Rina, A Tile Flower, 2019, Oil on canvas, 53 × 53...

Feature Post

上床加奈 / 中島健太 による新作版画の予約抽選販売を実施致します

この度、TRiCERAではフジテレビのWEBメディア「フジテレビュー」に登場したアーティスト 上床加奈、中島健太による新作版画作品を予約抽選販売致します。 ■ 受付期間 2020年10月25日(日) 10:00 〜 2020年11月10日(火)■ 当選通知 2020年11月17日(火)までに当選者のみメール通知■ 応募方法 応募フォームに必要項目を記載の上、注意事項を必ずお読み頂きお申し込み下さい。 【販売に関する諸注意】(1) 作品にアーティスト直筆サイン、エディションナンバー入り。(2) 本作品は抽選となっており、ご希望の作品が手に入らない場合がございます。(3) エディションナンバーは選択出来ません。(4) 作品発送は本発売(2020年11月16日予定)より約2週間から1ヶ月のお時間を頂きます。(5) 下記の作品の仕様は制作前のものであり変更が生じる場合がございます。(6) お一人様一作品あたり2点までお申込頂けます。 | 上床加奈 《犬神 参》 ©️ Kana Uwatoko / TRiCERA, inc. アーティスト:上床 加奈...

モノクロには色があるのか?-鉛筆画とドローイングを中心に-

 1560年代、イギリスの北カンパ-ランドのボロ-デール鉱山で良質の黒鉛が発見された。  その黒くなめらかな性質が注目されて、細長く切り、にぎりの部分をヒモで巻いたり、木で挟むなどして筆記具として使われるようになったのが鉛筆である。  その鉛筆によって描かれるのが、鉛筆画であるが、紙と鉛筆さえあれば作品として成立することからその裾野は広い。さらにその性質から必然、似た作品が多くなってしまうが、反面現代のアーティストは有象無象から突出するため独自の表現を模索している。 本記事では、モノクロから織り成される鉛筆アートの最前線をひた走るアーティストを紹介しよう。 土田圭介/Keisuke Tsuchida 作家の詳細はこちらから ファルク・アダン / Farrukh Adnan 作家の詳細はこちらから クニカタ・サユミ / Sayumi Kunikata 作家の詳細はこちらから 永田治子 / Haruko Nagata 作家の詳細はこちらから 柏倉風馬 / Fuma Kashiwagura 作家の詳細はこちらから フジタタカシ / Takashi Fujita 作家の詳細はこちらから

鈴木潤~芸術が脈打つ~生命を宿すボールペン画。

緻密かつ独創性に溢れるアートを生み出し「ボールペン一本で勝負したい」と語る鈴木潤の姿勢は、刀に懸けた侍のそれの様に頼もしく、又、清々しい。20代前半で本格的に活動を開始して以来、コンペティションの受賞や「細密画展」参加、2020年には個展の開催等、精力的な活動を見せる。 父は陶芸家で母は絵付け師。幼少期より芸術に親しむ中で自然と絵を描き始めた鈴木に衝撃的な出会いが訪れるのは中学生時代。大友克洋の漫画「AKIRA」、細かく描かれたペンの線に魅せられ、模写、研究を重ねる。また、60・70年代の洋楽アルバムジャケットやアートポスターにも影響されたと語る通り、緻密に描き込まれた種々多様なデザインだけでなく、優れた画面の構図やバランス感覚に鍛錬の日々が結実されている。 主にケント紙とボールペンを使用した表現にこだわる彼は、気も遠くなる様な細かな線・点描だけでなく、幅を広げる為、別紙に描いて切り貼りする手法を試す等日々の探究を止むことはない。愛や生命のエネルギー、異世界や生死などの大きなテーマを、親しみやすくも意外性に富んだ芸術で表す。自らの人生を画面に凝縮し、鑑賞者と心で繋がる生命の宿るボールペン画を極める旅は続く。 アーティスト詳細はこちらから

ローカルでありグローバルであること-ミャンマー現代アートシーン-

ミャンマーにおける現代アートの流れ 近年ではArt Basel Hong Kongが「インサイト部門」を設け、アジアやアジア太平洋地域のアートシーンの紹介に努めているように、西欧のそれとは異なったアジア独特の土着的とも言うべきシーンの解明とプレゼンスに注目が集まっています。 ミャンマーのアート、特にローカルな民族絵画や民芸のそれとは一線を画したコンテンポラリーのアートシーンを見るためには、逆説的もしくは皮肉的にも、ミャンマーの土着的な文化とその社会的なヒストリーを無視することは出来ません。 1948年にイギリスの植民地支配から独立したミャンマーでは不安定ながらも民主主義と文化教育のスキームが構築されましたが、一方では少数民族問題や政治的な内部対立による政治基盤の不安定性から1962年にクーデターが勃発し、それに伴う軍政は1988年の民主化運動まで長期に渡って継続しました。 軍政下における美術活動の制約はアートの国内における認知と市民権の獲得に逆風として影響をもたらしましたが、民主化運動に伴い、1979年に現代アートの運動が誕生することになります。 現在のヤンゴン大学にて自主的な美術研究に勤しんでいた約20名の学生らによって結成された「ガンゴー・ヴィレッジ」は、ミャンマーにおいて展開された最初の現代美術運動であり、当時は西欧の抽象表現主義を独自解釈した作品をメインに生育された、つまり西欧のアートシーンとの接続を最初に築いた運動でもあります。 とはいえ軍政の影響が消え去らないミャンマーにおいてアートコミュニティは厚遇されることはなく、その後もままならない成長をしながらも、90年代に入ると学生らを中心とした流れは大学の外部に発表と活動を求め、90年には「モダン・アート90」に、2000年に「ニュー・ゼロ・アートグループ」の結成に結びつき、グローバルをその舞台とするアーティストの輩出を支えました。 ミャンマーのアートシーンをグローバルに-River galleryの試み- ギャラリーの詳細はこちらから River Galleryは今年で14年目を迎える、これまで国際舞台をメインのフィールドとして活動を広げてきた現代アートのギャラリー。 40名以上のアーティストが参加するRiverは、検閲体制の残る時代から、如何にしてアーティストを国外のコレクターをはじめグローバルなシーンへ受容させるかを試行錯誤してきました。 アーティストは西欧のコンテキストに耐え得る要素を保持しつつ、一方ではミャンマーのアートであることを証明する土着性や時代性、そしてミャンマーという国の歴史性を背景にした作品をプレゼンスすることが出来、その意味ではブラックボックスと化しているアジアのアートシーンとヒストリーの多くを明らかにする力を持っていると言えるでしょう。 TRiCERAでは今回、River Galleryに所属するアーティストから10名を紹介しますが、例えば〈僧侶の記憶シリーズ〉を手がけるペインターであるダウェイ・トゥートゥー(Dawei Tu Tu, 1972〜)は、「ミャンマーの生活背景としての仏教、そして僧侶の存在をほのめかしたかった」と語るようにミャンマーにおいて広く支持を集める仏教的な物事の捉え方や存在のあり方を俯瞰し、色彩的な重層化のテクニックによって絵画化し、ミャンマーの文化のいったんを展望させます。 作品の詳細はこちらから 一方でミャンマーの絵画史に流れる抽象性を汲み取り、新しいアングルをもたらすター・ジー(Thar Gyi, 1966〜)は、自らの作品を「非絵画」と形容します。ミャンマーの寺院街を訪れた時に見た田園風景に着想を得た彼は、国内の絵画において徴用されてきた内的なリズムの表現に「畝」のような造形性を加えることによって直接性を持たない、しかしミャンマーの美術そして抽象絵画の歴史における特殊なポジショニングを獲得しています。 作品の詳細はこちらから 今回TRiCERAでは、このようなミャンマー国内のアートの流れと西欧のアートシーンとの特異点であるかのような作品をもたらすアーティストを支えるRiver Galleryから絵画を中心に49点を紹介します。エスニックでありながら普遍性を備えるミャンマーアートの試みと歴史の歩みを、是非ともお楽しみ下さい。 ダウェイ・トゥートゥー(Dawei Tu Tu, 1972〜)ミャンマー出身のトゥートゥーは、これまで97年からミャンマー国内の展示に参加し、イギリスやシンガポールなど国外を舞台に活動してきました。ミャンマー・アジアン・アート・アワードでは2007年から3年間連続でベスト・ペインティング・オブ・ザ・イヤーを受賞した彼の作品は、近年では〈僧侶の記憶〉と題したごく限定された色彩を使用した明暗のコントラストをはっきりさせた絵画によって「ミャンマーにおける精神生活のバックグラウンド」を示唆しています。 作品の詳細はこちらから キョウ・リン(Kyaw Lin, 1975〜)オーストラリアやパリ、香港など幅広い地域で活動するリンは、フラットで抑揚のきいた色彩によるブロックを、ミャンマーの風景をベースに構造化する作品で知られています。とはいえそれは風景画のように物質的な対象への明示をさけ、あくまでも日常的な生活における感情や自然の機微を表現し、鑑賞する人へその発見を促します。 作品の詳細はこちらから ター・ジー(Thar Gyi, 1966〜)「非絵画」をキーワードにするジーは、ミャンマーの田園風景に見出される畝の造形性を絵画に盛り込み、ドメスティックな抽象絵画の歴史に新しいアングルをもたらします。ミャンマーにおいて絵画はいかなる展開をしていたかについて、彼はジェスチャーのようにそれとなく言及し、ビジュアルアーツの精髄と絵画的なアカデミズムを一度に実現します。 作品の詳細はこちらから

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